第79話
戻ってこないトリスたちを、カレンが連れ戻そうとしている。
秘密基地へと、向かっていた。
放任主義の担任ラジュールは、何も言わないが、せっかく授業に参加しているのだから、きちんと受けさせたいと、意気込んでいたのだ。
「もう、珍しく参加していると、思っていたのに」
歩く足も、どこか乱暴だ。
全員揃って、受けるのが珍しく、カレンの心は、いつもの授業より躍っていた。
それなのに、いつの間にか、サボり組のメンバーが、姿を消していたのだった。
「絶対に、連れ戻すんだから」
熱意と共に、アップルグリーンの瞳に、逃がさないと言う色が含んでいる。
サボり組が、どこにいるのか、すぐに見当がついていた。
「確か、この辺当たりを、行ったところにあるはず……」
何度か、オラン湖の秘密基地に、来たことがある。
久しぶりで、正確な位置まで把握しておらず、うろ覚え状態で足を進めていた。
ようやく、数度、躊躇しながらも、秘密基地に辿り着く。
ふふふと、口角が上がっている。
やる気が漲っていた。
「見てなさい」
勢いよく、ドアを開け放つ。
突然の侵入者に、カーチスたちが、瞠目していた。
唯一、リュートだけは、カレンの存在を察知していたのだ。
害がないとみなし、誰にも知らせていない。
「ゲッ。カレン」
「何で」
「嘘だ」
カーチス、ブラーク、キムが、思わず、狼狽し後退る。
怒っているカレンの形相。
フリーズしていたものの、クラインが、すぐに平静を取り戻していた。
面食らっているカーチスたちを放置し、グルリと見渡すカレン。
ここに、トリスの姿がない。
(相変わらず、ちゃっかりしているわね)
すでに、消えていた。
仕掛けてある罠の状態を確かめに、出て行ってしまったのだった。
「さすが、カレン」
朗らかに、クラインが褒めていた。
「甘く見ないで。罠に引っ掛かる、私じゃないわよ」
じっくりと、絞めてやると言う眼差しに、カーチスたちが慄いている。
一年生の頃から、何度も、カレンに絞められていたのだ。
秘密基地の周囲に、罠や誰かが来たことを知らせる呪文など、様々な仕掛けが施されていた。
だが、それらの仕掛けを、カレンが潜り抜け、やってきたのだった。
一年生からの付き合いがあるので、どんな罠や呪文を使っているのか、事前に連想できたのである。
だから、罠に掛からず、無傷で姿を現した。
「何年、付き合っていると思うの?」
顔を引きつらせ、三人は二の句が出てこない。
別な場所にすれば、よかったと顔を見合わせ、落胆してしまう。
「お見事」
拍手を送っているクラインだ。
それに、賛同する形で三人も送った。
嬉しくないわよ、そんなことと、ジト目でカレンが窺っている。
「二つ、引っ掛かったぞ」
平然と、場の空気を感じないリュートだった。
「そんなはずはない」
仕掛けた罠を、すべてクリアしてきたはずと、声が尖っていた。
動じないリュート。
カレンが、ギロリと捉えている。
そして、ゆっくりと近づく。
凄みのある睨みに、三人が小さな悲鳴を漏らしていた。
「いや。二つ、引っ掛かっている。現に、俺は、カレンが来ることを、知っていた」
(((だったら、教えろよ)))
さすがに、声を出して、突っ込む勇気がない。
引っ掛かっていることに、気づいていなかったが、二人の様子を、傍観していたクラインが、カレンが来ることを見越していた。
珍しく、授業に参加しているカーチスたちを、見逃すはずがないと、推量したのだった。
顔色一つ変わっていないリュートに対し、眉間のしわが濃くなる。
触れだけでも、弾けそうな雰囲気に、リュート以外の誰もが、口を閉ざしていた。
ただ、黙って、成り行きを窺っている。
その均衡を破ったのは、カレンだった。
リュートが、嘘をつくはずがなかったからだ。
「全然、気がつかなかった」
降参よと、首を竦めた。
だろうと、穏やかにリュートが笑う。
「まだまだだな」
「……。ところで、リュート。来ていたの?」
久しぶりに会うリュートに、笑顔を覗かせていた。
剣術科に移ってから、以前よりも、顔を合わす機会が、少なくなっていたのだ。
「相変わらず、いないくせに、トップなんて、ムカつくわね」
「受けろと言われたから、受けただけだ」
「変わらないわね、性格までは」
きょとんした顔を、リュートが覗かせていた。
「でも、頑張っているわね。剣術科では、中盤の成績とは」
剣術科での実力テストを賞賛した。
「知っているのか?」
意外だなと、目を見張る。
「当たり前でしょ。友達なんだから、ちゃんと、掲示板見てあげたんだから」
剣術科に移ったリュートを案じ、張り出された結果を、見にいっていた。
他の友達の結果も、すべて確認している。
「そうか」
「遊びに、来たの?」
「近くで、野宿体験学習で来ていたから、寄ってみた」
「そう。ところで、サボり?」
目を細め、リュートの顔を窺う。
「違う。ほぼレポートが終わっていたから、休憩だ」
魔法科にいた時のサボりように、思われていることが許せず、噛み付いた。
「休憩ね」
疑り深い眼差しを、注いでいる。
「休憩だ」
強い声音で、言い捨てた。
「……わかった。休憩ね」
剥きになっているリュートに、苦笑している。
カーチスや、トリスから、いろいろと剣術科で、頑張っている話を、耳にしていたので、魔法科にいた時のようなサボりではないことを察していた。
実力も、肌で感じ取っていたので、レポートに苦慮しているとは、思ってもいない。
「四人に、伝言よ」
四人に対し、カレンが向き直った。
「伝言?」
誰だろうと、四人が首を傾げている。
伝言の相手が、浮かばない。
「バドからよ」
バドの名に、怪訝の色を覗かせた。
「用があるから、来てくれって」
状況を楽しむようなカレンの笑みだ。
容易に、バドの実験道具にされる絵が描けたのである。
「マジかよ」
誰の顔にも、行きたくないと滲み出ていた。
「伝えたからね。リュート、あなたが証人よ」
「ああ。構わない」
裏切り者と言う顔で、ブラークが睨む。
リュートの隣に見かけない顔を発見し、カレンが凝視していた。
「あ。これ、セナ」
また、短い紹介を、リュートが行った。
あまりに、短い紹介に、カレンがリュートらしいと、小さく笑い、ムッとしながら、ちゃんと紹介しなさいよと、眼光で威圧している。
慣れたように、カレンから、簡単な紹介をした。
「確か、『十人の剣』の人よね? トリスから、少し話を聞いているわ」
トリスや、カーチス経由で、以前からセナの名前を、何度も耳にしていた。
だから、セナと言う短い響きだけで、すぐにどういう人物か、把握できたのだった。
「えぇ。剣術科七年生、セナ・アスパルト」
セナが握手を求め、カレンがそれに応える。
「リュートのお守り、大変でしょ?」
労を労った。
目に見えるように、セナが苦労している姿が浮かぶのだ。
「お守りとは、何だ」
お守り扱いに、頬を膨らませた。
お守りされる言われはないと、自負している。
周りを騒動に巻き込んでいる意識が、本人にはない。
「お守りよ。すぐに、問題を起こすんだから、あなたたちは」
グルリと、カレンが、これまでに問題を起こしてきた顔を、一人一人眺めていた。
リュート以外は、そうした認識を持っていたので、何とも言えない顔で応えている。
最後に、一番の問題児に、顔を巡らした。
「いつも、怒られていたでしょ?」
「……。確かに、怒られていた」
尻つぼみように、声が聞こえなくなっていった。
「聞こえない」
にこやかに、カレンが聞き返した。
「怒られた!」
事実、説教や罰掃除などを、受けていた経緯があったので、誰の口も噤んでいる。
満足な答えに、したり顔のカレン。
みんなを、やり込んでいる姿に、セナが感嘆していた。
「リュート一人でも、てんてこ舞いなのに。カレンはみんなを?」
「そうよ。まだ、他にも、数人の問題児がいるけどね」
陽気で、貫禄たっぷりに、カレンが笑ってみせた。
姉御肌で、みんなの世話を焼いていたのだった。
「秘訣を、教えてほしいな」
振り回されている感が、セナの中であった。
だから、少しでも、リュートの操縦方法を学びたかったのだ。
「いいわよ。いくらでも、教えてあげる」
「助かる」
問題児の面倒を見るのも、大変よねと、互いに意気投合し、誰も近寄らない。
むやみに近寄って、二人からの攻撃を避けたかった。
お喋りに花を咲かせている最中、忍び足で、カーチスがリュートに寄っていく。
そして、角に連れて行った。
首に腕を回し、話に夢中な二人に背を向け、聞こえないような態勢を取る。
「何だ?」
訝しげなリュートだ。
ロクな話じゃないと、身構えている。
か細い声で、カーチスが二人に警戒を怠らない。
「……合コン、こいよ」
「合コン?」
露骨に、いやな顔を露わにする。
「この前、今度は、付き合うって、言っていただろう?」
「……、面倒だ」
約束をしたものの、乗り気ではない。
「トリスと、クラインは、参加することになっている」
二の足を踏む姿に、ごり押しする。
どうしても、参加させたかった。
「だったら、俺が、いかなくっても」
「ダメだ。せっかく二人も、参加するんだ。リュートも、参加」
強引な態度で、約束しただろうと、カーチスの黒い瞳が問いかけている。
「勝手に、決めるなよ。俺にだって、都合がある」
「だって、そうしないと、来ないだろう」
「……」
見事に、図星だ。
負け時に、反論を試みてみるものの、上手くいかない。
「今夜、決行するから」
間髪いれず、話を進めていった。
そうしないと、グタグタと、渋るのが明白だった。
「今夜って……」
さすがに、日にちまで、指定されるので目を見張る。
「こういうことは、早い方がいい」
「……忙しい」
最後の足掻きをしようとすると、その上から、カーチスの声が重なる。
「ダメだ。久しぶりに全員参加。最近は、みんなバラバラなんだから、たまには付き合えよ」
絶対に拒否するのは、許さないと、双眸で訴えていた。
切羽詰ったようなカーチスに、徐々に声が弱まっていく。
「剣術科なんだぞ……」
「リュートの腕だったら、大丈夫」
「よく、そんなことが言えるな」
「だって、一年の時からの付き合いだろう、俺たち」
「……わかった」
小さくガッツポーズし、それを眺めていたクラインたちが、リュートも、参加することを把握したのだった。
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