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とらぶる❤  作者: 彩月莉音
第3章 それぞれの休日
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第68話

 誰にも知られず、稽古するために、リュートとアニスが、〈第五図書館〉の近くにある〈白露の森〉へ移動した。

 〈白露の森〉は、ある一定時間以外は、白い靄がかかった森で、教師や生徒が、めったに訪れない場所だ。

 深い靄のせいで、森の中を彷徨う場所で、危険な場所でもある。

 そこで、人に見られないように、密かにアニスは、体術の訓練をしていたのだった。


 リュートも、神出鬼没なトリスも、訪れない森だ。

 案内されたリュートは、ここなら知られず、稽古できると抱く。


 無言で、向き合っている二人。

 ある程度の距離を置いていた。

「俺の方は、いつでもいいぞ」

 やる気満々なリュートである。

 それとは対照的に、変化の様子が見えないアニス。


 どんなふうに、変わるのか、いろいろと想像を膨らませている。

 けれど、姿形が変わらない。

 本当に強くなるのか?と、疑心暗鬼が芽生え始めた。


 口を開こうとした瞬間、ようやく、アニスが動きを見せ始める。

 水辺で動かず、浮いている葉のような、穏やかなアニスが大きく深呼吸し、腹の底から出すような声音で、叫び声をあげる。

「解!」

 突如、上げられた声に、ただリュートは瞠目しているだけだった。


 小柄なアニスの身体を囲むように、風が地から巻き起こる。

 風の膜に、身体が包まれていった。

 今まで、感じたことのない威圧感だ。

 先ほどから、リュートは圧倒されている。


「!」

 不意に、アニスの全身を覆っている風の膜が、徐々に消え去ってしまった。

 風の膜で覆っていた、ただならぬオーラが、噴出してきたのだ。

 唐突に、対峙しているリュートに、段々と突き刺さっていた。

 僅かに、身体が強張っていった。


 正面にいるアニスの顔を確かめる。

 先ほどまでのアニスとは、目つきが微妙に変化していた。

 いつもの愛嬌のある笑みではない。

 普段の表情からは、想像もつかないような余裕の笑みを匂わせている。


(いつもの感じとは違うぞ。何だ、この感じは?)


 油断は禁物と、身体が訴えかけていた。

 それと同時に、面白さが込み上がってくる。


 いっこうに、アニスの口は開かない。

 ただ、目の前にいるリュートを見て、楽しんでいる笑みを零しているのみだ。

 これから起こることを、楽しむような不敵な笑みだった。


 両足を肩幅よりも、僅かに広げる。

 そして、思いっきり、アニスが拳を地面に叩きつけた。

 叩きつけた場所に、大きな円が形成された陥没ができ上がる。

 呆然と、眺めているしかできない。

 身体が、反応しなかった。

 その威力と迫力に、圧倒させられてだ。


「どうぞ。いつでも結構です」

 顔を上げた表情は、変わらない。

 ただ、目を見開いているリュートを、不敵に窺っていた。

 口調に、変化がなかった。

 だが、強気な態度が、僅かに不気味に映っている。


(何だ? ……でも、面白い)


 リュートの口角を上げっていた。

 先手必勝と、全力で、この状況を楽しんでいるアニスに、突進していく。

 腹部、目掛け、拳を入れ込もうと、攻撃を加えようとした。

 けれど、風のようにふんわりとした動きで、渾身のリュートの拳を鮮やかに交わす。


(凄い、アニス)


 剣術科のクラスメートにもいない。

 柔らかな風のように、鮮やかで、しなやかだった。

 同じような仕草が、何度となく、繰り返した。

 そのたびに、遊びまわる、そよ風のように、アニスの身体が動いている。


 襲ってくる力を、優しく包み込み、流れるような仕草で、ふんわりと交わし、大地を労わるように、そっと地面に足を下ろしていた。

 余裕な顔を崩さない。

 ニッコリと、微笑んでいたのである。

 それとは反対に、リュートの顔は悔しげに歪んでいた。


「くっ」

 攻撃が一撃も、決まらない。

 叩き込もうとした攻撃を、すべてアニスに、交わされてしまったのだ。

 ここまで見事に交わされ、なすべき術がないのは、初めてだった。


 土埃が、まだ舞い上がっていた。

 諦めていないリュートが、背後にいるアニスに、回し蹴りを入れようとした途端、右脇の腹に刺すような激痛が走る。

「グフッ」

 痛みに絶えられず、体勢が崩れた。

 円を描くように、廻そうとした足が、止まってしまった。


 襲ってくる攻撃を交わしながら、アニスは隙を見計らい、数発の拳と蹴りを打ち込んでいたのである。

 一瞬の出来事に、打ち込まれたリュートは気づかなかった。

 攻撃を交わしつつ、アニスは巧みな攻撃を仕掛けていたのだった。

 痛みに耐えながら、ようやく、その事実に気がつき、悔しさで唇を噛み締める。


 ぐらつきながらも、見失ったアニスの姿を捜した。

 態勢を戻しながら、背後にいたアニスを捉えようと、向きを変えている。

 けれど、動きが早く、追いつけない。


(早っ。次の攻撃に、転じている!)


 無傷なアニス。

 少し離れた場所で、打って変わって、次の攻撃を仕掛けようと、突進していたのだった。

 その素早い、身のこなしに、唖然としてしまう。

 全然、予想だできない。


 これまでは、防御だけに徹していた。

 だが、攻撃に、転じてきたのだ。

 舌打ちを、打つ暇もない。

 攻撃を防御する態勢を、瞬時に取るだけで、精いっぱいだった。


「遅い、遅いです」

 言葉を発すると同時に、拳や蹴りを、連打してきた。

 交わしたり、受けたりするだけで、必死だ。

 攻撃を仕掛ける余裕さえ、リュートにはない。

 流れ出る汗を、拭う暇さえないのが、現状だった。


 防御するだけで、何もかも、考えられない。

 数発に一度、身体のいろいろなところに、拳や蹴りが打ち込まれてきた。

 その拳と蹴りは、すべて急所に、当たっていた。

 僅かな力で、物凄いダメージを、リュートに与えていたのだ。


 攻撃の手を緩めない。

 スピードは、増していくばかり。


(容赦ない攻撃だな。こんなに強いとは……)


「先の攻撃を考え過ぎるから、動きが遅くなります」

「……」

 的確なアドバイスを、忘れなかった。

 そうしながらも、攻撃を仕掛けてくる。

 先の展開を、考えている分、リュートの動きは、ほんの一瞬の時間、遅れていたのだ。


「考えるより、流れに乗ってください」

 返事を返す余裕さえない、あり様だ。

 さらに、連打は、衰えなかった。

 段々と、速くなり、威力も、増していった。


 その攻撃に、すべて対応しきれなくなってく。

 攻撃を受ける量が、増えていったのである。

 痛みを感じる時間さえ、与えて貰えない状況。

 顔や腕、身体、足、すべて打ち込まれた箇所が、赤紫に変色していた。

 自慢のある体力が、限界に、近づいていった。

 時間も忘れ、稽古していたのである。


「また、攻撃を仕掛ける時間が、遅れています。集中してください」

「くそー」

 視界が歪み始め、不甲斐なさで、リュートが吐き捨てた。

 それは、同じ言葉を体術の試験後に、担任カイルに言われたことと、同じだった。


 わかっていても、慣れ親しんだ魔法とは違い、身体が自然と動かず、先の攻撃を考えている間に、動きが僅かに遅れ、相手からの攻撃を、受けたりしていたのである。

「ほら。また、考えています。空いていますよ、ここが」


 がら空きになっている腹部。

 そこに、強烈な拳を、ぶち込まれた。

 言ったことが守られていないから、その罰だと示すように、その威力は、他の攻撃と比べ、増していたのだった。


 とめどない攻撃を、仕掛けてくるアニスに、視線を注いだままだ。

 話す口調と攻撃が、合っていない。

 裂かれたような痛みが、全身を通り抜けていく。

「!」


 まともに入った拳に後退し、アニスとの距離を、辛うじて開けたのだ。

 どうにか倒れず、堪えるだけが、精いっぱいだった。

 次の攻撃を、続けることができない。

 アニスも、それを察知し、それ以上の攻撃を、仕掛けることをしなかった。

 ただ、楽しげなラベンダーの瞳で、苦痛に歪むリュートを、見据えているだけ。

 けれど、その衝撃と、痛みに耐えられなくなり、思わず、片膝を地につけてしまった。


 時間も忘れ、戦い続けていたアニス。

 疲れが見え始めている。

 微かに、乱れている呼吸を整えた。


 隙を見つけても、攻撃できず、疲労と苦痛に、リュートが耐えているだけだ。

 静かな視線で、アニスが痛みと戦っている姿を見下ろす。


「弱いです。私と稽古しようとするなら、もっと、もっと、鍛錬が必要です。物足りなかったです、もっと、楽しめるかと思っていました」

 不満げ顔を、アニスが覗かせていた。

 だが、ワクワクする高揚感が、リュートの内側から、湧き上がってくる。

 屈辱的なことを言われたのに、なぜか、楽しい気分の方が、競り勝っていた。


「……確かに、これじゃ、ダメだな」

「はい。もっと鍛錬が必要です」

「わかった」

 立ち上がろうと、ふんばりながら、目の前に立っているアニスに対し、尊敬の念を抱く。

 戦ってみたい衝動が、揺り動いた。

 歪む顔で、口角が上がっていたのだ。

 楽しい高揚感だけが失われず、増していった。


「……言っておく。俺は無意識に、魔法が出てくる。だから、気をつけろ」

「……」

 今まで魔法を使わないように、必死に堪えて戦っていた。

 そのせいもあり、体術の対応が、すべて遅れていたと言う面もあったのだ。

 だが、強いアニスの姿を目の辺りにし、気持ちが変わっていた。


 防衛のために、リュートは呪文が本能的に出てしまう話を聞かせる。

 戦いに集中すると言うことは、呪文を無意識に、唱えてしまう可能性もあるせいだ。

 だから、事前に自分のことは、知らないだろうアニスに教えたのである。

 ただ、ほくそ笑むアニス。


「ご親切に、ありがとうございます。それでは、私も、少々、魔法を使わせて貰います」

「構わない……」

 立ち上がっているリュート。

 その目つきが、変わっていた。

 そして、言い終わった瞬間、アニスは素早い動きで、胸元へ入り込んだ。


 素人同然のリュートに対し、全力で、戦っていなかった。

 多少の余力を残し、戦っていたのである。

 自分の持てる力を、すべて出し尽くし、戦おうと意思を固めた。


 瞠目しているリュートは、アニスの拳で、宙に浮かぶ。

 寸前のところで交わしたが、物凄い拳の風圧で、飛ばされてしまったのだ。

 飛ばされながらも、視界には、辛うじてアニスの姿を捉えている。

 次の攻撃を仕掛けるため、瞬く間に、ジャンプしたアニス。


 頭が真っ白になり、無意識のうちに、《火の矢》を放った。

 体術の時とは違う。

 考えずとも、ベストなタイミングで、身体が自然と呪文を唱えているのだった。

 煌々と燃える矢に、危機感を抱き、アニスはすれすれのところで、《壁》で交わせた。


 地上に、着地している二人。

 同時に、楽しそうな笑みを滲ませている。


 《壁》で防ぎきれなかったアニスの腕は、服が裂け、裂傷とやけどが、くっきりと痛々しい姿で残っている。

 《壁》で防がなかったら、瀕死の状態は、間違いなかった。

 それほど、リュートが放った《火の矢》の威力が、凄まじかったのだ。


 法力の強さがあるリュートは、レベルの低い呪文でも、その威力は、桁違いな威力があったのである。

 魔法の差を身に知っても、対面しているアニスは動じない。

 片腕を負傷しているのにも、かかわらずだ。


 小さく笑ったまま、お互いに向かって、同時に突進していった。

 打ち身だらけのリュートの蹴りを受け流し、次に、襲ってくる拳を、アニスは両手で受け止めた。

 次の瞬間、リュートの拳を掴んだまま、それを起点に、まっすぐ伸びた足を、後ろから円を描くように宙を舞い、次の攻撃を狙っていたリュートの背後に向かって、しなやかな着地する。


「凄い」

 鮮やかな仕草に、感嘆の声しか出せない。

 無駄な動きが、ないのだ。

 すべて、次の攻撃に、繋がっている。


「凄い。アニス、凄いよ」

「ありがとうございます」

 スカートの汚れを払いながら、満面の笑みを零していた。

 久しぶりの実戦の稽古に、アニスも、心から楽しんでいる。


「行きましょうか」

 二人の稽古は、続けられた。

 強力な魔法を、時々織り交ぜるリュート。

 俊敏さがあるアニスは、ギリギリのところで避け、強力な魔法を貰うこともない。

 強力な魔法を、まともに受けていたら、自分の方が、ことが切れるのが先と、本能的に感じていたのである。


 休憩を挟まず、ずっと続けられていたままだ。

 呪文攻撃を、多少受けているせいもあり、アニスの体力が落ち始めている。

 治癒系の呪文も、持っている薬草も、使わない。

 ただ、仕掛ける攻撃だけに、力を注いでいたのだ。


 打ち身だらけのリュートと、やけどや裂傷だらけのアニスの体力は、同じ量の体力しか残っていなかった。

 それほど、長い時間二人は、戦っていた。


 荒い息のまま、互いに、睨み合ったまま、ピクリとも動かない。

 互いに、喋る気力も、残っていなかった。

 戦うことが面白く、頭の中は戦うことしか、なかったのだった。


 同時に、互いに視界は、漆黒の闇の中へと入り込んだ。

 決着がつかないまま、力尽きた二人。

 仰向けになり、その場に気を失って、倒れてしまった。

 二人とも、戦いに夢中になり過ぎて、意識を失ったことにも、気づかなかった。




 稽古を静観していたグリンシュ。

 二人に近づき、激しく戦い合った傷の具合を確かめる。

 校内を見回っている最中に、戦う音がする〈白露の森〉に入っていき、戦っている二人を発見したのだった。

 そして、面白いと巡らせ、気づかれないように、稽古している様子を窺っていたのだ。


「大丈夫そうですね」

 傷だらけのアニスを、入念に調べながら呟いた。

 深い傷は一つもなく、どれも致命的にならない、浅いものばかりだった。

 意識を失った原因は、休憩なしに、長い時間、戦った疲労によるものと判断した。


 呪文攻撃を、寸前のところで交わし、僅かな攻撃しか、受けていなかったのだ。

 その身体能力の高さに、驚かされていた。


「リュート相手に、ここまでやりあうとは、凄いですね。ここまでの力があるとは、思ってもみませんでしたよ」

 意識を失っているアニスを賞賛した。

 その寝顔は、満足しきっている。

 保健士のグリンシュも、アニスの能力を、把握しているうちの一人だった。


「リュートも、診ないといけませんね」

 腰を落としていたグリンシュが、立ち上がる。

 アニスよりも、打ち身だらけのリュートへ身体を向けた。


 診立ては、アニスと同様で、疲労によって、意識を失っていたのだ。

 グリンシュは、気を失っている二人を、保健室のベッドに運ぶ。

 二人は、スヤスヤと楽しい夢を見ているような顔を覗かせ、眠り込んでいたのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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