第61話
セナと別れた直後、寄り道をしないで、トリスが祖父が暮らすチュダ村に、足を運んだ。
家同士が点在している場所から、少し離れた位置にも、数軒の家が建っている場所があった。
その一軒の家に、慣れた足取りで入っていく。
「じいちゃん、いる?」
かまどで、火がおこしてあるだけで、人の姿がない。
さらに大きな声で、呼びかけると、奥の部屋から、ひょっこりと老人が顔を覗かせる。
愛用の道具や、武器に、研磨作業し、磨いている最中だった。
神経を研ぎ澄まし、作業していたので、トリスの気配に気づくのが、僅かに遅れてしまったのだ。
道具や武器に、研磨作業を施すのは、日課になっている。
その老人こそが、トリスの祖父ベックだった。
姿はみすぼらしいが、名が知られている有名な大盗賊の一人だ。
服を乱暴にはたき、研磨の粉やゴミを、ざっと落とす。
孫の訪問に、顔を綻ばせていた。
「終わったのか」
「問題なく、終了」
作業中の物を置き、部屋から出てきた。
自分の家のように、慣れた手つきで、二人分の飲み物を用意している孫の後ろ姿に、段々と逞しくなっていくと、ベックが感慨深げな眼差しを注いでいる。
年のせいで、めっきり外に出るのが、億劫気味になっていった。
時々、孫のトリスに、自分の仕事の手伝いをして貰っていたのである。
孫の中で、一番ベックの血が濃く、流れていたのだ。
密かに、自分の技術などを教え込んでいた。
ベックの娘は、父が自分の息子に、技術を教え込むのに、いい顔しない。
トリスの母で、ベックの娘マリーヌは、父の仕事である盗賊家業を嫌い、父親とは疎遠状態が続いていたのである。
孫たちは、年老いた祖父の身体を案じ、母親に内緒で、祖父の家に密かに訪れていたのであった。
けれど、そのことを、薄々感じ取っていたが、口に出す真似をしない。
マリーヌ自身、年老いた父親のことを、気にしていたからだ。
テーブルを挟んで、ベックが向かい側に腰掛ける。
「バイト代、もう一人分くれる?」
「珍しいな。リュートも、加わったのか?」
目を丸くしている。
ベックが頼む手伝いを、最近はトリス一人がこなしていたからだ。
数年前までは、リュートや二、三度カーチスやクラインなどの友達も、手伝っていたのである。
だが、学年が上がっていき、それぞれが別行動を取るようになってからは、小遣い稼ぎの手伝いは、一人でしていたのだった。
「リュートじゃない。別な友達」
「別なって、クライン、カーチス、後は……」
魔法科の友達の名前を、次々に上げっていった。
それらを、すべて首を振って、否定した。
「他に……」
学院の話を聞いていたベックは、まだ出していない名前を、口に出そうとする。
けれど、いっこうに思い出せない。
自分も、そろそろ来たかと、嘆きかけていた。
そんな祖父の姿に、苦笑する。
体力を落ちていたが、記憶力は、普通の人以上にあったのだ。
「ボケていないよ。剣術科に、所属しているセナって子だよ」
「剣術科……。初めてだな」
意外な言葉に、瞠目していた。
剣術科とは、そりが合わないと、耳にしていたからだ。
リュートが剣術科に移ったと知らせたが、剣術科のセナたちの話をしていなかった。
わざと、話していなかった訳ではない。
ただ、話すタイミングを、逃していただけだった。
「うん。リュートが剣術科に移ったことは、知らせただろう? リュート経由で、知り合った友達。女で、優秀だよ。そして、熱くって、まっすぐかな」
脳裏に、セナの姿を浮かべているトリス。
ベックの双眸に気づかず、自分なりのセナの評価を、口に出していった。
「そうか。いい子のようだな」
楽しそうに話す姿に、口角が上がっている。
孫から、話を聞くのが、近頃の楽しみの一つだった。
ここ数年、めっきり仕事の数が、減っていた。
その分、孫と触れ合う時間を、こよなく愛していたのだ。
「その子が、手伝ったのか」
「うん」
歳相応の、無邪気な仕草で頷いた。
セナと知りあった経緯を、ベックに話を聞かせる。
話の間、相打ちを打つものの、最後まで口を挟まない。
耳を済ませ、孫の話に耳を傾けていたのである。
「ほぉー」
勤勉なセナの姿に、心から感心する。
「将来が、楽しみじゃな」
大盗賊として、名が知られているが、むやみに人を殺生しない。
そんなベックを、義に重んじる盗賊として、民衆には人気があった。
けれど、娘マリーヌの評価が低い。
いくら民衆に人気があっても、盗賊と言う仕事を、納得できなかったのだった。
それに、めったに家に戻ってこないことも、許せない理由の一つだ。
「わかった。バイト代を出そう」
「ありがとう。じいちゃん」
「ところで、この前、カメリアがきた」
「カメリアが?」
名が出たカメリアは、トリスのすぐ下の妹である。
一人暮らしのベックを気にかけ、二ヶ月に一度、この家に訪れていた。
孫たちは、母と祖父、互いを和解させようとするが、互いに意地っ張りな性格のために、和解の道筋が立っていないのが、現状だ。
母親マリーヌの前では、祖父のベックの話は、禁句となっている。
話が出てきたのならば、機嫌が悪くなり、当り散らされた。
「いろいろと、食い物を持ってきてくれた。一人だと、作るのが面倒だから、助かる」
「そう。何を、持ってきたの?」
簡素なキッチンに、目を巡らせる。
「いろいろだ」
「へぇー」
孫の成長を楽しんでいるベック。
カメリアが作ったと、信じているようだが、実際は母親が作ったもので、こっそりと詰め込んで、持ってきたものだった。
店の手伝いや、下の弟や妹の面倒を見ていることもあり、作っている暇がなかったのである。
だから、多く作る母の料理を、いつも詰めて、持って来ていた。
「少しは、入られるのだろう? 一緒に、後で食べよう」
「うん。後これ」
漁師の家から、手に入れた地図を、ベックの前に差し出した。
受け取り、念入りに地図を、鑑定し始める。
孫の目利きを、疑っている訳ではない。
受けた依頼だからこそ、念には念を入れ、調べるのである。
「本物だな」
地図を手にしたまま、立ち上がった。
そして、湯を沸かしている、燃え盛る炎の中に、何の躊躇いもなく放り込む。
あっという間に、苦労の末、手に入れた地図が、灰と化してしまった。
苦労し、手に入れたトリスは、止めようとはしない。
平然と、燃えていく地図を、完全に燃え尽きるまで、眺めているだけだ。
請けた仕事の依頼は、地図の正当な持ち主である、没落貴族からのもので、人手に渡った地図を、本物か、贋物か、判別し、本物の場合のみ、回収し抹消することだった。
没落貴族は、今の没落生活を気に入っており、その財宝の宝で、家族や子孫が争いを起こすことを、危惧していたのである。
そして、それが、赤の他人に渡り、悪用されることも許せなかった。
だから、義に熱いと称される大盗賊ベックに、仕事を依頼したのだった。
「後、一枚だな」
ボソリと、ベックが呟いた。
残る地図は、最後の一枚になっていた。
「そうだね。そっちの方は、どうなの?」
「大丈夫だ。勉学に勤しめ」
残り一枚の場所を突き止め、ベックが一人で、回収する運びとなっていた。
心のどこかで、年老いたベックのことが、気になっていたのだ。
「……勉強なんて……」
顔を顰めている。
「勉強だけじゃない。友達と、過ごすことも、大事だ。それに、これ以上、かかわらせると、あいつに怒られる。それも、疲れるからな」
マリーヌが、何度か、怒鳴り込んできたことがあった。
子供たちに、技術を教え込むなと。
「わかった」
苦渋な表情を窺わせているベックの姿に、苦笑してしまった。
誰を、連想しているのか、わかっていたからだ。
「そうだ。新しいトラップ、開発したんだ、じいちゃん」
「どんなものだ」
新しいトラップを、開発したトリスの話に、興味が注がれる。
カメリアが、持ってきた料理を食べながら、尽きない新しいトラップの話で、盛り上がっていた。
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