第69話
「ただいま」
カレンとの秘密のデートを終え、カーチスが部屋に戻ってくる。
部屋では、クラインが一人で静かに読書していた。
「早かったな」
キョロキョロと、部屋を窺っているカーチス。
「リュートは?」
いじけて拗ねているリュートが、部屋にいると思っていたのだ。
けれど、クライン一人しか、部屋にいない。
朝の不機嫌の様子を気にかけ、早々に、デートを切り上げ、寮へ戻ってきたのだった。
「出かけたようだ。帰ってきた時には、いなかった」
「そうか……」
気の抜けてしまっていた。
(それなら、もう少し、カレンといればよかった。でも、リュートのやつ、どこにいっているんだ?)
不意に、機嫌を損ねていた、朝の光景を思い起こしている。
手持ち無沙汰なカーチス。
手に持っているものに、クラインの双眸が止まっていた。
思わず、クスッとした笑みが零れてしまった。
「それは?」
「ああ、これか? リュートにと思ってな。今朝、ラジュールに提出のレポートを届けて貰った礼と思って、買ってきたのに、いないのか」
「まだ、届けていなかったのか?」
購入した理由に、クラインが眉間にしわを寄せた。
早く出せと、以前に、何度も注意していたのだった。
それが、また提出していなかったと聞き、どうしようもないやつだなと、気楽なカーチスに呆れている。
「まぁな。ところで、そっちの袋は?」
「似たようなものかな。きっと一人で、ブスッとしているだろうと思って」
机に、数種類の紙袋が置かれていた。
リュートの好きな甘いお菓子ばかりだった。
数軒の店を廻って、お菓子を購入していたのである。
「考えることは、同じってことか」
「俺は、頼んでいないぞ」
何気に、クラインが茶化してみせた。
「わかっているって。近頃、キツいぞ」
最近のツッコミが、キツいと、不満げな顔を滲ませている。
「そうか」
どこ吹く風のクラインだ。
「せっかく買ってきたのに、どこにいるんだ?」
ベッドの脇に置いてある剣に、視線を巡らすカーチス。
剣を持たずに出て行った様子から、ただの散歩と予測している。
稽古ならば、剣を持って出て行ったはずだと、単純に思ったからだ。
クラインも、同意見だった。
「そうだ。ブラークやキムも、後から合流する」
「あいつら、来るのか?」
意外だと、目を見張ってしまう。
街に、頻繁に出かけているのを把握していた。
「何か、買ってくるってさ」
「ふーん。そうか、来るのか」
サイドポケットに、手をかける。
そこには、大量に演奏会のチケットが入っていた。
(少しは、捌けるかな……)
「どうかしたのか?」
伏し目がちなカーチスの様子に気づく。
演奏会のチケットでも、渡されたかと勘繰るが、いつもよりも、気落ちしている表情の暗さが気になった。
いつもだったら、演奏会のチケットが入っているサイドポケットから、一枚取り出し、聴かないかと言ってくるからだ。
けれど、その言葉すら、まだ出てきていない。
普段だったら、部屋に入ってきた途端、詰め寄り、開口一番に演奏会、聴かないかと言ってきていたのである。
「それがな……。カレンから頼まれて……、チケットを……」
ようやく開いた口は、徐々に、口調が低くなっていった。
サイドポケットから、何枚もある演奏会のチケットを、トリスの机に置いた。
いつもの行動パターンとは違う行動に、目を細めてしまう。
「トリスに、渡すように頼まれた」
「そうか」
さらに、曇っていく顔。
完全に、何かあったと察する。
「で、カーチス。お前は、頼まれなかったのか?」
「……頼まれた。……頼まれた」
その呟きのような言葉で、すべてを察した。
「じゃ、剣術科に、振りまくのは、無理な話か」
仕掛けの道具の一部しか、置いていない机に、置いてあるチケットを窺っていた。
急に、カーチスがクラインの手を握る。
その顔は、必死の形相だ。
「助けてくれ、クライン」
「……わかった。一枚出せ」
渡された大量のチケットを、取り出した。
その量の多さに、唖然とするクラインだった。
予想していた量より、多かったのである。
これで、カレンの怒りの量が、半端ないことを示していた。
「いつものメンバーに渡しても、余る量だな」
(それを見越して、カレンのやつ、渡したか)
握る手に、力がこもる。
「そうなんだ。どうしよう、クライン」
「……手分けして、探すしかないだろう」
「どうやって? 俺たちの知っているほとんどは、持っているぞ」
焦るカーチスに対し、冷静にクラインが、チケットをどうするかと巡らす。
(ブラークたちも、働かせるとして、それだけでは、人手が足りないな……)
「だろうな。トリスの分は、剣術科の生徒たちだけで、配るとして……、剣術科の先生にも、リュートから頼んで貰って、来て貰うか。後、リュートの妹が、一年生にいたよな、そっちでも来て貰おう」
提示していくクラインの案に、ブンブンと、カーチスが頷いていく。
「後は、俺たちで、一人一人の知り合いに、声をかけていくしかないな」
「大丈夫か?」
不安な顔が拭えない。
「何とかなるだろう。とにかく、リュートが来ないと、話にならない」
「リュートのやつ。いつになったら、帰ってくる!」
「待つしかないだろう」
いきり立つ仕草に、クラインが呆れていた。
二人は、保健室で眠っているとは、思ってみなかったのである。
しばらくすると、ブラークとキムが、部屋に顔を出した。
最後に部屋に、まだ痛みが完全に癒えていないリュートが、戻ってきたのだった。
その時には、仲間たちが集っていたのだ。
演奏会のチケットの件を、どうするかと話し込んでいた。
痛々しいリュートの姿に、驚く面々。
一人で稽古し、作ったものだと、苦しい言い訳を零しただけだった。
チケットのことが、すっぽりと抜け落ち、リュートのケガで、カーチスたちが騒ぎ、自分たちが持っている薬草を持ち出し、あたふたしていたのだ。
リュートのケガのせいで、寮内は慌しくなってしまった。
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