第39話
満足するまで調査を行い、リュートによって抱えられてトリスが、自分たちの寮へ運ばれる。
意識のないまま、トリスがベッドで朝まで過ごした。
気だるい身体の状態で、目覚める。
「俺……」
鮮明に、昨日の出来事が蘇っていた。
「……」
動くことはせず、気配だけで部屋に誰もいないことを察する。
「……」
着替えを手早く済ませ、寮の部屋を後にしたのだ。
身体は、まだ眠ることを欲していた。
だが、部屋で一人になることを、拒否したのである。
出る気のなかった、授業に参加した。
頬杖をつき、ぼんやり眺めている。
疲れが滲み出ているトリス。
眠ったり、起きたりを繰り返し、授業を受けていたのだ。
身体が欲するまま、居眠りをしていたが、睡眠が浅い。
魔法科の授業に、カーチスやクラインたちの姿がなかった。
何人かの親しい友達の顔もない。
(何で、クラインもいない。どこ、行ってる?)
トリスが朝目覚めた時、もう二人の姿がなく、リュートは軽めのメニューで、朝稽古を終え、そのまま食堂へいき、剣術科の授業へいってしまったのだった。
連日に張り込みをしているにもかかわらず、朝稽古を欠かさずしていたのだ。
三人が部屋から出ることも気づかず、ベッドでずっと意識を失ったまま、深く眠ってしまったのである。
朝食を取る気分ではなかった。
でも、元気なリュートと食堂で逢い、食べ終わるのを待って、久しぶりに一時限目の魔法科の授業に顔を出したのである。
とても剣術科の授業を見学したり、森で静かに過ごす気分ではない。
いつも早く来ているセナの姿が、食堂になかった。
一瞬、セナのことを気にかけたが、それどころではなかったのだった。
自分のことで、精いっぱいだ。
もりもりと食べるリュートをぼんやりと眺めている。
(のん気だな……)
あり余る元気を、少し分けて貰いたいと思う半分、自分に不必要かと冷静に分析する自分がいた。
どんな状況下におかれても、冷静に分析しようとする自分のサガに呆れてしまう。
血の涙を流す肖像画のポスターを直視しても、フル回転で分析しようと、小さな材料を見逃さず、探そうとする姿があったのだ。
結局、上手く分析することができかったが。
三時限目の授業も終わり、身体の倦怠感が取れない。
嘆息を漏らした。
半分眠った状態で、次の授業が始まるのをトリスがぼんやりと待っている。
徐々に、意識が薄れていくが、すぐに意識が回復し、ぱっと目覚めてしまったのだ。
(ぐっすり眠れないな……。また起きたか)
心の中で、溜息を吐く。
一時限目から、続いている動作だ。
いつもとは違う態度に、担任が怒らない。
放置している状態なのである。
クラスメートも、窘める者もない。
夜更かしして、遊んでいた結果だろうと、誰もが抱いていたのである。
(ほっといてくれることが助かるな。なんて言えばいいのかわからないし……)
寮に戻らない常習犯だと、誰もが知っていることだった。
同じように、授業に出ているだけの生徒もいる。
真面目に、授業を受けている生徒もいた。
様々な生徒たちが、授業を受けているのである。
教室の後方の席に、腰掛けているトリスの意識が遠のいていった。
また、浅い睡眠に入ろうとしていたのだ。
瞬きを繰り返す。
ふと、薄れていくトリスの耳に、吸い込まれるように、話し声が入っていく。
(誰だ? 聞き慣れた声が聞こえるな)
ぼんやりと巡らせながら、その話に、さらに耳を澄ませた。
(……カレンか、この主は。もう一方の相手は誰だろう……)
聞き憶えがあるような、ないような声だ。
『今日、練習するんでしょう』
『うん。そのつもり』
『私も、出ようと思ったんだけど、図書館でレポート書くしかなくって。出れそうもないの。みんなに、言っといてくれる?』
『うん。いいよ。テストも、近いのに大変だね』
『ホント、やんなっちゃうよ』
『頑張ってね。じゃ、行くね』
遠ざかる足を耳にしていると、突如、頭を小突かれた。
「痛っ!」
「騒ぎ過ぎでしょ。そんなに強く小突いてないわよ」
背後から、クラスメートのカレンが顔を覗かせる。
面倒見がいいカレンは、不真面目なリュートたちを、昔から何かと気にかけていた。
「いきなり、叩くからだろう」
「いつまで、ここで眠るつもりよ」
眉間にしわを寄せ、授業に出ている意味のないトリスを問い詰めた。
うとうとと居眠りをしているだけで、羊紙に黒板の内容を書き写してない。
叩かれたトリスの表情が、ケロッとしたままだ。
悪びる様子もない。
「いいだろう、俺が、どこで眠ろうと」
「ぐっすり眠れてないじゃない? 寮に戻るか、最近溜まり場になっている保健室にでも行ったら? 身体に毒よ」
痛いところを突かれる。
だが、それを表情に出さない。
いつもの機敏さが欠けていたトリスの身体をカレンなりに気にかけ、ただ、かけた言葉に過ぎない。
「大丈夫。俺たちがしていること、知っているんだ」
意味ありげな視線を、動揺が見え隠れしているカレンに注ぐ。
宙に視線が彷徨っているカレン。
不敵な笑みを漏らしているトリスだった。
やられたままでは、いられなかったのだ。
「……い、いつものことでしょ」
動揺を読まれないように、平静を取り繕うとしている。
瞳が揺れていることに、気づいていない。
(まだまだだな。カレンは)
「さて。ネタ元は、カーチス? クライン?」
さらに、笑みを深めていった。
ムッとしている表情を、カレンが滲ませている。
「二人よ。食堂で、一緒になって」
「二人ね……」
「何でも勘ぐる癖、やめなさいよ」
頬杖をつき、余裕な眼差しを覗かせる。
身体を心配していたカレンが、急に怒り出す。
怒り出す様子を垣間見、ここが潮時と表情を戻した。
「悪かった。授業に出たい気分になってさ」
「何それ」
意味不明な言動に、眉を潜める。
「いいだろう? 授業に顔出しているんだからさ」
「意味ないのに?」
何も出されてない、綺麗な机を凝視している。
授業が始まっても、トリスが腰掛けただけで、机は何もない綺麗なままだった。
「そう」
気軽に返した。
じっとトリスの瞳を窺う。
対し、トリスもまっすぐにカレンに視線を注いでいた。
「……呆れた。好きにすれば」
ムッとしている顔を滲ませているカレン。
(僕の勝ち)
「ところで、二人は?」
「来てないわよ。カーチスの成績、いつもギリギリなんだから。こういうテストが近い時は出ないと、ダメなのに。何を考えているんだか。トリスからも、言ってよね」
授業に出ないカーチスのことで、怒りっぽくなるカレン。
クラスの中で、下位の成績であるカーチスを気にかけていたのだ。
(そんなに心配なら、ギリギリに貸さずに、ノートを素直に貸してあげればいいのに)
誰に対しても、面倒見がよく、心配するカレン。
けれど、一番気にかけているのが、カーチスの成績だった。
勉強しないカーチスのためにならないと、しっかり取っている羊紙をすぐには貸してあげなかったのである。
その代わり、テストギリギリになって、ようやく勉強を個人的に教えてあげていたのだった。
それを、トリスは気づいていた。
だが、本人が認めようとしないで、時々こうしてからかって遊んでいたのだ。
「言っておく。で、クラインは?」
「クラインも、最近、出ていないわよ」
「クラインが?」
僅かに、瞠目してしまう。
倦怠感がある身体で、授業に顔を出した目的の一つはクラインだった。
遊びが大好きなカーチスが、授業に出ていないと察していたが、まさかクラインまで出ていないとは思ってもみなかったのである。
「ここ三日ぐらい、出ていないわよ」
「三日も」
驚愕が隠せない。
自分たちの中で、比較的クラインは真面目で、たまに授業に参加していたのだ。
「トリスたちに比べたら、目立たないかもしれないけど。ここ最近、サボっているわよ」
「そうなのか……」
思考が飛び始めていた。
「今の時期だから、図書館でテスト勉強でも、してるんじゃないの?」
「そうだな」
不意に、伏せていた顔を上げた。
「そう言えば、さっき誰かと話していなかったか?」
「ああ。サークルの友達」
「サークルって、確か……、吹奏楽やっていたっけ」
「そう。私のフルート、聴きに来る?」
獲物を見つけたような双眸を、カレンが注いでいた。
「そのうちにね」
ニコッと微笑んでみせた。
無遠慮なほど、強気が滲む笑顔を携えているカレンだった。
(しまった。逃げるのが遅れたな)
「必ず聴きに来てよ。今度、演奏会やるから。勿論、リュートも誘って」
「客が、少ないのか?」
「そうよ。だから、絶対に」
頬が緩んで引きつっているトリスの顔に、半眼している自分の顔を近づける。
捕まえた獲物を逃そうとはしないぞと、言っている顔だ。
「わかった。リュートを連れて行くよ」
「リュートの、あっちのクラスメートもね」
さらに、圧を掛けてくる。
「聴くようなタイプは、いないと思うけど?」
「とにかく、つれてきて。一人でも多く」
(客集めも、大変だな)
「わかった。だから、そんな怖い顔、近づけるな」
「何を言うの。私の綺麗な顔に向かって」
「はい、はい。綺麗な顔ね」
(カーチスは、気の強いカレンの、どこがいいんだか。さっぱりわからん)
カーチスとカレンは、密かに付き合っていたのである。
周囲に漏れていないと、本人たちは思っているだけで、二人が付き合っているのは周知の事実だった。
ただ一人気づいていないのは、人の恋愛に興味がないリュートだけだ。
「何、考えていたの?」
「何も」
(さらに、勘まで鋭い)
トリスが穏やかな笑みを零した。
「約束は守る」
「ありがとう。期待しているから」
ワイワイと話している女の子の集団へと、カレンが入っていった。
それを、ぼんやりと眺めていたのである。
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