第50話
今日から、新しい章に入ります。
早朝稽古を終え、清々しい気分で、リュートが自分の寮の部屋へと辿り着いた。
肩まで伸びているネイビーブルーの髪を、頭と首の間で結っていたが、激しい稽古のせいで乱れている。
白い煙が立ち込める全身から、止め処ない汗が、流れている状態だった。
軽く、息の荒い呼吸を整える。
上着を掴み、身体と上着の間に、風を入れ込む。
若干ではあるが、涼しさを感じるのだった。
閑散としている部屋。
四人で一部屋を与えられている部屋に、誰の姿もない。
戻ってきたリュート一人だけだ。
幼馴染のトリスは、三連休の休みが入る前日の夕方から、出て行って、寮にも、学院の敷地内にも、その姿が見えなかった。
他の二人は、稽古をするために、リュート自身が部屋を出た時に、まだベッドで寝息を立てて眠っていたのだった。
「誰も、いないのか」
眉間にしわを寄せ、不満の声を漏らした。
少し前までだったら、誰かが返事してくれた、声が響かない。
誰かしら部屋にいて、声をかけてくれたのだ。
それぞれのベッドに、不服そうな視線を注ぐ。
トリスのベッドは、使われた形跡がない。
カーチスのベッドは、抜け出したままで、無残な状態だった。
クラインのベッドは、綺麗に整えられている。
寮に戻ってくるのも、妖しい状況だ。
「誰も、いない」
これまでなら、どこかへ遊びに出かけても、戻ってくると、寮の部屋に必ず誰かしらいたのだ。
(なぜ、いない!)
一人で、憤慨している。
(勝手なやつらばかりだ!)
自分のことは棚に上げ、苛立ちを募らせていく。
七年生に進級し、寮部屋が六人から四人に減り、誰も寮の部屋に、いつかなくなっていたのである。
学年が上がるごとにだ。
「面白くない」
思いっきり顔が、渋面していた。
稽古を終えたら、連休の初日同様に、魔法科の友達と、遊ぼうと、計画を立てていたのである。
魔法科から剣術科に移り、魔法科の仲間と、一緒に過ごす時間が、少なくなっていたから、唐突にできた三連休で、魔法科の仲間と、遊ぼうと密かに思い描いていたのだった。
それが、二日目で、露と消えてしまう。
「どうしろと言う……」
計画が頓挫し、途方に暮れてしまった。
遊ぶ以外に、計画を立てていなかったのだ。
確たる約束もせず、三日間みっちり遊ぼうと、決め込んでいたのである。
知らず、知らず、口を尖らせていた。
部屋は、それぞれに与えられたベッド四つ、窓際に並んだ四つの机と椅子。
ドア側の両サイドの側面に、クローゼットが二つずつ並んで、シンプルな造りになっていたのである。
計画が破綻したことで、何をしようと、部屋の中を目的なく、とりあえず歩き出す。
部屋を見渡すが、やはり一人だ。
「……」
愛用の剣を、いつもの場所のベッドの脇に立てかけた。
すると、六年生まで魔法科で共に学んだ、カーチスがどこからか、戻ってきたのである。
思わず、咎めるような眼差しを注いだ。
「どこ、行っていた?」
「ちょっとな」
微かに、引きつった笑顔だ。
まさか、怒っているとは思ってもみなかった。
宙に視線を彷徨わせている。
どこにいたのか、カーチスは悟られたくなかったのだ。
濁すような返事に、リュートは気づいていない。
そんな姿に、どこか安堵するカーチスだった。
部屋に誰もいないことに、不満を膨らませ、人を窺うどころではなかった。
疑問を抱かず、口を尖らせながら話を続ける。
「朝食は? クラインを待っていくか? それで……」
「俺、食べた」
最後まで聞かず、覆いかぶさるようにカーチスが掻き消した。
僅かに悲しい顔を、リュートが覗かせていたが気づかない。
リュートの計画を知らないので、さっさと会話を終わらしたい意識の方が、強かったのである。
もう食べたのかと、前面に剥れている表情を出していた。
服を着替えようとしているカーチス。
ジト目で、眺めていた。
ふと、低い声で、リュートが呟く。
「暇だな」
「そうか。普通だろう」
いそいそと着替えをしているカーチスを窺う。
ようやく、不機嫌な様子を、鏡越しにカーチスが把握したのだ。
「随分と、機嫌が悪いな。何かあったのか? 甘いものでも、食べるか?」
甘いもの一つで、機嫌がよくなるのを、心得ていたのである。
だから、甘いお菓子で、安易に機嫌を直そうとしたのだった。
「いや」
「そうか」
(珍しい。お菓子を断るなんて、なんかあったのか?)
首を傾げつつも、深入りはしない。
時間が、惜しかったからだ。
フォーレスト学院に入学する前からの幼馴染トリスは、三連休の前日の午後から、姿を消していたのである。
勿論、カーチスたちは、行き先なんて知らない。
それに、興味もさほどなかったのだ。
入学して早々、よくトリスは学院から抜け出していた。
何をしているのか、承知しているのは、リュートぐらいなものだ。
抜け出す理由の一つは、祖父の手伝いをするためだった。
フォーレスト学院の遥か西にある、メリッタ国サイマイ領のチュダ村に、トリスの祖父が住んでいたのだった。
チュダ村に、一人で暮らしていたのである。
たまに、祖父に会いに行ったり、祖父の仕事を手伝いに行ったりするために、よくフォーレスト学院を抜け出していたのだった。
着替えも終わり、念入りに髪を梳かし始める。
いつになく、身だしなみを整えていたのだ。
(村にでも、行くのか)
「クラインは?」
「お前が出て行った後、出かけたよ」
「どこに?」
「さぁーな」
気のない返事に、思いっきり眉を潜めた。
どんどん不機嫌になっていくリュートよりも、決まらない髪型を気にしている。
特に、後ろ髪の一部を、腰まで伸ばしている黒髪が、きちんと三つ編みできているか気に掛けていたのだ。
カーチスが、重点を置くウィークポイントだった。
「ブラークと、キムは?」
「朝から出かけた。いつものことだろう」
「そうなのか」
六年生まで、同部屋だったブラークと、キムの最近の近況を把握していなかった。
僅かに、目を見開く。
昔は朝から起きられず、誰よりも遅くに起きていた二人だった。
それなのに、今は普通に起き、毎回どこかへ出かけているのかと、改めて友達が変わりつつあることを、肌で感じるリュートだった。
剣術科の稽古で、顔を合わすことが少なくなっていたのだ。
(みんな一緒に行動していたのに、これは何なんだ)
リュート、トリス以外は、一緒に行動していたのである。
それが年々、バラバラになっていたのだ。
「ルパートは?」
「今日は、一日中寝てるって、昨日言っていたぞ」
次から次へと、名前を上げていくが、誰も暇な友達がいない。
自分が知らない間に、それぞれに予定を入れていた。
「暇なやつは、いないのか」
「急に、そんなこと言っても、無理だろう。それぞれに、予定は立てているだろうからさ」
何バカなことを言っているんだと言う顔を、カーチスが滲ませている。
「……前はそんなんじゃ、……なかった……」
徐々に、萎んでいった呟き。
髪を気にしているカーチスに、届いていない。
みんなで、楽しく騒いで、遊ぼうと巡らせていた。
思いっきり、出鼻を挫かれてしまう。
意味もなく、周囲をただ見渡した。
部屋に、自分と戻ってきたカーチスのみだ。
呆然と立ち尽くしている姿を、鏡越しで眺め、まだ気になっている髪を梳こうとするのを、慌ててやめ、梳く代わりに、嘆息を零した。
しゅんとなっているリュートを、ほっとけなかったのである。
「剣術科の……名前なんて言ったっけ? ほら、ポニーテールの……」
「セナか」
胡乱げに、リュートが顔を上げた。
どこか、不貞腐れているのが見て取れる。
「そうそう、セナだ。あの子と、稽古じゃないのか?」
話題を振った。
一人でいじけているリュートに、少しでも活気をつけるためだ。
「おばさんのところ行くって、授業が終わったら、その足で出て行った」
「そうか」
(じゃなければ、遊ばないか……。いれば、稽古付けの日々を、送っているからな)
無断で学院を出たトリスとは違い、優等生のセナは、承諾を取ってから、外出したのである。
だから、最近一緒に稽古をしていたセナが、不在で、余計に暇を弄んでいた。
「身体を休めろって、ことだろう。ゆっくり、過ごせよ」
「……」
話し終わった途端、カーチスが陽気に鼻歌を歌う。
ようやく髪形が決まったのだ。
何かリュートが言う前に、カーチスの口の方が早かった。
「悪い。出かけるわ。あっ、言っておくが。ブラークやキム、戻ってこないぞ、連休が明けるまでは」
「何で」
意外な返答に、眉を潜める。
「村に行って、ナンパだ。テストも、終わったことだし、戻ってくる可能性はないな」
くだらないと、顔を顰めた。
その様子を、チラッと横目で、窺っていたカーチス。
クスッと笑う。
この手の話に、興味がないことは把握していたからだ。
「だから、誘わなかったんだよ。あいつらも」
「……どこが楽しいんだ、あれの」
以前、行かされた記憶を、思い起こしていた。
ナンパや、コンパに、何度かリュートも、行ったことがあったのだ。
でも、面白いと感じたことがなかった。
不機嫌なまま、座っていたのだ。
同じように、思い出しているカーチスも、口角が上がっている。
「そういうお年頃なの、僕たちは。もうすぐ、十五だぜ」
「俺は、楽しくない」
面白くないと、そっぽ向いてしまった。
去年とは違う感じに、疎外感を抱く。
(つまらない。去年の今頃だったら、泥まみれで、湖や森で遊んでいたのに)
「そういうなよ。今度、一緒に行こうぜ」
「……」
チラリと、カーチスの顔を窺うと、ニコッと笑っていた。
「ナンパは、楽しいぞ。新しい出逢いに出くわすし……」
寂しい顔を覗かせるリュートに、首を竦めている。
「今度は、楽しいかもしれないじゃないか。な、リュート」
「……考えとく」
「エラい」
二、三年前の態度と比べ、おとなしくなった姿に、小さい子供をあやすように、頭を撫でてあげる。
以前だったら、譲歩せず、面白くないと、そっぽ向くか、どこかへいってしまい、周囲を困らせていたのだ。
そのたびに、周囲の友達が遠目で、見守っていたり、不貞腐れているリュートを、宥めたりしていたのである。
子供扱いされ、拗ねるリュート。
「子供じゃないぞ」
「そうでした」
おどけてみせる。
綺麗に身支度を終え、一つのレポートを、反抗期を匂わせるリュートに手渡した。
出されたレポートを、眉間にしわを寄せ、凝視している。
「頼む。ラジュールに、渡してくれ」
「何で、俺が? お前のレポートを、渡さないといけない」
遊ばないのに、勝手にお使いを頼むカーチスを、半眼していた。
窺う視線を、カーチスが投げかけてくる。
「暇だろう? 俺さ、待ち合わせの場所に、遅れそうなんだ。だから、リュート様。レポートを、期限にうるさいラジュールに、渡してくれ。頼む、リュート様」
頼み込んでいるとカーチスと、手に持っているレポートに、交互に見比べる。
連日徹夜で、カーチスが書いていたレポートだった。
細かいことは、あまり言わない担任のラジュールだが、テストの順位や、重要なレポートの提出にうるさかったのである。
だから、普段不真面目なメンバーたちも、その時は、真面目に勉強に、勤しんでいたのだった。
「一生のお願い」
態度を決め兼ねている顔色に、手を合わせ窺っている。
食い入るような眼差しを、見つめるリュートに注いでいた。
「……わかった」
「ありがとう」
渋々了承すると、瞬く間に陽気なカーチスが、部屋から出て行ってしまった。
その陽気さに、リュートが気づいていない。
誰も、遊ばないことに、一人不貞腐れていたのだった。
(現金なやつだ。俺に付き合わないのに、頼み事だけ頼みやがって!)
剣術科の友達に、村に遊びに行こうと誘われ、断ったことを後悔する。
連休に入る前に、剣術科の友達に誘われていたが、魔法科の友達と遊ぼうと、計画を一人で立てていて、あっさりと断ってしまったのだ。
「つまらない……」
読んでいただき、ありがとうございます。




