第62話
フォーレスト学院の敷地内にある、小さな湖の畔。
畔近くに直に座わり、カーチスとカレンが親しげに語らっている。
密かに、会っている場所なのだ。
二人は、密かに付き合っていた。
けれど、付き合っていることを隠していても、周囲には周知の事実として、知れ渡っていたのである。
本人たちが、秘密にしているので、周りの人間が言わないだけで、気づいていないのは、男女のことに興味がない、リュートぐらいなものだった。
小さな湖に、めったに教師も、生徒も、近づかない。
静かで、のんびりと過ごせる場所だ。
二人にとって、デートコースの一つだった。
そこで、いろいろなことを、語り合っていたのだ。
作ったサンドイッチを渡し、カーチスから飲み物を受け取り、芝生に置く。
両方、持たせておくと、一度に、両方とも、口に入れてしまいそうな勢いがあった。
だから、カーチスから、飲み物を回収したのである。
慣れた手つきで、甲斐甲斐しく、世話を焼いていた。
「ほら、パンくずが口についている。それにクリームも」
頬張っている口に、ついたパンくずを取ってあげる。
行儀が悪いと、いつも注意しても、直る気配がない。
怒っている表情とは違い、アップルグリーンの瞳が、優しげに笑っている。
「んっ、……ん」
「口に、入っている最中は、喋らない。喉に、詰まっちゃうでしょ」
話すなと言われ、頷いてみせた。
ダラしない格好で、現れたカーチス。
着替えてきてと叱り、いったん部屋に戻し、着替えさせたのである。
自分のウィークポイントの、後ろの三つ編みだけを直し、他は、その場にある服装を、ただ着込んで、待っているカレンの前に、姿を現わしたのだった。
「デートに、あんな格好しないでよね」
「うっ」
フリーズしている。
遅刻していたので、カーチスは身だしなみよりも、時間を優先させてしまったのだった。
「いつも、言っているでしょ? 身だしなみは、三つ編みだけじゃないの?」
後ろに垂れ下がっている三つ編みに、視線を巡らす。
綺麗に、整えられていた。
思わず、カーチスが口を尖らせる。
「他のことにも、気遣ってよね」
「ごめん。寝坊して……あっ……」
余計なことを口走ったと狼狽える。
世話をしていたカレンの動きが、瞬間的に止まった。
そして、ゆっくりと、目が泳ぐカーチスへ、向き直ったのだ。
「寝坊したの?」
愛想がいい顔で、問いかけた。
顔が笑っているが、物凄く眼光が光っていたのだ。
入学して以来の、付き合いの上、付き合いだして長い。
「ちょ、ちょっと……」
しどろもどろで、思案顔だ。
上手く対処しなければ、後が、物凄く怖かったのである。
解決策の糸口を探すが、なかなか見つからない。
逡巡している間に、カレンの目が細くなっていく。
「夜更かししたんでしょ?」
「っ」
「リュートたちと、一緒だったの、知ってるのよ」
さらに、愛想よく笑う。
(怖い。何で、知っているんだ?)
「……うん」
逃げ道がなく、認めざるを得ない。
ただし、視線を合わせられなかった。
「いつまでも、いたずらして喜んでいないの」
母親が子供を叱るように、カーチスを叱った。
「ごめん」
「それとも、ナンパでもしてたの? ブラークとキムも、一緒だったと、考えると?」
ギロリと、隣で萎縮し始めていたカーチスを半眼している。
ブラークとキムたちが、絡んでいる場合、村に行って、ナンパしている確率の方が高かった。
知られないように、ひた隠しにしていたが、すべて筒抜けだった。
友達から、その情報を仕入れていたのだ。
そのせいもあり、デートする前から、不機嫌だった。
けど、久しぶりのデートを楽しみたかったので、知っていても触れない。
きちんと、カーチスの好みに合わせ、サンドイッチを手作りしていた。
「えっ! ……あ……、え……」
追及されたように、リュートやクライン、ブラークたち仲のいい仲間たちと、遊んで過ごしていた。
けれど、遊びには出かけたが、村で今回はナンパをしていなかった。
ただ、純粋に、喋り合って、じゃれて遊んでいただけだ。
隠れてナンパをしていた経緯があったために、身体が自然と、萎縮してしまったのだった。
なかなか煮え切れない態度に、腹の虫が収まらない。
「どっちなの?」
冷ややかな低い声だ。
厳しい表情で、詰め寄っていく。
たじろぎ、逃げ場を探すが、見当たらない。
「こ、こん、今回は、ナンパしていない」
「今回は?」
首を傾げ、狼狽しているカーチスを見据えている。
「だったら、ナンパしていたのね、その前は?」
二の句が出ない。
実際に、いっていた。
一週間以内にだ。
脳裏に、以前にナンパがバレて、怒られた光景が、映し出されている。
「……えーと……」
黒い瞳が泳ぐ。
アップルグリーンの瞳に、問いつめられると、嘘がつけない。
「言い訳は、よろしい」
きっぱりと、吐き捨てた。
容赦ない態度に、もう謝るしかない。
けれど……。
「そ、そうじゃない、カレン。ブラークたちが、メンツ少ないから、どうしてもって。だから、しょうがなく、渋々とだな……」
プイッと、そっぽを向いた。
「ごめんなさい」
二人の間に、沈黙が流れる。
(まったく、ついていく方も、悪いのよ)
しょうがないやつと内心抱きつつ、落ち込んでいるカーチスを窺っていた。
頭を下げ、平謝り状態だ。
思わず、苦笑してしまうカレン。
自分を大切にしてくれるので、どことなく、ナンパしても、憎めないのだ。
そして、仲のいい友達と、遊んでいることに過ぎないとも理解していたのである。
ナンパと聞き、ムカつくが、別れようとは、実際に思ったことがない。
ただ、拗ねているだけだった。
「……トリスに、渡しといて」
下げていた頭を、恐る恐る上げると、そこに、いつもより、枚数が多いチケットがあった。
カレンが所属している、サークルの吹奏楽の演奏会のチケットだ。
いつも、クラインたちを誘い、聞きにいっていたのである。
「トリス? あいつも、来るのか?」
「この前、誘ったの。来るように説得したの。だから、渡しといて」
「多くないか? それにしては?」
「剣術科の友達も、誘ってって、言っておいたの」
「それでか」
合点がいくカーチス。
渡すと、すかさず、さらに枚数が多くなったチケットを、目の前にドッサリと出した。
「これは、カーチスの分」
「えっ? さっきのは……」
受け取ったばかりのチケットと、今受け取ったばかりのチケットを見比べる。
かなり量が違っていた。
「トリスの分に、決まっているでしょ?」
今回は、トリスが配るのかと、ホッと胸を撫で下ろしていた。
いつも、チケットを貰ってくれる生徒を、掻き集めに苦労していたのである。
だから、今回は開放されたのかと、安堵していたのも、束の間の出来事だった。
「じゃ、これは……。……いつもより、多くないか」
画然とした眼差しを注いでいた。
「いつもより、友達多く連れてきてね」
可愛らしく、微笑んでみせる。
いつもの、三倍の量があった。
「……限度が……」
か細い声で呟いた。
「ナンパして、親交を深めていっている友達も、多いんでしょ? たくさん、連れてきてね。楽しみにしてるから」
有無を言わせない、ニコニコと笑う姿が、カーチスの目の前にあった。
対抗する術を、持っていない。
「……わかった」
がっくりと、うな垂れる。
(今回の罰は、キツいな。どうやって、こんな人数、連れてくればいいんだ。クラインたちにも、手伝って貰うしかないな)
「練習したの。私のフルート聴いて」
顔を上げ、わだかまりもない、カレンの笑顔を眺める。
「ああ」
元気がない声音で返した。
練習した成果を、カーチスに披露する。
二人の時間は、こうして過ぎて行くのだった。
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