第55話
何気ない仕草でトリスが、カザン港の様子を、見回っている。
特に、港を念入りに。
「どこに、行こうかな」
お菓子を片手に、港をブラブラと歩いていた。
地元の子供と、混じるような格好だ。
「汗だくで、働いているな」
荷卸しをしている光景に、出くわした。
漁業を中心としている港だが、船の数は少ない。
貿易を携わっている船も、ちらほらあったのだ。
その荷卸しの光景を、何気なく眺めている。
ふと、歩いていた足が、止まった。
「! なぜ、ここに?」
荷卸しの集団に混じり、亜麻色の長い髪を、高めのポニーテールにしている女の子が、視界に飛び込んできたのである。
ゴツい男たちの集団に、一人だけ女の子が混じっていたので、それも目立っていたのだ。
女の子は、リュートのクラスメートで、最近トリスとも、一緒にいることが多い、剣術科七年生のセナだった。
「何で、セナがいる?」
出かける際に、不貞腐れ気味みに、リュートが呟いていたことを思い出していた。
授業が終わったら、早急におばさんのところへ行くと聞いていたのである。
そのせいで、稽古に付き合って、貰えないとぼやき、剥れているリュートを宥めるのに、少し手間取ってしまったのだった。
このところ早朝に、セナを相手に稽古をしていた。
あまりの剥れように、お土産を期待していろと、励ましたとことを思い返していたのである。
(そう言えば、土産、忘れてた。後で買っとこう)
「それにしても、おばさんのところじゃないのか……」
しばらくの間、興味を憶え、ゴツい男の集団に混じり、働いているセナの姿を観察していた。
「おばさんに言われたから、手伝っている様子もないな」
雇い主と、雇われていると言う関係に見えたのだ。
指揮にしている男に命令され、機敏に動いているセナ。
いろいろな指示を出され、動き回っていた。
(息抜くところで、抜かないと、バテるそ)
一生懸命に言われたことに従っている姿に、ほくそ笑んでしまう。
徐々に、膨大な汗を流し始めていた。
(ほら、見ろ)
疲れが出始め、先ほどより、動きが緩慢となっていたのだ。
次に出された指示は、大きな荷物を、二人一組で、そう大きくない船から降ろしている状況だった。
(おばさんのところに、行っている人間が、何で、ここで働いている?)
黙々と、言われたことに従って、働いているセナを傍観している。
声を掛けたくても、かける雰囲気がなかったのだ。
どうしてここにいるのか、好奇心が疼いているトリスは待つことにした。
時間に余裕があり、暇を弄んでいたのである。
休憩に入ったところで、ようやく、疲れが見え隠れするセナに近づいた。
「よっ、セナ」
いるはずのない姿を視界に捉え、瞠目し、その場に立ち尽くしている。
そんなセナを無視し、トリスの口は止まらない。
そして、僅かに、口の端が上がっていた。
「おばさんのところじゃなかったのか?」
「……」
「何で、荷卸しなんて、やっているんだ?」
「……」
目を見開き、あんぐりと、口を開けたままだ。
セナ自身、まさかトリスが、カザン港に来ているとは思ってもみなかった。
段々と、セナの眉間にしわが寄っていく。
「……どうして、ここにいるのよ?」
咎めるような口調で、あっけらかんとしているトリスに、逆に、質問を投げかけた。
「用事で」
「許可は、取ったんでしょうね」
胡乱げな眼差しを注いでいる。
「取るような人間に、見える?」
口角を上げ、許可を取らず、学院を抜け出したことを認めた。
「……」
悪びれる姿は、そこにない。
呆れ、言葉も出ない。
不敵な笑みと共に、トリスが探るような視線で、セナを窺う。
「それよりも、俺の質問は?」
「……、何で、知っているのよ」
疑るような視線を、巡らせている。
自分の知らないところで、自分のことを、調べられるのは好きじゃないと、何度もトリスに訴えていたのである。
それにもかかわらず、調べたのかと、疑ってしまっていたのだった。
連休になると知って、おばさんに会いに行くと言うことで、すぐに許可を取って、出てきて、誰にも話していなかったのだ。
勿論、目の前に立つトリスに、話していない。
だが、その考えは、あっという間に払拭される。
「出る前に、リュートから聞いた」
「はっ」
セナの間抜け面に、クックッと笑っている。
「打ち込みができないって、ぼやいていたぞ。おかげで、大量のお土産を買っていかないと……」
(そういうこと……)
ようやく、強張っていた肩を下ろす。
忙しくしている最中に、リュートが稽古を誘ってきたので、そうした理由を述べたことを思い出していた。
「……甘やかし過ぎよ」
天然ボケのリュートの顔が浮かび、フツフツと苛立つ。
リュートの周囲にいる人間は、甘やかし過ぎだと、最近感じていた。
その筆頭が、目の前にいる幼馴染のトリスだ。
駄々をこねる子供に、おやつを分け与えるように、何かと与えていたのである。
「そういうなよ」
困ったなと言う顔を覗かせ、頭を無造作に掻いていた。
「事実でしょ? お菓子なんて、与えて」
「そうだけどさ」
首を竦めている姿に、目を細める。
「だから、リュートはいつも非常識のままなのよ」
「甘やかさないで、しっかりと躾なさい」
トリスの双眸は、しっかりと剥れているセナを捉えたままだ。
「で、セナはどうしてここに? それに、何で荷卸しなんて?」
「……」
逃がさないよと言う眼光に、言い訳が困難だと、嘆息を吐いた。
チラッと、不気味なほど、笑顔なトリスを窺う。
言葉一つでも、探るような、抜け目がない表情だ。
まだ、付き合いとして短いが、その中で情報に通じていて、何かと、些細な情報でも取り込む姿勢を、認識していたのである。
だから、誰よりも、面倒そうなトリスに、知られたくなかった。
でも、ここまで見られては、観念するしかない。
「見てわかるでしょ? バイトよ」
「それはわかる。でも、何で、バイトだ? 学院で、禁止になっているだろう? 優等生のセナが、校則を破ってまで、バイトか?」
フォーレスト学院の校則に、バイトが禁止されていた。
お金は、親からの仕送りしかなかったのである。
基本的に、衣食住が揃っている学院で、お金を使うことは、ほぼ必要がなかったのだ。
九年生と十年生は、実地訓練として、外へ出向くことがあり、その内容次第で、いくらかのお金が貰えた。
付け込む材料を、与えたと、自分の失態を悔やむ。
「……私にも、いろいろあるのよ。バイトのこと、内緒よ」
「それは、いいけど」
まだ、セナに対する疑いの眼差しが消えない。
「いろいろって、何だ?」
引き下がるつもりは、ないらしい。
心の中で、もう一度、嘆息を吐いた。
「リュートや、トリスとは、家の格が違うの。うちは細々と、島で暮らす人間よ。学院の学費を出すだけで、精いっぱいなの。だから、身の回りのお金は、自分で稼がないと、いけないのよ。わかったかしら?」
どこか吹っ切れ、飄々としているトリスを睨んでいる。
睨まれても、痛くも痒くもないと言う表情を、滲ませていたのだ。
「それだったら、知っていたよ」
「はっ」
目を丸くし、フリーズしているセナ。
そんな姿に、クスッと、いたずら心が刺激されるトリスだった。
「貴族でも、商家の出ても、ないことをね。苦労しているってことも、薄々わかっていたしね」
立っていられず、ふらつくセナ。
すでに、自分のことを、そこまで調べていたなんて、思ってもみなかった。
意図を読んだように、トリスが言葉を紡ぐ。
「なんてたって、セナは『十人の剣』の一人に選ばれたからね。一応、科は違うけど、興味は湧くでしょ? 普通は。六年生の時に選ばれて、他にはいない。どこをどう見ても、興味の対象と、なると思うけど?」
明らかに、迷惑そうな視線を巡らせていた。
『十人の剣』とは、剣術科の生徒の中で、優れた十人に与えられる称号である。
セナは、弱冠六年生の時に、その称号を貰ったのだ。
同学年に、『十人の剣』の称号を持つ者がない。
七年生以上の中から、大抵、選ばれるからである。
ほとんどが、上級生である十年生、九年生が多かった。
「それまでは、大した興味はなかったけどね。自分たちと同じやつ、それも、女が取ったと聞けば、面白半分で、調べてみるでしょ? 『十人の剣』の称号の価値は、知っているからね」
その当時を、思い返していたのだ。
好奇心が激しく疼き、どんな人物が取ったのかと、詳細にセナのことを調べつくしたのだった。
「そんな前から……」
呆れたような声が漏れていた。
「まぁね」
「リュートも?」
脱力感が否めないセナ。
伏せていた顔を上げ、したり顔のトリスを窺っていた。
「一応、初対面であった時に、どんな人間だと、聞かれたから、簡単な説明を、しておいたよ」
悪気なく、事実のみを伝えた。
そんな仕草に、カチンとするものの、こういう人間かと諦める。
自分も、何度か、トリスの情報を頼った経緯があるからだ。
「隠す必要なかったって、こと」
長い溜息を吐く。
強張っていた力が、ストンと落ちた気がした。
「そういうこと」
トリスの口の端が上がっている。
(無駄な努力だったね)
回復できないセナに、気になっていることを投げかける。
「バイト料、いいの?」
「まぁまぁね。一日働いて、一万よ」
「労働の割に、安いね」
(随分と、安く見積もられたものだ)
「それより、トリスは、何でここに? バイトって、訳ないでしょ?」
「似たようなことかな」
「人のこと、言えないじゃない」
ブスッと、あからさまに、ムカつく表情を醸し出していた。
そして、ふと、ある疑問が過ぎる。
(何で、仕送りして貰っている人間が、バイトをするの?)
じっと、きょとんした双眸を、セナが凝視している。
よく、トリスの元へ、両親からの仕送りの品が、届くのを把握していた。
リュートに、お裾分けにしていたからだ。
「……。じいちゃんに、頼まれた仕事をしに、ここに」
「じいちゃん?」
「そう、俺のじいちゃんの仕事の手伝い。少し、お金も入るから、バイトのようなものだろうな。セナ、手伝う? 三倍は、出してあげるよ」
とても、魅力的な提案をしてあげた。
余裕のある笑みを漏らしていたのだ。
絶対に、引き受けると言う自信に満ち溢れていた。
「!」
さらに、ニッコリと、笑うトリス。
ダメだと、警鐘が頭の中で響く。
けれど、三倍と言う甘い言葉に、どうしようもなく惹かれた。
連休の間に、できるだけ稼ぎたかったのだ。
視線を、宙に彷徨わせる。
ゆっくりと、トリスの顔に双眸を傾けた。
「……ね、何の仕事よ。危ない仕事じゃないでしょうね?」
「ちょっと、調べるだけ」
「ちょっとって、どれくらいよ」
探るような眼差しで、笑っているトリスを窺った。
「秘密」
笑顔で、思考が読めない。
「……」
「俺だって、セナと似たようなもんだよ。なにせ、うちは、しがない薬草店を、細々とやっているし、兄弟多いし。自分の食い扶持は、自分で稼がないと」
「……」
以前、聞いたことがあった。
トリスの実家が、薬草店をやっていて、よく薬草を息子のトリスや、リュートにも送って貰っていることを。
詳しく聞いていないセナは、大きな薬草店を想像していたのだ。
貴族、商人にも、卸している大きな店を連想していたが、実際には、小さな店で、細々と経営している。
けれど、いい物を仕入れていると、評判が高く、遠くから、足を運ぶ者がいるほどだ。
「やる? やらない?」
三倍のバイト料に、興味が注がれる。
怪しげな微笑み。
けれど、三倍と言う響きが、頭から拭えない。
「……やる」
「交渉成立。じゃ、体力が戻ったら、行くよ」
「……わかった」
不安が残るまま、了承してしまったのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。




