第73話
剣術科で、行われている野宿体験学習は、実際に、これまで学んだ内容を、やってみると言う体験だった。
上級学年になると、学院の外へ出て、グループごとで、旅する課題がある。
そのため、七年生から外に比べ、若干、安全な学院の敷地内で、外での実地訓練の前に、予備訓練が行われ、それが野宿体験学習でもあった。
内容は、少量の携帯用の食糧と水、それに、テント、寝袋など、最低限な物しか持っていけない、二泊三日の泊り込みだ。
剣術科の生徒たちは、すでに一泊している。
その場で、食糧を取り、水も、自分たちで確保することも、目的の一つだった。
一班のリュート、ダン、パウロの三人が、食糧調達の狩りを担当し、セナ、ローゼルの二人が、不足し始めた飲み水の補給を担当し、各々で行動を取っていたのである。
班同士は、適度な距離をあけていた。
テントを張り、食糧や飲み水の補給、出されている課題を、それぞれの班で、話し合い、班ごとで動いていたのだ。
最初は、真面目に狩りをしていたものの、すっかり飽きてしまった男子面々。
セナたちがいないことを幸いと、いつものように遊び惚けている。
他の班は、課題をしたり、稽古をしたり、食べ物や飲み水の調達など、勤しんでいたのだった。
携帯している剣で、簡単な模擬戦に興じている。
余裕なリュートと、どうしようかと、思案顔のパウロだ。
その傍らで、両者に、面白げな眼差しを送っているダン。
ただ、野次を飛ばしている。
岩の上に胡坐し、ダンが持参した携帯食を食べ、二人の戦いぶりを観戦していた。
セナに、これ以上の携帯食に、手をつけるなと、釘を刺されたにもかかわらずだ。
空腹が我慢できず、口に運んでいる。
身体がデカい分、腹の空き具合も早かった。
「簡単に、やられるなよ」
「そんな……」
悲壮感溢れる顔を、パウロが滲ませていた。
それでもダンは、容赦することがない。
ますます、あたふたとし始めるパウロだった。
「負けたら、おごりだからな」
「えっ、やだよ」
「それと、あっさり負けたり、ずっと剣を交えずに、逃げ惑っていた場合は、二倍でおごりだぞ」
不安の色が濃いパウロに、更なる不安を煽った。
逃げ腰で、なかなか前へ出ようとしないからだ。
平然と、食べて、観戦しているダンを、恨めしげに睨んでいる。
睨まれても、痛くも痒くもない。
ムッとしながらも、目の前のリュートに、パウロが集中しようとしている。
「負けたら、おごり。逃げ惑っていたら、二倍だ」
しっかりと、発せられる野次だけが、耳に入り込んでいた。
(うるさいな。少しは、黙っていてほしいな)
模擬戦を始める前に、負けた方が、俺におごりなと、ダンが言っていた。
不服を口にすると、剣術科で、修行が長いのは、パウロなんだから、数ヶ月前に来たリュートに、負けるはずがないと言われ、強制的に決まってしまったのだ。
(いくら、魔法を禁止になっているからって……)
どうしても、不安が拭えきれない。
口角を上げ、この状況を堪能している相手に、目が放せなかった。
目の前にいる相手に、特別なルールを課していた。
それは、戦いの中での、魔法を禁じていたのである。
リュートは魔法が得意で、瞬く間に、結果が出るからだ。
魔法の天才と謳われるリュートを前に、怖気ない方がおかしいと掠めている。
何せ、偉大な〈法聖〉であり、魔法に愛されていると、称されているほどのリーブの息子なのだ。
そのリーブは、魔法の称号の他に、上から三つ目の剣の称号〈剣司〉も、持っていた。
あまりに、有名な逸話を、承知しているパウロ。
黒い影が落ちない訳がない。
ただ、リュートは、この事実を、数ヶ月前に把握した。
母親の話なのに、全然、知らなかったのだ。
(リュートも、のん気だよな)
実際に、見たことがないリーブの顔を、脳裏に浮かべている。
自分勝手に、美化している姿だ。
ますます、勇敢な想像へと、変貌をしていった。
「うっ」
僅かに、顔を歪ませる。
(そんな人の息子に、勝てる訳がないよ)
泣き言しか、溢れ出ない。
「そろそろ行くぞ」
ワクワクと、黒い瞳を輝かせているリュート。
ずっと、相手の出方を待っていた。
だが、それよりも、うずうず感が勝ってしまったのだ。
「まだ、こないで」
弱気なパウロだった。
「いいじゃないか」
「ダメ」
「ケチ」
お預けを喰らい、拗ねてしまう。
剣術科に、転科したばかりの頃は、そこそこだと、鼻で笑われていた。
だが、毎日の稽古などで、メキメキと、剣の能力が、日々高くなっていったのだ。
周りにいる生徒も、リュートの高い身体能力に気づき、負けるものかと、躍起になる生徒や、やはりそうなったかと、傍観する生徒など、様々な心境を抱いていたのである。
パウロがこんなにも、腰が引ける理由は、他にもあった。
力の加減が、全然リュートができない点だ。
じゃれ合って遊んでいるのに、力を上手く抜けられず、相手に傷を負わせることが、ままあった。
痛い過去の出来事が、鮮明に頭の片隅で流れていく。
いくら、薬草を携帯しているからと言って、後で、支障が出るほどの、深手を負いたくなかったのである。
だから、できるだけ、深手を負わず、済むようにできないかと、使わない頭をフル回転で巡らせていた。
「腹をくくれ」
楽しそうなダンの揶揄に、恨みがましい顔を覗かせている。
(ダンが、やればいいのに)
二人のレベルアップのためだと豪語し、遊びの模擬戦に参戦していない。
見て回る方に、回っていたのだった。
近頃の勝敗は、パウロが負け続けている。
始めた当初は、無意識に魔法が発動してしまい、リュートがルール違反により、負けていたこともあったのだ。
だが、実力が伸びてきて、それに勝負勘も、すでに備わっていたので、剣の腕前だけで、勝つようになっていたのである。
「待っているのも、飽きた。こちらから行くぞ」
右往左往しているパウロに、楽しそうに向かっていく。
物凄いスピードで、慌てふためいているパウロに襲い掛かる。
砕けた体勢で、ダンが二人の観察を怠らない。
それに、栄養補給も忘れなかった。
(せっかちに、突っ込んでいったな。冷静さに、少し欠けるかな)
ダンの口角が上がっている。
チラリと、狼狽えているパウロを捉えていた。
(普通、あんなに、待ってくれないぞ)
リュートが、何度も剣を振り抜き、それをひたすら、パウロが交わしている。
強く打っていくリュートに対し、弱々しいながら、相手の力を利用し、剣を流していった。
上手く左右に流し、重量感のある攻撃を交わし、必死に、パウロが逃げ惑っている。
「魔法を放っても、いいぞ」
ケラケラと、笑っているダン。
二人が、ムッとしていた。
「負ける」
「痛いじゃないか」
剣で傷を負うよりも、魔法の破壊力の方が、増しているのだ。
その時の痛みが回想され、思いっきり顔を顰める。
「俺は、どっちが負けても、いいがな」
嬉しそうな顔で、試合を窺っていた。
「俺は、負けない」
倣岸に、リュートが言い放った。
撃ち続けるのを、止めずにだ。
「ただの遊びなんだから、もっと、力を抜いてよ」
恨めしげに、パウロが抗議した。
だが、撃ち込んでくる剣を弾く。
「それは、無理だ」
あっさりと、要求を撥ね退けた。
「そんな……」
悲痛な声音だ。
「後で、しっかりと、手当てしてやるから」
気楽に、ダンが叫んだ。
不敵に笑っているものの、こうして、しょっちゅう剣を交え、遊び中で、パウロの剣の能力が、上がっていることを感じ取っていたのである。
深手を負うのは、いやだと、死に物狂いで、剣を弾くことにより、剣をよく見る能力が、以前より、格段に上がっていたのだ。
「治癒で、治してやる」
剣で、押し合っているリュート。
勝つ気満々だ。
「リュートも、そう言っているんだ。足掻いてないで、さっさと負けろ」
「いやだ!」
少ない力を振り絞り、押しやって、間合いを、どうにかあけた。
息が上がっているパウロだ。
その双眸は、痛いのは、いやだと訴えている。
「まだ、そんな力が、残っていたのか」
口笛を吹くダンだった。
ふふふと、リュートが笑みを零した。
面白くってしょうがない。
魔法科にいた頃よりも、充実した日々を満喫していたのだった。
二人に構っていられるかと、懸命に、リュートの動きを窺っている。
何一つ、見逃さないと言う意気込みが、身体全体から、立ち込めていた。
「頑張るな」
からかうダンにも、パウロが突っ込まない。
ガードが固くなっていく。
そんな姿に、俄然と、やる気が湧いてくる。
「面白い」
多少は、パウロの要望を聞き、力を抜くかと、頭の中で描いていたが、歓喜が増してくると、そんな意識が薄れていく。
「面白くない」
何の反応も見せなくなったパウロが、噛み付くように吐き捨てた。
それが、合図だったかのように、リュートのスピードが、若干上昇する。
それに追随するように、パウロの目の動きも早まった。
「「……」」
黙々と、剣を追い、交わしていく。
完全に、パウロの意識が、剣に注がれていた。
「リュート。魔法は、禁止だからな」
「わかっている」
二人の会話も、耳に届かないほど、集中している。
「力任せの攻撃、相変わらずだな」
「うるさい」
「もっと、肩の力を抜けよ」
「……」
「お前の悪い癖だ」
「……」
的確なアドバイスを、ダンが送った。
チラリと、自分たちの声が、耳に入っていないパウロへと巡らせた。
(周りが見えてない。別な敵が潜んでいたら、すぐに、やられているな。後で、こってりと絞らないと)
ここで、パウロにアドバイスを送っても、無駄なことが、わかっていた。
「とにかく、力を抜いて。闇雲に撃たずに、緩急をつけてやれ」
「……わかった」
「ただ、力の加減だけは、してやれよ」
「ああ」
何だかんだ言っても、弱気なパウロを、労わっていた。
華麗な動きで、次々と、パウロに、軽傷を与えていく。
徐々に、目で、追えなくなる打撃が増えていったのだ。
腕や足、わき腹などに、負傷していく。
それでも、パウロの目の動きが、止まらない。
額からは、汗も滲み始めていた。
「悪いな」
勝負は、終わりだと、口の端を上げ、パウロの剣を弾き飛ばした。
そして、妖しき光る自分の剣先を、喉仏スレスレの位置で突き出す。
喉仏と、剣先の距離が、数ミリしかない。
完全に、動きを停止させた。
「俺の勝ちだ」
苦々しい顔で、パウロが剣を降ろしてくれと、目で訴えていた。
それに応じ、剣を鞘に仕舞う。
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