第57話
隙を狙って、漁師の家を飛び出し、家から飛び出し追いかけてきた怪しげな男たちを、別々に分かれ、撒いていった。
以前、休憩していた階段まで辿り着く。
僅かに、トリスが先についていたのである。
その顔に、疲れが滲んでいたのだ。
そして、同じようにセナも、全身に疲れが生じている。
ずっと、走り通しで逃げていたせいもあり、階段の場所に到着した時は、肩で息をしている状態だった。
だいぶ落ち着きを取り戻したトリスが、まだ息の荒いセナに視線を移す。
頬が赤らんだ様子で、身体を丸め、自分の膝に、手を置いている格好をしていた。
「大丈夫か?」
「……」
視線だけを、トリスへ傾けた。
(こんなに、回復力が違うの?)
明らかに、二人の回復力に、違いがあった。
負けたような気がし、悔しさでいっぱいだ。
「無理するな」
まだ、肩で息をしているために、口が聞けない。
大丈夫と訴えかけていたが、荷卸しのバイトより、疲労度が滲んでいたのだ。
「ちょっと、ここで待っていろ」
取り付く暇もなく、トリスが駆け出していた。
数分後に、水筒を手にし、戻ってくる。
すでに、セナも話せるほど、回復していた。
冷たい水が入った水筒と、トリスの顔を見比べる。
「飲め」
「……」
「ただの水だ」
同じように、疲れているはずのトリスが、自分を気遣い、市場へ行き、水を貰ってきたのだ。
不甲斐なさに、居た堪れず、顔を顰めてしまう。
「酒が、よかったか?」
「水で、いい」
乱暴に、水筒を奪い取り、ごくりと飲んだ。
カラカラに渇いた喉を、柔らかな水で潤す。
喉から入った冷たい水が、身体全体に広がっていくようだった。
「残りのバイト代、じいちゃんに貰ってから、渡すけど、それでいい?」
「……いらない。失敗したのに、貰える訳ないじゃない」
か細い声音が、さらに萎んでいった。
「失敗? 成功だよ」
沈んでいるセナを、きょとんした顔で眺めている。
意外な言葉に、訝しげる。
「どこが、成功なのよ。地図千切れちゃうし、取られちゃったじゃない?」
「大丈夫。千切れても、取られても」
平然とした顔を、覗かせていたのだ。
セナの眉間に、何本のしわが浮かんでいる。
「どういうこと?」
「俺たちの仕事は、本物の地図か、どうか、調べること、実際に、本物だったけどね」
「だったら……」
「だから、本物と、贋物をすり替えておいた」
「はぁ……、いつ? そんな真似したのよ」
不信の眼差しを注いでいる。
ニコニコとした顔を滲ませていた。
「見つかって、すぐに」
まだ理解していないセナ。
「チラッと、セナが見た時は、すでにすり替えておいた」
悪気もなく、ケロッと吐露した。
愕然と、ヘラヘラと笑っているトリスを窺う。
驚愕と、困惑の顔が、混じったセナとは違い、仕事が大成功したと、トリスがホクホク感を垣間見せていた。
疲れていた身体が、思考回路が回復していき、驚愕に目を見開いている。
改めて、自分はトリスに騙されていたと、苦虫を潰していたのだった。
「相手に、渡ったのはフェイクな地図さ。あの地図を使っても、何も、見つからないだろうね」
のん気に、漁師の家の方へ、視線を巡らせる。
「……でも、漁師が、気づくんじゃないの?」
不貞腐れ気味に、吐き捨てた。
「その辺も、大丈夫」
(何が、大丈夫よ)
口を尖らせているセナに、口角を上げているトリスだった。
ますます胸を張っている仕草が、腹立っていたのである。
「何せ、この地図、全部で四枚あるんだ。その四枚の地図を、揃えないと、この地図を解読することができない。いくら本物でも、一枚では、役に立たないってこと。あいつらは、この一枚の地図で、獲物を手に入れられると、思っていたみたいだし、それにフェイクな地図は、本物と狂いもなく、いいでき栄えにできているから、大丈夫だと思うよ。だから、今回の仕事は、成功。セナが落ち込む必要はなし」
滑らかに語る姿に、段々と、セナは顔を伏せ、暗くなっていく。
仕事が予想よりも、上手くいったことを、一人で喜んでいるトリス。
「……また、私を騙したのね……。それで笑っていたの?」
暗いセナに、ようやくトリスが気づく。
そして、物凄く怒っていると、察するのだった。
ちょっと、やり過ぎたかと頭を掻いた。
けれど、その顔に、反省の色がない。
「セナに全部話したら、向こう側に、バレる恐れも、あるだろう?」
「どういうことよ?」
半眼しているセナ。
睨まれた方は、居心地の悪さを感じている。
「聞いているでしょ? 言いなさいよ」
「どのくらいの演技力があるかって。セナの演技力を、知らないし、基本的に、演技には、どこか、ボロが出るからね。あの真剣さは、なかなか難しいぞ。知らなかったからこそ、地図を手に入れようと、必死に戦えたんじゃないのか? 俺たちが、必死に、地図を得ようとしていたから、あいつらだって、地図が本物だと、今頃思っているはずさ。手に入れた時よりもさ。一石二鳥って、もんだろう」
「……信用してないのね」
顔を、いっこうにあげない仕草に、嘆息を漏らした。
(意外と、気にするタイプなのか……)
「リュートにも、言わないぞ」
「嘘でしょ」
「本当だ」
「嘘よ」
まだ、俯いた顔を、あげようとしない。
困ったなと、トリスが首を竦めていた。
「その時の、仕事の内容にも、よるけど、詳しく話さないで、つき合わせたことだってある。今回のセナのようにな。俺たちには、時に本物の芝居も、必要な時がある。だから、俺はセナに話さなかった。話せば、どこかで、穴が出るからな」
「……リュートを、信用していないの?」
「信用してるかな。腕もいいし、何より、あいつといて、楽しいからな。で、セナのことも、信用してる。でも、仕事では、俺の流儀を通させて貰う」
双眸の奥に、揺るぎない意思を感じていた。
「……」
「今後もな。これが俺の流儀だから」
「……」
「俺は、そういう人間なんだ」
「リュート。よく怒らないわね」
顔を上げたものの、視線が伏し目がちだ。
「付き合いが長い、幼馴染だからな」
「……いいわね。二人の関係、言葉にしなくっても、通じるなんて」
「でも、理解不能な時もあるぞ」
トリスがあっけらかんと笑っていた。
それにつられるように、セナも笑ってしまう。
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