第77話
どこか、不機嫌なセナを伴い、懐かしい秘密基地に足を踏み込んでいく。
秘密基地がある場所は、指定されていた範囲から飛び出していた。
だが、距離としては、剣術科が野宿体験学習を行っているところから、大して離れていない。
生き生きと、木々が溢れる中を進んでいった。
迷う足取りではなかった。
前を歩くリュートを、ジト目で見てしまう。
(ホント。今まで、こいつ何していたんだろう)
不意に、一軒の小屋が視界を捉える。
「あれ?」
「そうだ」
驚きを隠せないセナだ。
森の中に、忽然と小屋が建てられていたのだった。
小屋を中心に、グルリと木々が覆っている。
そして、植物や、小動物が顔を覗いていた。
この近くで、何度か演習を、やったことがあった。
まさか、こんな場所にあるとは思いもしなかったのだ。
「元々は、猟師の休憩場だったんだろう」
「へぇー」
「老朽化して、新しい小屋を作ったから、これを、そのまま放置していたんだろうな」
小屋を使用し始めた、経緯を説明し始めた。
見つけた当初は、猟師が獣を捕らえるため、使う壊れた罠などが放置され、荒れていたのである。
それを幼いリュートたちが手を加え、現在の状態を作り上げた。
「猟師が?」
「この辺一体は、野生の動物が多いからな。よく見てみろ、木の実や、果実が豊富だろう? だから、野生の動物も、この近くに現れるんだ」
言われるがまま、セナが周囲に目を巡らす。
木の実や、果実が多く、動物の食料となるものが溢れていた。
「先生たちも、知らないの?」
湧き上がった疑問を、何気に口にした。
「知っている先生も、いるんじゃないか? ただ面倒だから、ほっとくだけで」
「凄く怠慢……」
剣術科の教師と、魔法科の教師の差に、眉間にしわが寄ってしまう。
厳しい過去の学院生活が、回想されていく。
校則など破った際、剣術科では、罰則を受けさせられていた。
それも、班ごとで受ける場合や、クラス、学年で受けることもあったのだ。
それらの記憶が、走馬灯のように、セナの頭の中に掠めていった。
(理不尽過ぎる……)
「魔法科って、ユルくって、よかったわね」
「まぁ、ユルいと言えば、ユルいな」
何とも言えない顔を、セナが覗かせていた。
「でも、メチャクチャ怒ってる時は、長時間の説教や、罰掃除なんかがあったぞ」
ふと、説教で言われたことが、染み込んでいく。
当時受けていた罰を、語ったのだ。
「それくらいなんだ……」
遠い目をしているセナ。
ムッとしているリュートだった。
バカにされた感が否めない。
力み気味に、自分たちも、苦労したんだとリュートが豪語する。
「それに、たくさんの課題が出されて、カーチスたちが、泣いていたこともあった」
剥きになっている姿に、ついつい、冷ややかな眼差しを注いでいた。
「リュートは、やらなかったの?」
「いや。やった。俺も、トリスも、クラインも、バドも」
「大変じゃなかったの?」
「別に。……面倒だったことは、確かだったが、俺たちは、苦にも、ならなかったな」
素朴な問いに、いつの間にか、リュートの対抗心が薄れていった。
ゆっくりと、昔を振り返りながら、当時のことを思い起こしている。
(懐かしいな)
楽しげに、口元が緩んでいた。
「どうして、苦にならなかったのよ。……いや、いい」
何となく、想像できてしまった。
悔しげに、顔を歪ませた。
拒否するセナに、なぜ制したんだ?と首を傾げる。
「どうせ。簡単だったとか言うでしょ? 今、上げた人たち、確か成績が、良かったメンツだもん」
不貞腐れ気味に、連想したことを吐き捨てた。
以前に、魔法科でリュートに次いで、成績がいいと、バドとクラインの名前を、挙げていたことを思い出したのである。
「……確かに、いいな。バドも、クラインも。でも、トリスは、やや下だぞ」
当たり前のように、トリスの成績が下だと、冷静に口にする姿に呆れてしまう。
「よく言えるわね、そんなこと」
「何が?」
「もういい。聞くけど、トリスは、どうして、苦にならなかったの?」
「要領がいいんだ。だから、俺たち三人の話を、少し聞いただけで、確か、書いたはずだ。ただ、完璧なものとは、言えなかったような気がする。ギリギリで、通過したって、感じだな」
これまで、見てきたトリスの行動も追加し、容易に想像できてしまった。
(抜け目ないもんね)
小さく見えていた小屋が、話している間に、大きくなっていく。
「これだったら、すぐに、戻るのにも、時間掛からないわね」
ついてきたのはいいが、距離が離れていたら、どうしようかと、不安に駆られていたのだった。
「そうだな」
「カイルが知ったら、怒るわよ」
「その時は、その時だろう」
あっけら感としている姿に、これはダメだと、さらに頭を痛めるセナだ。
「本当に、考えていないのね」
「何を?」
「対策よ」
自然と、語気が荒くなっていた。
もし、バレた場合、どうするのか、多少は、巡らせているのかと抱いていたのだ。
けれど、この言動に、何も考えていないと、はっきりと読み取ってしまう。
「対策……。いざとなったら、《瞬間移動》で」
思いついたものを咀嚼しないで、口から出した。
「魔法、嫌いじゃないの」
ギロリと、嫌味たっぷりに、セナが突っ込んだ。
うっと、言葉を詰まらせ、瞳を彷徨わせている。
じっと、セナが双眸を傾けていた。
あたふたと、落ち着きがないリュート。
さらに、意地悪な笑みが零れていた。
「リュート?」
さぁ、何か言ってみなさいと言う眼差しを巡らせている。
ギュッと、唇をリュートが噛み締めていた。
「……魔法が、嫌いだ」
苦々しい顔を滲ませている姿が、隣にあった。
(勝った)
溜飲が下がり、すっきりとするセナである。
「そう。だったら、使わないのね」
鷹揚な微笑みで、拗ねているリュートを威嚇していた。
「勿論だ」
二人は、すでに小屋の近くまで来た。
小屋の傍まで来ると、造りが簡素なものだとわかる。
「こんなところに、出入りしていたの?」
チラリと、隣を歩くリュートを窺う。
「他にも、こういう場所がある」
「暇だったのね」
思わず、呟いた言葉に、リュートが口を尖らせる。
「いろいろと、爆弾とか、花火とか、作るのが、大変だったんだぞ」
(ロクでもないものを、作っていたのね)
「それに、いろいろな仕掛けとか、カモフラージュの道具とか。暇だった訳ではない」
「今、列挙していたものは、一体、何に使っていたの?」
「校舎に、仕掛けたり、チェスターに嫌がらせするのに……。後は、面白半分で、作ってみたりして、その成果を試してみただけだ」
「ホント。ロクなこと、していないわね」
呆れた声音だ。
当時の苦労も、知らないでと、不快な顔を、前面に押し出していた。
「結構、大変だったんぞ。僅かな分量でも、爆発することもあったり、試しに爆発させた時に、威力の大きさに、大小あったりとかして。何度も、試作品を作って」
「それを、ロクでもないことって、言うのよ」
「セナ!」
抗議しようとするが、それをセナが遮る。
「いい。普通は、授業を受けているものなの。それなのに、遊んでいただけじゃない」
「……確かに、遊んでいたな」
セナの言い分に、瞬く間に納得してしまった。
「だから、ロクでもないことしているって、言っているのよ」
「でも、みんなと、遊んで楽しかったぞ。いろいろと、知ることも、多かったしな」
「リュートはね。ところで、小屋には、誰かいるみたい」
近づくにつれ、小屋から人の気配を感じ取っていた。
「そうだな」
気配を感じ取っていたが、全然、リュートは警戒していない。
さらに、歩みを進めて行く。
ドアの前で立ち止まり、無造作に扉を開けた。
「よっ」
小屋の中から、すでにリュートの存在に、気づいていたカーチスたちが、声をかけてきたのである。
魔法科の授業をサボり、小屋にトリス、クライン、カーチス、ブラーク、キムの五人が勢揃いしていたのだった。
「来ていたのか」
先ほど、姿を見せていたトリスから、みんなが来ていると耳にしていたので、小屋にいる気配が、友達だと確証していた。
「こっちに来たから、来てみようかって、言う話になってな」
ここに来た経緯を、ブラークが説明した。
そして、隣にいるセナに、視線を注ぐ。
「もしかして、剣術科の子か」
その顔が、にやけていた。
性懲りもないなと、クラインが肩を竦ませている。
「紹介しろよ、リュート」
急かせるブラークに促され、セナだと、短く紹介した。
「『十人の剣』の子か」
すでに、ある程度の知識を、トリスから聞いていたようで、身踏みするようなブラークたちの視線が、セナとしては気に入らない。
(私は、よく知らないのに、向こうは、ご存知ってことね)
奇抜ないでたちのブラーク、この場を逃げたいのが、透けて見えるキム、後ろ髪の一部を三つ編みしているカーチスを、しっかりと見据えている。
(負けないわよ)
「何、勝負したいの?」
『十人の剣』としての矜持を、前面に出している。
戦っても、負けない自信があった。
「まさか、そんな物騒なことは、しないさ。一緒に遊ばない?」
怪訝そうに、ニッコリと笑っているブラークたちを見据えている。
「ねぇ、一緒に、楽しい会話でも楽しもうよ」
考えていたことと、真反対なことを言うブラークに、虚を突かれる。
徐々に辟易し、なんて能天気な連中なのと抱く。
「飽きさせないよ。きっと、楽しいから」
ギラギラと、マリーゴールドの瞳が輝かせていた。
カーチスと、キムが、上手く行くか、行かないかと傍観し、クラインが無駄なことをし、ケガをしなければいいがと、静観していたのである。
ブラークが誘っている間も、近くにある過去の遺物がないかと、この空気に溶け込む気配をみせないトリスが物色していた。
「何をしているんだ? トリス」
無関心でいたリュートが声をかけた。
「いや。結構、使えそうなものが、あるなって」
ここ数年は、秘密基地を使用していない。
手入れすれば、まだ使えるものが、存在していたのだ。
それを、選別していたのだった。
「掘り出し物が、多い」
ブラークとは、別な意味で、瞳を輝かせている。
「そうか」
検分しているトリスに習い、自分も、面白いものを探そうとしていると、突如、肩を鷲掴みされる。
「助けなさいよ」
しつこく、誘われているのに、助けようとしないリュート。
それに対し、目じりを上げているセナだった。
「剣で、払えばいいじゃないか」
端的に言い返した。
「友達に向かって、それは、ないだろう」
物騒なことを言われ、ブラークが抗議した。
「大丈夫だ。死なないから」
平然と、リュートが構えている。
「そうだな。ケガしたら、治療してやるから」
みんなの輪の中へ、トリスも、ようやく入り込んだ。
「トリスまで、俺を、見捨てるのかよ」
「村でのナンパが、上手くいっていないからって、見境なしに、いくからだろう」
やれやれと、クラインが仲裁に入った。
そんなクラインに、咎めるような視線を、セナが巡らせている。
「見境なしって、それどういう意味よ」
言葉が足りなかったことに気づき、クラインが殊勝な態度を取る。
「ごめん。僕の言い方が、いけなかったみたいだね。ただ、村の女の子とは違って、剣術科で、訓練を受けている子が相手だと、平手打ちなんかでは、済まないかもしれないと、言いたかっただけなんだけど」
「それも、失礼ね。やるとしても、ちゃんと、手加減はするわよ」
「そうか。それは、済まなかった」
困り顔を、クラインが覗かせていた。
「村の女の子と違って、力の差があるのは、事実だろう? いくら手加減するって言っても、多少のケガがあると思うけど?」
意地悪いトリスの顔が、セナのブラウンの瞳に映っている。
息をゆっくりと吐いてから、トリスに顔を近づけた。
その表情は、ニッコリと微笑んでいる。
「そうね。でも、それぐらいは、覚悟をして貰わないと」
痛そうな顔をしているキム。
ちょっと、それはいやかもと、呟くカーチス。
それぐらいは、覚悟の上だと、意気込むブラークだった。
(何なの? こいつらは)
とても、魔法科の優秀な集団だとは思えない。
「面白いやつらだろう」
みんなの顔を、トリスが窺っていた。
「想像以上ね」
口を閉じたまま、トリスが笑って、返していた。
「でも、よく抜け出してきたな」
セナを伴ってきたことに、僅かに、クラインが驚嘆していたのだ。
剣術科から来るとしても、一人だろうと思い込んでいた。
「こっちと違って、厳重じゃなかったのか」
「抜け道は、あるさ」
平気な顔し、さらりとしている。
何も、知らないセナ。
何のこと?と、首を傾げていた。
「それより、珍しいな、こんなところに、来ているなんて」
意外な顔触れであるカーチスたちの顔を、リュートが窺っていた。
授業もサボって、村に繰り出していると、思っていた。
「抜け出すのは、簡単だけど、近頃、うるさくって」
現状の悪さを、カーチスが嘆いた。
本当は、いつも通りに、授業をサボる気でいたが、教師たちの目がうるさくって、村にいけなかったのだった。
「ラジュールが?」
「いや。別の先生が」
「村も、賑わっているからね」
クラインが、村のある方向を眺めて呟いた。
「賑わっている?」
さらに増す疑問。
渋面し、セナが苦慮していた。
そして、今度は、なぜ村が賑わっているんだと、不可思議に感じるリュートの姿もあった。
読んでいただき、ありがとうございます。




