第76話
バッサがカイルから、叱責を受けた件が片付き、落ち着きを取り戻したところで、飲み水の補給に行っていた、セナとローゼルが帰ってくる。
他の班から、先ほどまでの騒動を耳にし、災難だったねと、叱られたバッサを哀れんだ。
騒いでいたのが、嘘のように、班ごとで、それぞれの活動に入っていった。
課題のレポートを、リュートが真面目に取り組んでいる。
リュートたちの一班は、この時間帯を、課題のレポートに費やすことにし、バラバラに行動していたのだった。
活動内容は、班ごとで、時間配分を決めて行っていた。
羊紙に、書いていた、手が止まる。
ふと、顔をあげ、キラキラと、輝きをみせる美しいオラン湖を捉えていた。
周辺には、珍しい植物に、野生の動物も、見え隠れしている。
オラン湖は、フォーレスト学院の敷地にある、湖の中で、中ぐらいの大きさを占めていた。
シャール大陸の南東にある半島全体が、学院の敷地となっており、学院の他にも、四つの村や、いくつもの森や湖などが点在しているのだ。
フォーレスト学院は、とても自然が溢れている学院だった。
湖の向こう側へと、視線を注ぐ。
その場所は、現在、魔法科の生徒たちが来ていた。
「カーチスたちが、来ているのか……」
何気ない呟きが漏れていた。
「何を、やっているんだろうな」
懐かしい面々の姿を膨らませる。
不意に、口元がニンマリとしていた。
魔法科の授業風景の記憶が、呼び起こっていたのだ。
一人、輪から外れ、罠の仕掛けを作っているトリス、真面目に授業に取り組んで、わからない友達に、教えているクライン、いたずらの道具を編み出しているカーチス、ブラーク、キム。
そんな姿が、ありありと、目の前に映し出されている。
「楽しそうだな……。そう言えば、ここで……」
ふと、昔みんなで、使用していた秘密基地が、遠くないことを思い出していた。
秘密基地がある方へと、漆黒の双眸を傾ける。
入学して間もない頃、トリスがこの近くで、使われた形跡のない小屋を見つけ、遊び場となっていたのだ。
そんな秘密基地の拠点が、いくつもあった。
「そう遠くないな」
自然と、口元が緩む。
(ここ数年、行ってないか)
「何、考えているのよ」
声に導かれ、振り向く。
すると、怪訝そうな顔で、セナが睨んでいた。
班のみんなが、きちんと、課題のレポートに、取り組んでいるのかと、班長でもあり、責任感が強いセナが、自分のレポートも、そこそこに、自主的に見回りをしていたのである。
以前から、ダンとパウロに、怠ける要素が見受けられていたからだ。
そこへ、転科してきたリュートが加わり、さらに怠けクセが悪化していった。
少し前から、考え事に耽っているリュートを、観察していた。
いたずらな笑みを滲ませた瞬間。
セナの危険を知らせるシグナルが鳴り、よくないことが起こると予感させた。
「秘密基地に、行こうと思ってさ」
あっけらかんと、悪びれる様子もない。
どこか、その顔は楽しげだった。
「はぁ」
「どうなっているんだろうな」
爛々と、瞳が輝きを増している。
堂々としている姿に、信じられないものを見るような目つきで、見入ってしまう。
徐々に、セナが肩を落としていった。
これが、リュートだと思い至り、クセになりつつある、眉間のしわを伸ばす。
こんなことが、何度も、繰り返しあり、そのたびに、注意を行っていた。
けれど、いつしかケンカと言う末路を、辿っていった。
(いい、セナ。冷静に、説き伏せるのよ)
ゆっくりと、深呼吸をし、浮き足立っているリュートを捉える。
「あのね……、カイルに、決められた範囲から、出るなって、言われているでしょ? それに、今は、課題をやるって、決めて、やっている時間でしょ。全員で、ちゃんとした課題のレポートを出さないと、班全体で、罰を受けさせられるのよ」
怒声を出したいのを我慢し、状況を理解させようと、諭すように務めた。
騒ぎを起こさないようにだ。
ケンカを始めれば、目立つに決まっていた。
非常に、機嫌が悪いカイルに、叱られる訳にはいかない。
「大丈夫だ。バレなきゃいい」
「だから……」
ギリギリのところで、バカじゃないの!と、張り上げたい衝動を堪えた。
ますます、リュートが火に油を注ぐ。
「レポートだったら、ほぼ終わりに近い」
自信に満ちた声音に誘われ、ギラギラな眼光で、羊紙を覗き込む。
自分で、書いているレポートより、大部分ができており、自分が書いていた内容よりも、しっかりと仕上がっていた。
「……」
だろうと促す視線に、僅かにムッとする。
(殴ってやりたい。……セナ、我慢よ。こいつと、やり合っても、時間の無駄なんだから)
ブツブツと、唱えているような姿に、セナって、魔法使えたっけ?と、リュートが訝しげに、首を傾げていた。
「これは、いいことなんだから……」
「セナ?」
か細い声で、上手く聞き取れない。
きょとんした顔を、リュートが覗かせていた。
深い思考の渦へと、セナが入り込んでいく。
(さすが魔法の天才。けど、この短時間で、こんなに、正確で、内容が濃いものを、書くなんて、凄くムカつくんだけど。……ダメよ、ダメよ。ちゃんと、やっているんだから……)
オラン湖の周辺の、生態や植物の生殖などを書き、ここを拠点とした場合の、安全な夜営を張る場所や、手に入る食料なども、書くことになっていた。
そして、ここの地理を利用し、敵を仕留めることができるのか、逆に、どうやれば、敵の攻撃から、凌げることができるのか、その方法も課題となっていた。
それを、リュートは緻密に詳細な絵もつけ、羊紙に書き込んでいたのだった。
(油断できないわね)
まったりとしているリュートを、半眼していた。
現在の成績では、セナの方が遥かに上で、この前、行った実力テストも、差をつけて上だった。
リュートの成績は、ちょうど真ん中の位置で、実技では、まだ転科して間もないと言うこともあり、下の方だった。
だが、筆記では、上位につけていた。
総合の成績で、中盤に浮上していたのである。
辛うじて、筆記では、セナの方が、ほんの僅かな点数の差で上だった。
抜かされるのも、近いだろうと抱く、今日この頃だった。
(絶対に、負けたくない!)
ブラウンの瞳に、闘志が漲っていく。
「セナ?」
何も、喋らなくなった顔を覗き込む。
ふと、意識が戻った目の前に、リュートの顔が入り込んでいた。
「セナ?」
「な、な、何でもない」
「そうか。だったら、行ってくる」
「ちょっと、認めないって、言っているでしょ」
すっかり、行く、行かないの論争を、していたことを思い出した。
「何で?」
「ダメなものは、ダメなの」
頭から、否定するセナに、意地になっていく。
「行く」
語気を強め、言い切った。
「行かせない」
「絶対に、行く」
黒曜石の瞳に、どんな手段を使っても、行くぞと露わになっている。
それに対し、全身で、止めようと言う気迫が、セナに込められていた。
睨め合っている二人。
幾人かの、息を漏らす音だけが、聞こえていた。
同じ班のダンも、パウロも、ローゼルも、二人が何で揉めているかまでは、距離が離れていたため、把握できない。
いつもの他愛無い、口ケンカだろうと結論づけ、課題のレポートに、意識を戻していた。
「魔法科では、許されていたけど、ここでは、集団行動が鉄則よ。それを破ったら、班ごとで、罰を受けるって、何度、言えばいいの?」
完全に、剥きになっているセナ。
「バレないようにする」
大丈夫だと、リュートが胸を張っている。
「どっから、そんな自信、出てくるのよ、いい加減に、しなさいよね」
「これまでの経験?」
可愛らしく、首を傾げているリュートだった。
真面目に答える姿に、さらに怒りが増してくる。
「威張れることではない」
「威張っていない。セナが聞いたから、答えただけだ」
至って素直に、思ったことを、口に出していた。
「……」
「こっちには、目が回らないさ」
何で、セナが怒っているのか、不明瞭だと抱いても、リュートの視線の先に、カイルが遊んでいる生徒を、叱っている光景に視線に傾けていた。
生徒に対し、叱責しているとは言え、カイルは周りに神経を巡らせている。
けれど、リュートたちがいるところまでは、とても向きそうもない。
「だからってね……」
「当分は、あっちに注がれているだろうし、それに……」
セナたちは、気づいていなかった。
だが、他の教師が、こちら側を窺っていることを、リュートはすべて察知していた。
別段、大したことではないと、あえて、誰にも教えなかったのである。
剣術科の生徒たちを、監視している教師も、広範囲に散らばっている生徒たちを、窺っているのが精いっぱいで、こちら側に向けてくるとは、到底思えなかったのだった。
「それにって、何のこと?」
渋い表情のまま、セナが誰もいない森へと、傾けているリュートを見つめている。
「別に」
知らなければ、知らない方がいいだろうと思い至り、余計なことを言わない。
「セナの口さえ、黙っていれば、大丈夫」
「……だったら、私も行く」
これ以上、止めようとしても、騒ぎを大きくし、カイルに大目玉を喰らう可能性の方が大だと踏んだのだった。
だったら、面倒を最小限に収めるため、自分がついていった方が、懸命だと結論を素早く出したのだ。
「えっ」
面倒臭い表情を、滲ませている。
「何? その顔。私が行ったら、いけないの? 当分は、バレないんでしょ?」
「……」
眉間にしわを寄せていくリュート。
「その秘密基地に、連れて行ってよ。何か、問題でもあるの?」
「いや。ないけど……」
居直っているセナに、たどたどしい。
秘密基地と言っても、魔法科の友達も、知っていた。
だから、セナが知っても、何も問題がなかったのだ。
「問題児ばっかりが、集まっているところだから、さぞ面白いものが、出てくるでしょうね」
挑むような眼差しを、セナが傾けていた。
受けるリュートは、全然、気づかない。
ただ、聞かれたことに、答えるのみだ。
「面白いか、どうかは、知らないが、花火や爆弾、厄介な道具などあったか……」
近頃、いっていない秘密基地を、おぼろげに思い出しながら、指を折っていった。
様々な道具が、無造作に放置していた。
本人たちに自覚がないが、どれも危険なものばかりだ。
「……ホント。ロクなものが、ないわね」
列挙しているものに、眉を潜めている。
「でも、最近、使っていないから、劣化しているだろうな」
微かな呟きに、セナの目が見開く。
未だに、バカをやっているのかと、想像していたからだ。
(やっていないんだ……)
魔法科の校舎から、何度か、大きな爆音を聴いたことがあった。
けれど、最近は、耳にしていなかったと巡らせている。
爆音の原因が、リュートたちだったと、後に知ることとなったのだ。
「他の基地も、そうだろうな」
「他って。そこ以外にも、あるの?」
「ああ。他にも、あちらこちらにあるぞ」
開いた口が、塞がらない。
(あんたたち、これまでに、一体、いくつもの問題を起こしているのよ)
突っ込みたいのを堪えた。
「どこも、使っていないはずだ。使うとしても、カーチスたちだろうし、あいつらは、最近、村に行く方が多いからな。……もしかすると、トリスが道具の置き場所として、使っている可能性はあるか……」
思ったことを、そのまま吐露した。
寮の部屋に、置ききれなくなっていたのだった。
「置き場所?」
「いろいろだ」
「ロクなことしていないわね」
「そうか」
のん気に答える姿に、頭痛を感じ始めている。
「行くんだったら、行くぞ」
声を掛けられ、さっさとリュートが歩き出した。
その後を、胡乱げなセナが追っていった。
「ちょ、ちょっと、待ってよ」
読んでいただき、ありがとうございます。




