第63話
ノックス村での、あらかたの買い物を終えたクライン。
寮とは、別な方向へ向かって、歩いていた。
ノックス村は、広大なフォーレスト学院の敷地内にある、四つある村のうちの一つだった。
教師や、生徒たちは、放課後や休みの日に、よく訪れる村でもある。
外れの森へと、続く道を、ひたすらに歩いていた。
教師や生徒たち、村の住人たちも、めったに入り込まない森だ。
食堂で、簡単に食事を済ませると、身の回りの不足しているものを、補充するために、村に足を伸ばしていた。
学院の寮から、ノックス村は一番近くにある村だった。
ことあるごとに、よくクラインは、一人で訪れていたのである。
連休初日に、出かける予定だったが、リュートたちと遊ぶことになり、予定が崩れてしまい、今日になってしまったのだった。
「「クライン!」」
二つの声が重なり、歩いていたクラインの耳を捉えた。
立ち止まって、振り向く。
「ブラーク、キム」
その呟きは、二人に届かない。
距離が、かなり離れていた。
二人は、飛び上がり、自分たちの存在を気づかせようと、必死だ。
クラスの中でも、長身の方で、チョコレートブラウン色の髪をしている、馴染みの深いクラインに。
声が聞こえた時点で、叫んでいる声の主が、友達のブラークとキムと把握していた。
それに、女の子をナンバするために、ノックス村に繰り出していることは、日ごろの行動からも読み取れ、そこから察することもできたのだ。
休みの日や、授業をサボり、ナンパする日常を繰り返していた。
そのために、仲のいい友達数人は、人の往来が多い、ノックス村が溜まり場になっていたのである。
女の子に、縁が遠いブラークたちは、負けても諦めず、村に足を運んでいた。
そして、いい女がいないかと、物色している時に、外れの森へと、続く道を歩いているクラインの姿を見つけ、声をかけたのだった。
女の子受けを狙っている格好に、思わず苦笑してしまった。
あまりに、奇抜過ぎるのである。
帰省していた、夏休みに購入し、寮に戻ってきた際に、みんなにお披露目したものだ。
無頓着なリュートさえ、言葉を失った奇抜さだった。
互いに、開いていた距離をつめる。
「どこ、行くんだ?」
チラッと、背後の薄暗い森をブラークが窺っている。
「散歩しながら、この先にある、果実漬けのお店を見に。おいしいって、聞いたから、来たついでに、寄ってみようかと。そっちは相変わらずか?」
奇抜ないでたちに触れない。
ブラークから借りたようで、キムの格好も、似合っていなかった。
「まぁね。その場では、話してくれるけど、その先は、続かなくってさ」
「そうか」
「でもさ、怪しいやつがいたから、からかっておいた」
いたずらめいた笑みを零したキムに、興味が引かれる。
「また、出たのか」
懲りないなと、表情が露わになっていた。
ブラークが、話に入り込む。
「ああ。やたらと、生徒の情報を聞き出そうとする、気前のいいやつがいてさ、だから、散々いたずらの話を、してやったさ」
楽しげに、過去のいたずらの話を、ブラークが喋ったのである。
「リュートのことは?」
「名前を、出さないようにしていたな」
不敵に笑っているブラーク。
さらに、話を続ける。
「学院に、飛び抜けて優秀なやつがないのかと、聞いてきたから、いるよって、答えてやった」
ブラークが、キムとアイコンタクトして声を揃える。
「「俺たちブラーク・フォスターと、キム・パウエルだ」」
二人は、しっかりとポーズまで決めた。
呆気に取られ、口が半開きになっている。
「決まっただろう」
「決まった、決まった」
自信満々に言われ、返答にクラインが困ってしまった。
「……お前たちが、気に入っているなら、いいんじゃないのか」
良いと勘違いし、二人でハイタッチしている。
そんな二人に、クラインが生暖かい眼差しを送っていた。
村へ、遊びに出かけると、よくリュートや、生徒たちの情報を、手に入れようとする諜報員に声をかけられていたのだ。
慣れたようにブラークが、声をかけてきた諜報員を、軽くあしらったのだった。
ブラークたちは、そんな諜報員に、大切な友達の情報を渡したりしない。
「後は、見かけた先生に、報告しておいたから、大丈夫だろうけど。そのせいもあって……」
隣に立つブラークに視線を巡らせ、これまでの流れを、キムが語ったのだ。
二人の浮かない様子に、小さく笑うクライン。
「こんなところまで、足を運ぶんだ」
気持ちを切り替えたキムの灰色の瞳が、建っている家が少ない、殺風景な周辺を見回している。
村の中心部とは違い、家が、まばらに建っている状態だ。
「体力使っているから、いつも以上に、甘いもの食べるからな」
自分たちの寮がある方へ、クラインが視線を移していた。
それに、促されるように二人も、同じ方へ視線を傾ける。
現在、不機嫌なリュートがいるだろう場所だ。
以前と比べ、リュートは甘いものを欲して、食べていたのである。
久しぶりに、みんなで遊んだ昨日も、甘い食べ物を片手に食べていたのだ。
「久しぶりに会ったけど、剣術科、頑張っているみたいだな」
昨日、一緒に遊んだリュートの姿を思い出し、心の底から、楽しんでいる姿を、まざまざと、浮かび上がらせていた。
最近、何が面白くないのか、知らないが、剣術科に転科する前まで、どこか不貞腐れているような感じがあったのだった。
けれど、剣術科に転科してからは、日々が充実しているようで、表情が全然違っていた。
「不貞腐れているより、楽しげな顔の方が、健全で、周りも静かでいいな」
勝手なこと言って、笑っているキム。
「お前たちが、そそのかして、騒ぎを大きくしていただろう」
「確かに」
揺るぎないクラインの指摘に、ごもっともと、素直にキムが頷く。
「確かにだな、少しのところを、リュートが勝手にだな、大きく……」
痛いところを突かれたと、しどろもどろに弁解していった。
カーチスやブラークたちがそそのかし、事が大きくなった過去があったのだ。
それらは悲惨な武勇伝として、数多く生徒たちの中で残っている。
最近は、伝説も減っていき、悲惨な武勇伝も、過去の遺物となっていた。
「もう、いいよ」
「……ところで、一緒に……」
ブラークが、言い終わらないうちに遮る。
鮮やかなマリーゴールドの瞳が、ずっとクラインの顔を、捉えていたことに気づいていた。
顔の造りが、イケているクラインをエサに、女の子を釣ろうと、画策していたのだ。
「いかない」
「おい、俺は、まだ最後まで……」
「言わなくっても、わかる。俺はいかない」
「……。クラインやトリスがいると、確率が上がるんだけどな。普通の顔してリュートも、おとなしくしていると、確率が上がるけど……」
長身のクラインを、二人が窺っている。
三人が揃っているだけで、女の子受けが格段に上がるのだった。
ただ、問題は、その三人が、女の子にさほど、興味がないことだ。
カーチスや、ブラークたちが誘っても、三人は誘いに乗ってこない。
女の子受けがいいクラインや、トリスが一緒だと、声をかけても、上手く一緒に飲むケースまで、辿り着くことができたのである。
けれど、興味がないと言う割に、二人は女の子に話を合わせ、参加している女の子を、自分のテリトリーの中に、入れ込むのが上手かった。女の子と親しくなりたいと、熱望しているブラークたちが、蚊帳の外状態になっていたのだ。
参加させるか、させないかは、微妙なところなのである。
もう一人のイケメンであるリュートが一緒の場合だと、リュートの顔や、名前で興味がそそられ、ついてくる女の子も数多くいるが、不貞腐れ、露骨にいやな表情を覗かせているリュートと、話が続かず、女の子たちが、早々に帰ってしまうケースが多かった。
結局、ブラークたちは、女の子の縁を、掴むことができなかったのだ。
「興味がないと、涼しい顔しながら、二人は持っていくからな」
恨めしそうな視線で、飄々としているクラインを凝視していた。
今後の展開を、思い浮かべて思案している。
そんなブラークに、呆れるしかない。
「でもさ、声かけても、その先がないなら、いた方が、いいんじゃないの? ブラーク」
「そうだな、エサをバラ撒かないと……」
「俺は、エサか」
エサ呼ばわりされ、自分勝手な二人に突っ込んだ。
「いいじゃないか。大体、興味がないなら、喋るな」
勝手なことばかり言うブラークに、突っ込む力もない。
「俺たちに、譲れ」
脇にいるキムは、そうだ、そうだと頷く。
「……勝手だな」
「当たり前だ。俺たちは、必死なんだ。なんだかんだで、カーチスはカレンと言う彼女がいるし、俺たちは、いないんだぞ。俺たちにだって、夢を見る権利はある」
熱がある力説に、ほとほと呆れた。
数年前から、ブラークたちの頭の中は、女の子のことしかない。
その前は、教師たちに仕掛ける、いたずらしかなかった。
「あまりカーチスを、誘うな」
「どうして?」
疑問を、キムがぶつけた。
「カレンの機嫌が、悪くなるだろう」
把握したキムが、何度も頷いた。
「知っているさ。な、キム。だから、誘い入れているのだろうが。一人、いい思いしているカーチスに、少しは痛い目にあって貰わないと、ムカつく」
「おい」
勝手なブラークの言い分に、可哀想だと、眉間にしわを寄せる。
「こじれたら、どうする?」
「その点なら、大丈夫だ。ナンパしても、あいつは楽しく、会話しているだけで、それ以上、深入りはしない。絶対に、カレンを泣かせるようなことは、しないさ。わかるだろう、クライン」
「確かに。でもな、ナンパ行って、怒られた後に、罰として演奏会の人集め、毎回大変そうだしな。穏便に二人を……」
「だから、俺たちだって、演奏会に聞きに行っているじゃないか」
二人が、胸を張っている。
やれやれと、クラインが首を竦めていた。
「多少の罰は、仕方ないよ」
頼まれただけと、苦しいカーチスの言い分に突っ込まず、ブラークたちが、チケットを受け取り、カレンが所属しているサークルの演奏会に、聞きに行っていたのである。
授業をサボっているが、演奏会の出席は皆勤賞だった。
それも、これも、付き合いの長い二人のためを思い、興味がない演奏会に、聞きにいっていた。
「一人で、春を謳歌しているのだからな。……ところで、リュートの方は、剣術科の女の子と、どうなんだ? 一緒に、朝稽古とか、してるんだろう? 何度か、一緒にいるところを、見かけたが、まずまずと、いったところじゃないか」
女の子に対し、貪欲な二人。
剣術科まで、手を伸ばすのかと嘆き、少しはその意欲を、勉強に向けたら、成績が上がるのにと、思ってしまったが、それを口にしない。
口にしたところで、答えがわかっていたからだ。
「トリスの話によると、強いらしいぞ」
以前、トリスから耳にしたセナの情報を、掻い摘んで伝える。
「そうなの」
「強い女か……、んー」
真剣に、考え込むブラーク。
そんな姿を放置し、不意に浮かんだ、疑問をキムが投げかける。
とにかく、誰でもいいから、付き合いたいブラークとは違い、明確にキムは、自分の好みの子としか、付き合いたくなかったのだ。
強い女の子であるセナが、キムにとって、興味の対象外だったのである。
「そう言えば、その子と、リュートは、どうなの?」
「あれには無理だ。異性との色恋に、興味がないからな」
思考の渦から、舞い戻ったブラークが答えた。
「そうだな。稽古仲間とか、友達といった感覚しかない。それに、女だと認識して、付き合っているかも、怪しい」
自分なりの見解を、クラインが述べた。
男とか、女とかの概念がリュートに、薄い側面があった。
大雑把なくくりしかないのである。
「それ、言えているな」
面白い意見に、ブラークはいたずらがひらめいた時の表情を垣間見せた。
「問題、起こすなよ」
ブラークの表情に気づき、これ以上の面倒は、ごめんだとクラインが釘を刺した。
平穏な日常を過ごしているのに、ブラークたちの仕掛けるいたずらで、ごたごたしたくなかった。
静かに、本を読む時間を、クラインがこよなく好んでいたし、せっかく一生懸命なリュートの邪魔になることを避けたかった。
「何も言っていないし、していないぞ」
「邪なこと、考えていただろう? せっかく頑張っているのに、水を差すなよ」
「……そうだな」
入学して共に過ごしてきた目から見ても、剣術科に移ってからの姿は、驚くほどに、一生懸命に頑張っていた。
密かに、ブラークたちクラスメートは、真面目に稽古していることに驚嘆しつつも、内心では頑張れと、応援していたのである。
「ところで、ナンパは、いいのか?」
「いや、まだまだだ。な、キム」
「うん。他のメンバーと合流して、再度挑戦」
「懲りないな」
(根気のよさと、粘り強さ。どこから、闘志が燃え上がるのか?)
「当たり前だ。ダメだったら、そっちに行く」
「来てもいいが、食べ物は持参してくれ」
「上手いもの、いくつか、見繕っていくよ」
「賑やかになりそうだな、今夜は」
昔からリュートたちの部屋は、溜まり場となって、集っていたのである。
「それはわからんぞ。上手く行く可能性だってある」
「一応、見当は祈る」
「リュートに伝えて、好きなものは、買っていくからって」
どこか、ナンパが上手く行かないと、思っているキム。
「わかった」
二人の粘り強さに、賞賛しながら、クラインが二人と別れた。
予定よりも、多く甘いものを用意しておくかと、足を進め始めながら、ブラークたちの惨敗を予想している。
二人の頭の中も、リュートの好きなものを仕入れていくかと、ナンパよりも、そちらの思考の方が広めがっていった。
読んでいただき、ありがとうございます。




