第67話
手続きを済ませたリュートとアニス。
親しげに、〈第五図書館〉から出てきたのである。
寮へ、向かう道すがら、図書館内で聞いた話について、語り合っていた。
和やかな二人だった。
邪気のない好奇心に、素直にアニスが答えていく。
「その力ってさ、叔母さんって言う人と、アニスだけなのか」
「はい、そうです」
「へぇー」
「私が、生まれるまでは、叔母一人だけでした。叔母も、数代ぶりに、能力を携えて生まれたようで、大変だったと聞いています」
「そうか」
何度も頷くリュート。
そんな姿を、微笑ましそうにアニスが眺めていたのである。
はたから見れば、恋人同士にも見えた。
当の本人たちは、そんな可愛らしい話をしていない。
元々、人気が薄い場所に、休日となって、人の気配が、さらに少なかった。
アニスの口が、柔らかい。
「必ず、生まれるって、訳じゃないのか?」
僅かに、リュートが首を傾げている。
面白い能力なのに、随分と、少ないんだなと巡らせていたのだ。
「そのようです。叔母が生まれるまでは、百年近くは、出なかったみたいです」
「へぇー」
意外だなと言う顔を滲ませている。
目の前にいるリュートは、今までの誰よりも違っていた。
警戒したり、怯んだりしない。
ただ、ニンマリと、口元を緩ませていた。
態度を変えない姿に、徐々にアニスは惹かれていく。
(リュート君って、どんな人なんだろう……)
「私には、先駆者の叔母がいてくれましたから、助かりました」
「凄いな」
「先程、話しましたが、先祖は海賊でした。男の人たちが、海に出てしまうと、陸地には女や子供、年寄りしか残りません。ですから、自然と、陸地を守るのは、女たちの役目になっていたそうです」
「確かに、そうなるな」
「当時は、他の海賊などの襲撃や、街を乗っ取ろうとするやからとか、たくさんいたようで、自分たちの住む街を守るために、女たちが戦っていました。戦っていくうちに、段々と、強さを求める遺伝子が濃く、増していく、女の人も現れたそうです。どうも、その人たちが、私たちの先祖のようで。極まれですが、海賊ではなくなった私の家の者に、隔世遺伝として、生まれてくるそうです」
「アニスの家にだけ?」
「今のところそうです。他には、聞きませんから」
「どのくらいの力が、あるんだ?」
ワクワクとした表情が、顔全体に広がっていた。
若干の戸惑いもあったが、悪い気分になることがない。
「……日常生活に、支障が出るぐらいに」
その顔は、頬を染め、テレが含まれている。
ふと、過去の失敗談を、アニスが思い返していた。
そんな仕草に気づかず、好奇心のまま、突っ込んでいく。
「それって?」
高揚している気持ちを抑えられないリュート。
久しぶりに、興味を注がれていたのである。
「触っただけで、破壊してしまう力です。テーブルとか、壁とか、いろいろと……」
味わった恥ずかしさがぶり返し、か細い声音になっていた。
最後の方は、やっと聞こえる程度だ。
能力に慣れない頃、家の物を、散々破壊していった。
その記憶が、鮮明に残っていたのである。
学院の入学する前、アニスは能力を上手く、コントロールできなかった。
悪戦苦闘しながら、日常生活を送っていた。
そして、入学する直前に、コントロールできるようになり、学院の同級生にバレないように、寮生活を過ごしていたのである。
興奮し、ウズウズ感が止まらないリュートだった。
楽しそうな姿に、アニスの口角が自然と上がっている。
不意に、どうして自分を変な目で、見ないのだろうと、疑問が浮かび上がってきた。
けれど、まだ、尋ねる勇気が出てこない。
キラキラと輝かせる、漆黒の瞳を、アニスに傾けていた。
「メチャクチャに、相手をノックダウンできるだろう? 凄い力だよな」
「はい。でも、歯止めが利かないので、大変です」
「歯止めが利かないって?」
顔を曇らせたアニスの足が止まる。
それに続いて、リュートの足も止まった。
うな垂れ気味のアニスを、捉えている。
すぐに返答が戻ってきたのに、今度の問いに、返答が返ってこない。
(どうしたんだ? 具合でも悪くなったのか、それとも……)
「どうした? お腹が減ったのか?」
自分のものさしで、考えてしまう。
「ち、ち、違います。大丈夫です」
狼狽え、顔を赤く染めている。
「じゃ、何で、歯止めが利かない?」
視線を彷徨わせ、首を傾げているリュートを見ようとしない。
それでも、アニスに双眸を注いでいた。
「……少しばかり、性格が変わるので……」
「性格?」
ますますわからないと、首を傾げている。
そんな姿に、苦笑しているアニスだった。
「……闘志に、火がつくと言うか……、とにかく、がらりと、今とは違う性格に……」
歯切れが悪いながらも、言葉を紡いでいった。
ほのかにピンク色に染めた、頬をしたアニスを窺っていた。
徐々に、その顔が、苦渋に満ちた顔を滲ませていく。
能力の秘密を解いた直後のことを、学院の友達にも話していない。
知っているのは、ごく一部の教師しか知らないことだ。
どうしても、恥ずかしいと言う観念が拭えないので、親しい友達に話せず、ひた隠しにしていたのである。
逡巡し、アニスが息を吐いた。
そして、注がれていた視線にアニスも視線を巡らせる。
二人の視線があった。
「変ですよね?」
最も話したくない部分を、話す決心を固めたのだった。
迷いがない。
とても、穏やかなラベンダーの瞳だ。
「変じゃない。凄いよ」
無邪気に言い切る姿に、心から嬉しさが込み上がっていく。
生まれ育った街の友達たちの一部は、知ってしまった途端、遠のいていったり、蔑むような目で、敬遠されてしまった過去の出来事があった。
だから、まだ知らない学院の友達に、そんな目で見られたくなかったので、隠していたのだった。
態度を全然変えない、まして、凄いと、この能力を賞賛してくれる姿勢に、感謝する気持ちが湧き起こっていた。
「あ、ありが……」
途中で、言葉が途切れてしまった。
キラキラと目を輝かせ、鼻が触れるぐらいに、頬を染めるアニスに顔を近づいていったからだ。
目の前に現れた、リュートの顔に釘付けになってしまう。
ドキッ!
さらに、顔をリンゴのように色を染めた。
まっすぐな黒い瞳から、逃れるように視線を外す。
「……あのー、か、か、顔が……」
激しく狼狽しているアニスに、顔が近づき過ぎたと気づく。
ようやく、真っ赤になっている顔から、離したのだった。
「悪っ」
「い、いえ……」
「羨ましいな」
頭の後ろに両手を持っていき、澄み切った青空を、リュートが眺めている。
動揺の隠せないアニスに、気づかない。
自分がしたことすら、気づいていなかった。
「そんな能力があるなら、実技テスト、もっと上にいけたのに……」
「……私は、リュート君が羨ましいです」
青空から、まだほんのり赤みが残るアニスに、視線を巡らせた。
「俺のこと。リュートでいい」
「えっ? ……はい……」
一瞬、絡み合った視線が、下降してしまった。
そんな敏感な思いに、ピンと来ない。
「何で、俺が羨ましいんだ?」
「……魔法、凄いじゃないですか」
「魔法か。面倒臭いだけだ。コントロールが」
心の底から、面倒臭いと表情が露わになっている。
素直な気持ちに、アニスが小さく笑っていた。
「……私も、大変です。たまに、体術の稽古をしないと、コントロールができなくって……。稽古できる場所も、限られていますし、ホント、何かと大変です」
互いに、似たような境遇だった。
思わず、顔を見合わせ、笑みが零れていた。
しばらくの間、二人は楽しそうに笑い続けている。
タイプは違うが、お互いに、同じ立場であることを、それぞれに感じ取っていたのだ。
一年生の時に、爆破されて以来、リュートの避けていたアニスは、カレンや他の友達から、リュートのことの話を聞くだけで、実際にその凄さを垣間見たのは、一度もない。
「お互いに、大変なんだ」
「そうですね」
歩き出そうとするアニスに、閃いた思いを打ち明ける。
「な、催眠術。解いてくれないか」
唐突過ぎる言葉に、瞠目している。
何も答えず、ただ真剣な顔を見張っていた。
「俺さ、実技テスト、悪かったんだ。だから、俺に稽古つけてくれないか?」
「でも……」
突然の申し出に、躊躇ってしまう。
能力を解いた姿を、人に見られたくない。
(あの姿を、人に見られたくない……、あんなふうになる姿を……。でも……)
チラリと、真剣な眼差しをしているリュートを視界に捉えている。
魔法科では、不真面目で有名だった。
だが、剣術科に移って、見違えるほど稽古している話を耳にしていた。
助けになれば、手伝いたい気持ちがあった。
けれど、すんなりと、解いた姿を見せるまでの決意が持てなかった。
「頼む。俺と稽古してくれ。……絶対に、トリスにも話さない。秘密裏でも、何でもいい。稽古してくれ」
真摯な姿勢で、瞳が揺れ動くアニス。
不意に、アニスの両肩に、手を置く。
咄嗟の出来事に、ピクリと身体を震わせる。
さらに、真剣さが増していった。
体術の心得があるトリスに、稽古を付き合って貰っていたのである。
でも、マスターできず、四苦八苦していた。
授業でも、体術を苦手としていたのだった。
この前の実力試験の体術テストで、クラスの中で、最下位と言う汚点を受けてしまうほどだ。
勝手の違う体術で、法力を抑え込みながら、体術をするのは至難の業だった。
「……無理です。生半可な力では、大ケガをしてしまいます。ですから、無理です」
いくら剣術科で、体術を習っているとは言え、素人に近い人に稽古をつけるのは、自信がない。
「ケガなら、大丈夫だ。心配しなくてもいい。ちょっとで、いいから」
諦めない姿に、心がぐらついてしまう。
大事にしたくない。
素直に、はいと返事ができなかった。
「でも……」
「俺、どうしても強くなりたい。……アニス、お前なら、俺を強くしてくれる。だから、頼む、俺に稽古してくれ」
「……」
「アニス、頼む。俺を強くしてくれ。諦めたくはない」
ふと、様子を窺ってしまった。
これまで見たことない真剣さに、フリーズしてしまう。
「どうしても、強くなりたい。初めてなんだ、面白いと感じたのは」
「……魔法は、楽しくありませんか?」
唐突な言葉に、呆気に取られ、目を見張っている。
「魔法……」
魔法が楽しいか、楽しくないかと、考えていなかったからだ。
ただ身近にあり、自分の身を守るために、身につけたに過ぎなかった。
「……わからない」
肩から手を外し、俯いてしまった。
(俺にとって、魔法って、何なんだろう? ……楽しい? 楽しくない? ただ、毎日の中に魔法があった……。俺にとって、魔法は……。……わからない)
何度、考えても、同じ答えに行き着く。
「ごめんなさい。変なこと言ってしまって」
「別に、謝る必要ない」
「でも……」
「考えてみるさ。じっくりとな」
「……」
リュートが笑ってみせた。
剣術の面白さを知ったように、アニスにも、ピアノの楽しさを知った喜びがあった。
(私に、ピアノがあったように、リュート……にも、剣術と言う打ち込めるものがある)
俯いていた顔を、僅かに上げた。
「……誰にも、話さないでください」
コクリと頷いた。
「絶対ですよ」
「うん」
「……覚悟は、いいですね」
ダメだと、諦めモードになっていたリュート。
アニスの言葉に、瞠目していた。
そして、次の瞬間、キラキラと顔を輝かせる。
「勿論」
「……わかりました。稽古の件、お受けします」
読んでいただき、ありがとうございます。




