第59話
地下に下りる階段を、薄明かりの中で、迷うことがなかった。
慣れた足取りで、リュートが降りていく。
〈第五図書館〉の地下は、強大な書庫になっており、上にある本より、さらに貴重な本が所蔵されていた。
地下二階まで存在し、生徒の出入りが、禁止されていたのである。
時折、訪れていたリュートは、ビブロスと親しくなり、出入り禁止となっている書庫で、読書させて貰っていたのだ。
歩くたびに、床の埃が舞い上がる。
ビブロスでも、あまり地下の書庫に、足を踏み入れることがない。
そのために、空気が悪く、長時間、ここにいると、喉が真っ赤に腫れたこともあったほどだ。
「やけに今日は、頼まれるな」
これまでの行動を、振り返っていた。
朝のカーチスから始まり、いろいろと頼まれ事を、請け負っていたのだ。
「何でだ」
やや不貞腐れ気味なリュートだった。
けれど、真面目に頼まれた事をこなしている。
書庫では、年代物の本が痛まないように、僅かな灯りしかない。
そうしたところで、ラジュールが借りた本が置いてあった場所を探していた。
ここには、表に出ないような禁忌の本や、より古い年代の貴重な本が、ずらりと並んでいたのだ。
そんなひんやりとする、静かな場所で、自由気ままに、読書をするのが好きだった。
暇な時に、自分の屋敷にもない、古い本を、ここに来て、長時間読んでいたのである。
「あっ、これ読んだな」
臙脂色の本を取り出し、表紙にある埃を、サッと拭き取る。
『古代ルーンと悪魔親族語』と、書かれていた。
(随分と、埃がかぶっていたな。何年も、読まれた形跡がないな)
「ここにも、あったのか。結構、面白かったのにな」
『古代ルーンと悪魔親族語』の本は、自分の屋敷に所蔵されており、すでに読んでいたのである。
いつも傷が絶えず、あまり外に出なかったリュート。
屋敷の中で、膨大な量の本を読み漁っていたのだった。
屋敷にある大概の本は、すべて読んでしまい、他の図書館にある本も、大概屋敷にあった本が多く、屋敷にない本が、〈第五図書館〉に数多く揃っていたのである。
だから、この〈第五図書館〉が、好きだったとも言えたのだ。
「また暇な時、来るか」
小さく笑った。
手にしていた『古代ルーンと悪魔親族語』を、元の場所に戻し、ラジュールが借りた本の場所を探し始める。
すると、次の書棚に、二冊とも収まった。
「それにしも、ここは変わらないな」
魔法科七年生のアニスは、数冊の本を携え、緩やかな歩調で、〈第五図書館〉へ足を進めていた。
アニスは、リュートたちの隣のクラスB組に所属している。
カーチスの彼女カレンとは、同じサークルに入っている友達同士だった。
少し前の出来事で、リュートたちと、接点ができていたのであった。
到着した〈第五図書館〉へと、入っていく。
よそ見せず、ビブロスがいるカウンターへ足を運ぶ。
慣れない人ならば、司書ビブロスを、瞬間的に見ただけで、怯える仕草を窺わせるが、通い慣れたアニスは、全然、怯える様子も表さない。
どちらかと言えば、久しぶりの友人に会え、楽しそうな表情と言ってもよかった。
訪れるたびにカウンターで、読書を楽しんでいて、それはアニスにとって、見慣れた光景だった。
「こんにちは。ビブロス先生」
穏やかなアニスに声をかけられ、視線を僅かに上にあげた。
通い慣れた生徒でも、ビブロスに声をかける生徒が少ない。
「久しぶりだな。練習じゃないのか」
ピアノが得意で、音楽コンクールの本選を、間近に控えていたのである。
学院内の音楽コンクールではない。
もっと大きな規模の音楽コンクールで、国中から予選を行って、本選に出場できるコンクールだった。
それを把握していたので、練習に打ち込んでいるものかと抱き、当分の間顔を見せないだろうと踏んでいたのだ。
アニスの柔らかな頬が上がった。
「返すのを、忘れていて」
「いつでも、構わんのに」
以前、アニスが借りていった本に、視線を移した。
特別に、ビブロス個人が、貸した本だった。
魔法関連の本ではない。
まして、得意な音楽関連でもなかった。
見られないように、本にカバーが掛かっていて、表題が隠されている。
「そんな訳にはいきません」
「そうか。律儀なやつだ」
口角が上がっているビブロス。
数冊の本を、受け取った。
用意してあった、新たな一冊の本を前に出した。
いつ来ても、いいように用意してあったのである。
「ありがとうございます」
「気分転換を兼ねて、閲覧していけ。少しぐらいは、時間あるだろう? 気持ちも改まって、いい演奏が弾けるんじゃないのか?」
「はい。そうします」
読んでいただき、ありがとうございます。




