第78話
生徒たちが、各々の活動を行っている光景に、目を配っているカイル。
ふと、リュートとセナの姿がないことに気づき、顔を顰めている。
「あいつら……」
押しつぶした低い声音だ。
だが、それを耳にする生徒がいない。
誰もが、不機嫌なカイルと、距離をとっていたからだった。
(狙われているのに、いなくなって、どうする!)
毒つくが、その相手であるリュートは、他の生徒たちに、目を光らせている間に、抜け出していた。
厳しい学院とは違い、開放的な気分を、剣術科の生徒たちが満喫し、隙あらば、授業や課題を放り出して遊ぼうとし、そのたびに生徒たちを叱責していたのだ。
怖いぐらいに、カイルが不敵な笑みを零している。
(朝のあれは、身に染みていなかったらしいな。……覚悟しておけよ)
早朝に、キツく説教していた。
まさか、抜け出すはずがないと、思い込んでいたのである。
(……セナも、一緒のようだし、大丈夫だろう)
セナに一目を置いたので捜さず、ひとまず落ち着く。
(それにしても、どこにいる?)
視界を動かし、辺りを窺う。
眉間に、濃いしわが刻まれた。
「稽古でも、しているのか」
呟きながら、神経をさらに研ぎ澄ませる。
二人の気配がないかと探るが、見当たらない。
毎日、授業以外の時間を利用し、剣の腕を磨いていることを、把握していた。
だから、単純なレポートに飽き、稽古しに出かけた可能性を考慮していたのだった。
まさか、散歩しているとは思ってもいない。
多くの生徒がレポート作成に飽きていた。
隠れて、別なことを、しようとしている光景を捉えている。
だが、決められた範囲から、出ていなかったので、それに関しては大目に見ていたのだった。
(そう遠くまで、いっていなければいいが)
顔を上げ、太陽の位置を確認する。
「時間か……」
もう一度、生徒たちの様子に、視線を移した。
それぞれの活動を行って、とりあえず、範囲から抜け出す様子が見受けられない。
「大丈夫そうだな」
安全を確認してから、気づかれないように、森の中へ入り込んだ。
やることは、たくさんあった。
これ以上、機嫌の悪いカイルを、刺激しないようにと、生徒たちは、黙々と、それぞれの活動に取り組んでいたため、監視していたカイルが姿を消したことに気づかない。
生徒たちの護衛を、密かにしている教師二人と、カイルが落ち合う。
定期的な情報交換を行うため、時間を決めてあったのだ。
野宿体験学習に随行する教師は、担任のカイルだけではなかった。
気づかれないように、教師二、三人が、毎年付き添っていた。
けれど、今回は、その倍の人数が、周辺を警戒している。
「近くには?」
単刀直入に、カイルが用件を尋ねた。
早急に、終わらせ、生徒たちの元に戻る必要性があったからだ。
「大丈夫。後方の警備が厳しく、ここまで潜り込んでいるやつらはいない」
魔法科、剣術科の教師で編成され、カイルたちがいる前衛部隊と、後方を守っている部隊に分かれていた。
何が起こっても、対応できる体制となっている。
「捕まえたのか?」
厳しい表情が、カイルから抜けない。
まだまだ、油断できなかった。
「いや。逃げ足が、速かったらしい」
「そうか」
渋い表情のカイルに、剣術科の教師シルビーノが苦笑している。
「リュートとセナが、いつの間にか、姿を消した」
掻い摘んで、状況を説明した。
「リュートか」
呆れも混じるが、いたしかないと言う声も含まれていた。
問題児のリュートが、抜け出すことは、ある程度織り込んでいたのだ。
「でも、セナが一緒とは」
「きっと、止められず、お目付け役として、ついていったんだろう」
状況と、それぞれの性格を踏まえ、出したカイルの結論だった。
「だろうな。真面目な子だからな」
各国の諜報員が、入り込んでいる情報を、以前から掴んでいた。
教師たちは、生徒たちの安全を守るため、日夜交代で、警護に当たっている。
その調整が長引き、野宿体験学習が、いつもの時期より、遅れてしまったのだった。
「こんなに、早く来るとは……」
連日の警備に、疲労が滲んでいる。
「しょうがない」
「リュートが、剣術科に、転科してきたからな」
〈法聖〉リーブの息子が、剣術科に転科した話は、瞬く間に、各国に広まっていた。
どうして、そんなことが起こったのか、調査するため、それに、卒業を数年後に控えているリュートの実力を計るためと、本人と接触して、自分たちのところへ、取り込もうとしていたのである。
様々な諜報員が、天才を取り込もうと、暗躍していたのだった。
それらの害虫を排除するため、教師たちが警戒を怠らない。
「あれほどの逸材も、いないからな」
転科するまで、その目で、見てきた魔法科の教師ロマが呟いた。
教師として、リュートたちと携わっていない。
ただ、日頃から、悪さばかりしていたリュートたちを目撃していたのだ。
「突出しているのは、確かだが、いい子だって、いる」
不満げな表情を、シルビーノが醸し出している。
他の生徒の評価をしない、各国の上層部に苛立っていた。
「まぁな」
ぼりぼりと、カイルが頭を掻いた。
「あいつらの目は、節穴ばかりだ」
「落ち着けよ」
暑苦しくなっていく空気を、冷却するため、ロマが宥めた。
「リュートに、目がいっている間に、他の子が、狙われる可能性も、あるからな」
あり得る可能性の一つを、カイルが口にした。
多くの諜報員が、リュートにいっている間に、他の優秀な生徒たちに、手を出す諜報員がいないとは限らないと、危惧していたのである。
卒業を控えている上級生の中にも、優秀な生徒たちもいたのだ。
それに、他の学年にも、多くの逸材はいた。
それらの生徒たちの顔が、教師たちの脳裏を掠めていく。
「守らないとな」
「そうだな」
決意が漲るカイル。
二人の教師が、強く頷くのだった。
卒業後の進路については、時期と、生徒たちの実力を披露する場所が、設けられていた。
ただ、優秀な人材を確保しようと、そのルールを無視し、生徒たちの実力を見定め、気に入った人材には、即接触する各国の諜報員がいて、毎年、教師たちを悩ましていたのだった。
そこへ、学院の周辺の警護についている教師が、三人の元に姿を現す。
緊急時が起こったのかと、真剣な面持ちへ変わった。
「何か、あったのか?」
「数国だが、トップクラスの諜報員が、入り込んできたらしい」
ここに訪れた教師が、顔色一つ変えずに伝えた。
「本当か」
緊張が、張り巡らされる。
普通、トップクラスの諜報員は、他国に入り込み、内情を調べるのが、一般的だったからだ。
「ああ。情報の段階だがな」
「さらに、警戒を強めた方がいいな」
深く眉間のしわを、シルビーノが寄せている。
トップクラスの諜報員に仕掛けられ、生徒たちが傷つくことが、容易に想像できたのだ。
諜報員が選りすぐれた人材を、見定めるため、力を抜くとは考えられない。
「ラジュールには?」
オラン湖の別な場所で、魔法科も、授業を行っているので、カイルが気に掛ける。
この周辺では、多くの教師たちが警護し、生徒たちの安全を守っていた。
「伝えに、これからいくところだ」
「そうか」
「それと、カイルに伝言が」
耳に顔を近づけ、他の教師に聞かれないように、用件だけをサッと伝えた。
「……了承した」
用件が終わったら、さっさと、教師はラジュールの元へ、向かっていった。
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