第72話
魔法科の授業に、参加する気が起こらないトリス。
のんびりと、木陰で、久しぶりの読書に明け暮れていた。
トリスが所属している魔法科のクラスでは、現在フォーレスト学院にある、オラン湖で泊りがけの授業が行われていたのである。
高度な精霊呪文の取得するためだ。
それを、堂々とサボり、リラックスしている。
細長い黒い影が、開いている本に伸びてきた。
「トリス。読書しているのか?」
声を掛けてきたのは、クラスメートであり、寮の同室でもあるクラインだ。
「借りていて、そのままだったからな」
愛嬌のある笑みを巡らせ、持っていた本を上げる。
借りていたクラインの本が、何冊も溜まり、部屋に放置されていた。
ずっと、気になっていた。
だが、時間がなく、ようやく、この時間を利用し、読んでいたのである。
「このところ、リュートのお守りだったからな」
「まぁな」
数ヶ月前の学年の終わりに、魔法科から剣術科に転科すると、突如、リュートが言い出し、何か仕出かさないかと、心配と好奇心から、剣術科の授業を窺っていた。
「幼馴染も、大変だ」
自分たちよりも、長く付き合いのあるトリスを労う。
学院からの付き合いしかないが、しみじみと、リュートといる大変さを、クラインなりに身に染みていたのだった。
「あいつといると、面白いことが、尽きないからな」
何でもないと言う顔を、滲ませている。
問題児の一人として、学院内で知らない者がいなかった。
成績が悪い訳ではない。
むしろ、魔法科では、常にトップで、その席を一度も、他の生徒に明け渡したことがなかった。
飛び級し、すでに卒業し、第一線で、活躍してもおかしくはない、実力の持ち主だった。
ただ、やる気がなく、授業をサボり、何かと、事を大きくしてしまう、傾向が強かったのだ。
「そうだな」
納得した顔で、過去の出来事を、クラインが思い返していた。
とても濃い、数年間だった。
若気の至りの思い出ばかりに、思わず苦笑してしまう。
不意に、トリスの問いかけで、意識が戻される。
「できたのか?」
「ああ。ほぼな」
来る前に、クラインは高度な精霊呪文を取得した。
苦労した色を匂わせていない。
(さすが、クラインだな)
ここ数年、クラインの能力が伸び、学年の成績でも、3位をキープしている。
「クラインのことだから、ひと通り、全部やってみたんだろう?」
「今日は、相性がよかったようだ」
あっさりと答えている姿に、トリスの口角が上がっている。
精霊呪文には、いくつかの種類があるが、テストでは幅広く出題されていた。
取得するには、かなりの時間が、必要とされていたのだ。
「四霊呪文を、こうも、あっさりとは」
感嘆な視線を込め、笑顔を覗かせているクラインを捉えていた。
精霊呪文を使うには、それぞれの精霊との相性があり、満遍なく取得するのが、非常に難しかったのである。
主に、オラン湖では、精霊呪文の中の四霊呪文を、学びに来ていたのだった。
あっさりと、自分のものにしたクラインに、賞賛するしかなかった。
器用なクラインは、傲慢な態度にもならない。
惜しみなく、人に教えたりするところが、ますます清々しいと巡らすトリスだ。
「たまたま、調子がよかっただけだろう」
一応、現在でも、リュートが所属している魔法科のA組には、魔法科の生徒の中でも、優秀な者が集まっている。
「さすがだよ」
素直に、トリスが絶賛していた。
遠くで、聞こえてくるのは、苦心する声ばかりだった。
泊りがけの授業の期間中に、完璧に取得できるのは、A組でも二、三人しかいないだろうと踏んでいたのである。
それを、ほぼ取得できているのが、凄かった。
「トリスは、いいのか」
「俺は、苦手だ」
「だからこそ、練習した方が、いいぞ」
魔法科において、トリスの成績は、A組の中で、ずば抜けていい訳ではない。
けれど、魔法科全体では、上の位置につけていた。
「どうにかなるさ」
全然、危機感のない、ゆとりある姿に、クラインが首を竦めている。
苦手と、トリスが豪語しても、テストでは抜かりなく、点数を取っていたのだ。
担任との取り組みで、決めてある約束以内の順位を、キープしているので、それほど心配はしていない。
A組の担任ラジュールは、年3回行われるテストすべてにおいて、学年で50位以内に入っていることと、必ず提出だと言われた課題さえ、出していれば、授業を出ず、何をしていても、いいと言う放任主義の教師だった。
「余裕だな」
「そうでもないさ。試験近くになったら、指導を頼む」
勉強を見て貰うのを、気軽に頼んでいた。
「俺で、いいのか?」
「剣術で、忙しそうだからな」
チラリと、リュートがいるだろうと、思える方面に、視線を巡らせる。
疑問に思ったことは、すぐにリュートや、他の友達に聞く、人懐っこさを持ち合わせていた。
「わかった」
当たり前のように、クラインも承諾した。
教えるのは、三人も、四人も、代わらなかったからだ。
成績が優秀で、教えるのが上手なので、試験近くになると、友達の試験の面倒を見ていたのである。
「そう言えば、この近くで、剣術科の生徒を見かけた」
「剣術科の生徒……?」
頭をフル回転し、リュートたちの授業の進行を巡らした。
頻繁に、剣術科に出入りしていることもあり、授業内容も、ほぼ把握済みだった。
「ああ。それだったら、確か、野宿体験学習で、オランの向こう側で、テントを張っているはずだ。久しぶりのテントだと、喜んでいたな」
「野宿か」
僅かに、眉間にしわを寄せている。
「現場調達して、数日、過ごすらしい」
「こっちとは、大違いだな」
剣術科は、テント暮らしだったが、魔法科は、小屋で過ごしていた。
食事においても、剣術科は自分たちで、狩りや木の実などを、採取をしなければならないが、魔法科では、事前に用意し、豊富な材料を持ち込んでいたのである。
快適とは思えない状況に、クラインが不憫だなと抱く。
「楽しいと思っているから、いいんじゃないのか」
「それって、リュート一人だけだろう?」
「まぁな」
リュート以外の剣術科の生徒たちが、ぼやき、気落ちしていた。
数週間前に、日程が発表され、剣術科の誰もが、不貞腐れていたのだ。
トリスの他に、授業をサボっているカーチス、ブラーク、キムが、二人の元へ駆け寄ってきた。
「何の話を、しているんだ?」
授業に飽きていたカーチス。
トリスとクラインが喋っている姿を見掛け、ブラークたちを誘い、二人の元に遊びに来たのだった。
「向こう側で、リュートたちが、野宿体験学習をしている話だ」
「えっ」
三人が、湖へ双眸を傾けた。
けれど、大きな湖のため、姿を捉えることができない。
「いるのか?」
「向こうにな」
「面倒臭いな。野宿なんて」
「そうでもないそうだ。リュートは、一人で喜んでいたらしい」
トリスから聞いた話を伝えた。
「あいつらしいな」
クラインが抱いた感想を、三人も同じに抱いた。
「じゃ、剣術科の女子も、来ているのか?」
いたずらな笑みを漂わせ、ブラークが振り返っていた。
何を企んでいるのか、想像がつくトリス。
それは、クラインも、同じことだった。
「返り討ちに合うぞ」
冷ややかな視線を、トリスが覗かせていた。
このところ、ブラークがナンパに明け暮れている。
近くにいる剣術科に、ナンパしようと、目論んでいるのを、瞬時に見抜いていた。
「トリスも、クラインもいるから、大丈夫だ」
「一緒にするな」
単純なブラークに、呆れながらクラインが吐き捨てた。
「助けるつもりはない」
一緒にされたら、たまらんと言う表情を、トリスが注いでいる。
「村で、大人気のトリスと、クラインがいれば、釣れる」
ジト目で、ブラークを窺う二人。
「きっと、剣術科でも、評判は高いぞ」
ギラギラと、マリーゴールドの目を輝かせ、自信満々に拳を握っている。
トリスとクラインは、どの村でも、イケメンなので、評判がよかった。
静かに、黙っていれば、リュートも、顔は不味くないので、人気があったのだ。
ただ、露骨に、憮然としているせいもあり、あっという間に、興味を失われていった。
「いけるぞ、今度こそ、いけるぞ」
「「あのな……」」
安易な思考に、名指しされた二人が疲れてしまう。
それも、そうだなと、カーチスとキムが、ニヤリと単純に頷いていた。
「いいじゃないか。友達なんだから、紹介してくれよ」
「無理だ」
そっけなく返事した。
「どうせ、よく行っているんだからさ」
甘えた声音で、頼み込んだ。
簡単に、頼む態度に、開いた口が塞がらない。
子供のまま、三人の成長が止まっていた。
「リュートに、頼め」
「あれは、ダメだ」
即決で、ブラークが否定した。
近くで、カーチスとキムがそうだ、そうだと頷く。
クラインも、そうだろうなと、クスッと笑っていた。
(クラインも、俺のこと、見捨てるのか)
微かに、不満げにクラインを捉えている。
声を出さず、ごめんと、呟くクラインだ。
「頼めるのは、トリスだけだ。それに、顔のいいクラインがいれば、なおいい」
「俺を、入れるな」
意気込むブラークに、突っ込んだ。
頭の中が、年中薔薇色一色だった。
きっと、一生直らないだろうと、抱かずにいられないトリスとクライン。
だからと言って、頻繁に村に連れ出されるのは、面倒だなと巡らせ、どう逃げるかと、いろいろと頭の中を駆け巡っている。
「でもさ、剣を振り回す女の子は、いやだな」
思っていることを、ついキムが口挟んだ。
「バカだな。全部が、派手な動きをする、女の子ばかりじゃないぞ」
「でも、気性が荒いのは……」
二の足を踏むキムだった。
今度は、カーチスが言い募る。
「それも、面白いじゃないか」
いいものだぞと、カーチスの顔が訴えかけていた。
((((それは、お前だけだろう))))
誰もが、カーチスの恋人のカレンの姿を、浮かび上がらせている。
みんなに、知られていないと思っているのは、当人ばかりで、二人の関係に、誰もが気づいていた。
だが、あまりに、二人が必死に隠すものだから、それに付き合い、知らない素振りを見せていたのだ。
(カレンを、好きならば……)
不意に、トリスの思考に、セナの姿を掠めていたのである。
普段のカレンは、誰に対しても、面倒見がいい姉のような存在だった。
ひとたび、豹変すれば、気性の荒さを醸し出していた。
(ま、カレン一筋みたいだし、いいっか)
「気性が荒いと言えば、セナって子も、荒そうだな」
何気なく、カーチスが漏らした。
「そうか。あれは、ただの真面目だけだろう」
セナの容姿を、クラインが振り返っていた。
「セナ……?」
どんな子だと、ブラークが首を傾げている。
「『十人の剣』の子だよ」
思い出す手がかりを、トリスが渡した。
「あ……、少し目がきつめだが、容姿がいい子だな」
ふむふむと、ニンマリと、ブラークが頷く。
「僕としては、もっと控えめで、可愛い子がいいな」
自分の理想の子を、キムが膨らませている。
「面白みがないだろう、それじゃ」
キムの理想に、ブラークがケチをつけた。
「でも、安らぎも、必要だと思うんだけど」
押しの弱いキム。
珍しく、意見を言うものの、恐々と、揺れている瞳は、どこか相手を探るようなものだ。
言いたいことがあっても、どこか押し黙って、周りについていくのが、これまでのキムだった。
「それだけじゃ、つまらない」
ブラークに言われ、瞬時に縮こまってしまう。
だが、灰色の瞳だけは、まだ、何か言いたげだ。
「好みは、それぞれだろう?」
終わりそうもない論争に、クラインが割って入ってきた。
うーんと、唸り声を漏らし、ブラークが考え込む。
「ブラークは、ブラークの。キムにはキムの」
うんうんと、何度も、キムが頷いていた。
その表情は、どこかホッとしている。
「そう焦らなくても……」
「何を言うクライン。俺たちの、ひと時の楽しみじゃないか」
俺も、含めないでほしいと言う顔を、トリスが覗かせる。
それとは違い、ブラークに賛同する、カーチスとキムであった。
(ブラークに突っ込まれていたのに、すぐにブラークにつくのか)
トリスが目を細め、楽し気にブラークと喋っているキムを捉えている。
けれど、キムが気づかない。
ヘラヘラと、笑っていたのだ。
「この時期を、謳歌しないで、なんとするか」
力説するブラーク。
ついていけないと、早々にクラインが降参している。
「だから、時間を無駄にせず、ナンパして、この華やかな時期を、楽しもうじゃないか」
カーチスとキムが、おうと声を張り上げている。
軽い二人だった。
距離があるクラスメートたちが、胡乱げに、騒いでいるカーチスたちを窺っていた。
そんなこと、お構いなしに、ブラーク、キム、カーチスが、声を、また張り上げ騒いでいる。
「謳歌するのは、お前たちだけにしてくれ。俺たちを巻き込むな」
拒絶するトリスだった。
だが、ブラークも、逃がすつもりがない。
「つまらん。お前たちが来れば、女の子の数が、増えるのに」
数を増やすために、呼ばれては溜まらんと、トリスとクラインが互いに顔をつき合わせている。
「付き合いが、悪いぞ」
不貞腐れ始めるカーチスの顔を窺う。
「何がだ」
「このところ、一段と付き合いが悪い、二人は」
二人を、指で思いっきり、カーチスが指した。
「「そ、そうか」」
同時に、惚けていた。
その裏側では、そういった自覚を、しっかりと抱いていたのである。
一人は、一段と、外で出かけるようになり。
もう一人は、一段と、図書館や一人の時間を増やしていた。
「昔は、みんなで、まとまって遊んでいたのに」
「「そうだったかな……」」
瞳を彷徨わせ、言葉を濁す二人。
逃がさないぞと言う勢いのあるカーチス。
居た堪れない二人だった。
「……そうかもしれないな、クライン」
「そうだな、トリス」
「そうだ。たまには、一緒に付き合え」
強い口調に、反論できそうもない。
「わかったよ」
「付き合うか。でも、剣術科は、やめとけ」
開いていた本を、しょうがないなと、トリスが閉じる。
「どうして」
不満げに、ブラークが詰め寄る。
「いいから」
「……だったら、村か」
切り替えの早いブラークだった。
読んでいただき、ありがとうございます。




