第7話
魔法科の一年A組の担任をしているチェスターは、ウキウキした気分で、新一年生たちに授業をしていた。仏頂面で授業を受けていたミントの姿がここにはない。
(まだ、緊張感が取れないなんて、何とも私の可愛い生徒たちだ)
ミントがいなくなってから、満面の笑みを浮かべ続けている。
生徒たちは、気味悪さを敏感に感じ取っていた。
緊張しているのではなく、ドン引きしていたのである。
机と机の間を、清々しくスキップしながら歩く姿がまさに異様だ。
チェスター一人だけ、自分の世界で感動に浸っている。
生徒たちが妖しい言動に恐怖して、身体が強張っているとは思っていない。
初めての学院生活に、初々しく緊張しているだけと勘違いしていたのである。
「みんな、できたかな?」
頃合いを見て、前の教壇に戻っていく。
生徒たちも声を揃え、できたと手を挙げて告げる。
その純粋無垢な姿に嬉しい頷きをした。
実際に生徒たちの目には、ニタニタと笑う姿が気持ち悪いから従っていたにすぎない。チェスターが勝手に、いいように解釈しているだけだった。
自分の言う通りに行動してくれる生徒たちに、心が舞い上がっていた。
「それじゃ、次に誰にやって貰おうかな」
新たに指名しようと、カチカチに固まっている生徒たちを眺める。
指名しようと瞬間、チェスターに声をかけてきた者がいる。
「楽しそうだな」
「!」
声がした方へ視線を傾かせた。
瞬く間に、苦虫を潰したような顔へ変貌していく。
腕を組んで、仁王立ちしているリュートが立っていたのである。
「……」
チェスターの予測では、ミントとやり合う予定になっていた。
ただ、予測が甘かったのだ。
(くそ。予想は外れたが、あの時の俺とは違う。絶対に負けるものか。教師としての矜持に掛けて……)
「何、にやけている?」
眉がつり上がって、そして、頬もヒクヒクと動いている。
不気味に、余裕がある態度でいるチェスターを見下ろしていた。
「別に」
「そうか」
あっさりと引き、ずっと目の前にいるチェスターを一瞥している。
(何、黙っている? 何か秘策があるのか。どう打ってくる?)
「随分、楽しそうに授業しているな」
「君たちの時とは大違いだ」
ふんと、鼻先でリュートが笑う。
嘲る仕草にムッとした。
突然、上級生が現れ、一年生たちは驚き、教室内が騒ぎ始める。
クリンとした目をした生徒が、ミントのお兄ちゃんだと叫び、あっという間にリュートの存在が知れ渡った。正体がわかっても、騒ぎは止まらず、さらに大きくなるばかりだ。
騒然とする教室を鎮めようと、チェスターが動く。
「怯えなくても大丈夫ですよ。先生がいますから。静かにしてください。みなさん」
その様子を微かに目を細め、リュートが眺めている。
(何だ、あの言い方は。まるで俺が何かしたようじゃないか。俺は何もしてないぞ。くそ、チェスターめ)
騒ぎを治めようと必死になっているチェスター。
平静を取り繕うとしているが、顔が引きつっているリュート。
二人を目にした生徒たちが、静かになる訳もなかった。
手こずっているチェスターに、ほくそ笑む。
(ざまをみろ。ちゃんと先生らしく押さえろよ。できないくせに)
いっこうに騒ぎが治まる気配がない。
リュートがいる限りダメだと認識し、ギロリと薄い青色の瞳で睨めつける。
「授業の邪魔だ。関係ない生徒は外に出るように」
教師らしく振舞う姿に、くだらないと視線を外した。
再度、教室から出るように促すが出て行かない。
「……まだ、昔のこと、根に持っているのかよ。ガキと一緒だな」
指で頭を指し、余裕な態度を気取っているチェスターを挑発する。
すると、見る見るうちに、顔色が真っ赤に変貌していった。
「どうした、やるのか」
さらに挑発が続く。
「別にいいぞ。いつでも相手になるぞ」
傲岸に笑ってみせた。
ここで怒れば、リュートの思い通りになってしまうと巡らせ、グッと怒りを押さえ込む。
珍しく、なかなか挑発に乗ってこない。
(あれ? 何で乗ってこない? 前だったら、向かってきたのに……)
表情には出さずに、不可思議だと心の中で首を傾げていた。
ゆっくりと深呼吸をするチェスター。
相手が向かってこないことに、徐々にイライラを募らせていく。
「何か、勘違いしてないかな、リュート君。ミント君は、すでに一年生のレベルはできているにもかかわらず、進級したくないと言うので、授業の邪魔にならないように遊んでいなさいと言っただけですよ」
フッと不敵な笑みを零した。
(完全にリュート・クレスターを負かしたぁぁぁぁぁ)
抗議しようと口を開けかけた瞬間、それを遮る形で勝ち誇ったような口調で話しかける。
「これは君から得た教訓ですよ」
「……」
ギュッと唇をリュートが噛み締めた。
六年前のよく晴れた日。
チェスターは怒りを露わにし、魔法科の一年が使用する校舎の脇にある〈安らぎの森〉で勝手に教室から抜け出したリュートを捜していたのである。
一時間以上も、行方を捜して森の中をさまよっていた。
「くそー。リュート・クレスターは、どこへ炒った。何度も何度も、私の授業をサボって」
キョロキョロしながら、姿を捜すが、いっこうに影も形も見つからない。
入学し、リュートはまともに授業に参加していなかった。
どこかへ行方をくらませ、寮にもいない日があった。
「見つけたら、たくさん課題を出してやる」
行方を捜すため、〈安らぎの森〉の奥へと歩いていく。
枝の上に横たわりながら、必死に捜し回っている姿をぼんやりと眺めていたのである。
一年生であるリュートが、《浮遊》を使って、枝の上にいるとは想像もしていなかったのだ。
一年生には、まだ教えていない呪文だった。
「どこ、見ているんだ。俺は、ここにいるのに」
小さな声が漏れた。
「つまらないなー。なんか面白いことないかな」
見当違いな場所を捜しているマヌケな光景に、一つの悪知恵が働く。
「そうだ」
にんまりと微笑む。
チェスター目掛けて、《風の矢》を放った。
どこから放ったのかわからなくするために、《風の矢》に大きくカーブを加えた。
飛んできた《風の矢》を、チェスターはいとも簡単に交わす。
そこかと、逆に《火の矢》を放ち対抗した。
そこにリュートの姿がない。
ただ、幹の部分が丸く焦げているだけだ。
「ど、……どこだ」
狼狽しつつも、正確な状況判断能力の高さに目を見張る。
これほど、能力が高いとは思ってもみなかったのだ。
「これほどまでとは……」
神経を研ぎ澄ませるのが、教師になって日が浅いチェスターに、余計な焦りが出始める。
(落ち着くんだ。いくら能力が高いとは言え、まだ子供だ。冷静になれば、対応できる)
どこからともなく、リュートの声が木霊した。
「どこ見ている。先生」
周辺を捜すが、どこにも気配が感じられない。
(どこだ? どこに隠れている?)
「こっちだよ」
背後かと思い、勢いよく振り返る。
「違う。こっちだ」
あちらこちらで、響く声に、焦る気持ちが止まらなかった。
「どういうことだ」
怪訝しているチェスターが吐き捨てた。
呪文で自分の声が残るように細工してから、《瞬間移動》で場所を次々と変えていったのだった。
「どうした? 先生。こっちだよ」
首を動かしして、姿を追うが、見つけることができない。
「こっちでした」
悔しさに歯を食いしばる。
「こっちです」
そのうちに声が聞こえなくなっていった。そして、自分がしてやられたことにようやく気づくのだ。
唐突に声が響いた。
「大切な教室、平気かな」
ハッ。
生徒を残してきた教室を案じる。
「リュート・クレスター!」
虚しく叫び声だけが、〈安らぎの森〉で響いていた。
教室へと、《瞬間移動》で戻ってみると、教室の中はメチャクチャに破壊つくされていた。あまりの酷さに、呆然とその場に立ち尽くしている。
不意に、生徒たちがいないと気づく。
生徒たちに自習するように言って出てきたのだった。
生徒たちの姿を捜すと、外で遊び回って、他のクラスに迷惑をかけている最中だ。
(授業が……、私の授業が……)
力なく立ち尽くしている。
そこへ、チェスターの憧れの女性であるタニカ先生が現れた。まっすぐなセミロングな髪が、歩くたびに微かに揺れている。
まっすぐな髪同様に、性格もまっすぐな性格をしていた。
「タニカ先生……」
頬が少し朱に染めている。
心臓もバクバクと高鳴っていた。
「チェスター先生?」
「はい」
タニカから声をかけられ、表情がぱっと花が咲いたようだ。
ニッコリと微笑むタニカに、顔が緩んでしまう。
「先生」
「はい?」
パシーン。
頬を叩かれた渇いた音だけ響き渡る。
チェスターの顔を思いっきり平手打ちしたのだ。
「タ……タニカ先生?」
何が起こったのかわからないチェスター。
ただ、思いを寄せるタニカが怒っている表情と、叩かれた事実だけを理解できた。
「あのー」
なぜ、怒っているのか困惑気味に尋ねようとする前に、タニカが目の前に一つの箱を突き出した。
タニカと箱を交互に見比べる。
「何ですか? これは?」
「大変結構なもの、いただきましたが、お返しします」
きょとんとする顔で、受け取った箱を直視した。
プレゼントを贈った記憶がないからだ。
箱を凝視する。
タニカ好みのリボンに包装紙だ。
以前に、タニカに関する情報についてリサーチ済みだった。
どう考えも、あげた記憶がない。
「それでは」
短い一言だけを残して、呆然と立ち尽くしているチェスターの前から去ってしまった。
「先生……」
寂しそうにタニカの後ろ姿を見送った。
姿が視界からなくなってから、受け取った箱を開ける。
箱の中には……。
タニカの怒りの原因がはっきりとした。
ゲロゲロ。ゲロゲロ。
箱の中にタニカの大嫌いなカエルが入っていたのだ。
「……」
タニカの嫌いなものを知っている自分がこんなものを贈るはずがなかった。
誰かの仕業だ。
ハッとする。
こんな真似をするのは、ただ一人しかいないと苦虫を潰したような顔になった。
「リュート・クスレター。お前のせいで、タニカ先生に嫌われてしまっただろうがぁー」
フツフツと燃え上がる炎が沸き立つ。
目の前には楽しげに高笑いしているリュートの幻覚が浮かび上がった。
怒りがより一層倍増し、幻覚に向かって、《火球》を投げ放つ。
自分の愛する教室だと言うことも忘れて……。
どっかぁぁぁぁぁぁーーーーーー。
教室には大きな穴が開いた。
「……」
ここが教室であると気づいたのは、呪文を放つ瞬間だった。
自分自身で破壊した中で、チェスターの頭の中は灰のように燃え尽きた。
(教室に穴が、教室に穴が、教室に穴が……)
その場で自分が開けた穴を眺める。
読んでいただき、ありがとうございます。




