第66話
〈第一職員室〉で、ラジュールと話し込んでいたカイルが、保健室に戻ってくる。
テーブルの席に、グリンシュとカテリーナしかいない。
けれど、誰かいた形跡が、はっきりと残っていた。
テーブルに綺麗に食べ終わった皿と、飲み干された空のカップが、置かれていたのだ。
「誰か、いたのか?」
空いた席に腰掛けた。
「ミントちゃんがいたのよ、カイル。それと、お疲れ様」
ニッコリと、微笑むカテリーナ。
その手は、カイルのために、ホールケーキを切ってあげている。
(リュートの妹が、来ていたのか……)
他の教師仲間や、リュート辺りが来たのかと、巡らせていたのである。
一番に、トリスは除外対象となっていた。
ここに、頻繁に出入りしているトリスが、学院にいないことを、承知していたからだ。
切り分けながら、ラジュールに届けに行った労を労う。
「後でも、よかったのに。随分と、お腹が減っているでしょ?」
「そうだな。上手いって、ラジュールが言っていたぞ」
「それはよかった。ねぇ、グリンシュ」
「そうですね」
手馴れた様子で、ミントが使った皿や、カップを片付け、新しいものを用意しているグリンシュ。
瞬く間に、皿と、カップが片づけていった。
何気ない視線で、二人の手際良さをカイルが見入っている。
保健室に訪れたカイルは、グリンシュから頼まれたことを、自分が先に食べるよりも、届けることを優先し、何も食べずに採点しているだろうラジュールに、止めるのも聞かず、届けに行ってしまったのだった。
お腹が、ペコペコに減っているカイル。
切ってくれたケーキを食べ始めると、グリンシュが新しいカイル好みの紅茶を、淹れ差し出したのである。
「大変だったでしょ? カイル」
きらびやかな黄緑の瞳で、カテリーナが隣にいるカイルを見つめる。
何も語らずとも、余分にディランの外回りの仕事をしていることも、把握していたのだ。
だから、身体に何か異変がないかと、確かめていたのである。
そして、疲れた身体に、一番甘いケーキを差し出したのだった。
「大丈夫だ」
「大丈夫と言って、無理すると、後が大変ですよ、カイル。食べて、のんびり過ごしたら、仮眠を取って、次の仕事をしてください」
二人の少々きつめの視線に、カイルがたじろぐ。
有無を言わさず、仮眠しろと言っていたのだ。
「お、おう」
「そうよ、カイル」
休みなく、身体を使うカイルに、心配してカテリーナも、グリンシュに同調した。
「きちんと、仮眠してください」
「……わかったよ、カテリーナ」
肩の力を抜き、クシャと笑ってみせた。
二人とも、ラジュールから外回りの警備を頼まれたことも、予測していたのである。
昔から、友達に頼まれると、断れない性格を熟知していた。
だから、無理をしてしまうカイルを、気遣っていたのだ。
カイルのために、残していたケーキや、焼き菓子をテーブルに置いた。
そんなグリンシュの行動に、違和感を憶える。
「どこか、行くのか?」
「えぇ、少し見回りに」
僅かに、目を見張っているカイルだった。
誰かいる際は、決して席を離れなかったからだ。
「後は、カテリーナがいますし、大丈夫です」
頼みますと、率先して世話をしているカテリーナに、鮮やかな緑色の視線を注いでいた。
「心配せずに、グリンシュは仕事してきてくださいね」
ニッコリと、カテリーナが微笑んだ。
「わかっています。では、二人とも」
「不審者がいたら、連絡をしろよ」
怪訝そうにしながらも、仕事を忘れない真面目なカイルに、苦笑してしまう。
(せっかく、二人っきりにさせてあげようとしているのに。しょうがない、カイルですね)
「えぇ。ですが、休憩の人には、しませんから」
「……助かる」
日課としている校内の見回りに、二人の教師を残し、静かな足取りで、グリンシュが出かけてしまったのである。
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