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とらぶる❤  作者: 彩月莉音
第3章 それぞれの休日
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第65話

 人気がないカウンターの前で、リュートが一人でいじけていた。

 誰一人として、リュートとかかわろうとする者がいない。

 ここにいる生徒が、自分だけの世界に入り込んでいたのだった。


 何気なく、視線を上げたアニス。

 いじけているリュートを、視界に捉えた。

「あれは……」


 何の躊躇いもなく、自然と歩き出した。

 再会する前では、考えられない行動だ。

 声をかけようと、近づいていく。

 だが、距離が詰まっていくと、声をかけようか、どうか、迷いが生じた。

 口がもそもそと、動くだけ。


 そんな姿に気づき、唐突にリュートが先に声をかける。

「よっ。頑張っているか?」

 くよくよと、思い悩んでいるアニスの身体が、突如かけられた言葉にフリーズしていた。

 ぎこちないラベンダー色の瞳が、揺れ動いている。


 そして、アニスの傍に来て、初めてリュートが気づく。

 瞳の色が、ラベンダーだと。

 再会した時は、深夜で、はっきりと瞳の色を見分けられなかった。


「は、はい」

 微かに、アニスの顔が強張っていた。

 だが、リュートの方に、気づく気配がない。

「先日は、ご迷惑をかけてしまって、すいませんでした」

 深々と、頭を下げて謝った。

 絹のようなサラサラしたサイドの赤褐色の髪が、しなやかに靡く。


 二人が再会した際、アニスは音楽コンクールの本選のために、猛練習に励んでおり、人の話が耳に届かないくらいに、夢中になっていたのである。

 尋常ではないアニスの集中力で、小さな騒動が起こり、それを機に、二人は一年生以来の再会を果たしたのだった。


「ラベンダーか。綺麗な瞳だな」

 見たままの感想が、リュートの口から漏れていた。

「……。……あ、あ、ありがとうございます」

 脈絡のない話に、瞬時に何を言っているのかわからなかった。

 瞳の色を褒められ、戸惑いながらも、優しい微笑みを滲ませている。


「別に。こっちはこっちで、それなりに面白かった。だから、気にするな」

 答えに困ってしまい、そうですかと、ぎこちない笑顔だ。

 自分のペースで、リュートが話していく。

 あたふたしながらも、どうにか、対応していった。


 完全に、過去の記憶が拭えていない。

 僅かに、残像が掠めている。

 けれど、徐々にそれが薄れていったのだ。


 巻き込んだ自覚がないリュートは、のん気に朗らかな態度を取っていた。

「よく、来るらしいな」

「……えぇ。そうですね」

 友人のカレンから、話を聞いていたこともあり、脈絡もなく、変わっていくリュートのペースに慣れていく。

 カレンから、人のことを考えないで、その場で、思ったことや感じたことを口にし、話すから大変と、耳にしていたのである。


「俺も、来ていたけど。会ったこと、ないよな?」

「ここで、会うのは初めてだと思います。リュート君も、こちらに足を運ぶのですか?」

 のんびりとした、穏やかな声音だ。

「ああ。暇な時にな。ここで読書している」

「そうでしたか」


 掴みどころがないところに、戸惑うこともあったが、にこやかな態度をとっていた。

 幽霊騒動の際、再会した時に、思っていたイメージと違っていると知り、強烈な恐怖が、いつの間にか払拭していたのである。

 一年生の時に、爆風で飛ばされてから、A組の教室に、リュートがいる際は、避けていたし、友人のカレンと会う時は、必ず誰かに、A組の教室にリュートがいないかと、確かめて貰っていた経緯があったのだ。

 再会するまでは、異常なほどに戦慄し、目の前のリュートを避けていたのである。


 ふと、アニスが手に持っている本に、リュートの双眸が捉えられていた。

 ひ弱そうな印象があるアニスに、似合わない体術に関連する本だ。


「……」

 凝視されている視線が居心地悪く、持っていた手に力が入ってしまう。

 そして、口を開けかけたが、閉じて、顔を俯いてしまっていた。


(どうしよう……。リュート君、見ているし……、何か言わないと)


 剣術科の生徒が持つにはおかしくないが、魔法科の生徒が読むには、珍しい本だったのだ。

 慌てふためくアニスに対し、リュートはアニスが持っている本から、視線を剥がそうとしない。

 そんな滑稽な二人を、生暖かい眼差しでビブロスが窺っていたのだ。

 二人は、近くにビブロスがいることを、完全に忘れていたのだった。


 その奇妙な取り合わせに、リュートが首を傾げる。

 〈第五図書館〉にアニスが来ること自体に驚いていたのに、体術に関連する本を持っているイメージが想像できないと、驚愕せずにはいられなかった。


 気圧されていたアニスが、意を決する。

「……これですよね?」

 持っていた本を、好奇心溢れるリュートの前に出した。

 その顔は、少し赤みをさしている。


「何で、そんなもの?」

「ビブロス先生に、特別に、貸して貰っています」

「読むのか? アニスが?」

 意外な話に、リュートが目を見開いている。

「は、はい」

 か細い声で、返事をした。


 更なる衝撃が、リュートに到来する。

 強まる視線に、さらに頬が染まっていった。


「でもさ、ここには置いてない本だよな」

「俺が、代わりに借りてきた」

 ソワソワしているアニスに代わり、カウンターで座って、二人の様子を静観していたビブロスが答えた。

 ようやく二人は、ビブロスの存在に気づいたのだった。

 面白い成り行きに、ずっと耳を済まし、二人を観察していたのである。


「何で?」

 謎だらけのピースばかりで、訳がわからない。

 恥ずかしがっているアニスと、それ以上口を開かないビブロスを、怪訝そうな眼差しで交互に見比べる。

 見当の道すら、立っていない状況だ。


(魔法科で、それも、ひ弱そうなアニスが体術の本を読む? それに、何で動こうとしないビブロスが、代わりに借りてやっている?)


 頭の中は、多くの疑問符で溢れている。

 恥ずかしさで、俯いていた顔を、僅かにアニスが上げていた。

「似合わないですよね」

 弱々しい眼差しだった。


(またか……)


 心が、水底まで落ちたような感覚に捕らわれる。

 自分でも気づかぬうちに、唇を噛み締めていた。


「そうだな。全然、違うよな」

 率直に、自分の気持ちを、リュートが吐露した。

 ますます苦しげな顔を、アニスが覗かせている。

 そんなアニスの姿を、見つめているリュートだった。

「見た目は、縁がなさそうなのに、体術に興味があるなんて、変だな。けど、好きなら、別に、いいんじゃないのか? その本を、読んでいても。読み終わったら、今度、貸してくれ」


 物怖じしない態度に、自ら尋ねたのも忘れ、目を丸くする。

 今までの人たちと違う態度に、驚いてしまった。


 その場を取り繕うとする人たちとは、違っていたのである。

 そして、知った人たちは、少しずつ離れていった。

 でも、率直に自分の気持ちを話す姿に、今までにない好感を抱く。


「そうですね。変ですよね」

 屈託のない笑みを滲ませていた。

 心の奥にしまっておいた言葉が、素直に口から発せられる。

 どこか、取り繕って、答えていたところが、今までにはあったのだ。

 けれど、今は清々しい気持ちで、自分のことが言えたのである。


「……私には、特殊能力っていいますか……、何と言えばいいのか、わかりませんが……、簡単に言いますと、怪力で、体術のスペシャリストと言う能力があるんです」

「へぇ?」

 衝撃的な告白に、マヌケな言葉が漏れる。


 あまりのマヌケな表情に、思わずアニスの方が、小さく笑ってしまった。

 小柄なアニスを、上から下まで、食い入るように凝視している。

 意外過ぎる告白が、とても信じられない。

 細い腕に、触れようとするリュートの手に……。


「い、今は、違いますぅ。……はい」

 顔を真っ赤に染め、両手を思いっきり振って、否定した。

 同年代の男に、いきなり腕を触られたことがなかったのだ。


「違う?」

 釈然とできず、首を傾げる。

「普段は、催眠術で、その能力を、内側に眠らせている」

 恥ずかしがって、言葉にならないだろうと気を利かせ、二人の会話に割って入って、隠していたアニスの秘密を、ビブロスが喋ったのである。


 以前から、その事実を把握していたビブロス。

 アニス自身から、打ち明けられていたのだ。


 驚愕している眼光が、平然としているビブロスを捉えている。

「催眠術で、眠らせている? どういうことだ、ビブロス」

 ただ、さくらんぼうのように、頬を染めているアニスだった。

 代わって、ビブロスが秘密を詳しく暴露した。


 秘められていたアニスの能力は、想像を逸脱した、凄い怪力の力と、体術に優れていることだ。

 それは、代々海を守護し、護ってきたマッケンロー家の女性だけに、隔世遺伝され、今ではアニスと、アニスの叔母が、その能力を持っていたのだった。

 その能力の高さから、普段は催眠術で、内側に眠らせていたのである。


「なんで? 女だけなんだ?」

 不意に、浮かんだ疑問を口にした。

 徐々に、落ち着きをアニスが取り戻している。

「……今は、貿易商を営んでいますが、元々は、海賊だったんです」

 喋り出したアニスに、顔を傾けた。


 視線を注がれても、そらすことをしない。

 まっすぐに、眉間にしわを寄せているリュートに、視線を巡らせていたのだった。


「海賊をしている男性に代わって、陸で港や家を護っていたのが、女性で。どうも、その関係性で、私みたいな能力が、稀に隔世遺伝されるみたいで……」

「へぇー。まったく、今は、普通なのか?」

「自己催眠をかけて、眠らせていますから。日常は普通です」

「へぇー」

 アニスの話に、感嘆するばかりだった。

 話していても、リュートからはいやな感じがなく、とても話しやすかったのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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