第43話
空腹が満たされたリュートが保健室を出た直後、もう平気と言って、まだ体調がよくないトリスが、覚束ない足で保健室から出て行った。
一人でいるのもいやだったが、グリンシュといるのも、今の心境では無性に居たくないと、心も身体も訴えているような気がしたからだ。
保健室に、またグリンシュだけになる。
しばらくすると、デュラン捜しと、生徒たちの指導で、疲れ切っているカイルが、姿を現す。
生徒たちの前では、爛々と血走っていた琥珀色の瞳が、曇よりと落ち込んでいたのだ。
目の下に、くっきりとくまができている。
「いるか?」
「えぇ。その様子だと、まだ見つかっていないようですね」
「ああ。捜し回っているが、見つからない。どこにいるやら……」
か細い声音だった。
「大変ですね。彼は研究に没頭すると、次から次へと、移動してしまう癖がありますから」
グリンシュの言葉に、力強く頷く。
ここ数日の自分の行動を、振り返った。
デュランを図書館で見かけたと言う話を聞けば、図書館に出向くが、姿がすでにない。
次に、薬草園で見かけたと聞くと、薬草園に足を進めるが、またしも姿がなかった。
こんなことを、毎日続けていたのである。
けれど、捜し人であるデュランを、見つけることができなかった。
グリンシュの言葉通り、研究に没頭したデュランを、捜すのは容易なことではなかったのである。
足下がふらつくカイル。
椅子に座るように勧めるが、あっさりと断られた。
「そうですか。それで、私に用ですか?」
「ちょっとな」
無造作に、髪を掻く。
学院内の見回りの途中、保健室に立ち寄った。
疲れている身体で、学院の仕事もこなしていたのだ。
「どうだ? 付き合わないか?」
指で、後ろを指した。
「いいですよ。生徒もいませんから」
簡単に、了承した。
外へ連れ出すには、理由があった。
それは、すでにリュートたちが来ていたとは知らないカイルが、リュートたちに話している間に、来られてはまずい話だったからだ。
連れ出されたグリンシュ。
カイルが来た訳も、すでに察しがついていた。
歯切れの悪い態度が、おかしく気づかぬ振りをし、困って、しどろもどろのカイルで、遊んでいただけだった。
何も話さず、ただ二人は並んで廊下を歩く。
上手く、話を切り出せない。
再三の絶好のタイミングを失っているとも気づかず、悶々と、どうやって、話し出すきっかけを作るかと、悩み逡巡していた。
すでに、察しがついているグリンシュ。
密かに、この状況を楽しんでいたのである。
歩きながら、何度もグリンシュの穏やかな顔を窺う。
気づかぬ振りを続行したままだ。
変わらないカイルの行動に、ほくそ笑んでいる。
「いい天気だな」
別な話題から、切り込む。
面白がって、ことを大きくする傾向が、グリンシュに昔からあることを把握しつつも、だから、細心の注意を払って、聞き出さないといけないと、強く言い聞かせる。
「そうですか」
チラッと、窓の外を確かめた。
空の色は、いい色とは言えない。
雲が多く、うっすらとグレー掛かった色をしている。
口に出したカイルが空を見ず、言っただけで、空の色に気づいてない状態だ。
グリンシュの返事も、素通りしたようで、ひたすらに本題をどう切り出そうかと、ベストタイミングを窺っている。
その仕草が、おかしくて堪らないグリンシュ。
けれど、表情に出さない。
当の本人が遊ばれていることに、気がついてないのだ。
二人の間に、会話がなくなっていることも、気づいていなかった。
(どういうべきか……)
自分の生徒のことで、尋ねる行為が不本意だった。
話好きなグリンシュが、なぜ話さないと、心で悶々と巡らせながら、横目で何度も様子を窺っている。
いつもと変わらない涼しい表情で、まっすぐ前を見据え、歩いていた。
(大抵のことは、知らせてくるはずなのに……。もしかして……グリンシュも、一口噛んでいるのか? ……あり得る話だ。あのグリンシュだからな……)
すべてではないが、教師となったカイルに、担当している生徒たちの話を、時々グリンシュが話していたのである。
すべてを話せないのは、生徒たちのプライバシーもあるからだ。
横目で窺わなくても、カイルの様子が、手に取るようにわかっている。
苛立つ様子に、笑うのを必死に堪えていた。
(まだ、まだ子供ですね)
人より寿命が長いエルフにとって、三十歳のカイルは、まだ小さな子供のような存在だったのである。
悩むことに、業を煮やし、人を掌で転がすところがあるグリンシュに、直球を投げた。
「……あいつら、何を企んでいる?」
(考えた挙句、やはり直球できましたね)
あいつらとは、勿論リュートたちのことだ。
深く考え込む傾向があるカイルが、行きついた先は、直接尋ねることだった。
直球過ぎる行動に、おかしくなって、心の内側で吹き出して笑っていたのだ。
生徒の頃の性格と、変わっていない。
ずっと、悩み続け、底辺までいったところで、どん詰まりとなって、策も工作も見出されないままに、捻りもなく、最初に戻って、そのままズバリな言動をするのである。
真剣な琥珀の瞳で、グリンシュを捉えていた。
夜中に寮を抜け出し、何かしていることまで掴んでいた。
だが、そこまでで、それ以外のことを、まだ何も掴んでない。
「俺のしごきに耐えて、まだ続けているぞ」
何のことでしょう?と、惚けた顔を覗かせる。
「話せ。これ以上厄介ごとを、増やさないでくれ」
最後は、悲痛な叫びだった。
学院内を知り尽くしている情報通で、なおかつ面白いことに、首を突っ込むグリンシュの好奇心旺盛な性格を踏まえ、そして何より、グリンシュと逢って、リュートたちと一緒になって、一枚噛んでいると推測にいたったのだ。
「わかりません」
返答に、納得できない。
口元が、微かに微笑むのを、食い入るように眺める。
微妙な変化を、読み取ろうと必死だ。
全然、読み取れなかった。
けれど、長年の付き合いで、何かを隠していると察する。
(お前は、絶対に隠している。何を隠しているんだ。吐け! 吐くんだ!)
「そうか。わからないか」
「はい」
それ以上、問いつめても、何も言わないと巡らせ、これ以上深く尋ねずに聞き流した。
意地になって、聞きだそうとすれば、逆にことを大きくされても困るからだ。
そういう茶目っ気も、グリンシュにあると把握していた。
リュートたちのことで、頭を悩ます姿に、優雅な微笑みを滲ませる。
「カテリーナは、相変わらずですか?」
「手紙一枚で、フラッとだ」
素っ気なく返した。
「ラブレターですか?」
「違う! ただの置き手紙だ!」
やや顔を赤らめていた。
それについては、突っ込まないグリンシュである。
「冗談です」
フォーレスト学院の生徒の頃から、カテリーナは突然いなくなることが、何度となく繰り返されていたのである。
その度に、カイルやスカーレット、グリフィンなどが手分けし、行方を捜した経緯があった。
ただ、リーブやラジュール、デュランは心配ないと言って、いつも通りに変わらない生活を送っていたのだ。
そんな学生生活で、心配が絶えないカイルが、カテリーナに手紙を置いてから、出かけるように義務づけたのだった。
「心配ですね、カイル」
含みのある微笑みを、溜息を漏らそうとしたカイルに投げかけた。
それを聞き、ギョッとしている。
「……」
(何だ? その言葉と、微笑みは?)
少し、顔を引きつらせた。
ゆっくりと、優雅に微笑んでいるグリンシュの顔に、視線を合わせる。
カテリーナの件は、慣れたと言う態度を、常にとっているが、その裏では姿を消すたびに、内心では心配を繰り返していたのだ。
秘めた内面を、見透かされたような居心地の悪さが隠せない。
「……な、何で、俺が心配する?」
「心配になりませんか? 私は心配になりますよ」
「別に、俺は……」
完全に、煮え切れない。
揺れ惑う気持ち、そのままに、眼光も彷徨う。
「魔法の使い手といっても、やはり可愛らしい女性ですから」
意味ありげな微笑みを、覗かせ続ける。
「確かに、少しくらいはな。仲間として、心配だよ」
まっすぐに、見られない。
瞳を合わせた瞬間に、良からぬことを言いそうな気がしたからだ。
「ですよね?」
嫌味な男だと、カイルが苦虫を噛み締めた。
遠回しに言われるのが、苦手なカイルにも、率直に口に出せない事実を知っていたのだ。
「ところで、置き手紙には、なんて書かれていたのですか?」
手紙の内容を、そのまま伝えた。
隠すことも、なかったからだ。
「花摘みですか」
当分の間、帰ってこないですねと、心で呟く。
カテリーナの花摘みは、気に入る花が見つかるまで、帰ってこないことが多かったからだ。
「残念……」
「何か、言ったか?」
「何でもありません、私事ですから」
「そうか」
「ところで、大変そうですね。見回りが強化されたようで」
「だな」
他人事のような返事をする。
フォーレスト学院では、学院内やその周辺でも、警備が強化されていた。
教師たちの私用の時間が削られ、時間がある教師は、すべて警備に回されているのである。
生徒たちの情報を手に入れようと、各国の諜報員が、フォーレスト学院がある半島に入り込んで、すでに調査を始めていると、情報を掴んでいた。
各国は、より優秀な人材を集めようと必死なのだ。
かなりの有名人である生徒が、突然に編科手続きを取って、魔法科から剣術科に移動したと流れれば余計である。
「有名人がいると、何かと大変ですね」
「俺たちの時も、大変だっただろうな」
しみじみと、感慨深げな眼差しをしている。
「ええ。それは勿論です。でも、今頃ですか」
「あの頃は、全然気にしてなかった」
「教師になって、ようやくですか」
「悪いか」
「いいえ。宝庫の時代でしたから」
ほんの少し前の出来事を、グリンシュが思い出していた。
「宝庫ね。まぁ、俺には関係ないことだったからな」
「そんなことありませんよ。いろいろと、話があったではないですか」
優しく微笑む顔を窺う。
高い評価をし過ぎだと、常々思っていた。
昔からカイルに対し、高い評価をしていたのである。
だが、当の本人は、それを認めようとはせず、俺には関係ないと、冷めていたのだった。
「……昔のこと、忘れたよ」
「カイルは考え過ぎです。もっと楽に物事を……」
「性分でな」
頑固な姿に、嘆息を零した。
「そうですか」
話題を変えようと、〈第二職員室〉で話題になった話を尋ねる。
「保健室の利用、どうなんだ?」
近頃、病気やケガをする生徒が多く、職員室内でも話題になっていた。
カイルのクラスでも、病気やケガで休んでいる生徒がいたのである。
「以前に比べると、多いですね。悪い風邪でも、流行っているようですし」
「大変だな」
「戻ってくる際は、手を洗って、うがいを徹底させて下さい」
「わかった」
その他の予防策を聞いた。
グリンシュはカテリーナがいないことを残念がり、一緒にお茶を飲みながら、話をしたかったと口惜しいと嘆くのだった。
午後の最後の授業に、顔を出したセナ。
顔色が悪い中でも、授業を受けていたのである。
珍しくリュートが、コックリと首を前後に動かし、居眠りをしていたのだ。
その二人の姿に、早々に脱落したローゼルが、よく続くなと抱きながら、授業に耳を傾けている。
「抜かせるかしら?」
常に、上位にいるセナに、ローゼルが見返したい気持ちを常々持っていた。
向上心を持っているも、優秀なセナを抜かせることもできず、テストの結果を耳にするたびに、苦水を密かに飲んでいたのである。
「こんな好機、ないかもね」
瞳が妖しく光っていた。
読んでいただき、ありがとうございます。




