第41話
闘志を燃やしているカイルによる、しごきの授業を終え、ひと時の休息を味わっていた。
小講堂の長テーブルに顔を乗せ、うつら、うつらと、リュートがうたた寝をしている。
小講堂は、特別A棟の1Fにあり、生徒たちが憩いの場の一つとして、利用している場所でもあった。
この時間帯は、通常カテリーナの授業だった。
授業を担当するカテリーナが、出張で不在のため、授業が空き時間に変更になってしまったのである。
転科当初セナから、カテリーナの授業は、空き時間になることが多いと言われていたので、授業ができない多少の不満があるだけだ。
だが、予想以上の突発的な空き時間の多さに、少し驚嘆の色を滲んでしまう。
カーチスやクラインたちに、話したところ、魔法科ではあまりないことだと、授業に出ていなかったリュートのために、魔法科の授業方針を教えてくれたのだった。
ほぼ出ていないリュートより、二人は授業に参加している回数が多かった。
魔法科の方では、急に授業が空き時間になることがないと知る。
本人たちは気づいていないが、最近会話が増えていることに、まだ気づいてない。
三年生の頃まで、一緒に行動していた。
いつしか、それぞれ個人で行動することが多くなり、それに伴って、会話が少なくなっていたのである。
意識を堪えている最中、一人でいることに侘しさを抱いた。
今まで、感じたことがなかった感覚だ。
一人でいても、今までだったら感じなかった。
それが、徐々に侘しさに染まり、広がっていく。
姿がないセナ。
体調不良のせいで、休みを取っていたために、一人で暇を弄んでいたのである。
剣術科に転科して以来、セナとは一緒に行動するのが多く、授業に顔を見せないことだけで、授業が面白くないと痛感させられていたのだった。
「来たのに……」
自然と、口からぼやきが漏れた。
一人で、暇を潰すことに、辟易していたのである。
(これだったら、ダンたちと、訓練していた方がよかったな……)
空き時間と知った際、剣術科の仲間から、一緒に訓練するかと誘われていた。
でも、ピアノの旋律について、トリスと語りたかったので、誘いを断り、話し相手であり、いいヒントを促してくれるトリスを捜していたのだ。
ピアノの旋律を聞いた件は、未だに何もわかっていない。
そのため、誰にも話せない事実でもあり、まだ秘密の話となっていたのである。
だから、ダンたちにも話せず、一人で悶々としていたのだった。
溜息が零れた。
何をする気にも、起きない。
長テーブルに、顔を預けただけだ。
トリスがいるであろう好きな場所の一つ、小講堂に来てみたが、全然姿がない。
落胆したリュートだった。
捜すのを諦め、ここで時間を潰していたのである。
神出鬼没なトリスの居場所を、突き止めるのは容易なことではない。
互いに、一つのところへ、止まることをしないタイプだと、気づいていない側面があり、互いに止まる場所を、決めてほしいと心の中で巡らせていたのだ。
(早く来い! 待つのは退屈だな……)
捜してダメな時は、来るのを待つ方が、効率がよかったのだった。
「眠いな」
(今から行くか、でもな……)
ダンたちのところへ行こうかと、逡巡していた。
訓練も大事だが、今はピアノの旋律ばかり気になっている。
ひんやりとするテーブルの感覚が、心地よく、より一層眠気が襲い掛かってきた。
走っていたので、火照っている身体に気持ちよかったのだ。
うとうととしている。
ふと、壁に飾られている絵や、キラキラと輝くシャンデリアに、何気なく視界に入り込む。
(模様替えしたようだな)
以前、来た際に飾られた絵と、シャンデリアが違っていた。
小講堂を始めとして、別な場所でも、学院の室内は、頻繁に模様替えが行われていたのである。
リュートも、トリスも、変化する室内を見渡すのが、楽しみの一つだった。
室内に視線を巡らせ、内装を見終わる。
そして、室内にいる生徒たちを、ぐるりと窺った。
小講堂に空き時間を潰している生徒や、授業をサボっている生徒が多くいた。
それに魔法科、剣術科関係なく、生徒が入り混じっている。
規模は、二十人ぐらいがたむろっていた。
生徒たちは、それぞれでテスト勉強をしている者、道具を磨いている者、おやつを食べている者、談笑している者と、様々な顔触れで、時間を過ごしているのだった。
「暇だな。どこにいる? トリスのやつ」
今にも、閉じてしまいそうな虚ろな瞳。
辛うじて、堪えていたのだ。
程よい疲れで、いつ眠っても、おかしくない状況なのである。
授業中は気を張っていることもあり、眠気が起こらない。
だけど、何もせずにいる時に、そのしわ寄せが来ていたのである。
「何で、こんな時にセナは休む。たるんでる証拠だな、あれは」
突如、休んだセナに、矛先を傾ける。
「修行が、足りないじゃないのか」
表情に出ていなかったが、一人にさせられたことに、腹を立てていたのだ。
疲れの解消の一つが、セナとの会話であり、口ゲンカだった。
それができず、勝手に不満を募らせていたのである。
「大体セナが悪い。一番悪いのは、セナだ。話もできないし、訓練だって、できないじゃないか。あれほど、自分の身体は、丈夫にできているって、言っておきながら……」
愚痴を吐露しても、疲れや暇が解消されることがない。
不意に、セナへの、ぼやきをやめてしまった。
「昨日は、何も言っていなかったのに……。自主トレでも、するか」
口にするものの、やる気が起こらない。
カテリーナの出張は、掲示板に二週間と書かれていた。
その間の授業は、休講となり、空き時間が増えることになり、暇な時間が多くなっていたのである。
訓練する時間が増え、喜ばしいことだが、剣術を始めたばかりのリュートにとって、熟練した教師から、知識などを吸収したいと言う思いもあった。
それができないことで、剣術科の仲間との開きが大きくなると、大きな落胆が隠せないのだ。
「結構、多いよな。空き時間……」
虚ろの目のままだ。
「出張って、どこいっているだ……」
掲示板に、出張の行き先が明記されていなかった。
「早く……再開してほしい……」
カテリーナの出張は、口実にしか過ぎない。
一枚の置き手紙を置き、勝手に学院の外に許可なく、出て行ってしまったのだ。
置き手紙に、花摘みに出かけてきますとだけしか、書かれていなかった。
いつも置き手紙に、他愛のない内容が書かれていたのである。
よくこれで教師が勤まるなと、新任教師の雑談があった。
けれど、フォーレスト学院に一年以上いれば、そんなことは思わず、いつものことかと、慣れてしまう者や、諦めてしまう者で、雑談がいつの間にかなくなっていたのだ。
これぞ、突拍子もないカテリーナの、なせる業の一つだった。
それが当たり前の行動になり、誰しもカテリーナの色に染まっていく。
天然で、マイペースなカテリーナに、校長でも、強くものが言えない。
カテリーナが、少しでも涙を滲ませただけで、どこからともなく、彼女の親衛隊が、突然現れ、その親衛隊たちの集団に、襲われると言う珍事件が、何度も以前にあったからだ。
誰も、自分の身が大切だと言うことだった。
ふと、虚ろな瞳に、話している二人の魔法科の生徒を捉える。
(確か、一つ上の上級生だな……)
「惜しかったよな、選考会。後、もうちょっとだったのにな」
そばかすがある男子が、赤毛でだいぶクセっけが多く、鼻の上にバンソーコーを貼っている男子に、話しかけていたのである。
「音楽コンクールか……」
悔しそうに、赤毛の男子が天井を見上げる。
何の話をしている?と、興味を抱き、耳をさらに澄ませた。
何となく、興味が引かれたのである。
「そうだな。妹のやつも、悔しがっていたよ。来年こそは、通るように頑張るってさ。泣きながら、言っていたよ」
「本選、見に行くのか?」
(コンクール? 悔しがる、通る? ……本選、何だ?)
「一応な。あいつ、来年のためにも、見たいって言うからさ。そん時は、頼むな」
二人の話に、耳を立てるのは一人だけだ。
他の生徒は、それぞれなことをしている。
聞かれているとは知らず、話を進めていく。
「ああ。ところで、うちの学院のレベルは、どうなんだ?」
「うーん、そうだな。うちから、五人選ばれたって、知っているだろう?」
「それぐらいだったら」
(そう言えば、カーチス経由で聞いたな、そんな話。確か、カレンも二次までいったが、落ちたとか、どうとか……)
寮での会話を思い返していた。
その中の一つに、カレンが音楽コンクールの本選を目指し、練習を積み、二次選考まで進むことができたが、その後は落選し、気落ちしていると、カーチスから聞いたものだった。
(そう言えば……、カーチスから、カレンの話をよく聞くな……)
「最後に演奏した、魔法科七年生のアニス・マッケンローが、最有力候補だな」
「……確か、小さくって、可愛い子だろう?」
「ああ」
「か弱いって、ああいうタイプを言うんだろうな」
「そうだな」
まだ、続く二人の会話。
半分以上、閉じかかっている目で呟く。
「音楽コンクールねぇ。暇なやつらだな……」
興味が薄れたと、深い眠りへと入っていった。
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