第51話
カーチスのレポートを届けるために、〈第一職員室〉がある管理棟に向かう。
〈第一職員室〉は、魔法科の教師が使う職員室で、魔法科の教師で、リュートたちの担任をしているラジュールの席があったからだ。
実力テストも終わり、職員室でレポートの採点をつけているだろうと、目星をつけたのである。
他の教師たちは、自分たち教師用の個人の研究室で、テストや、レポートの採点をすることが多いが、ラジュールは違っていたのだ。
必ず、テストや、レポートの採点、成績をつける作業は、学院の規定に従い、職員室で行っていたのだった。
その習性を、熟知していたのだ。
その途中で、顔見知りの魔法科の友人たちに会い、そのたびに剣術科の話をせがまれ、ラジュールがいる〈第一職員室〉へと、遅れて辿り着いたのだった。
管理棟に、三つの職員室がある。
魔法科の教師が使う〈第一職員室〉と、剣術科の教師が使う〈第二職員室〉、最後に担任を持たない、講師が使う〈第三職員室〉だ。
階が違うため、それぞれに用事がある生徒にとって、ひと苦労の話だった。
到着し、ドアを開けると、職員室に数人の教師しかいない。
「珍しいな」
普段は、もっと賑わっていた。
閑散とした職員室に、鈍感なリュートも気がつく。
異様な雰囲気に、怪訝な顔を覗かせていた。
「何かあったのか……」
ピリピリとしたムードが、辺り一面に漂っていた。
(断ればよかった……)
残っている教師たちの大半が、時間を気にしているようで、時間に追われながら、何かしらの作業を行っていたのだ。
「何なんだ? 曇よりとした空気は」
嘆息を吐いたのだった。
生徒たちに、秘密裏に警戒発令が出されていたのだ。
各国の諜報員や、不審者が多発したと言う報告を、フォーレスト学院の敷地内に設置されている、各所轄から受けていたのである。
そのために、急遽職員会議が行われ、周辺の警備の強化に、教師たちが当たることとなり、職員室では交代で待つ教師や、居残り組の教師数人しか、残っていなかったのだ。
ただし、生徒たちに、諜報員や不審者の存在を知らせず、新たに導入する教師たちの勉強会のために、休みと言う口実を作って、三連休にしたのだった。
他の教師とは一線を置き、別な雰囲気を匂わせ、職員室の奥で、レポートの採点を行っているラジュールの姿を発見する。
落ち着きがない教師たちとは違い、ラジュール一人だけが、自分のペースで、淡々と採点の作業をしていたのだ。
視界に捉えた途端、深い深呼吸を一つ吐いた。
強張っている身体をほぐすためだ。
黙々と作業をしている席に、足を進め、ラジュールに近づいていった。
「レポート」
視線を上げ、畏縮しているリュートを捉えた。
その途端、訳もわからず、身体を強張らせる。
初めて会った時から、ラジュールの見透かすような、混沌した黒い瞳に、リュートは強気な態度が取れなかったのだ。
混沌した黒い瞳の、さらに奥にある、何かに何とも言えぬ恐怖感が拭えず、素直に従うしかなかった。
他の魔法科の教師や、一年生の時の担任と、態度がまったく違う。
混沌した黒い瞳を持つラジュールに、逆らうことができなかったのだ。
A組の生徒たちにすれば、いくつかある約束さえ守っていれば、授業に出なくても、いたずらして遊んでも、自由を許してくるラジュールは、いい教師だった。
リュート自身も、いい教師だと思う反面、どこか注がれる混沌した双眸に、苦手意識が消えることがない。
どこか、緊張が隠せない手から、レポートを受け取る。
気づいているのか、気づいていないのか、わからない表情だ。
表紙を眺めているラジュール。
深い眉間のしわが、浮き上がっていく。
ドキッと、軽く心臓が飛び上がった。
「汚い」
「俺は、汚していない」
思わず、弁解してしまった。
「見れば、わかる」
自分の手元から、ラジュールに移ったレポートに、視線を巡らす。
乱雑に書かれたタイトルが、どうにか解読できる程度だ。
(確かに、汚い字だ。提出するなら、ちゃんと書け!)
その乱雑さに、中身はもっと酷いだろうなと、脳裏を掠めていた。
カーチスは字が綺麗な方でない。
それにもかかわらず、時間がないために、書き殴ったように書いていたのである。
ギリギリにならないと、やらないカーチスの性格に、呆れるしかない。
「……俺が書いたものじゃない」
「当たり前だ」
タイトルの文字だけで、誰が書いたか、察しができていたのだ。
「お前のものは、すでに採点済みだ」
「そうか」
改めて、ホッと溜息をついた。
転科試験を受け、剣術科に移ったが、魔法科にもリュートの席がある。
それは、転科を許可する条件に、入っていたからだ。
魔法科に所属しながら、剣術科にも所属していたのである。
先日、行われた実力テストも、魔法科、剣術科のテストを、両方受けていた。
魔法科の結果は、いつもと変わらず、一位。
トリス経由で、ラジュールから言われたカーチスと、同じ内容のレポートも、すでに実力テストの前に提出済みだった。
ラジュールから、必ず提出するように言われたからだ。
授業にめったに出ない面々も、最後のカーチスの提出で、全員出していた。
普段は、生徒たちの判断で、出したり、出さなかったりの状況なのである。
そして、言葉に必ずとついた時は、全員提出していたのだった。
ラジュールと、交わした約束の一つだからだ。
〈第五音楽室〉の夜中の張り込みで、忙しい日々の中でも、出すように言われたリュートは、魔法科のレポートを書いて、きちんと提出していたのである。
中身を、簡単に読んでいる姿に、どうして苦手なのかとリュートが逡巡していた。
けれど、その答えが、はっきりと掴めない。
担任になった二年生の時から、考え続けている疑問の一つだった。
(何で、ラジュールが苦手なんだ?)
「次、これと同じだったら、受け取らないと、伝えておけ」
「わかった」
即決で、素直な態度だ。
「それと、いつもギリギリで、提出するなとも、伝えておけ」
「伝えておく」
二年生の時に会って以来、ラジュールに逆らう発言を、あまりしたことがない。
素直に、返事をしていたのだ。
用事を終え、自分の部屋の戻ろうと、背を向けようとする。
不意に、何かを、ラジュールが思い出した。
「待て」
「んっ?」
机にあった、二冊の本をラジュールが取り出した。
何事かと立ち尽くしているリュートの前に、突き出したのである。
「〈第五図書館〉に、返却してくれ」
一瞬の沈黙が、流れる。
瞬時に、何を言ったのかわからなかったのだ。
「……何で、俺が?」
「ついでだ」
「俺は……」
「大して変わりはない」
年代物の本を直視し、態度を決め兼ねている姿に、後押しを加える。
「カーチスに、これ、頼まれたのだろう。私のも、頼む」
「……わかった」
何を考えているか、皆無な表情から、二冊の本を受け取った。
「村に、行くか?」
災難だと巡らせているリュートに、唐突な質問を投げかけた。
要注意人物として上がっているリュートが、校舎や寮から出るとなると、外回りをしている教師に、報告しなければならなかったからだ。
各国の諜報員や、不審者は、必ず天才魔法使いと称されている、〈法聖〉リーブの息子リュートの情報を、得ようと躍起になっているはずだからである。
だから、所在をはっきりさせておこうと、尋ねたのだった。
生徒に無関心のようで、しっかりと教師の仕事をしていた。
「別に、考えてないが?」
「そうか」
「それが? どうかしたのか?」
「いや、何でもない」
これで面倒が一つなくなったと抱き、表情に億尾も出さない。
元々ラジュールは、表情が豊かな方ではなかった。
どちらかと言うと、何を考えているか、読めないタイプだった。
(俺が村にいくと、何かあるのか?)
頭にあった疑問を、振り払った。
早々に、この場から立ち去りたかったからだ。
「それだけか?」
「それだけだ」
「じゃ、〈第五図書館〉に行く」
「頼む」
職員室から、リュートの姿が見えなくなるまで、その後ろ姿を追っていた。
そして、姿がなくなると、作業していた採点へと戻っていく。
読んでいただき、ありがとうございます。




