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とらぶる❤  作者: 彩月莉音
始まりは突然に
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第5話

 九月の下旬になると、うだるような風から心地よい風に変化していった。

 それでも暑い日が続いていたのである。


 のんびりした日常から毎日鍛錬の日常に移り変わり、リュートが剣術のクラスに慣れ始めていた。授業が始まった当初は慣れないことが多く、戸惑う日々もあったが、今ではクラスメートとも打ち解け、魔法科から編入してきたことなんて、ないぐらいに馴染んでいる。


 入学式の前日にケンカしたセナともあれ以来、何度か口ケンカをしたが、班のリーダーでもあるセナが、まだ不慣れなリュートの面倒を自ら買って出て世話をしていた。


 新鮮な気持ちで、授業を受けている。

 その表情がありありと浮き出ていた。

 魔法科に所属していた際、あまり授業に出なかったのだ。


 幼い頃から意識のないままに、魔法の稽古を受けていたので、魔法科の授業が簡単すぎたのである。魔法科の授業が面白くないと感じ、たびたび授業を受けずに、学院の敷地内にある村へ抜け出して遊ぶ日々を送っていた。

 そのため、教師の中では上の学年へ飛び級の話まで出ていたが、屋敷に早く帰りたくないと言う理由だけで断ったのだった。


 担任であるカイルの剣術の授業が始まってから、初めて外のグランドで行われた。

 騒がしく、生徒たちに落ち着きがない。

 それまでは今後の授業の説明で、時間を消費し、ずっと室内で授業が行われていたせいで、生徒たちも飽き始めていたのである。


 剣術科と魔法科の校舎の近くにある〈第五グランド〉。

 生徒は四列に整列して、何をするのかとカイルの話に固唾を呑む。

 教室での態度とはてんで違う。


 多く教師が在籍している学院で、カイルは生徒たちの中で人気があった。

 教師の中では年齢が若い方で、身体全体にバランスが取れた筋肉がつき、光沢のある黒髪、切れ長の琥珀の瞳で、容姿も悪くない点も人気の一つだ。

 何より、気さくで、友達のように、生徒たちに接しているところが、人気のポイントが高かった。


「これから試合をして貰う。遊びなしの真剣勝負だ。それでは対戦相手を発表する」

 不敵な笑みを零す。

「結果次第で、単位に響くからな」

 不平の声が上がった。

 大半の生徒たちは夏休みの間遊んでいたため、身体がカチカチになまっていた。

 試合どころの話ではない。


「いきなりかよ」

「マジ」

「身体、ほぐそうよ」

「軽く、肩慣らし程度で」

 不満の声や、優しくしてくれよと言う声を漏らす。


 頭を抱え込みながら、ブツブツと愚痴を零す生徒もいた。

 生徒の中には余裕の笑みをしている者もいる。

 リュートやセナも、その一人だ。

 優等生のセナはカイルの性格を見越して、試合があると予測していた。そのために事前にみっちりと鍛えていたのである。


「二ヶ月もある夏休みだ。随分と身体を鍛えたと思う。その成果を見せて貰いたい。実に楽しみだ。どれだけ、みんなが身体を鍛えていたのか」

 楽しそうに、生徒一人一人の顔を窺う。


 うな垂れている生徒。

 ため息を零している生徒。

 愕然としている生徒。

 自信に満ちている生徒。

 様々な顔ぶれだ。


 カイル自身、生徒たちがこの二ヶ月と言う長い夏休み、遊んでいたことぐらい見通していた。だからこそ、試合をして遊んでいたと言う堕落に、愛のムチを入れてあげようと愛情溢れる思いからの授業だった。

 ほくそ笑む。


 生徒たちの中から、様々なブーイングが巻き起こる。

 気にする素振りもみせずに、淡々と話を進めていく。

「まず、リュート・クレスター」

「はい」

 闘志満々で返事をした。

 自分の力が試せると浮き足立っていたのである。


「お前は、見学」

 いっせいに生徒たちは、驚きと絶望に満ちたリュートの顔を、様々な感情が込められた顔で眺めている。生徒たちの中では、魔法科の天才児リュートの実力をみたいと言う者が大勢いたからだ。

 見られていると気づかずに、なぜ?と眉を潜めて、飄々としているカイルを直視した。


 口角が上がっているカイルが、その問いに応えるように見学の理由を語る。

「入って、間もないからだ。いいな」


(それに手加減せずに生徒たちがケガしたら、面倒だからな)


「平気だ。俺は試合ができる」

「ダメだ。おとなしくしてろ」

 少し威圧する声音でも、通じない。

「いやだ。出たい」

「見学と言ったら、見学だ。魔法科では知らないが、ここでの担任は俺だ。俺に従って貰うぞ。いいな、リュート・クレスター」


(やる気があるのはいいが、こいつの場合はな……)


 カイルの言葉に食い下がらず、参加できるように直談判するが認められない。

 抗議し続けているのを無視し、練習試合に健康不良のために参加できない生徒の名前を挙げて言った。


 それを耳にしながら、身長が低く、肉付きのいいピック・サーンが憂鬱な顔をしている。

 ピックの隣にいる長身で、憮然としているモーガン・ソリッドにぼやく。

「いやだなー。夏休みの間、遊んでいたから、身体が鈍ってるよ」

「俺もだ」

 まっすぐに前を向いたまま、ひと際大人びたモーガン。


夏休みの間、ピックは修行もせずに、学院では決して口にできない料理を食べ廻って、ひと時の道楽に舌鼓を打っていたのである。同じようにモーガンも、ろくに剣を持たずに、のんびりと読書の日々に明け暮れていたのだった。

 同時に、大きなため息を吐いた。

 二人は稽古をしていなかった派に属している。


 二ヶ月の間、鍛えることもしないで、多くの生徒の身体は完全に硬くなっていた。

 そんな話を聞こえたのか、カイルが憂鬱な彼らを楽しむ。

「お前らみたいなやつがいるから、やるんだよ」

 サボっていた面々が、参ったとがっくり肩を落とす。


「酷い試合した者は、補習だからな」

 追い討ちをかけるカイルは、至って鷹揚としている。

 実際の年齢よりも若く見えるカイルの表情は、より一層に無邪気な子供のようだった。


 クラスの半数以上の生徒には、悪魔の微笑みしか映っていない。

 愚痴が飛び交う中、練習試合が始まった。

「第一試合、トレーシー対シアン」


 真剣なカイルの声音に、体格のいいトレーシー・スミスと、檜皮色のショートヘアのシアン・カミーノが、赤土が敷き詰められたグランドの中央に足を進める。

 両者は引かれている白いラインの内側に颯爽と立つ。

 試合は十分もかからずに、秒殺で勝敗が喫した。


 夏休みの間、コツコツと修業を積んでいたシアンが勝利を収めたのである。

 その後も試合が順調に行われ、終盤に差し掛かる。ルーブン・ノモス、ハイド・ブランコ、それに今行われているジンク・フリーマンとセナの四人だけとなった。


 試合に出られず、拗ねている姿に、カイルが試合から視線をはずさずに声をかける。

 まったく視線が試合している二人から離れることがない。

「つまらないか?」


「別に……」

 否定しながら、実際はつまらないと感じていた。

 自分の腕がどのくらいあるのか、試してみたいと言う思いがあったが、それができず、苦虫を潰したような顔をずっと浮かべていたのである。


「俺にはつまらなそうにしか、見えないけどな」

 見たままをカイルが口にした。

「ちゃんと見てるよ」

「俺には、よそ見して、試合に集中できていないとしか、映っていないが?」

 ギョッと顔を上げる。


 カイルは自分の方を向いておらず、ずっと視線は試合をしている二人を追っている。

 一度も腐っているリュートの方へ、視線を傾けていない。

 試合の審判に、徹していたのだ。


「なぜ、驚く」

「見ていないのに、わかるのか?」

 素直にリュートが疑問を投げかけた。

「これぐらいの芸当、できないで教師なんてやってないさ」

 その視線の先は、激しく戦う二人に注がれている。


「こうして、試合を見て、自分の目を養うのも勉強のうちだ」

「……」

「お前はバカじゃない。時間を無駄に使うな」

「……」


 セナとジンクが戦っている試合に、リュートが先程とは違う視線を投げかけた。

 二人は何度も打ち合っている。

 試合はセナの優勢だろうと読む。

 徐々にジンクとの距離を追い詰めていたからだ。

 セナと一度だけ戦ったことがあるからこそ、その強さを身に染みて知っていた。


「この試合、どう見る?」

 ストレートに試合の流れについて、問いかけた。

 見たまま率直な意見を、リュートが答える。

「セナの勝ち」


「それだけか?」

 カイルの言葉に、僅かに疑問符が浮かぶ。

 二人の戦いに、さらに目を凝らした。

 間合いを取られ、ラインギリギリまで追いつめられるジンク。

 どう見ても、ジンクの方に勝機が見えない。


(どういうことだ? セナの勝ちではないのか? 俺は何か間違っている?)


 解答がわからないので、思わずカイルの顔を窺う。

「セナの動き、おかしいとは思わないか?」

 もう一度、二人の戦いに黒曜石のような綺麗な瞳が捉える。


 優勢、劣勢がわからなくなった。

「肩をケガしている」

 ボソッと呟いたカイルの言葉に、ギクッとした。


 でも、セナの動きが変わっているようには見えない。

「お前と戦った時の、傷が癒えていない」

 驚きを隠せないリュート。

 セナと新学期に戦った話をしていなかったからだ。


「お前たちの性格を考慮すれば、予測がつく。現にセナの動きが悪いしな」

「……」

「それにセナのやつ、しつこくお前のこと、聞いていたからな」

「……ほっといてくれない」

 抑揚のない声で吐露した。


 誰もが、偉大な〈法聖〉リーブの息子だと騒ぎ立て、静かにしてほしいリュートの周囲を取り囲む。そんな生活に嫌気を差していた。


(俺は俺なのに……)


「確かにリーブの息子と言う事実から逃れられない。けど、それだけで周囲がうるさい訳じゃない。それぐらいここに来て、魔法をかじったお前なら、わかるだろう?」

「……好きじゃない。大っ嫌いだ」

 か細い声で、吐き捨てた。


「大っ嫌いか……。昔、よく聞いたな、そのセリフ」

 俯いていた顔を上げた。

「よく同じようなセリフを言うやつがいた。俺の友達でな」

「やめたのか?」

 自分と同じような気持ちの人間がいるのかと興味を抱く。


「いや。今じゃ、どっぷり魔法に浸かっているな」

「何で? 嫌いなのに」

「さぁな」

 不意にカイルが戦っているセナを指差す。

 促されるように、二人の戦いを見始めた。


「まだ、法力のコントロールできないようだな」

 返す言葉もない。

 法力のコントロールができないせいで、魔法に免疫力のないセナを傷つけてしまったのだから。法力のコントロールができないたびに、少々気が滅入って落ち込む。


「ここは学ぶ場だ。ゆっくり、法力のコントロールを学べばいい」

「……」

「セナの傷のこと、気づかないようではダメだな」

 完治しているものかと思っていたのだ。


(俺、まだまだなのか……)


「剣を振るものいいが、観察するのも勉強だ」

「……うん」

 今度は心から素直に返事をした。


 試合の結果はケガをしていたものの、辛うじて『十人の剣』の称号を持つセナが苦戦しながらも優勝を得た。

 長いような短いようなカイルの授業が、あっという間に終わった。



読んでいただき、ありがとうございます。

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