第52話
リュートが職員室を出て行って、二人分のレポートの採点を終えたところで、カイルがラジュールを訪ねてくる。
快活なカイルは、生徒受けもよかった。
ここに辿り着くまで、複数の生徒たちからの質問の対応に、追われていたのだ。
外回りの警備を交代し、疲れを滲ませながら、カイルは学院に戻ってきたのである。
それでもいやな顔せず、軽快に生徒たちと接していたのだった。
背後から、カイルが覗き込む。
生徒が提出したレポートに、何か書き込むのを感心しながら、眺めていたのである。
細かい文字で、びっしり書いていた。
見入っているカイルの手に、紙袋に入った焼き菓子が握られている。
「採点か。どうだ? 生徒たちの評価は?」
「大して変わらない。で、何か用事か?」
「まぁな」
採点する手を止める。
迷惑とも、そうでもない、どちらつかずの表情を覗かせていた。
レポートを除き見るだけで、用件を話す様子が見られない。
さっさと、用件を済ませ、採点に集中したかったのが本音だった。
愛想笑いを滲ませている姿を、眉間にしわを寄せ、凝視している。
「これ」
紙袋を、差し出した。
紙袋を見つけた時点で、訪ねてきた理由を、大体飲み込んでいた。
それ以外の用件も、あるかも知れないと、あえて口にしなかった。
手に持っている紙袋を、ラジュールが胡乱げに漆黒の双眸で捉えている。
「グリンシュからだ。研究と採点で、何も、食べていないだろうからってさ」
グリンシュは、学院の保健士をしているエルフ。
人よりも寿命が長く、長い月日を、学院で保健士の仕事をしていた。
「そうか」
そっけない返事をし、カイルの手から、紙袋を受け取る。
二人は科が違うが、フォーレスト学院を卒業した、同期組の親しい友達だった。
そして、リュートの母親リーブも、同期組の一人で、在籍していた当時は、いつも一緒に遊んでいた仲間だったのである。
学院で教師をしている面々にも、まだ同期組の親しい友達が、たくさん残っていた。
「的確に、評価を書き込んでいるな。放任主義化と思えば……」
呆れと、感心が混じった言葉が漏れていた。
レポートの評価を、余白に、詳細に書かれていたからだ。
(細かっ! 戻ってきたら、この評価では落ち込むな)
出掛かった言葉を、飲み込む。
辛辣に、指摘が書かれていたのだ。
生徒に対しても、容赦ない性格を把握していた。
それに余計なことを言って、降りかかる恐れがあったからだった。
担当は、ラジュールであり、自分ではないと、心得ていた。
コメントを読み終わると、無表情でいるラジュールに、視線を移した。
「俺なんて、点数と一行のコメントが、あるかないかだ」
「人、それぞれだろう」
「ま、そうだな」
「けど、少な過ぎだな。一応、自覚は持て」
さりげなく、注意を施した。
(うっ。まとも過ぎて、言い返せない。……でも、何か癪だな)
「で、でも、渡す時に言っている。だから、プラマイゼロだろう」
渇いた笑いを漏らしているカイルを、ラジュールが目を細め、窺っている。
ふと、受け取った紙袋から、暖かさが、手に伝わってきていた。
冷めないように、焼き立てを、届けに来たのだった。
(律儀だな、相変わらず。自分が食べる前に、届けにくるとは)
何も聞かずとも、カイルの行動パターンを読んでいたのである。
今すぐに届けてほしいと頼まれたものではない。
実際、カイルの分も、しっかりと用意されていた。
だが、自分が食べるよりも、先にラジュールに届けに来たのだった。
自分のことよりも、他人を気にかける性格に、損なことをしていると呆れてしまう。
思考が、カイルの言葉で途切れる。
「評価を書くのもいいが、メシぐらい、ちゃんと食えよ」
時間がないと、食事を抜くクセが、昔からラジュールにあった。
それは学院で生徒をしていた頃からで、勉強や研究に熱心に取り組むために、食事の時間を削り、その時間を勉強や研究に、少しでも当てていたのである。
「時間が、勿体ない」
当然のことだと、自信が溢れている顔に、カイルが溜息を漏らした。
「お前な……。寝る時間をとるのに、どうして食事の時間を削る」
「食事を二、三日取らなくても、死にはしない」
表情一つ変えない。
間違ったことは言ってないと言う顔つきだ。
身体を案じるカイルも、譲れない。
旗から見ると、睨め合っているかのようだった。
「食事は、身体の資本だ」
「知っている」
「だったら、気をつけろ」
互いに、持論を譲る気になれない。
似たような、押し問答を繰り返している。
鋭い眼光が、ぶつかり合っていた。
鬱陶しいと、早々に感じ始めたラジュール。
その用件は終わったとばかりに、言い合いを打ち切り、紙袋に入っている焼き菓子を、無造作に食べ始めた。
美味しそうな香ばしい匂いにつられ、ラジュールが手にしている紙袋から、焼き菓子を一つ拝借し、カイルも食べる。
外回りの警備で、限界をすでに達しっていたのだ。
だが、何も食べてないと予測できるラジュールに、届ける方が先決だと抱き、空腹を我慢し、訪ねてきただった。
「上手いな、相変わらず」
「ああ」
黙々と、焼き菓子を食べる二人。
香ばしい匂いを、職員室に漂わせていた。
二人の性格を把握しているグリンシュは、しっかりと二人分を紙袋に詰めていたのである。
少食そうな顔に似合わず、ラジュールは食べる時は、食べるのだ。
不意に、目を細め、黙々と食べているラジュールを窺う。
「リュートは? どうだった?」
魔法科での成績を尋ねたのだった。
魔法科でトップだったと把握していたが、詳細な内容を知りたかったからだ。
魔法科での成績に、影響を与えると、魔法科の担任ラジュールに迷惑が掛かると、気にかけていたのだ。
(そのことを聞きたくて来たのか。心配し過ぎだ)
「……パーフェクトだ。要点が、しっかりとまとまっている。くだらない書き込みは、一切ない。ミス一つもない。提出したレポートも、簡素に、要点がまとまって、読みやすい」
実力テストと、提出させたレポートの評価を、淡々と語っていった。
無駄な肉付けもなく、要点がしっかりと、まとまっていたのだ。
減点一つ付けられない代物だった。
ラジュールが担任となった時より、変わらない評価である。
「こっちで、身体使わせているから、評価が落ちたら、悪いなと思ってな」
頭を掻きながら、その目が泳いでいる。
移ってきたばかりのリュートが、ばてるほどの体力を使わせたと言う自負があった。
ひっそりと、夜中に寮を抜け出し、リュートたちが、何かをしていたことに気づいていた。
自分の授業を受けているにもかかわらず、夜に寮を抜け出し、遊んでいる姿に大人げなく、いい根性していると、闘志が燃え上がってしまった。
そして、長年剣術科で学んでいる生徒でも、ばてるほどのメニューを、授業や課題でさせていたのだ。
少しばかり気づくのが遅く、手を緩めようとした時に、大半の生徒が次々と倒れていき、今回の実力テストは、大半の生徒が、以前のテストより、成績が落ち込んでいたのである。
その現状に触れ、魔法科での実力テストにも、影響を与えたのではないかと危惧していた。
「その心配は、要らない」
「そ、そうか」
ホッと、胸を撫で下ろすのだった。
「あれのことだ、抜けているようで、しっかりしているところは、しっかりしているからな」
「そうか。それを聞いて安心した。これで思い存分、しごける」
「お前のことだ。手を抜けずに、しごいているだろう」
表情が一定で変わらないラジュールが、カイルの目を窺う。
「まぁな」
のん気に、カイルが笑ってみせた。
もう一人、気になっている人物のことを掠める。
「で、トリスは?」
「法力が低い方だからな、上がったり、下がったりと、毎回違うな」
「そうか。しょっちゅう、こっちに来ているから、大丈夫なのか?と思ってさ」
「気にするな。伊達に、A組じゃない」
「そのようだな」
自分の生徒ではないトリスの成績を、気にかけている性分に、昔と変わらない面倒な性格をしていると、僅かに首を竦めてしまう。
自分のことよりも、まず他人のことを心配するカイルだった。
親しい友達は呆れながらも、カイルらしいと気に入っている部分でもあったのだ。
顔を顰めているのに、カイルが気づく。
「何だ? 俺の顔に、何かついているか?」
「人の心配するより、自分のこと考えろ。口にカスがついている」
「えっ? あ……、すまん」
無造作に、口についていたカスを払った。
真面目な顔つきになったカイル。
「そうだ。お前の指導方針に、文句をつける気はないが、授業に出る、出ないは、自由だと言う放任主義は、どうかと思うぞ。他の生徒に、悪影響を及ぼす可能性がある」
いつか、言おう言おうと、思っていたことを口に出した。
以前から、気になっていたのだ。
けれど、平然としているラジュールだった。
「やる気のない生徒がいても、授業に悪影響だ。それに面倒臭い。いない方が、ラクだ」
「お前な、他の教師のことも、考えろよ」
「自分の生徒を、手懐けるのは、その教師次第だろう? 俺には関係ない」
自分の指導方針に問題はないと、きっぱりと言い捨てた。
「お前の自分本位な性格、変わってないな。昔から」
「変わる必要があるか?」
堂々と、胸を張る姿に、うな垂れてしまう。
「……好きにしてくれ」
「外回り終わったのだろう。だったら、俺の代わりに、夜中の警備に出ろ」
「おい」
思いっきり眉を潜め、カイルが突っ込んだ。
「それまではゆっくり過ごせばいい。十分だろ、カイルにとっては」
「俺の睡眠は?」
「一日や、そこら寝ないでも、平気だろう。お前の頑丈な身体は? 大体、さっきの外回りの警備だって、デュランの代わりだろう?」
何も、言い返せない。
実際、言葉通りだった。
デュランは、魔法科の教師で、カイルたちの同期組の親しい友達だ。
研究で、忙しいから代わってくれと頼まれ、自分の担当時間の次に当たる、デュランの担当時間を、代理で務めていたのである。
「なら、頼む。レポートの採点を続けたい」
「……。……わかった」
がっくりと、肩を落とすカイル。
頼まれ、いやとは言えない性格なのである。
読んでいただき、ありがとうございます。




