第80話
「大丈夫そうだな」
しゃがみ込んでいるトリスが、満面な笑みを零している。
目の前に壊れた様子がない、罠が仕掛けられていた。
カレンが姿を見せるだろうと予測し、いち早く脱出し、近辺の罠などの仕掛けが、劣化していないか、確かめていたのだった。
祖父仕込みの腕を持つトリス。
作る罠は精巧で、評判が高かった。
「しかし、ここに来るのは、久しぶりだな」
学院の至るところに、新作や改良した罠を仕掛け、日夜、研究していた。
定期的な点検をしていたが、学院自体が広大な敷地なので、すべてを憶えている訳ではない。
感慨深げに、周囲を見渡す。
授業をサボり、よくこの辺一体に、遊びにきていた。
木につけた傷まで、うっすらと、残っている状況だ。
「三年ぶりか……」
反れていた意識を、足下に戻す。
慣れた手つきで、残っているものを確認していった。
無理やりに解除し、壊されているものや、傷み具合が酷いものが、いくつかある。
だが、比較的に無傷で残って、使用できるものが多かった。
オラン湖周辺は、あまり人の出入りがない。
あるのは、剣術科の野宿体験学習や、魔法科の高度な精霊呪文を、取得するぐらいだ。
以前は、猟師たちが狩り場の一つとして、使用していたが、近年は使われていない。
出入りが少なくても、生徒の調査に訪れる諜報員が、罠に掛かっていた。
学院の膨大な敷地を、縦横無尽に散らばっており、捜索に当たっていた諜報員が、トリスの仕掛けた罠に掛かることもあったのだった。
そのために、トリスたちの行為を、教師たちはある程度、見逃していた。
「いくつか移動させて、新たな試作品でも、使ってみるか」
今後の計画を、巡らせる。
まだ、試していないものが、いくつもあった。
授業をサボって、コツコツと作っていたのである。
そして、ここに来るにあたり、完成間近なものを、持ってきていた。
それを試そうかと、画策していたのだった。
「ここで、使うつもりはなかったが、面白いことになるかもしれないな」
踊る気持ちと相まって、不敵な笑みを漏らしていた。
ふと、遠くで、人の気配を感知する。
「誰だ?」
瞬時に、諜報員の可能性を諮った。
剣術科の生徒や、魔法科の生徒の可能性が低い。
教師と言う選択も浮かぶが、とりあえず、確かめる必要があると、瞬殺の速さで、次の行動を巡らせた。
足音を消し、近くまで走っていく。
気配を辿って行くと、すぐに緊張の意図をといだ。
森の中で、小動物とミントが、無邪気に戯れていたのだった。
ようやく、追い回していたターゲットを、ミントが捕まえる。
可愛らしい顔を滲ませていた。
「ミントちゃん。こんなところで、何をしているんだい?」
突然、声をかけられ、身体を震わせる。
四肢で歩く愛嬌あるリリモンに、夢中になって、声をかけられるまで、人の存在に気づかなかった。
見る見るうちに、声の主がトリスだと把握し、顔を綻ばせていく。
捕らえたリリモンは、体長が40センチで、耳が大きく垂れ下がり、フワフワと毛並みがいい。
「トリス」
リリモンから、意識がそれる。
まさか、ここで会えるとは、思ってもみなかった相手が立っていたのだ。
腕の力が、ついつい緩んでしまう。
開放される機会が訪れたリリモンが、素早く逃げ出した。
先ほどまで、腕の中にいたリリモンが消える。
「ごめん」
何でもないと、強がった顔を、横に振っていた。
無理に、大丈夫と装っている姿に、もう少し、タイミングを計ればよかったと後悔し、後でリリモンでも捕まえ、渡すかと巡らす。
小動物が、大好きなのを、把握していたのだ。
屋敷から出ないミントは、同年代の友達がいなく、時々、トリスの妹や、弟たちと話をするぐらいだった。
そのため、いつも遊んでいる相手が、敷地内にいる小動物だけだ。
「こんなところまで、遊びに来ているの?」
「違う。グリンシュの手伝いで、薬草摘み」
オラン湖の周辺は、いい薬草の生殖場でもあった。
(薬草摘みに、飽きたのか……)
これまで聞いた言葉と、行動から導き出した答えが、グリンシュと一緒に、薬草摘みにオラン湖周辺に来たが、薬草を摘む単純作業に飽きてしまい、小動物を捕まえ、遊ぼうとしていたのかと汲み取ったのである。
「トリスは?」
無邪気なミントだった。
すっかり、頭から逃げ出したリリモンが、いなくなっている。
「授業の一環で、こっちに泊り込み」
「そう」
トリスに会え、嬉しそうな顔を注ぐ。
テストなどがあって、近頃、顔を合わせていない。
それに、よく学院から抜け出すので、トリスと会えなかった。
「リュートも、剣術科で来ているよ」
「お兄ちゃんも?」
目を丸くしている。
その瞳に、会いに行こうかと言う色を覗かせていた。
今までは、学院と屋敷が離れ、長い休暇の時しか、会えていなかった。
それが、同じ学院にいることで、頻繁に顔を合わせられ、一緒にいられる時間が増えていたのだ。
本人も気づかぬまま、楽しげに綻ばせている姿を、垣間見せていた。
天真爛漫な仕草に、思わず顔が緩む。
同じ歳の子と比べると、どこかミントは、冷めていたのだ。
「野宿体験学習ですね」
二人の背後から、声が割り込んだ。
話し声を聞きつけ、保健士のグリンシュが、やってきた。
妖艶な美しさを漂わせているグリンシュを窺う二人。
学院のたった一人の保健士であり、エルフでもある。
そして、学院一、あらゆる方面の情報を網羅していた。
歩くたびに、流れるような長い銀髪が、なびいている。
「ああ」
「野宿?」
眉間にしわを寄せ、ミントがいやそうな顔を覗かせた。
素直に、感情を出す仕草に、クスッと、グリンシュが笑みを漏らしている。
「いやですか?」
「だって、シャワーも浴びれないし、ベッドもないし」
「なるほど。そうですね」
不満を並べていった。
それに対し、グリンシュが相槌を打った。
穢れを知らない、絹のような滑らかなグリンシュの肌が目立つ。
「それは、しょうがないよ」
綺麗好きな性格を、把握しているトリスが、らしいなと苦笑している。
屋敷から、めったなことがない限り、外の世界に出てこない。
まして、学院に入学するまで、ほぼ村から出たことがなかったのだ。
「私も、するの?」
思いっきり、拒否反応を示している。
「上学年になって、からですね」
拒絶する反応に、グリンシュが首を竦めた。
それほどまでに、露骨に表れていたのだった。
「それはそれで、面白いと思うから、ミントちゃんも、参加してみたら?」
それとなく、参加するように促した。
友達でいろいろすることも、楽しいと知って貰いたかったのだ。
「……トリスが言うんだったら……、やってみても、いいけど」
まだ、腰が引けている。
そんな姿に、小さな笑みが零れてしまう。
「まだ、時間があるから、ゆっくりと、決めればいいよ」
逡巡している頭を。優しく撫でた。
トリスの下に、九人の妹や弟がいるので、あやすのに慣れている。
「……うん」
不安を取り除き、次に、グリンシュが手にしている、かごの中を覗き込む。
すると、多種の薬草が、摘まれていた。
どれも、校舎の周辺や、薬草園では、取れない優れものばかりだ。
学院には、研究のためと、生徒たちが負傷する際に、使用できる薬草が、薬草園で育てられていたのである。
エルフとしての知識を活用し、それ以外の薬草も使用し、生徒や教師たちの治療に当たっていた。
「随分と、摘んだんだな」
「えぇ。いろいろと、近頃は、不足していますからね」
和やかな声音で、近況を語った。
「警備も、厳重だな」
薬草が不足している原因に、心当たりがあったのだ。
隠そうとせず、口をスムーズに動かす。
「何かと、うるさい虫が、数多入り込んでいますからね」
諜報員を虫と例えたグリンシュに、愉快な笑みで返した。
すでに、何人かの諜報員を、トリスも、ミントも、見かけている。
だから、教師たちが、ひた隠ししている諜報員たちの影に、気がついていた。
勿論、リュートも、その存在を、把握していたのだった。
「ところで、いいのか? そんなこと、喋っても?」
教師たちにより、諜報員たちの存在は、緘口令がしかれ、多くの生徒たちは、その存在を認識していない。
それをあっさりと、暴露しているグリンシュを気にかけていた。
「大した問題ではないですよ。何せ、トリスたちですから」
「そういう問題か?」
「そういう問題です」
平然としている姿に、トリスが首を竦めていた。
「随分と、早いお出ましだな。それも例年よりも、多いし」
不意に、目で、確かめた状況を口にした。
「人数も、そうですが、かなり優秀な諜報員も、入り込んでいるそうですよ?」
容易に、秘密事項を二人にバラした。
「優秀って、まさか……」
「そのまさかで、各地に送り込んだトップクラスを、こちらに、回しているようですよ」
瞠目し、言葉もなかなか出てこない。
「ここまでしますかね」
やや呆れているグリンシュだった。
「向こうも、やるな……」
まさか、そんな優れた人材が、入り込んでいるとは思っていない。
それほどまでに、リュートの情報がほしいのかと巡らす。
諜報員が、偉大な〈法聖〉リーブの息子リュートに、興味を深めているのを把握はしていたが、想像以上の躍起ぶりに、情報の修正に取り掛かっていた。
「それほど、ほしい情報でもあるのでしょ? それとも、接触が、目的かもしれませんね?」
「どっちでも、いいけど」
どこまでも、他人事のようなミントだ。
ミント自身も、その対象となっていることに、気づいていない。
そして、リュート、ミント以外にも、接触を試みたい相手の顔が、浮かび上がる。
「ですから、何かと、薬草が必要なんですよ」
教師たちと、トップクラスの諜報員たちの戦闘を過ぎらせる。
(熾烈な攻防に、なりそうだな)
「手は、足りているのか?」
「不眠不休で、頑張っているようですね」
「随分と、他人事だな」
静観しているグリンシュに呆れていた。
ふと、本気になることがあるのだろうかと、途轍もないことを巡らせている。
のらり、くらりとしているグリンシュを、突っつかせ、本気にさせてみたいと言う欲望に、駆り立てられたのだった。
そんなトリスを、知ってか、知らずか、淡々と、話を進めていく。
「私は、しっかりと睡眠と、食事を取るようにしていますから」
「グリンシュらしいな」
「えぇ。私とは正反対に、何かと押し付けられて、頑張っている人も、いますからね」
「何だ。それは?」
わからないと、怪訝な表情を滲ませている。
「頼み事が断れなくって、要領が悪いって、ことですよ」
ニッコリと、微笑んでみせた。
「グリンシュは、押しつける方だな」
意地悪く、トリスが突っ込んだ。
「いいえ。お願いしますと、お願いするだけです」
(どこが、違うんだよ。同じだろうが)
現に、生け贄になった教師が、数人か、存在していた。
「ところで、トリスの研究も、成果も、これでいろいろと、出るのではないですか?」
「そうだな。トップクラスもいると言うことだし、いろいろと、試してみる価値があるな」
楽しさが、倍増していった。
自分の腕が、どこまで証明できるのかと。
「こちら側に、降り注ぐ被害は、最小限で」
トリスたちを理解していない、新人の教師たちが、よく罠にかかっていた。
それを安易に、示していたのだった。
「わかっている。できるだけ、外に仕掛けるさ」
仕掛けた罠の場所を、教えろとは、決して言わない。
未熟だから、掛かるのだと、冷ややかな態度を取っていた。
手厳しいグリンシュだ。
「私も、お手伝いしようかな」
黙って、二人の話を耳にしていたミントが、口を挟んだ。
脳裏に、華麗に自分が諜報員を、退治している映像が流れている。
(対象者になっているんだから、動かない方が賢明なんだが)
授業が、先まで理解しているミント。
単純に、暇を持て余していた。
だから、こうして授業をサボって、手伝いとかこつけて、遊んでいる。
「ミントちゃん。見かけても、かかわっては、ダメだ」
「どうして?」
不満げに、頬が膨れる。
トリスに諭されても、納得できないミントだ。
「一人では、つまらないよ。みんなと、遊ばないと」
リュートと同じで、無理にやめさせれば、意固地になり、一人でやろうとするのを、承知しているトリス。
一人にさせないように、仕向けていた。
「……そうだけど」
「ただ、一年生のみんなを連れて行っては、ダメだよ。まだ、経験値が浅いから」
さらに、口を蕾める。
「グリンシュか、カテリーナ先生を、連れて行った方がいいよ。その方が、きっと、思い存分、遊べるから」
「……そうだね」
目を輝かせ、顔を綻ばせている。
「トリス」
厄介ごとを押し付けないでくださいと、顔に描いてあった。
けれど、軽快なトリスは、どこ吹く風だ。
「いいだろう? そのくらい」
「しょうがありませんね」
「よろしく」
ミントのお守りを、グリンシュに頼んだ。
読んでいただき、ありがとうございます。




