第60話
リュートの妹で、一年生のミントが、ツインテールの髪を揺らしながら、一人で森の中を散策していた。
クラスメートは、友達同士で遊んだり、勉強したりして、連休を過ごすようだった。
だが、兄リュートのように、天才的な才能に恵まれているミントも、簡単な勉強をする気にもなれず、それに友達と、遊ぶ気分にもなれず、一人で森の中を、何かする目的もなく、ただ歩いていたのだ。
「暇だな」
何度目かの呟きが、漏れた。
兄リュートではなく、幼馴染のトリスの顔を思い浮かべる。
「トリスと、いたかったのに。出かけちゃって……」
頬が、プックリと膨らむ。
連休にトリスと、遊ぼうと巡らせたが、学院の外に出てしまったので、一緒の時間を過ごすことが、叶わなくなってしまったのだ。
ずんずんと、森の中を目的もなく、進めていく。
下ろす足に、段々と、力がこもっていった。
小鳥のさえずりと、柔らかな風。
葉が擦れる音しかしない森。
乱暴なミントの足音だけが木霊する。
奥へ進むにつれ、響く足音に驚き、小動物や小鳥たちが逃げていった。
「どうして、私には、何も、声をかけてくれないのよ」
連休が始まってすぐに、寮に出向くと、兄と、その友達しかいなかった。
捜していた、目当てのトリスの姿がなかったのだ。
落胆せずにはいられない。
徐々に、膨れ上がってくる苛立ちを、関係のないリュートにぶつけ、その場を後にしたのだった。
嘆息を零した。
「せっかくトリスがいる、この学院に来たのに」
唇を尖らせる。
元々、ミントは入学する意思がなかった。
屋敷で、これまで通りに、過ごす予定だった。
フォーレスト学院に入学した目的は、母リーブに命じられたことと、大好きなトリスと、少しでも一緒の時間を共有したかったからだ。
それらの理由がなければ、高度な呪文を使いこなせる能力があるのに、魔法を学ぶ学院に、入学する意味なんてなかったのである。
母リーブの元で、弟子入りして学んだと、称号が貰える魔剣審査連盟協議会に申請すれば、貰える実力は、すでに培っていたのだった。
「意味がない」
不貞腐れた顔のままで、歩いていた足が止まった。
溜まっている鬱憤を、吐き出すためだ。
目の前に、腕組みをし、不敵な笑みと共に、上級生たちが立ちはだかっていた。
その数は六人。
魔法科五年生で、素行が芳しくない男子だった。
怯む様子をみせない。
ただ、目の前に立ちはだかる男子たちを眺めている。
「さっきから、こそこそと。私に、何か用なの?」
咎めるような眼差しだ。
「さっきから、鬱陶しいだけど?」
自分の後をつけ、こそこそと、まとまって周辺に潜んでいたことを、小さいながらも、優秀なミントは、以前から気づいていた。
けれど、構うのが面倒だったので、放置していたのだった。
(バカじゃないの? 六人が固まって、探っているなんて。これだけの数がいれば、二手か、三手に分散し、探れるじゃない。そんな計算も立てられないの? この人たちは!)
意中の相手トリスがいなかったので、虫の居所がすこぶる悪かった。
六人の顔を、それぞれ目を細め、見据えている。
(……お兄ちゃんより、上? 下? ……たぶん下かしら?)
僅かに、六人の生徒の顔に、幼さが残っていた。
中央に立つ、一番柄の悪いリーダー格の男子が胸を張っている。
「一年のミント・クレスターは、お前か」
「そうだけど? 何?」
動じず、平然としたままだ。
(だから、つけていたんじゃないの?)
くだらない問いかけに、人知れず、嘆息を零していた。
満足したようで、男子たちが、汚くニヤッとしている。
ミント以外の一年生ならば、怯えていただろう。
まだ、物怖じしていないミントに、気づいていない。
校舎からも、寮からも、離れ、人を呼ぶこともできなかった。
そんな状況だったのだ。
「生意気なんだよ」
「どこが?」
「授業にも出ずにサボって、その辺、うろちょろして。目障りなんだよ」
言い掛かりを、つけてきたのである。
(ただのやっかみじゃない。くだらない。ホントにくだらない)
イラつく表情を、表に出さない。
平静を装って、男子たちを眺めているだけだ。
「そう。簡単過ぎる授業が、つまないんだもん、しょうがないじゃない? 見た限りでは、あなたたちでは、大変そうに見えるけど? 教えて、差し上げましょうか?」
ニッコリと、微笑んでみせた。
たちまち男子たちが、歯軋りするほどに、苦々しい表情を滲ませている。
語り始めたミントの口が止まらない。
「何から、教えましょうか? 二年生レベルで、いいかしら? それとも、一年生レベル?」
実際問題、素行が悪く、教科によっては、赤点を取っている男子もいたのである。
下手したら、進級も危なく、留年か退学になっていたレベルだった。
悔しさで、顔が歪み、睥睨していた。
「バカにしやがって!」
「だって、そうでしょ? 私、強いもん。あなたたち、弱そうだし」
話の内容とは、打って変わるような愛らしい表情を垣間見せた。
「痛い目みせてやる」
(最初から、そのつもりだったくせに)
男子たちは、ただ生意気なミントを、当初の予定では脅かすだけだった。
けれど、バカにされ、年下であるミントと、やり合う気持ちでいっぱいに変貌していた。
トリス不在で、不機嫌なところに、因縁をつけられ、表情とは裏腹に、機嫌の悪さが急上昇していて、上級生の男子たちを挑発し、気分転換に遊ぼうとしていたのである。
楽しげに、ミントの口角が上がっていた。
「ストレス解消させて、貰いましょう」
「バカはお前だ。どうやって、六人を相手にするつもりだ」
人数的に、有利と踏んでいたのだ。
「大丈夫よ」
不敵な笑みを覗かせたと同時に、戦闘開始の準備に、ミントが入っていく。
リュートとは、何度も戦ったことがあった。
それに、負ける気持ちがない。
自信に溢れていたのである。
動きの素早いミント。
遅れること、数十秒で、上級生たちも、臨戦体制に入るが、実力の差があり過ぎ、ミントの早い呪文攻撃を避けられない。
瞬く間に、上級生の男子たちが倒れていった。
立っているミントの周りに、気絶している男子たちがいる。
「ストレス解消にも、ならないな。この程度じゃ」
伸びている男子たちを、視界に捉えている。
だが、起き上がって、攻撃を仕掛けてくる様子もない。
冷ややかな眼差しに変わっていた。
「簡単過ぎ。もうちょっと、歯応えがあるかと思ったけど」
数度の呪文攻撃で、倒れるとは思ってもみなかった。
倒れても、起き上がって、仕掛けてくる余力があると、踏んでいたのだ。
レベルに合わせ、威力を抑えて、攻撃呪文を放っていたつもりだった。
けれど、実際は、起き上がることもできず、意識を完全に失っていたのだ。
不満が溜まっていたせいで、手加減をしたつもりが、できていなかった。
味気がないと、溜息を吐いた。
手に持っていた薬草を置き、その場から、姿を消したのだった。
姿を現わしたのは、保健士グリンシュがいる保健室だ。
リュートたちの溜まり場の一つだった。
ミントも、頻繁に、ここに姿を出しては、グリンシュが作る、手作りお菓子を堪能していたのである。
「お菓子ある?」
保健室にあるテラスに、グリンシュの他に、魔法科の教師カテリーナが、のんびりとした時間を過ごしていた。
八年生の担任で、リュートたちの剣術科の生徒にも、呪文に対する耐久性の授業を持っている。
二人で、ティータイムをしていたのだ。
テーブルに、様々なお菓子が勢揃いしている。
「久しぶりね。ミントちゃん」
穏やかな声音で、まず初めにカテリーナが声をかけた。
その後に続き、紅茶を入れ始めたグリンシュが、声をかけたのである。
「ありますよ」
たくさんの品数のお菓子を、すでに焼いていた。
それを見越し、訪ねてきたのだった。
余計に、不満が溜まったものを、解消できるのは、甘いお菓子しかなかった。
「やった」
歓喜している姿を捉えていると、スカートの裾に汚れがついているのを、何でも見透かす新緑の色した瞳で、グリンシュが目ざとく見つける。
「スカートの裾、汚れていますね」
「あー、これ? さっき上級生の男子たちに、因縁をつけられて」
何でもないような口振りだ。
「大丈夫ですか。上級生たちは?」
慌てた様子もない。
ただ、カテリーナが、上級生の安否を確認した。
「うん、たぶんね」
二人は、ミントの心配をしていない。
実力を知っているからこそ、逆に、上級生の方を、心配していたのである。
注ぎ終わった紅茶を、ミントの前にそっと置いた。
食べ始めたミントに、その後の上級生たちの具合を尋ねる。
暖かな焼き菓子を頬張りながら、治療呪文をかけず、放置したことを伝えた。
「ほっといたのですか」
「うん」
磁器のような真っ白い顔に、眉間のしわが少し浮かび上がっている。
ミント以上に、ミントの実力を知っていたので、手加減できず、倒された生徒たちの傷が深いと逡巡していたのである。
さすがに、治療していくべきかと巡らす。
だが、自覚がないミントが、傷を負った生徒たちよりも、ほっとけなかった。
不意に、ミントが食べていた手を止める。
射抜くような視線に、目を合わせた。
珍しく、ミントが萎縮してしまう。
「……でも、薬草は、置いて来たよ」
しゅんと、ミントが落ち込んでいる。
仲がいいグリンシュに、こんな視線を、注がれたことがない。
「でも、大丈夫じゃない? 外回りしている先生たちに、発見されるわよ」
どこまでも、マイペースなカテリーナが話に加わった。
小さな嘆息を零すグリンシュだ。
「そうですね。発見されて、手当てされているかもしれませんね」
「そうだよ」
落ちかけていた気持ちが、持ち直した。
「やっぱり兄妹ですね。因縁つけた相手を、ほっておくなんて」
「お兄ちゃんも?」
リュートと同じと知って、眉を潜める。
「入学して早々に、何人もの生徒に、因縁をつけられていたようですね。先生たちに発見されて、負傷した生徒が、よく保健室に担ぎこまれていましたから。リュートで懲りて、ミントに仕掛ける生徒も、少ないとは思いますよ。リュートによって、ケガを負った生徒は、数多くいますから、その生徒たちの話が伝わって、そうバカな生徒はいないと思いますよ」
滑らかな舌で、当時の様子を語った。
リュートが一、二年生の頃、リュートによって、負傷させられた生徒が、数多く現れ、忙しい日々を送っていたのである。
「じゃ、今日は、そのたまたまのバカに、出くわしただけか」
「そうね。困った皆さんたちね。自分の身体を、大事にしないと」
どこまでも、のんびりしたカテリーナだった。
「これからも、あるかな」
「あるでしょうね」
鮮やかな手早さで、グリンシュがケーキをサーブしている。
「〈法聖〉リーブの子供だなとかさ、リュートの妹だなって言ってくるのって、面倒臭いのよね。ホント、やになっちゃう」
今後のことを巡らせ、剥れ始めている。
「大変ね、ミントちゃん」
他人事のような口調である。
「暖かいうちに、飲んでくださいね。まだ、お菓子はたくさんありますから」
グリンシュが、手が止まってしまった二人を促した。
読んでいただき、ありがとうございます。




