第53話
ラジュールから頼まれた本を、〈第五図書館〉に返しに行く途中で、リュートは魔法科のクラスメートだったバド・レスニーと、庭先で出くわしたのだった。
草むらや、垣根などを、闇雲に何かを捜している様子に、首を傾げ、眺めている。
授業に出ないリュートたちとは違い、バドは真面目に授業に参加していた。
そして、空き時間や、休日に、リュートたちと、一緒に遊んだりしていたのだ。
「何してる、バド」
声をかけられ、振り向くバドだった。
「ちょうど、いいところであった」
ニヤッと、笑うバド。
頭の中で、警鐘が鳴り響く。
訝しげた表情を覗かせていた。
まだ、ニヤッと笑ったままだ。
獲物を見つけたハンターが、ほくそ笑むものと同じである。
恐る恐るバドを窺い、警戒を怠らない。
リュートたちと変わらない体格なのに、威圧するオーラが半端なかった。
「……何だ、バド」
「トリスは? 学院内を捜しているんだが、見つからない」
何かを企んでいる顔に、警戒していたが、トリスの話題を持ちかけられ、自分の勘違いだったと、ひとまず安堵するのだった。
バドは研究熱心なところがあり、その実験対象物として、クラスメートをよく使っていたのである。
何度か、その実験対象物に、リュートも経験したことがあり、痛い目に何度かあっていた。
どこか、ホッとしている顔に、バドは気づいてない。
「小講堂も、行きそうな森とか、捜しているが見つからない。あいつの行動範囲は、広過ぎる、捜すことも、考えてほしいな」
憤りがこもった双眸を傾けていた。
長い時間、捜しても、見つけることができなかったからだ。
人に聞こうとしても、村に出かけている者が多く、庭に生徒が少なく、聞くに聞けなかったのである。
そんな状況で、トリスの幼馴染リュートと出くわしたことで、疲れも伴っているせいもあり、文句が出てしまったのだった。
「トリス? あいつなら、外だ」
「やっぱり、そうか。捜してもいなかったからな。村まで行くしかないか」
面倒臭そうに、バドが頭を掻く。
(研究の時間が勿体ない)
「余計な時間を、費やしたくはないが……」
今、研究している実験が、大幅に遅れると、脳裏で時間の調整を行っている。
フォーレスト学院の敷地内に、村は四つ点在していて、どこの村にトリスが行っているのか、皆目検討がつかなかったのだ。
だから、その四つを虱潰しに当たるしかなかった。
ナンパなどを目的としたブラークたちは、どこの村に行っているのかと、瞬時にわかるが、神出鬼没なトリスだけは、断定が難しかったのだ。
思案顔を滲ませているバド。
「いっても、見つからないぞ。外って言うのは、学院の外だ」
フォーレスト学院の敷地内は、広大で、学院や寮の他にも、大小様々な森や湖、四つの村がある。
例えるなら、一つの独立した国とも言えたのだ。
休日に、生徒たちも、敷地内にある村に出かけ、買い物したりして、休日の時間を過ごしていたのである。
けれど、敷地内を出るのに、許可が必要なのだが、その許可を出さず、頻繁にトリスは外に出て行っていたのだった。
思いっきり顔を顰めていた。
「そっちか」
「ここを捜しても、時間の無駄だ」
「そうだな」
実験のためなら、どこへでも出かけるバドでも、さすがに敷地内の外に行くのは、困難だった。
いくら許可を願い出ても、きちんとした理由がない限りは、許可が下りないし、まして許可を得ず、出ていったトリスを捜すためとも書けなかった。
唸り声を漏らすバドを、きょとんした顔で眺めている。
バドが、トリスを何かの実験に、必要としていることを察知していた。
リュートとバドは、好きな研究に打ち込むと、夢中になるところが似ていたのである。
だから、危険を承知で、どこかバドの実験に付き合っていたところがあったのだ。
昔は、爆弾や花火といった、いたずら道具を、どちらが優れているものができるのかと、競っていた時期もあった。
このままバドと別れることができず、話しかけてしまう。
「至急なのか?」
「ああ。手に入れたい薬草があってな」
「薬草か……」
逡巡しているリュート。
学院に、薬草園もあるが、特にA組の生徒は、トリスから薬草を買ったり、貰ったりしていた。
それは、トリスの実家が、薬草店を営んでいたからである。
トリスの両親は、腕白な二人に、常にいろいろな薬草を送ったり、時々顔を出すトリスに、大量の薬草を持たせていたのだった。
「今、研究している薬に、必要なんだ」
「薬草園には?」
「ない。珍しいものだからな」
顔を曇らせながら、バドが嘆息を漏らした。
(確かに、研究に必要なら、ここにないかもな)
最近、高度な実験をしていると、誰かから話を聞いていた。
「そうか。俺が持っているものは、どこでも手に入るものばかりだからな」
熱心に研究を続けているバドと違い、今現在は、研究や実験をしていなかった。
毎日、剣術の稽古に、明け暮れていたからだ。
研究や実験用の薬草を、補充していなかったのである。
「休日が終わったら、戻ってくる気は、あるのか」
「知らん。いつ戻ってくるとも、言っていなかった」
「と、なると……休日が明けても、戻らない可能性もあるな」
「ああ」
単純に、リュートが答えた。
ふと、伏せていた顔を、バドが上げる。
いいことを思いついたといった顔を覗かせていた。
鷹揚な雰囲気を、醸し出していたのだった。
そして、のほほんとしているリュートを見つめている。
「お前たちのことだ、トリスと、一応連絡は取れるだろう?」
「……取れるが。なぜ、俺を使う?」
表情が、見る見るうちに曇っていく。
「だって俺、トリスとの連絡方法、知らないぞ」
「……」
普段だったら、誰もがトリスが外に出て行ったと言えば、引き下がった。
だから、この先の会話が、続いたことがなかったのだ。
外と聞けば、話が終わるため、誰も連絡を取ったことがない。
「知らない人間には、できない」
連絡を取るのは、当たり前と言う尊大さが出ていた。
「……教える」
「別にいい。今のところは」
教えると言う行為を、あっさり断った。
慣れているリュートが連絡を取った方が、手っ取り早いと、判断したからだ。
「後々に、必要なるかも知れないから。その時は、教えてくれ」
「……わかった」
憔悴した双眸を滲ませていた。
「頼む」
数種類の薬草が書かれたリストが渡される。
(やけに、今日は頼まれ事が多いな)
「そう言えば、相変わらず、一番だったな」
「んっ?」
きょとんとした顔で、ニコニコと笑っているバドを窺う。
何を言っているのかわからなかった。
「テストだよ。この前の」
「ああ」
テストと言う響きで、ようやく合点がいく。
魔法科の実力テストは、リュートの中で、気にかけている存在ではなかった。
ただ、魔法科にも、所属していることが条件だったから、軽い気持ちで、受けたに過ぎない。
そんな心境でも、魔法科の実力テストで、トップを取ったのだった。
だからと言って、魔法科の所属していた時に、熱心だったかと言うと、そうでもない。
担任から、テストを受けろと言われたので、受けたに過ぎなかったのである。
「一番は、変わらないと思ったが、以前と変わらずに、点数がパーフェクトだったな。剣術科に行ったから、点数が、少し落ちるかと思っていたが」
遅れて試験結果を見かけた時のことを、思い出していたのである。
「そうだったか」
「そうだ。剣術科でも、中盤の位置だってな」
「ああ」
魔法科で一番よりも、剣術科で中盤の位置にいたことを、誇らしげにいている姿に、バドはほそく笑んでしまう。
剣術科での結果は、魔法科で噂になったものを耳にしただけだった。
だから、正確な順位も、点数も知らない。
「バドは?」
「俺か。研究に夢中になり過ぎて、点数が落ちたな。順位は変わってない。お前に続いて、二番だ。三番はクラインだ」
あっけらかんとした表情を、バドが覗かせていた。
ここ最近のテストにおいて、三人の順位は、常に定着し、動くことがない。
数年間、変わらず、一位がリュート、二位がバド、三位がクラインだった。
四位以降の順位が変動し、いつも入れ替わっている状況なのである。
「そうか。いつもと、メンバー変わらないな」
「俺と、クラインは僅差だったぞ。確実に、クラインは上がってきているな」
他人事のように、自分とクラインの差が、段々となくなってきていることを、バドが語ったのである。
リュートと同じように、あまりテストの順位を、気にするようなタイプではない。
ただ、研究し、新しい薬品や、魔導具を開発したりすることが、好きだった。
「そうなのか」
目を見開くリュート。
三人の順位は変わらないが、三人の間に、点数に開きがあったのだ。
「寮の部屋も、一緒にいるのに、気づかないのか?」
自分よりも、興味のなさに、バドが呆れている。
「確かに、図書館に行ったりしているようだな」
つい最近のクラインの様子を、耳にしたことを総合し、巡らせていた。
「お前は、別格としても、俺はいつか、抜かれるだろうな」
自分が抜かれるかもしれないのに、バドが楽しそうに呟いた。
「ふーん」
「じゃ、頼むぞ。リュート」
話し終わったとばかりに、バドが自分の部屋に戻っていった。
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