第47話
一気に、〈第五音楽室〉の空気が変わった。
黙り込んでいる男子を凝視し、徐々に顔色が悪くなりながらも、トリスとセナが臨戦態勢を取り始めたのである。
どう考えも、二人が知らないのはおかしい。
自分の好きなことにしか、興味を抱かないリュートが、知らないのはあり得る話だが、情報通のトリスも、優等生のセナも、知らないのは決してないことだった。
今にも、戦闘が始まりそうな勢いに、リュートただ一人だけが、目を丸くする。
「おい! 何してる?」
訝しげに、それぞれの顔を窺っていた。
けれど、トリスもセナも態勢を解こうとしない。
眉間にしわを寄せ、三人の間に飛び込んだ。
なぜ、トリスとセナが、友達に対し、戦闘モードをとるのかわからなかった。
だから、間に踏み込んだのだった。
無気力に、名前を知らない男子が、険しい二人を眺めている。
体術の構えを示す二人に対し、リュートはいつでも《壁》を発動できる構えだ。
魔法は使わないと言う戒めも、すっかり忘れていた。
二人の鋭くなっている双眸は、真剣そのものである。
一瞬でも、判断が鈍れば、無気力な男子はひとたまりもない。
大切な二人も、傷つけたくないリュート。
さらに、神経を鋭く研ぎ澄ます。
とにかく、三人を傷つけたくなかった。
ただ、それだけだった。
「どけ!」
「何やっているの? リュート。あなたも、構えなさい」
立ちはだかるリュートを、二人して窘めた。
「何でだ」
ブスッとした顔を、リュートが覗かせている。
リュートの戦闘能力の高さを把握している二人は、こちら側に取り込もうと、説得を試みていた。
互いの意思は、平行線のままだった。
「部外者だ」
「そうよ。だから……」
「いやだ! 仲間だろう」
「「違う!」」
鋭い眼光で、幼馴染であるトリスを睨む。
取り込めない苛立ちを、トリスが隠せない。
勝ち目が薄いと抱きつつも、どこかに隙がないか、模索していた。
その様子を黙って、眺めていた男子。
その瞳が、悲しげなだった。
前で庇ってくれるリュートに語りかける。
「二人の言う通りだよ」
どういうことだ?と言う顔を滲ませていた。
攻めに転じたくても、二人は攻められない。
鉄壁なガードが、前に存在しているからだ。
「暗示をかけたんだ。少しばかり」
悲しげな瞳に、引き込まれていく。
リュートだけではない、二人もだ。
「暗示?」
「友達の一人としての暗示だよ」
「「「……」」」
「だた、君に掛かっているのか、いないのか、わからないけどね」
リュートが振り向いたまま、じっと男子の顔を窺っていた。
身体は、いつでも二人から、男子を守れるように、態勢を取ったままだ。
「わからないって……」
渋面した顔を覗かせていた。
「法力が、強いからだよ」
「なるほど」
素直な返事に、微かに男子が笑った。
「やっぱり部外者だな。お前は何者だ。何でこんなことした」
冷静に、問いつめるトリス。
緩くなった二人に対し、トリスとセナの表情が固い。
いつの間にか、呪文をかけられていたと知り、身体が反応していたのだった。
「それは、君のせい」
「俺の?」
まっすぐ向けられる視線。
その顔は納得できず、眉間のしわが寄っていた。
「君が、あんないたずらを仕掛けて、彼女を脅かすから」
チラリと、気遣うように、男子がセナのことを窺う。
「!」
ゆっくりと、驚愕した視線を、男子からセナに移す。
「どういうこと? トリス」
眉間に深くしわが刻まれ、さらに咎める声に、顔が引きつっていた。
痛いところを突かれ、言葉が上手く出てこない。
小さな笑みを漏らしながら、男子が説明する。
「君が驚いたいたずらは、彼が仕掛けたんだ」
さらに、眉間のしわが深くなる。
「本当、なの?」
ばつが悪い顔を覗かせているトリスに、胡乱げな視線を傾けたままだ。
視線に耐えられず、強張っていた肩を緩める。
「ごめん」
「何で?」
咎める声に、思わず、苦笑してしまう。
「ちょっと、代わり映えのない張り込みに色をつけよう、かな?って」
相手を探る視線を見せながら、トリスが吐露した。
愛想笑いを滲ませているトリスを、目を細め、睨む。
「……呆れた」
「ごめん」
「私が、どんなに驚いたか」
憤りが収まらないセナ。
男子の存在を、忘れている。
「聞いているの? トリス」
「本当に、ごめん」
真摯に謝った。
「許せない」
首を竦めているトリスだった。
「ちょっとばかり、度が過ぎたよ」
「ちょっとじゃないわよ!」
見るのもいやとばかりに、勢いよくそっぽを向いた。
「だから、ごめん。反省しているよ」
低姿勢なトリスに、男子の口が開く。
促されるように、誰もがいっせいに男子に視線を注いだ。
「だから、彼女の変わりに、僕が驚かせてあげたんだ、君を」
「……お前だったのか」
ムッとしていた顔を、トリスが滲ませていた。
元をただせば、自分だったことが消え失せ、男子を責める視線を巡らせていたのである。
「うん。ごめんね」
素直に謝られ、ばつが悪いトリス。
「いや」
これまでの会話の流れを耳にし、何となくこれまでの経緯をリュートが把握する。
自分が気づかない間に、トリスがセナに対し、いたずらを仕掛けていたと驚き、そして、今度は逆に、目の前にいる男子によって、トリスにいたずらを仕掛けられたと、ここに来て把握し、どうして自分だけ、仲間外れにされたのかと憤慨していた。
口を尖らすリュートだ。
(リュートのやつ。機嫌を悪くしたな、後で、何かお菓子でも、買ってやるしかないか)
やれやれと、トリスが首を竦めていた。
「だからと言って、部外者を逃す訳にはいかない」
置かれている状況に、いち早く戻ったセナ。
距離を詰めようと、一歩前へ出る。
セナの一言で、状況が最初に戻ってしまった。
「待て!」
捕まえる気満々なセナを止めるが、殺気が緩むことがない。
一段と、鋭さが増していた。
「いい加減に、目を覚めたら?」
「楽しい、張り込みをした仲間だ」
いっこうに男子を庇っているリュート。
「あのね……」
意思が変わりそうもないリュートと、穏やかに立ち尽くしている男子を、交互に眺めている。
埒が明かないと巡らせ、理由を男子に求めた。
「生徒じゃないの?」
「半分だけ当たっている。僕、ずっと前に、死んでいるんだ」
平然と語った内容に、瞠目している面々。
「「死んでる?」」
「150年前までは、生徒だったんだ。でも、病気で、呆気なく死んじゃった」
男子は150年前まで、フォーレスト学院の生徒で、当時の流行り病にかかり、呆気なく亡くなっていたのである。
幽霊として、学院に止まっていたのだ。
「「……」」
想像を超える真実に、フリーズしている二人。
「幽霊なのか」
そのままの言葉を、気軽にリュートが口にした。
平然と立っている姿に、二人以上の驚きがない。
和やかに会話を始めてしまった。
「うん」
「名前は?」
「フィーユ」
「俺は、リュートだ」
新しい仲間に、胸を張る。
友好的なリュートの姿に、嬉しさが滲む。
「フィーユは、ずっと一人だったのか」
首を振った。
質問攻めにされても、いやな顔を見せない。
逆に、楽しそうに、一つ一つに答えていく。
「幽霊の仲間は、たくさんいるよ。それに生きている人間もね。でも、見える人は、少ないから、だから、ついつい見える人に、話しかけちゃって……」
幽霊はフィーユだけではなく、学院にたくさん存在していると、驚愕の事実に、ぐらりと目が眩む二人だった。
当たり前のように、接しているリュートとは違い、今までの自分たちの現実に、あり得ないと脳が訴え、ついていけてない。
「そうか。じゃ、俺たちも、仲間だな。いつも、ここにいるのか?」
「違うよ。いろいろなところに、いるよ」
さらに、愕然とする二人。
その中にいても、リュートとフィーユの、ほのぼのとするお喋りが止まらない。
「じゃ、どこでも、会えるのか」
「一応ね。学院の中なら」
「村は?」
悲しげに、フィーユが首を振った。
「寮には?」
「行ける」
けれど、悲しげな表情だった。
学院に住み着く幽霊たちは、学院では存在できるが、その他の場所にいけなかったのである。
それに寮に行ったとしても、見える人間の対応が、トリスたちのようなものばかりで、リュートのような友好的な対応が少なかった。
「じゃ、遊びに、来いよ」
「びっくりするよ。たぶん、彼らのように」
青くなっている二人に苦笑しつつ、フィーユが視線を巡らせていた。
促されるように、リュートもフリーズしている二人に、双眸を移す。
二人の表情が、寮に着てほしくないと言う顔つきだった。
「どうした? トリス? セナ?」
何か、話しかけようとするトリスに、自嘲気味に男子の口が開く。
「無理しない方が、いいよ」
「……」
「無理って?」
フィーユの言葉の真意が、わからないリュート。
微笑むだけのフィーユ。
目が泳ぐトリスに問いかけるが、きつく口を結んでいる。
「言わない方が、いいかな?」
「教えてくれないのか?」
釈然としない顔を、リュートが覗かせていた。
「彼のためだよ」
「トリスの?」
訝しげに、視線をそらすトリスを眺めている。
「僕は、そろそろ消えるね」
「行くのか?」
「うん。毎日の張り込みで、疲れているでしょ? それに、もうすぐ朝になっちゃうよ。少しは帰って、仮眠と取らないと」
「そうだな」
「じゃ、ね」
見えていたフィーユの身体が、薄くなっていき、最後は消えてしまった。
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