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とらぶる❤  作者: 彩月莉音
第3章 それぞれの休日
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第55話

 何気ない仕草でトリスが、カザン港の様子を、見回っている。

 特に、港を念入りに。

「どこに、行こうかな」

 お菓子を片手に、港をブラブラと歩いていた。

 地元の子供と、混じるような格好だ。


「汗だくで、働いているな」

 荷卸しをしている光景に、出くわした。


 漁業を中心としている港だが、船の数は少ない。

 貿易を携わっている船も、ちらほらあったのだ。

 その荷卸しの光景を、何気なく眺めている。


 ふと、歩いていた足が、止まった。

「! なぜ、ここに?」

 荷卸しの集団に混じり、亜麻色の長い髪を、高めのポニーテールにしている女の子が、視界に飛び込んできたのである。


 ゴツい男たちの集団に、一人だけ女の子が混じっていたので、それも目立っていたのだ。

 女の子は、リュートのクラスメートで、最近トリスとも、一緒にいることが多い、剣術科七年生のセナだった。


「何で、セナがいる?」

 出かける際に、不貞腐れ気味みに、リュートが呟いていたことを思い出していた。

 授業が終わったら、早急におばさんのところへ行くと聞いていたのである。


 そのせいで、稽古に付き合って、貰えないとぼやき、剥れているリュートを宥めるのに、少し手間取ってしまったのだった。

 このところ早朝に、セナを相手に稽古をしていた。

 あまりの剥れように、お土産を期待していろと、励ましたとことを思い返していたのである。


(そう言えば、土産、忘れてた。後で買っとこう)


「それにしても、おばさんのところじゃないのか……」

 しばらくの間、興味を憶え、ゴツい男の集団に混じり、働いているセナの姿を観察していた。

「おばさんに言われたから、手伝っている様子もないな」

 雇い主と、雇われていると言う関係に見えたのだ。

 指揮にしている男に命令され、機敏に動いているセナ。

 いろいろな指示を出され、動き回っていた。


(息抜くところで、抜かないと、バテるそ)


 一生懸命に言われたことに従っている姿に、ほくそ笑んでしまう。

 徐々に、膨大な汗を流し始めていた。


(ほら、見ろ)


 疲れが出始め、先ほどより、動きが緩慢となっていたのだ。

 次に出された指示は、大きな荷物を、二人一組で、そう大きくない船から降ろしている状況だった。


(おばさんのところに、行っている人間が、何で、ここで働いている?)


 黙々と、言われたことに従って、働いているセナを傍観している。

 声を掛けたくても、かける雰囲気がなかったのだ。

 どうしてここにいるのか、好奇心が疼いているトリスは待つことにした。

 時間に余裕があり、暇を弄んでいたのである。


 休憩に入ったところで、ようやく、疲れが見え隠れするセナに近づいた。

「よっ、セナ」

 いるはずのない姿を視界に捉え、瞠目し、その場に立ち尽くしている。


 そんなセナを無視し、トリスの口は止まらない。

 そして、僅かに、口の端が上がっていた。

「おばさんのところじゃなかったのか?」

「……」

「何で、荷卸しなんて、やっているんだ?」

「……」

 目を見開き、あんぐりと、口を開けたままだ。


 セナ自身、まさかトリスが、カザン港に来ているとは思ってもみなかった。

 段々と、セナの眉間にしわが寄っていく。


「……どうして、ここにいるのよ?」

 咎めるような口調で、あっけらかんとしているトリスに、逆に、質問を投げかけた。

「用事で」

「許可は、取ったんでしょうね」

 胡乱げな眼差しを注いでいる。

「取るような人間に、見える?」

 口角を上げ、許可を取らず、学院を抜け出したことを認めた。


「……」

 悪びれる姿は、そこにない。

 呆れ、言葉も出ない。


 不敵な笑みと共に、トリスが探るような視線で、セナを窺う。

「それよりも、俺の質問は?」

「……、何で、知っているのよ」

 疑るような視線を、巡らせている。


 自分の知らないところで、自分のことを、調べられるのは好きじゃないと、何度もトリスに訴えていたのである。

 それにもかかわらず、調べたのかと、疑ってしまっていたのだった。

 連休になると知って、おばさんに会いに行くと言うことで、すぐに許可を取って、出てきて、誰にも話していなかったのだ。

 勿論、目の前に立つトリスに、話していない。


 だが、その考えは、あっという間に払拭される。

「出る前に、リュートから聞いた」

「はっ」

 セナの間抜け面に、クックッと笑っている。

「打ち込みができないって、ぼやいていたぞ。おかげで、大量のお土産を買っていかないと……」


(そういうこと……)


 ようやく、強張っていた肩を下ろす。

 忙しくしている最中に、リュートが稽古を誘ってきたので、そうした理由を述べたことを思い出していた。


「……甘やかし過ぎよ」

 天然ボケのリュートの顔が浮かび、フツフツと苛立つ。

 リュートの周囲にいる人間は、甘やかし過ぎだと、最近感じていた。

 その筆頭が、目の前にいる幼馴染のトリスだ。

 駄々をこねる子供に、おやつを分け与えるように、何かと与えていたのである。


「そういうなよ」

 困ったなと言う顔を覗かせ、頭を無造作に掻いていた。

「事実でしょ? お菓子なんて、与えて」

「そうだけどさ」

 首を竦めている姿に、目を細める。


「だから、リュートはいつも非常識のままなのよ」

「甘やかさないで、しっかりと躾なさい」

 トリスの双眸は、しっかりと剥れているセナを捉えたままだ。


「で、セナはどうしてここに? それに、何で荷卸しなんて?」

「……」

 逃がさないよと言う眼光に、言い訳が困難だと、嘆息を吐いた。


 チラッと、不気味なほど、笑顔なトリスを窺う。

 言葉一つでも、探るような、抜け目がない表情だ。


 まだ、付き合いとして短いが、その中で情報に通じていて、何かと、些細な情報でも取り込む姿勢を、認識していたのである。

 だから、誰よりも、面倒そうなトリスに、知られたくなかった。

 でも、ここまで見られては、観念するしかない。


「見てわかるでしょ? バイトよ」

「それはわかる。でも、何で、バイトだ? 学院で、禁止になっているだろう? 優等生のセナが、校則を破ってまで、バイトか?」


 フォーレスト学院の校則に、バイトが禁止されていた。

 お金は、親からの仕送りしかなかったのである。

 基本的に、衣食住が揃っている学院で、お金を使うことは、ほぼ必要がなかったのだ。

 九年生と十年生は、実地訓練として、外へ出向くことがあり、その内容次第で、いくらかのお金が貰えた。


 付け込む材料を、与えたと、自分の失態を悔やむ。

「……私にも、いろいろあるのよ。バイトのこと、内緒よ」

「それは、いいけど」

 まだ、セナに対する疑いの眼差しが消えない。

「いろいろって、何だ?」

 引き下がるつもりは、ないらしい。

 心の中で、もう一度、嘆息を吐いた。


「リュートや、トリスとは、家の格が違うの。うちは細々と、島で暮らす人間よ。学院の学費を出すだけで、精いっぱいなの。だから、身の回りのお金は、自分で稼がないと、いけないのよ。わかったかしら?」

 どこか吹っ切れ、飄々としているトリスを睨んでいる。

 睨まれても、痛くも痒くもないと言う表情を、滲ませていたのだ。

「それだったら、知っていたよ」

「はっ」

 目を丸くし、フリーズしているセナ。


 そんな姿に、クスッと、いたずら心が刺激されるトリスだった。

「貴族でも、商家の出ても、ないことをね。苦労しているってことも、薄々わかっていたしね」

 立っていられず、ふらつくセナ。

 すでに、自分のことを、そこまで調べていたなんて、思ってもみなかった。


 意図を読んだように、トリスが言葉を紡ぐ。

「なんてたって、セナは『十人の剣』の一人に選ばれたからね。一応、科は違うけど、興味は湧くでしょ? 普通は。六年生の時に選ばれて、他にはいない。どこをどう見ても、興味の対象と、なると思うけど?」

 明らかに、迷惑そうな視線を巡らせていた。


 『十人の剣』とは、剣術科の生徒の中で、優れた十人に与えられる称号である。

 セナは、弱冠六年生の時に、その称号を貰ったのだ。

 同学年に、『十人の剣』の称号を持つ者がない。

 七年生以上の中から、大抵、選ばれるからである。

 ほとんどが、上級生である十年生、九年生が多かった。


「それまでは、大した興味はなかったけどね。自分たちと同じやつ、それも、女が取ったと聞けば、面白半分で、調べてみるでしょ? 『十人の剣』の称号の価値は、知っているからね」

 その当時を、思い返していたのだ。

 好奇心が激しく疼き、どんな人物が取ったのかと、詳細にセナのことを調べつくしたのだった。


「そんな前から……」

 呆れたような声が漏れていた。

「まぁね」

「リュートも?」

 脱力感が否めないセナ。

 伏せていた顔を上げ、したり顔のトリスを窺っていた。


「一応、初対面であった時に、どんな人間だと、聞かれたから、簡単な説明を、しておいたよ」

 悪気なく、事実のみを伝えた。

 そんな仕草に、カチンとするものの、こういう人間かと諦める。

 自分も、何度か、トリスの情報を頼った経緯があるからだ。


「隠す必要なかったって、こと」

 長い溜息を吐く。

 強張っていた力が、ストンと落ちた気がした。


「そういうこと」

 トリスの口の端が上がっている。


(無駄な努力だったね)


 回復できないセナに、気になっていることを投げかける。

「バイト料、いいの?」

「まぁまぁね。一日働いて、一万よ」

「労働の割に、安いね」


(随分と、安く見積もられたものだ)


「それより、トリスは、何でここに? バイトって、訳ないでしょ?」

「似たようなことかな」

「人のこと、言えないじゃない」

 ブスッと、あからさまに、ムカつく表情を醸し出していた。

 そして、ふと、ある疑問が過ぎる。


(何で、仕送りして貰っている人間が、バイトをするの?)


 じっと、きょとんした双眸を、セナが凝視している。

 よく、トリスの元へ、両親からの仕送りの品が、届くのを把握していた。

 リュートに、お裾分けにしていたからだ。


「……。じいちゃんに、頼まれた仕事をしに、ここに」

「じいちゃん?」

「そう、俺のじいちゃんの仕事の手伝い。少し、お金も入るから、バイトのようなものだろうな。セナ、手伝う? 三倍は、出してあげるよ」


 とても、魅力的な提案をしてあげた。

 余裕のある笑みを漏らしていたのだ。

 絶対に、引き受けると言う自信に満ち溢れていた。


「!」

 さらに、ニッコリと、笑うトリス。


 ダメだと、警鐘が頭の中で響く。

 けれど、三倍と言う甘い言葉に、どうしようもなく惹かれた。

 連休の間に、できるだけ稼ぎたかったのだ。


 視線を、宙に彷徨わせる。

 ゆっくりと、トリスの顔に双眸を傾けた。


「……ね、何の仕事よ。危ない仕事じゃないでしょうね?」

「ちょっと、調べるだけ」

「ちょっとって、どれくらいよ」

 探るような眼差しで、笑っているトリスを窺った。

「秘密」


 笑顔で、思考が読めない。

「……」

「俺だって、セナと似たようなもんだよ。なにせ、うちは、しがない薬草店を、細々とやっているし、兄弟多いし。自分の食い扶持は、自分で稼がないと」

「……」


 以前、聞いたことがあった。

 トリスの実家が、薬草店をやっていて、よく薬草を息子のトリスや、リュートにも送って貰っていることを。


 詳しく聞いていないセナは、大きな薬草店を想像していたのだ。

 貴族、商人にも、卸している大きな店を連想していたが、実際には、小さな店で、細々と経営している。

 けれど、いい物を仕入れていると、評判が高く、遠くから、足を運ぶ者がいるほどだ。


「やる? やらない?」

 三倍のバイト料に、興味が注がれる。

 怪しげな微笑み。

 けれど、三倍と言う響きが、頭から拭えない。


「……やる」

「交渉成立。じゃ、体力が戻ったら、行くよ」

「……わかった」

 不安が残るまま、了承してしまったのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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