第46話
恐怖する思い出しかないリュートがいたのでは、これ以上、話が進まないと抱き、トリスが二人の会話に入り込んだ。
怯えているアニスでは、答えにくいと、目に見えてわかったからだ。
わかっていないリュートの前に、躍り出る。
萎縮しているアニスの間に、壁を作ってあげた。
ホッとしたような顔を、アニスが滲ませている。
(アニスのような犠牲者が、たくさんいそうだな)
不意に、昔を思い返し、自嘲するような笑みが零れてしまっていた。
「ここからは、俺が聞く。少し下がっていろ」
「何で?」
邪魔者扱いされ、納得できず、眉間にしわが寄っている。
「何でもだ。お前じゃ、話が進まない」
不貞腐れながら、ダメだと促すトリスに、この場を譲り、渋々に後ろに下がった。
「練習って、言っていたけど? 何の練習?」
ホッと、安心したアニス。
トリスの問いに、スラスラと答えた。
二人のやり取りを、ただ、ムッとしている。
自分とは対照的に、答えていく姿に、無性に納得できなかったのだ。
(俺とトリスでは、何が違う)
「音楽コンクールです」
「世界規模の?」
「はい。私、本選に、選ばれて」
「凄い。本選に行くなんて、凄いことじゃない」
音楽に疎いセナでも、音楽コンクールの話を知っていた。
食堂や寮の憩いの間で、最近よく耳にしていたからだ。
小柄なアニスに、尊敬の眼差しを傾けている。
褒められ、どう応えていいものかとはにかんでいた。
「ねぇ、小さい頃から、やっているの? やっぱり毎日、弾かないと、指が動かないんだよね……。予選の時とか、緊張しなかった? 予選でも、大勢の前で弾くんでしょ?」
止め処ない質問攻めに、困った表情を垣間見せる。
どこで答えていいのかと、戸惑いが隠せない。
好奇心のまま聞くリュートに続き、セナもかよと、呆れ交じりの嘆息をした。
質問の量が多いセナに、トリスが腕を出し、静止させたのである。
(どいつも、こいつも、話を折るやつばかりで。リュートに続き、セナも、いい加減してくれよ。……まともに話を進めるやつは、いないのか)
「いい加減にしろ。困っているぞ」
「……ごめん」
嗜まれ、しゅんと落ち込むセナ。
「いいえ。大丈夫です」
ゴホンと咳を一つし、その場をいったん仕切り直す。
「夜中に、練習しなくっても、いいんじゃないか?」
問うてきたトリスを、これまでにないぐらい真剣な面持ちで窺う。
「……私、絶対に勝ちたいです。誰にも負けたくないんです」
必死な双眸に、そこにいた誰もが、アニスに引き込まれる。
(打ち込んでいるんだな)
誰の心にも、その熱心さが伝わっていた。
「上位を狙える力があるって、聞いたよ」
どこか悔しげな表情を、アニスが覗かせている。
「私なんて、まだまだです。もっと上手い人がたくさんいますし……。だから、たくさん練習しないと……」
ふと、セナが『バトル』のことを掠めている。
アニスが音楽コンクールに拘っていることと、自分が『バトル』に拘っていることが、同じだった気がしたからだ。
口元が緩んだ口で、ポツリと言葉がつく。
「不安なんでしょう?」
「えっ」
唐突に割り込んだセナに、ムッとしているトリス。
でも、その口は、きちんと噤んでいた。
「私も、そうだったから。試合が近づくたびに、練習しなくっちゃって、強く思っちゃうのよね……。少しでも、練習していないと、プレッシャーに、押し潰されそうで」
「……」
自分ひとりじゃないと思うと、いろいろと悩んでいたアニスの心が軽くなっていった。
いきなり、リュートが叫ぶ。
「大丈夫!」
いっせいに、誰もが声の主を凝視している。
その見つめる視線の先に、誰も目を丸くしていた。
拳を握り締め、爽快な笑顔を、振り撒いていたのだった。
がっくりと、額に手を置くトリス。
「……お前は、黙っていろ」
「一言ぐらい、言わせろ」
「余計なことは、言うな」
「余計とは、何だ」
つまらない論争が続くと巡らせ、早々にトリスが諦めた。
「……わかった。好きにしろ」
自分に怯えているとは知らず、アニスを窺いながら話しかける。
注いでくる、輝かせる視線に、耐えているが、尻込み状態だ。
めったに、A組の教室に姿を見せない。
友達のカレンを訪ねる時は、必ず教室にリュートがいないか、どうか、確かめて貰ってから、教室に姿を見せていたのである。
それほど、リュートの存在を恐れていた。
ゴクリと、唾を飲む。
「何でしょ?」
大またで、アニスが立ち竦んでいる場所に近づく。
後退りもできず、立ち竦んでいるだけだ。
二人の距離が、短くなっていた。
簡単に、手が伸ばせば、触れるほどに。
「失敗を恐れていたら、何もできないぞ。負けた時は、負けた時に、考えればいい」
励ます言葉に、誰もが驚かされた。
天然ボケなリュートから、考えられなかったのだ。
唖然とするセナとアニス。
「久しぶりに、いいこと言ったな」
「私、初めて聞いた気がする」
言いたい放題言われ、ブスッと口を尖らせ、へそを曲げてしまう。
(俺が、いつもバカばっかりしているような言い方じゃないか!)
バカばっかりやっている自覚がない。
真面目に生きていると、一人で勝手に信じ込んでいた。
まだ、言いたい放題言っているトリスとセナを、鋭い眼光で睨んでいる。
けれど、二人は痛くも、痒くもない。
騒々しいけど、楽しい三人のやり取りに、小さくアニスの口角が上がっていた。
「ありがとうございます。なんか気持ちが、すっきりできました」
「前だけを見て、進め」
「はいっ」
力強く返事し、その表情に、先程までの怯えが滲んでない。
「リュート。お前は前見過ぎ、たまには脇を見ろ。そして、後ろもだ」
「何だ、それ」
訝しげに、眉を潜める。
「言ったままだ」
首を傾げているリュート以外の誰もが、笑っていた。
それにつられるように、リュートも笑う。
和やかな空気が、流れていく。
ようやく、アニスに笑顔が零れていたのだ。
「ところで。どうして、ここに?」
首を傾げ、リュートたちを不思議そうに眺めている。
音楽コンクールと、関係ないリュートたちが、ここにいるのかと抱いた疑問を吐露したのだった。
まともに答えられるトリスが、今までの経緯を、簡単に説明する。
常に騒動を起こすリュートに任せたら、脱線するか、余計なことを言い、怯えさせるかの、どちらかだと巡らせたからだ。
だから、説明しようとしたリュートを押しのけ、このメンバーの保護者的なトリスが、その役目を担ったのだった。
黙ったまま、アニスがトリスの話に耳を傾けていたのである。
「……そんな大事に、なっていたんですか」
「おかげで、連日徹夜だ」
「今夜から、ぐっすり寝られるわね」
トリスとセナが、安堵の表情を覗かせていた。
練習を誰にも邪魔されたくなかったので、網目のような、細かく警備されているのを縫って、アニスは練習の日々を送っていたのだった。
音楽コンクールしか、頭になく、〈第五音楽室〉の怪談話を、知らずにいたのである。
事情を飲み込み、みんなに迷惑をかけていたと、申し訳ない気持ちで、顔を伏せてしまった。
「すいませんでした」
「いいさ。それどころじゃなかったんだろう?」
「はい。ずっと緊張していて……」
自分たちが張り込みをしている間、練習していなかったのかと、新たにセナは疑問が浮上する。
もっと早くに知っていれば、解決していたと巡らせたからだ。
「そう言えば、間があったけど、それは何で?」
「あー。それは……」
高熱を出し、寝込んでいたとアニスが吐露した。
それで何日も、〈第五音楽室〉に姿を現さなかったのだ。
納得する答えに、のどの棘が一つ取れた。
「もう、大丈夫なの?」
「大丈夫です。でも、皆さんに迷惑かけて、すいません。邪魔されたくなかったものですから。そのせいで……」
しゅんと、落ち込んでしまう。
(随分と、周りが見えてなかったのね……。きっと、みんなにも、迷惑かけていたかもしれないな。謝ろう)
「けど、ポスターにいたずらするのは、よくないな。マジで驚いたからさ」
肖像画のポスターのいたずらの件を、何気にトリスが持ち出した。
自分がしたことを棚上げ、アニスに注意をしたのである。
「そうよ。あれには驚いちゃった。……えっ? トリスも見たの? でも、私が聞いた時はわからないって、言ってなかった?」
「……あ、あの後にな」
気まずいので、視線を外した。
「そう……なの。でも、よかった。いたずらって、わかって」
「そ……だな」
落ち着きのないトリスときょとんとしているセナを、交互に見比べる。
二人が何を話しているのか、アニスにさっぱりわからない。
ただ、ただ、頭に?が浮かぶだけだ。
「もう、あんなことはしないでね」
「あんなこと?」
瞬きを繰り返しながら、首を傾げてみせた。
全然、思い当たる節がない。
さらに、セナの口が滑らかになっていく。
「そう。ポスターに、いたずらは、ダメよ」
「あの? 何の話ですか?」
遠慮気味な眼差しを、セナが捉えている。
「えっ?」
「ポスターとか、いたずらとか、何ですか?」
話の内容が、掴めないでいる。
さらに、突っ込んで聞いていたのだった。
それぞれに怪訝そうな表情を滲ませていたのである。
唯一、リュートだけが、パチパチと瞬きを繰り返していた。
自分で仕掛けた細工も、忘れているのかと、トリスが肖像画のポスターから、血の涙が流れた話を、当惑しているアニスに語った。
「私、していません」
何がなんだかわからず、きょとんしているアニス。
二人は同時に驚き、そして同時に疑いの眼差しで、きょとんと二人を見つめるアニスに視線を注いだ。
表情に、困惑を滲ませている。
嘘を隠している素振りを、何一つ窺わせない。
眼光が揺れず、セナとトリスを眺めていたのだ。
驚愕している二人に、もう一度、同じ答えを繰り返した。
愕然としている二人。
「嘘でしょ……じゃ、あれは?」
「マジ……」
「はい。理由がないですから……」
目を丸くし、二人が顔を見合わせる。
「誰かの、いたずらでしょうか……」
何気に、アニスが呟いた。
ここでは魔法が使えない、使えたとしても、限られた人物だけだと言う言葉が、くっきりと掠めている。
誰かのいたずらと、決め込んでいるアニスだった。
二人は息を合わせたように、心の中で同時に突っ込んだ。
((それは、違う))
学院内で、いたずらを仕掛ける中心人物は、自分たちだった。
その自分たちが、仕掛けていない。
トリスとセナは、見つめ合ったまま、無言で会話をしている。
言葉なんて、必要なかった。
怯んでいる瞳が、何を言っているのか、互いにわかっていたからだ。
もう一人、話がつかめないリュート。
縋る気持ちで、二人が同時に視線を傾けた。
何?と言う顔で、二人を眺めている。
突然、アニスの言葉が割り込む。
「三人で、毎日張り込みしていたんですか? 大変ですね」
ただ単に、三人の苦労を労った。
トリスとセナの顔色が、瞬時に変わる。
((さ、さ、三人?))
「そうだよ。でも、これぐらいは、平気だ」
どこまでものん気なリュートだった。
アニスの言葉に、おかしな点を二人は見つけていたのだ。
聞き流しているリュートは、気づいてない。
「本当に、ごめんなさい」
「いいよ。楽しかったから」
「そうだったんですか」
自然に、アニスの顔から、笑みが零れる。
そして、リュートの顔からも、笑みが漏れていた。
青ざめていく二人に対し、ほのぼのと和む二人。
二組の顔は、まさに明と暗を分けたように、対照的だった。
「私、そろそろ帰ります」
「そうか」
一礼をし、帰ろうとするアニスを、大切なことを思い出したリュートが、制止させる。
目が合った途端、アニスに、また緊張が走った。
ポケットから、髪飾りを取り出し、緊張気味のアニスの前に出したのである。
「お前のだろう?」
「えっ。……これは」
髪飾りから視線を、ニコッと笑っているリュートに移す。
緊張は、どこか吹き飛び、優しく微笑みを漏らす。
「ありがとう。探してたの」
「もう、落とすなよ」
「うん」
アニスが、自分の寮へ戻っていった。
姿が見えなくなってから、顔色が悪くなっているトリスが、謎が解明したとホクホク顔のリュートと、震えているセナに声をかける。
その顔が、固く、放心状態だ。
「さっき、アニス。三人で張り込みしていたのかって、聞いたよな?」
確かめるように、ゆっくりと、それぞれの顔を窺っていた。
アニスの言葉を耳にしてから、トリスとセナが顔を動かせずにいたのである。
「それが?」
きょとんとしているリュート。
状況を把握してない。
トリスの言葉に、何度も頷くセナ。
その赤みが差した顔から、徐々に青白い顔に、変化していった。
(嘘でしょ。アニスの言葉は、おかしいよ。四人いるはず……)
一人一人、指を指しながら、トリスが名前を言っていく。
「俺、セナ。リュート。……」
最後に、残った男子を指差しながら、止っていた。
男子の名前が、出てこない。
指差したまま、誰だと自分に問いかけた。
それは、セナも、同じだった。
「……」
どんなに、逡巡しても、名前が出てこない。
今までずっといたのに、名前を知らないことに、気づいていなかったのだ。
二人の足が、ガクガクと震え、腰が砕けそうになる。
スレスレの線で、二人は立っていられたのだ。
何かが違うと、セナが違和感を持ち続けていた。
それが何だったのかと、答えが出た途端、頭の中がパニック状態に変貌していた。
二人は同時に、裏返った声で、男子に問いかける。
「「だ、だ、誰?」」
問いかけられた男子が、何も答えようとはしない。
「何、バカなこと、言っている?」
「お前は、言えるのか」
すかさず、狼狽えているトリスが突っ込む。
「こいつの名前は……」
言葉は、そこで止まってしまった。
男子の顔を垣間見、名前を思い出そうとするが、名前が浮かんでこない。
「悪い、忘れた。名前、何だっけ?」
リュート以外の者に、曇よりとした空気が流れる。
「……」
読んでいただき、ありがとうございます。




