第40話
〈第五音楽室〉を飛び出し、そのまま恐怖に怯えるセナ。
自分の寮へ戻っても、布団をかぶり、丸くなっていた。
朝まで眠ることもしない。
ただ、ぶつぶつと、何かを呟きながら、夜が明けるのを、ひたすら布団の中で待っていたのである。
同部屋の女の子たちが、不審な行動をしているセナに声をかけた。
けれど、大丈夫と返事するのみだ。
頑なに布団から、出てこようとしない。
さらに、いつもとは違う様子に、女の子たちが首を傾げるばかりだった。
「ホントに?」
どう見ても、冷静沈着なセナの行動から、考えられない。
別段、親しいと言う仲でもない女の子たち。
それほど、セナの行動が異質だったのだ。
「ホントに大丈夫。気にしないで」
「具合が悪ければ、保健室に……」
「ホントに、大丈夫だから」
布団の中で、声を荒げた。
「……そう」
女の子たちは、どうしょうと顔を見合わせる。
だが、そのまま放置することにした。
いつの間にか、それぞれに部屋を出て行ってしまい、静寂に包まれている部屋に、布団を頭から、かぶっているセナ一人だけが残っていたのである。
その間も、セナの呟きがやむことがない。
厳しいカイルのしごきのような授業が続いていた。
音を上げる様子もないリュート。
剣術では上のセナに、闘志を燃やしていたのである。
セナが脱落したことで、残るはリュートのみとなった。
さらに、闘志を煌々と燃やし、授業を行っている。
手足に重りをつけ、体力を消耗させる目的で、二時限続きの素振りを、休みなく続けさせたりしていたのである。
その後、チャイムが鳴るまで、走り続ける走り込みをさせたのだ。
どの生徒も、疲労感を窺わせている。
張り切って、学院内の敷地を汗だくになって、走り込んでいるリュートだけだった。
視線を集中させ、信じられないとばかりに、驚愕し、首を傾げるダン。
夜更けの張り込みを、早々に切り上げてしまったダンたち。
夜更けの張り込みをしているリュートの元気さが、信じられなかったのだ。
「まだ、続けているでしょ?」
ダンの後方を走っているローゼル。
長いブロンドの髪が、汗で首や顔にまとまりつく。
まとわりつく髪を直すローゼルに、邪魔なら切るか、縛るかしろと、ダンが心の中で毒づく。
毒づいているダンの視線を感じても、気にする様子もない。
これに対し、完全無視の態度を続けていたのだ。
ローゼルはギリギリまで体力を温存し、ラスト数周に力を注ぎ込む作戦を取っている。
温存している者にとっても、驚異的なリュートの体力に驚かざるおえない。
「ああ。やっているそうだ」
「夜中に、張り込みしているって、思えない元気さよね、あれは?」
二人の視線の先が、快調に走っているリュートだ。
先頭を走っていないが、先頭集団の後方についていた。
((体力バカだな))
「つくづく思うな、天才なんだって」
微かに、羨望の眼差しを注いでいる。
胡乱げに、ダンを捉えていた。
「噂を信じるの? そういうタイプじゃないと、思っていたけど?」
「噂を信じて、天才と思った訳じゃない。飲み込みの速さだ」
「……確かに。早いわね」
「噂なんて、くだらない」
「あら、噂って、大切よ」
ギロッと、涼しい顔しているローゼルを睨む。
「今後の人生設計に大切で、必要不可欠なものだわ。いい噂にしろ、悪い噂にしろね。だってそうでしょ? 学院にある噂一つで、将来にかかわるんだから」
「あの話か?」
いやそうな表情を覗かせるダン。
それに対し、楽しそうに話しているローゼル。
「そうよ。学院に広まっている噂が、村へ広まって、各国の諜報員が、村にある噂を聞きつけて、いい人材の生徒を、引き抜いていくんだから」
「面倒臭せ。だったら、俺たちの実力をじっくりと見て、見極めろって感じだ」
苦虫を潰したような顔を、ダンが滲ませていた。
「一理あるわね。その意見に」
簡単に、ローゼルが同意した。
「だろう」
「でも、噂を仕入れているなら、私は柔軟に受け入れる」
「お前らしいな」
感心しているダンだった。
「噂と言えば……。チラッと聞いた話だけど、まったく魔法科の授業に出てないって、話を聞いたわよ」
名前をあげず、ローゼルが視線だけで促した。
楽しげに走っているリュート。
「それはないだろう。まったく出ていないで、トップの訳ないだろう? それにあいつの後のやつが、可哀想だろう。勉強してるのに、しないやつに、トップを奪われて」
顔を顰めているダンだった。
「それもそうね。今回のテスト、どういうことに、なるのかしら?」
「トップはない。実技がある」
自信満々にダンである。
書くことを苦手としているダンは、身体を動かす実技を得意としていた。
剣術科に転科して間もない、リュートがトップになるのは難しいと読んでいる。
「でも、うかうかしてられないかもよ?」
ローゼルの口角が上げていた。
人をバカにする態度に、虫唾が走るが、それをグッと堪え、余裕がある表情を覗かせていたのだ。
「まだまだだ。俺は負けない。ローゼルこそ、足掬われないようにしろ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
視線をぶつかり合わせ、火花を散らした二人。
互いに、二人の視線の先を元に戻した。
身体全体に汗を掻いているものの、夜更けの張り込みの疲れを感じさせないバカモノに。
隣で走っているローゼルに、視線を移した。
「セナは、ダウンか?」
気遣いの表情を窺わせる。
「そうみたい。ベッドから起きないって、言っていたから」
「セナが、ダウンしたのに、あいつは、いつになったら、ダウンする?」
「知らない。でも、あれ見ていたら、しない気がした」
「俺も」
張り切っているリュート。
「変なところで、気が合うわね」
「そうだな。ところで、今日も張り込みするのか」
「やるんじゃないの?」
張り切っているリュートに、呆れ交じりの視線を投げかけているローゼルだった。
「毎回、寮を抜け出して、遊んでいるのも、勉強の一つなんだな」
「そうかも。あれで実証済みだもん」
意気込むリュートが、抜かされそうになるのを食い止めようと、さらにエンジンをかけ、スピードを上げている姿に、視線を巡らせている。
「だからって、ダン。真似しないでよね。魔法科と違って、こっちは連帯責任なのよ」
寮を抜け出し、遊びそうなダンに、釘を刺した。
ジト目なローゼルに、ふんと鼻先で笑ってみせる。
「わかってるさ」
「なら、いいけど」
疑り深い視線を、しばらくの間注いでいたのである。
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