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とらぶる❤  作者: 彩月莉音
始まりは突然に
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第8話

 一年生の教室から戻ってみると、ミントの攻撃呪文によって、セナを含めたクラスメートが燃え尽きて全滅している無残な光景が目に飛び込む。

 愕然とクラスメートが倒れている姿を見渡した。

 ひどすぎる事実に、自分の目を疑ってしまう。


 想像していなかったのだ。

 リュートは自分がいなくなった後のことを。

 地面に倒れている瀕死状態のジンクに駆け寄る。

 声をかけても、ジンクは苦しい呻き声を漏らすだけだ。


 近くに倒れているセナにも駆け寄った。

 完全に意識を失っている。

 ジンクよりも、酷い状況だった。


「想像以上にセナは呪文に対する耐久性がないですね。ジンクは最後まで頑張っていましたよ。やはり、ミントの方が強かったですね」

 エルフで学院の保健士をしているグリンシュが呟いた。そして、カテリーナに淹れて貰ったハーブティーを優雅な仕草で飲んだ。


 絹のような滑らかな銀髪が目を捉える。

 遠くにいても、すぐに目立って、ひと目を引き寄せるような美しい容姿だ。

 ある一定の場所だけ、異世界のような世界を作り出していたのである。

 戻ってきたリュートに、セナたちの奮闘ぶりを話して聞かせるが、そんなグリンシュの態度に反吐が出て、下していた拳を握り締めていた。


「もう少し、頑張れるかと思ったのですが。あっさりと終ってしまいましたね」

「……」

「せっかく大人数でいるのですから、チーム枠を活用して、戦いに持ち込まないとダメですね。まだまだでした」

 簡素な口ぶりが、余計に胸の中にある炎に火がついた。


 お茶を楽しんでいる面々は、煙やほこりが入らないように、周囲を完全に《壁》で覆っていたのである。

 仕事を終えたと、お茶を飲んでひと息ついていた。

 まるで別世界状態だ。


 ゆっくりと、その別世界に顔を傾ける。

 その顔は引きつっていた。

 生徒たちの手当てもせずに、のどかにティータイムを過ごしていたからだ。

 何事もないようにカテリーナが優しく微笑み、話しかける。

 その視界に、無残な光景が入ってないかのようだ。


「お帰りなさい、リュート君。グリンシュが焼いたクッキーいかが? 美味しいですよ。あら、お茶を淹れてあげなくては」

 新しい白いカップに、ハーブティーを注ぎ淹れる。

 生徒の手当てよりも、戻ってきたリュートにお茶を淹れていないことを気にした。

「どうぞ」

 空席に注いだばかりの白いカップを置く。


「こちらに座ってくださいね」

 のんびりと自分のカップを取る。

 一口つけ、ほっと溜息を漏らす。

 自分の世界へと、入り込んでしまった。


 一連の動作は可愛らしいものだった。

 周囲にいる傷だらけの生徒たちがいる以外は。

 もう、誰がカテリーナに声をかけても、耳に届かない。


 クッキーを放り込み、傍観者に徹していた、この原因を作った一人であるミントは、鋭い眼光で涼しい顔でいるグリンシュを睨んでいる兄の姿に、かなり怒っているなと巡らせていたのである。

 何の手当てもされずにいる生徒たちの姿に、切れる一歩手前だ。

 ハーブティーではなく、ミントが温かいミルクを飲む。


(事態を静観しよう)


 怒りの双眸に気づきながら、グリンシュはあえて気づかない振りをみせる。

「美味しいですよ。リュート」

 声をかけても、返答が返ってこない。

 保健士の役割を果たすこともなく、のん気にお茶を楽しむ。


 自分が焼いたクッキーを食べようと、テーブルの中央にあるクッキーに手を伸ばす。

 作り出した《壁》の中に入り込み、食べようとするクッキーを奪い取った。

 入り込むには難しい《壁》に、いとも簡単にリュートが侵入したのだ。


「食べるより、治療だろう。一応、保健士だろうが!」

 のんびりと過ごしているグリンシュに噛みついた。

 さらに鋭さが増した眼光。

 それでもグリンシュは優雅に微笑み返すだけだ。


「聞いているのか」

 悦楽な笑みで、ただリュートを眺めている。

 対照的な二人。


 グリンシュから視線を離さず、ミルクを飲んでいるミントに矛先を向ける。

 自分でやっておきながら、責任を取っていないことに憤りを感じ始めていた。

「ミント!」

 怒鳴られても、怯える様子もみせない。

 視線だけをリュートに移動させた。


「なぜ、治療しない? 自分でやったことぐらい、自分で後始末ぐらいしろ」

「グリンシュがしなくって言いって、言ったもん」

 自分は悪くないと口を尖らせる。


 ミントも一通り呪文を唱えた後、治癒の呪文を施そうとしたが、それを制したのは真っ先に治療を行うべき保健士であるグリンシュだった。

 鋭い眼光を再び浴びせる。


(だからって、しないとは何だ!)


「僕が言ったのです。手当てしなくっていいですよと」

 グリンシュへと視線が移行する。

「だからって……」

「ミントを怒らないでください」

「それでも、すべきだろう」

 自分のペースを崩さないグリンシュを睨む。


 自分でした後始末もしないミントの態度を、リュートが怒っていたのだ。

 口を尖らせ、不満をブツブツと呟いているミントを眺めながら、グリンシュがなぜ手当てをしなかったのか理由を話す。

「経験ですよ」

「経験?」

「常に薬草を携帯してないと、いけませんよと言う勉強です」


 半分以上の生徒は薬草を持っていなかった。持っていた生徒も、使い前にミントに倒されたりして、一度も使うことなく戦意を失った生徒もいたのだった。

「ここは学院だろう」

「それに何事があっても瞬時に適応し、その中で自分たちが用いるすべての力を使ってしないと、大ケガをしますよと言う勉強ですね」


「やり過ぎだろう」

 珍しくリュートが突っ込んだ。

「そうでしょうか」

 首を傾げるグリンシュ。


「私はこれでも、優しい方だと思いますが?」

「この状況でか?」

「はい」

「グリ……」

 リュートが口にする前に、グリンシュが遮る。

「実際に学院の外に出たら、これ以上の状態になる時がありますよ。甘えていてはいけません。少しは痛い目に合わないと」

 温和な表情を崩さずに、的を射た言葉だった。


「……」

 癪に障ると抱きながらも、グリンシュの意見に一理あると思った。

 意識を失っているセナの傷を気遣い、反論の言葉を探す。

「けど……」

「ここには私がいます。けれど、外に出たら、誰もいませんよ。それが答えです」

 もっとも過ぎて、悔しげに唇を噛み締める。


 苦しげに呻き声をセナが上げた。

 その声に二人の視線をセナに向けられる。

「経験は必要ですよ。そう思いませんか?」

 言葉の意味を咀嚼していると、クッキーの香ばしい香りに誘われて、無意識にクッキーに視線が傾く。

 芳醇な香りに気を取られている姿に、グリンシュの透き通った緑の瞳が細められる。


「我慢は、身体によくありませんよ」

「我慢何てしていない」

 乱暴に吐き捨てた。


「していると思いますよ」

 何もかも見透かしたような瞳で見られ、いくらか気分が憂鬱になった。

 惑わされてはいけないと気持ちを震え立たせる。

 当てにならないミントたちを無視し、自分一人で治癒呪文掛けようとした。


「よしっ」

 気合いを入れる。

 いざやろうとすると、手に持っているクッキーが邪魔になった。

 いったんは置こうとするが、無性に食べたくなる。

「……」

 クッキーを口の中に放り込んだ。


(んっ、上手いぞ)


 クッキーの上手さに慕っていると、セナたちの存在をすっかり忘れている自分に気づき、急いで治癒呪文を一番酷いセナから呪文を掛けていった。

 セナの意識は目覚めなかったが、だいぶ傷が回復していたので、次に酷いジンクへと呪文を掛けに行く。

 リュートの治癒呪文によって、傷だらけのセナたちは瀕死状態から脱せた。

 一人一人状態を確かめ、適度な治癒呪文をしていった。


「ふー。かなりの法力、使ったな」

 クラスメートにかけ回っていたので、顔に疲労感が隠せない。

 瀕死状態の仲間を回復させるのに、膨大な量の法力を使ったからだ。


 青白い顔色を観察しながら、さすがリーブの息子だけはあるなと、冷静にグリンシュが感嘆する。

 この人数の手当てをするのに、かなりの量の法力が必要だった。リュートの法力の量を測るためと言う理由もあって、グリンシュは手を貸さなかったのである。


 頼もしい姿に、口元が上がっていた。

 ひとまず安心し、リュートが無言で空席に腰掛ける。

 冷たくなったハーブティーで、渇いたのどを潤した。

 グリンシュが焼いたクッキーを食べ始める。


 力を回復するために、食べるのが一番だと、次々とクッキーを食べつくそうかと言う勢いで食べていったのである。

 治癒呪文で仲間を回復させている間、ミントはグリンシュに頼まれごとをお願いされていたので姿を消していた。自分の世界に入っていたカテリーナは、すでに元の世界に脱していた。


 カテリーナとグリンシュは、クッキーを堪能している姿に、二人の母親リーブにそっくりだと懐かしい面影をダブらせていた。

「リーブにだいぶ、鍛えられましたね」


 母の話を持ち出され、手に持っていたクッキーをボロッと落とした。

 なぜ自分の母親を知っているのだと言う驚きの顔を覗かせる。

 予想の範疇の動作を窺わせるリュートに、首をすくめるグリンシュ。


 ニッコリと柔和な微笑みをカテリーナが浮かべて答える。

「同期ですもの。リーブとは」

「私は保健士である前にエルフですよ。忘れていましたね。それにリーブは、ここの卒業生と言うことも忘れていませんか?」

「……」


 何も知らないリュートのために、この学院にいる教師の大半がリーブの同期か、先輩後輩であることも付け加えてグリンシュが話す。

 絹のような滑らかな銀髪のストレートであるグリンシュが、愕然としているリュートを直視する。


 エルフの寿命は人間の数倍もある。

 エルフだと言うことを完全に忘れていたのだ。

 外見は二十五、六に見えるが、実年齢は優に百歳を超えているのである。

 目の前にワクワクと好奇心溢れる母の姿が現れ、頭の中は真っ白になってしまった。


 次の瞬間、金づちで頭を殴られ、粉々に打ち砕かれた気分を味わう。

「か……母さん」

 空になっている白いカップに、グリンシュが新たなハーブティーを注ぐ。

 この状況をとても楽しんで、そして懐かしんでいるカテリーナが可愛いですねと目配せをした。


「好きですわ」

 嬉しそうにカテリーナが呟いた。

 そこへ、ミントが疾風のごとく現れた。

 固まっている兄の姿を、不思議そうに眺めている。


「お兄ちゃん、どうかしたの?」

「何でもありませんよ。ただ、黄昏ているだけです」

「そう……」

 それ以上、深く追求しない。


 席に座ってお茶をしていたと言うことは、グリンシュたちを打ち解けたと思ったからだ。

 保健室から持ってきたファイルを、ほくそ笑んでいるグリンシュに手渡した。

 ファイルは薬草の目録だ。

 ミントから受け取ると、カテリーナから尋ねられた薬草を探す。


 ファイルを閉じながら答える。

「在庫がないようですね」

「残念ですわ」

 少しばかり期待していたカテリーナが残念がると同時に、散歩へ行けると言う期待感が膨らむ。彼女の趣味は散歩で、たびたびの休講の理由はそこにもあったのである。


「なかなか入手が、困難ですからね」

「そうなの。だから、グリンシュだと思ったの」

「そうでしたか。力に慣れず、残念です」

 きょとんとしているミント。


 穏やかな微笑みを浮かべて、グリンシュが答える。

「薬草です」

「そうなんだ」

 そっけない返事をする。

 あまり薬草に興味がないからだ。

 謎めいた宝物かとミントが期待していた。


 興味が失せたとクッキーを食べ始めたミントから、カテリーナに視線を戻した。

「他の人にも聞いてみたら、どうですか? 何か知っているかもしれませんよ」

「そうですね。そうしてみます」

 三人同時にカップに口をつけ、とても幸せな表情を漂わせている。



読んでいただき、ありがとうございます。

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