第56話
トリスとセナは、港近くの階段で、休憩を取っている。
荷卸しのバイトで、セナが体力を使い、だいぶ体力を失っていたのだ。
黙ったまま、セナがお菓子を食べている。
呆然と、トリスが眺めていたのだった。
待っていたトリスが立ち上がる。
ここに来る前に、セナはバイト先に事情を話し、それまでのバイト料を貰って、やめてしまった。
買って、食べていた糖分の高いお菓子を、体力が落ち込んでいたセナに渡し、少しでも、体力が回復するように促したのだった。
「そろそろ、大丈夫だろう?」
「えぇ」
トリスに続いて、セナも立ち上がった。
身体は万全とは言えない。
だが、貰った糖分の高いお菓子で、八割方身体の疲れが癒えていた。
休憩の間、密かに、セナの顔色を窺っていたのである。
疲労の色が薄れてきたところで、声をかけたのだった。
自分を観察していたなんて、体力の回復に努めていたセナが、気づく様子もない。
平然とした仕草で、トリスはただ正面に見える、広大な海を、黙って眺めていたとしか映っていなかったのである。
「ところで、仕事の内容は?」
含みがある笑みを零しているトリス。
不意に、怪訝そうな視線を、セナが注ぐ。
(トリスの仕事、引き受けない方が、よかった?)
仕事の内容を、休憩している間も話さなかった。
お菓子を食べながらも、怪しい仕事なのではと、頭を掠めていたが、三倍と言う響きが、どうしようもなく、惹かれてしまったのである。
引きつり気味なセナの表情に、やれやれと巡らすトリスだった。
(随分と、警戒しているな。そんなに怪しい仕事じゃないのに)
ただ単に、お喋りとかで、体力を使わせようとしなかっただけだ。
とにかく、糖分の高いお菓子を食べさせ、回復するようにしただけだった。
それが講じて、落ちていた体力が、回復していったのである。
(一応、体力がいるかもと思って、回復させたかっただけなのに、疑り深いな、セナは)
やや誘ったことを、少しばかり後悔し始めていた。
少しでも、幽霊騒動の際に、脅かしたことを、埋め合わせしようかとした行為だった。
「もう話してくれても、いいでしょ?」
「そうだな。仕事の内容は、簡単だ」
じっと、胡乱げな眼差しを、セナが傾けてくる。
それに対し、トリスの表情が変わらない。
「ただ、漁師が隠し持っている地図を、見てくること」
「何、それ」
簡単な仕事内容に、目を見開く。
(一人でも、できる仕事じゃない? 何なの? もしかして、私を試しているの?)
そんなくだらない内容で、バイト代の三倍とは思えなかった。
もっと、危険を含む仕事内容かと、巡らせていたのだ。
段々と、訝しげな顔を覗かせる。
何かあるのではと、勘ぐっていた。
(うわっ。セナのやつ、疑っているぞ。素直に考えられないのか)
「いい加減なこと言わないで。さっさと話してよ。信用していないの?」
「そんなことないよ。ちゃんとした仕事だよ」
素直に、鵜呑みにできない。
ムスッとした顔で、トリスの顔を睨む。
(地図を見るだけ……。本当に? そういう仕事なの?)
どこが、おかしいの?と言う顔に、セナの頬が引きつり始めていた。
「嘘でしょ?」
まだ、半信半疑だ。
以前に、痛い目に合っているセナは、心底信用できない。
また、自分を騙し、遊ぼうとしているとしか、思えなかったのである。
脳裏に、手付けとして、貰ったお金が掠めた。
一日貰う分の、荷卸しのバイト料と、同じ金額を貰っていたのだ。
疑心暗鬼な表情を垣間見せるセナ。
頭を掻いているトリスが、小さく笑っていた。
「ホントだよ。ただ、その漁師は、普通の漁師じゃないけど」
「普通じゃないって、どういうことよ」
眉間いっぱいに、しわが寄っている。
(最初から、言いなさいよね)
不満げなセナをほっとき、太陽の位置を確かめる。
「時間が勿体ない。とにかく行こうか」
「ちょ、ちょっと……」
呼ぶのも聞かず、トリスは背を向け、歩き始めてしまった。
しょうがないとばかりに、その後に、大丈夫なのだろうかと、不安ながらも着いていく。
何度も話しかけようとしたが、セナはなかなか喋るきっかけを失っていた。
黙ったままのトリスの後を、不安そうな顔を滲ませ、歩いていたのである。
港近くにある、古ぼけた一軒の小屋のような家に、二人が辿り着いた。
周囲に、ぽつんと小屋のような家しかない。
他に、全然、何もなかった。
その家と、二人の間に、いくらかの距離がある。
悟られないように、距離を置き、周囲の様子を窺っているのだ。
小屋のような家は、さほど大きくはない。
小さい家に、珍しく出入り口が二つあった。
「珍しい造りね。小さい割に、出入り口が二つなんて……」
「さすが目の付けどころ、悪くないね」
「バカにしてる?」
「いや」
「嘘」
ジト目を注いでいるセナ。
散々、バカにされてきたからだ。
遊びとは言え、トリスを含めたリュートたちは、実戦をしているようなものだった。
そういった面で、最近、劣っていると、セナ自身、痛感させられていた。
下に見られた感が否めない。
ただ、不服そうに睨めつけた。
(被害妄想気味だな、セナのやつ)
困ったなと、トリスが首を竦めている。
先ほど発した言葉を、素直な吐露だったのだ。
到着したトリスは、早速、目的の家や周囲を観察しているセナを、窺っていたのである。
その優秀さに、ただ感嘆し、自然と浮かんだ言葉を口に出しただけだった。
納得していないセナに、やりすぎはダメだと心に刻む。
(何で黙ったまま、こっちを見たままなのよ。今度は何?)
同級生に、自分を試されているようなことをされるのは、気分がよくない。
『十人の剣』としての矜持があった。
次は、負けないと、トリスやリュートと一緒にいながらも、警戒を怠らないようにしていたのである。
「そういうところに、気づかない人って、多いよ。出入り口、二つと言っていたけど、正確には三つ。壁に見えるけど、あれ隠しドアに、なっているから」
周囲に気づかれないように、サッと、隠しドアを指差した。
どう見ても、壁にしか見えない。
「この距離じゃ、無理もないけど」
「どうして、わかるの?」
探るように、トリスのことを窺っている。
「散歩して、見つけた」
「散歩?」
散歩しているように装いながら、昨日のうちに、家の造りや、何かトラップが仕掛けられてないか、密かに確かめていたことを語った。
「さっさと、言いなさいよね」
半眼しているが、どこ吹く風のトリスだった。
家の周囲に、トラップが仕掛けられていない。
人気が薄いとは言え、漁師の住人は、トラップを仕掛け、周囲に変に気取られないようにしていた節があったのだ。
他の住民たちに、怪しまれないように細心の注意を払っていたのである。
「随分と、念入りに、調べていたのね」
「まぁね」
「じゃ、聞くけど、この時間帯は、大丈夫なのね」
「勿論」
わりと、自信がある言い方を、気に入らないとセナが抱く。
ますます実力に、開きを感じずにはいられない。
僅かに顔を曇らせていることに、トリスが気づかず、さらに話を進めていく。
「漁から戻って、あっちの浜辺で、明日の仕掛けを作っている最中だよ。だから、一応大丈夫かな。ただ、何があるかわからないけど」
「そう」
そっけなく返事を返した。
「ここを訪ねてくる人は?」
「いる時を見計らって、来る人たちはいるよ」
「それ以外は?」
「この辺の人たちも、今の時間帯は、あっちだろうって、浜辺に行く。でも、挨拶程度しか、会話していないから、深い付き合いはないだろうね」
「ドアのカギは?」
「しまっている」
「すべて?」
「勿論。それも、わりと簡単そうに見えて、難しいカギだね」
「そう……」
段々と、セナの顔が、引き締まっていった。
ただの漁師に過ぎない男が、こんなに警戒することはないからだ。
「何をしているの?」
無駄な会話をしない。
単刀直入だ。
「表向きは、漁師。でも、裏では、密輸とか、危ないことを、いろいろしている」
眉を潜めていくセナ。
「危険が、いっぱいな訳ね」
嘆息を吐いた。
(とても、厄介な仕事ね)
「そういうこと」
「私は、どうすればいい」
神経と研ぎ澄まし、セナが周囲をグルリと見渡している。
先ほどまでの、トリスへの警戒心がない。
「俺の背後にいて、何かあれば、よろしく。離れた場合の落ち合い場所は、街の土産屋か、さっき休憩していた階段ってことで」
余計なことを、トリスも口走らない。
「わかった」
常に、携えている剣の位置を確かめる。
いい顔つきに、トリスはさすがと口角を上げていた。
警戒しながら、目的地の家に近づく。
普段から人気が少ないために、距離が離れたところで、数人の中年のおばさんが、立ち話をしている程度だ。
会話まで、はっきりと聞き取れない。
夢中で話しているようで、家に近づくトリスたちの存在に、気づいていなかった。
細心の注意を払いながら、二人が家の中へ入り込む。
綺麗な家とは、言いがたかった。
家の中は、いろいろなものが溢れ、散乱している状況だった。
その状態を、崩さないように歩いていった。
緊張した面持ちで、セナが進んでいく。
足下を気にするのは、住人に入られたことを気づかれないためだ。
前を歩くトリスは、軽快な足取りだった。
素早く、物の位置をずらすことなく、飄々と歩いていく。
物怖じしない仕草に、驚きが隠せない。
「いつから、こんなことしてるの?」
手馴れている様子に、初めてではないと巡らせていた。
散乱している状態のところを歩くのに、躊躇もないのだ。
「入学前からかな」
「はぁ」
意外な返答に、驚嘆の色が滲み出る。
「驚くことじゃないよ」
自分の背後で、セナが眼光を鋭くしている姿が想像できる。
思わず、クスッと笑みが零れてしまった。
「知らなかったっけ?」
「何を?」
「俺のじいさん、盗賊なんだよ。一応、名前が知られているほどだけどね」
「……知らなかった」
抑揚のない声音だ。
まさかトリスの祖父が、名の知れた盗賊なんて、思っても見ないことだった。
でも、言われてようやく、トリスの情報収集力や、トラップの仕掛けなどの鮮やかさに、納得せざるを得なかった。
「でも、俺の母さん、じいさんの手伝いしていること、いい顔しないから。これ内緒な」
「いいけど」
困惑が隠せないセナだ。
(普通、そういうこと、あっさりいうことなの? 言わないと思うけどな)
「母さん、じいさんの仕事、嫌いでさ。俺たちが、連絡していることは、薄々感じているらしいけど、………予想以上に、汚い家だな。どこにあるやら」
物の位置を、ずらすことなく、手早く探していく。
躊躇いの欠片もないぐらいに、トリスが手を動かしていった。
その手際のよさに、驚嘆するしかない。
「どんな地図なの? 私も探す」
「黄ばんで、汚いボロボロの地図」
「どういう地図なのよ」
眉間にしわを寄せている。
できるだけ、物を動かさないように探していく。
けれど、物が乱雑に溢れ、どう動かしていいのか躊躇い、何度も手を止めてしまった。
「以前、栄えていた貴族の隠し金。今は、没落しているけど」
目を見張るセナ。
「……大丈夫なの? その地図」
「大丈夫だよ、信用できる地図だよ」
聞けば、聞くほど、信用できないでいる。
「じいちゃんが、調べたからね」
「……」
(おじいちゃんを、随分と、信頼しているのね)
ふと、数人の足音が、耳もとに届いてくる。
瞬時に、顔を見合わせた。
言葉を交わさず、緊張の面持ちで、セナが剣を構える。
緊張の欠片も、垣間見せないトリス。
ただ、地図探しのペースを速めた。
段々と、近づく足音。
(ヤバい、すぐ近くまで来ている)
突然、足音が、駆け出してきたのだ。
足音を出していた主たちは、気づいたのである。
出入り口辺りに、僅かに残る足跡に。
「トリス」
焦り気味な声音で囁いていた。
すぐ目の前まで足音がし、そしてピタリと止まった。
(来る!)
緊張が、ピークに達している。
少しでも、緊張を解こうと、息をゆっくりと吐いた。
「あった」
チラッと、トリスの方へ視線を傾ける。
手にしていた地図を、視界の先に掠めただけで、セナが足音の主たちが、飛び込んで来るだろう出入り口に、全意識を集中させた。
足音の主たちは、出入り口、すべてに配置されていた。
それを、ただならぬ殺気で、セナが感じ取っていたのである。
ゴクリと、つばを飲み込む。
「!」
三つあるドアから、それぞれに家の中に、侵入してくる怪しげな男たち。
怒涛のような勢いに気後れず、きりりと引き締まった顔で、襲ってくる男たちを、セナが順に倒していく。
無駄のない動きに、今度はトリスが驚嘆する番だ。
(セナを連れてきて、正解だったな)
自分に向かってくる男たちの攻撃を、慣れた体術で交わしながら、軽やかに出入り口へと進行していった。
怪しげな男たちが、必死の攻撃を加えてくる。
人数の差で、勝っていると、高を括っていた男たちが、素晴らしい動きを窺わせる二人に驚愕し、余裕もなくなっていった。
ただ、闇雲の攻撃を、仕掛けていくようになっていく。
そんな躍起になっている攻撃に、冷静に対処していき、二人のペースに持ち込んで、圧倒的な攻撃を仕掛け、次々と倒していったのである。
残っている男たちが、後、僅かだ。
さらに、焦り出す怪しげな男たち。
体術を駆使し、トリスが三人の男たちの攻撃を交わした。
ダガーや呪文は、使わない。
ただ、体術のみで、応戦していく。
そのうちの一人の男が、攻撃を受けながら、トリスが手にしている地図を鷲掴みする。
「!」
顔を覆う下から、驚く目を滲ませるトリス。
二人の男の攻撃を交わしながら、互いに地図を奪い合っている。
蹴りやひじを入れるが、大きなダメージにならない。
男たちの方も、地図を奪われないために、必死なのだ。
「よこせ」
鷲掴みしている男が、吐き捨てた。
「……」
互いに、地図を引っ張り合う。
剣で、敵と応戦しているセナ。
トリスに加勢をしたくても、できない。
二人倒し、四人と対戦している最中だからだ。
次の瞬間、互いに奪い合っていた地図が、二つに千切れてしまう。
「!」
互いに、手にしている地図を見る。
トリスに攻撃を加えていた男たちが、手を緩めない。
千切れてしまった大部分の地図を手にした男が、ニヤッと、汚らしい笑みを覗かせている。
トリスの手の中に、切れ端しか残っていなかったのだ。
「引け」
瞬時に、トリスが大声で、戦っているセナに叫んだ。
その叫び声で、トリスとセナが、家から飛び出していった。
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