第64話
地下の書庫から、上がってくるリュート。
すると、一階の書棚で、見知った顔のアニスが、本を探している光景が飛び込んでくる。
(アニス……、何で……)
最近、再会したばかりの顔を忘れていない。
一年生の頃に知り合っていたが、その後は疎遠状態が続き、つい先日に再会を果たしたばかりだ。
再会した際は、すっかり、その顔を忘れていたのだった。
「似合わないな」
ボソッと、抱いた疑問を口に出した。
異質な評判がある〈第五図書館〉と、音楽に長けているアニスのイメージが、重なり合わなかった。
一般の生徒が、近づくところではない。
その奇妙さに、なぜか惹かれる。
何かを真剣に探しているようで、離れた場所にいるリュートに気づかない。
不意に、カウンターにいるビブロスに声をかける。
相変わらず、読書をしていた。
「一階で、探しているアニス、よくここに来るのか?」
熱心に、本を探している姿を、指で指した。
その指差す方向に、気怠そうに視線を巡らす。
「ああ。お前同様で、ここが好きらしい」
事実のみを伝えた。
「そうなのか?」
幼馴染のトリスでさえ、ここに出入りしていない。
気味悪いと言ってだ。
じっと、アニスを窺っているリュート。
珍しく他人に興味を示している姿に、ビブロスが瞠目している。
滑稽な表情に、思わず、口角が上がっていた。
「頻繁に、来るのか?」
「出くわしたこと、なかったか?」
「一度も、……ない……と思う」
徐々に、自信がない口調へと、変わっていった。
つい最近、顔見知りだったことを思い出したばかりだった。
だから、以前に見かけたとしても、気づくはずがなかったのだ。
(もしかすると、会っていたかもな……)
怪訝な表情で、唸り声を出している姿を、気に止めない。
飄々と、ビブロスが話を進める。
「確か、アニスは、Bだよな」
所属しているクラスを口にし、確認を取った。
「う、うん」
「音楽コンクールも、知っているか?」
読書よりも、リュートの方に興味が注がれる。
めったに人に興味を持たない性格を、熟知していたからだ。
けれど、剣術科に移り、人に対し、興味を持ち始めていたのである。
「知っている」
まさか、知っているとは思ってみなかった。
聞いたビブロスの方が、目を丸くしている。
けれど、視線をアニスに傾けたままなので、気づいていなかった。
(音楽コンクールのことを、知っているとは……。どうしたんだ、リュートのやつは)
「……クラスも違うのに、よく知っていたな」
人や物に、めったにリュートは興味を示してこなかった。
まして、クラスの違うアニスと、知り合いだったことに、戸惑いが隠せない。
グリンシュから、幽霊騒動のことで、再会した話を聞いてないビブロスだった。
だから、最近二人が、顔を合わせていたことを把握していなかった。
驚愕に、鳶色の瞳が見開く。
まっすぐに見つめられ、妙に居た堪れない。
やや頬を、染めていたのである。
「……ちょっとな」
「そうか」
自分から話さないことは、それ以上深く、聞かないことがビブロスのスタンスだ。
人には話したくないこともあると、抱くからである。
そういう一面も、リュートが好む理由の一つだった。
興味の対象であるアニスに、双眸を傾ける。
小柄なアニスは、分厚い本を捲りながら、真剣に目を通していた。
「似ているな」
微かに、目元を和ませたビブロス。
言っている意味がわからず、ビブロスに視線を巡らせる。
「誰と誰が?」
「お前と、アニスが」
「はぁ?」
信じられない意見に、あんぐりと口を開けていた。
ハトが豆鉄砲を食らったような顔だ。
思わず、小さく笑ってしまう。
数秒後に、リュートの口が、いったん閉じ、また開く。
「どこが? 全然、似てないだろう。まったく違うぞ」
「そうか。似てるぞ」
さらに、リュートが訝しげるしかない。
ニヤッと、ビブロスが不気味な笑みを零すだけだ。
何かを隠したような態度に、ムッとし、挑むような目で半眼している。
「おい。理由を言えよ」
教師に対する口調ではない。
ケロッと、ビブロスの方も、表情を崩すことがなかった。
(自分で、考えろ)
涼しい表情のままである。
腹立たしさが増す一方だ。
「テスト。筆記ができても、実技で、ダメだったんだろう?」
「……うるさい。次、見ていろ」
実技テストを思い出し、悔しさを滲ませている。
そして、話題をすり替えられたことに気づかない。
「ま、頑張れよ」
「言われなくても、やるさ」
ぶっきらぼうに、吐き捨てた。
リュートの頭は、遥か先の、次の試験で、いっぱいになっていたのである。
目を細め、意地になっているリュートを、クックックッと笑っていた。
「お前のことだ。剥きになってやるだろうな」
「当たり前だ。……」
話がすり替えられていることに、気づく。
「……それより、どこだよ」
どことなく、掴めないビブロスに詰め寄った。
「何の話だっけ……」
いっこうに、視線を合わせようとしない。
「あのなー」
惚けるビブロスを問いつめるが、軽くあしらわれた。
結局、どこが似ているのか、上手くはぐらかされてしまう。
苦虫を潰したような顔を覗かせていた。
「人に聞く前に、自分で考えろ」
「……」
「それも、勉強だ」
渋面しているリュートは、返答する言葉が見つからない。
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