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とらぶる❤  作者: 彩月莉音
始まりは突然に
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第4話

 ミントの適切な治癒呪文で、傷が物凄い回復力をみせる。

 治癒が終わると、寮の整理があると言うミントと別れ、二人は自分たちの部屋がある男子寮に戻っていった。


 魔法科と剣術科では寮が違う。

 剣術科に転科したが、リュートはそのまま魔法科の男子寮を使用していた。


 生徒が使用している寮は魔法科、剣術科合わせて、全部で八つの寮があった。その寮で学院生活である十年間を過ごす。

 教師用の寮も男女別で四つあり、生徒とは違い個室となっている。




 慣れ親しむ寮に帰ってくると、さらに多くの生徒たちが自宅から戻ってきている光景と出くわして、新学期が始まることを感じさせていた。

 寮での騒がしさが戻りつつあった。


 軽い挨拶を交わし、自分たちの部屋へ辿り着く。

 受け取ったばかりの剣を、窓側にある自分のベッドの脇に立てかけた。

 疲れ切っているリュートの背後からトリスも部屋に入っていく。


 稽古の後に、軽い睡眠をとるのが日課となっていた。けれど、今日はベッドに横になることを拒んだ。

 リュートの隣側にある自分のベッドの上に、飄々とトリスが座り込む。


 この部屋は四人部屋で、まだ他の二人が帰ってこない。

 俯いたまま、動こうとはしない相手を見つめる。

「広く、感じるな」

 閑散とした部屋を窺いながら、口を開こうとしないリュートに話しかけた。

 いろいろな出来事が一気に押し寄せ、落ち込んでいる幼馴染を気遣ってのことだ。


 新しい部屋に夏休みの間に移動をしていた。六年生までは六人部屋を使用していたが、七年生から四人部屋になったのである。

 今までの部屋に比べて、かなり広くなっていた。

 サイズはそのままの大きさだが、使用する人数が減り、部屋にある家具やベッドの数もすっきりしたからだ。


「ああ」

 ようやく、ブスッとしたままで、短い返事を返した。

 負けたことが相当悔しいのだろうと苦笑する。

 魔法科では負けなしで、学院の中でボロボロになる姿を見るのは初めてだった。魔法科の中でも、リュートの能力はトップクラスなのだ。その魔法科のトップが泥だらけで、傷だらけの姿なんてありえなかった。


 まだ回復していない身体に、治癒呪文をかけてやろうかと声をかける。

「いい」

 身も蓋もない程に拒絶した。


(やれやれ。リュートにも困ったものだ。ここはほっとくか)


 余計な真似をすれば、さらに意固地になるだけだった。

 トリスが自分のベッドの上に寝転んだ。稽古に付き合わないが、毎朝早くから見物していたので、身体が少し疲れていた。

 心地よい眠気が襲ってくる。


「どう思う?」

「んっ?」

 唐突に声をかけられ、ベッドから起き上がると、緊張気味なリュートがいた。


 冷静になってくると、リーブから貰い受けた剣の存在が怖くなってきていたのである。部屋に戻ってきてから、ずっとそのことで頭が埋め尽くされていた。

 同級生であるセナにやられたのは悔しいし、妹ミントが入学する事実も驚かされた。だが、何より悩む割合を占めていたのが、リーブからの剣のプレゼントだった。


 何も言ってくれないトリスに業を煮やす。

「だからさ、母さんがくれた剣。何で俺に贈った?」

 その表情は、とても複雑な顔をしている。


(おい、そっちを気にしていたのかよ。心配して、損した)


 セナに負けたことを気にしているものと思い込んでいたのである。

 頭を無造作にトリスが掻いた。


「気にすることないさ」

「……俺、帰らなかったんだぞ。それなのにプレゼントか? それって、おかしくないか?」

 必死の形相だ。


(相当重症だな、これは)


「そう、言われてもな」

 いきなり撃沈する様子に、さらに頭を掻いた。

「おばさんも、一歩前進したってことじゃないのか? 大きな心で帰ってこなかったことをさ、受け止めたってことだろう」

 放置すると周囲に迷惑が掛かるなと思い、どんより曇っているリュートを励ます。リュートの気鬱は周囲に迷惑をかけることが今までにしばしばあったのだ。


「そうかな……」

「気にするな。まだ、帰るのに一年あるじゃないか」

「……うん」

 腑に落ちない気持ちを残したまま、生返事をした。


 不意にトリスが思い出す。

「そう言えば、おばさんも『十人の剣』の一人だったな」

「母さんが? 魔法科だぞ」

 胡乱げな視線を送る。


「お前、何も知らないな。セナも言っていただろう、おばさんは剣の称号持っているって」

 滑らかな口調で、知っている話を口に出した。

 何も知らない状況に、天然ボケだなと呆れつつ納得してしまう。


 すっかり抜け落ちていたと、唇を尖らす。そして、改めて自分の母親は謎が多いと抱いた。リーブの逸話が、いろいろとあったが、これまで耳を塞いで聞こうとはしなかった。

 そのせいもあって、自分の母親なのに何も知らなかったのである。


 不思議と興味が湧いてきた。

 今までになかった兆候だ。

「何の称号、持ってる?」

「上から三つ目の〈剣司〉だ」

「マジで? 剣を握ったとこ、見たことないぞ」

 意外と高い称号に目を見張る。


「〈剣司〉。信じられない」

「知るか!」

「ホントに持っているのか?」

 トリスの言葉を聞かずに、一人で眉を潜めて唸っている。


 これまでの母親の姿から、剣の使い手としてのイメージが結びつかずに、ただの間違いじゃないのかと言う疑念の方が大きかった。常に魔法を使っている姿しか、連想できなかった。


「持っている。そんなに疑うなら、問い合わせてみろ。すぐにでもわかるはずだ」

 自分の情報を信用していないのかと、リュートに憤慨した。それにいくら興味のないことに、見向きしない性格にしても、ここまで酷いと呆れを通り越して、凄すぎるとしか思えなかった。


「お前が言うんだったら、間違いないか」

 あっさりと自分の意見を引っ込めた。

 トリスの情報を信頼していたのだ。




 突然、部屋のドアが開く。

「元気、してたか!」

 同部屋のカーチス・ディアマンテが大きな声と共に、部屋へ入ってくる。そして、背が高く大人びたクライン・エスピラールが大きなトランクを押しながら後に続いた。


 二人は六人部屋からの付き合いだ。

 ハイテンションなカーチスのノリに、部屋にいた二人が冷めた眼差しを注いでいた。

 時々、誰しもこのノリについていけない時がある。

 戻ってきた二人が、自分のベッドの上に大きな荷物をドッサリと置いた。

 その間、カーチスのおしゃべりが止まらない。


 帰省した話をまくし立てていたが、一切リュートとトリスは耳を貸さなかった。

 話がごちゃごちゃで、内容を把握するには途中で、何度も聞き返す必要があるからだ。

 身振り手振りで話し始めたカーチスを誰もがほっとく。


「腹、減ってないか?」

 リュートより、長身のクラインが二人に声をかけた。

 自分の腹を押さえ、腹ペコに空いているとようやく思い至った。

 まだ、二人は朝食を済ませていなかったのだ。


「そう言えば、まだ食っていないな」

 すっかりリュートの家庭問題に追われて、食堂へ行くのを忘れていたのである。

「ちょうど、よかった」

 トランクから大きな箱を取り始めるクライン。

 その一連の動作を食い入るように、リュートが瞳をキラキラと輝かせている。


「リュート。お前、甘いもの好きだろう? オフクロにたくさん作って貰った」

 淡々とクラインが手作りお菓子を出し始める。

 身を乗り出す姿に、先程まで母リーブやセナのことがすっかりと消えていた。

 目の前にある手作りお菓子しか捉えてない。


 ようやく自分の話をやめて、カーチスも三人の会話に加わった。

「俺からの土産もあるぞ。帰省しなかったから、甘いものに飢えていると思って、これを買ってきてやったぞ」

 口角を上げながらカーチスが、紙袋からシュークリームを取り出した。

 二人が帰省しないことを知っていた二人は、リュートの大好きな甘いお菓子をそれぞれに用意していた。


「好きだろう」

「ああ。味は?」

「カスタードと生クリーム、それにチョコクリームだ」

 両手に別々の味のシュークリームを手にした。


「俺の好きな味だ」

 蕩けそうな笑みが零れている。

 カーチスの説明に、何度も頷き、その熱い視線の先は、カーチスが手にしているシュークリーム一点に注がれていた。


「ほら、リュート」

「おう」

 一度に両方を受け取り、交互に勢いよくかぶりつく。


 無我夢中で食べている姿に、カーチスが小さく笑った。

 さらにシュークリームを二人に一個ずつ投げた。

「サンキュー」

「ありがとう」

 シューがこんがり焼けて、香ばしい味を堪能し始める。


 リュート一人だけ別世界へ飛んでいった。

 甘いものに目がない。

 甘いものさえ食べていれば、静かでおとなしかった。


 リュートほどではなかったが、トリスも甘いものが好きな方だった。

 その傍らで、瞬く間に三種類のシュークリームを平らげてしまう。


 次にクラインが出したお菓子を頬張っていた。持参したのはアーモンドが入ったメレンゲの生地を焼いたものにバタークリームが挟んでいるダコワーズや、リンゴのタルトだ。

 その食べっぷりの良さに、トリスたち三人に笑顔が溢れていた。


 のどかな時間を楽しんでいるクラインが、カーチスとトリスに話しかける。

「ホント、リュートって甘いもの好きだよな」

 同時に頷く。

 リュートの勢いは止まることを知らない。

 それどころか勢いが増していった。

 十人前以上の量があるリンゴのタルトを一人で食べつくすほどだ。


 床に座り込んでいたクラインが、近くにあるナプキンを取り、トリスに投げ渡す。

 クラインの隣に座っていたカーチスが、ゲラゲラと腹を抱えて笑っている。

 そのナプキンを口の周りにべったりとアプリコットジャムがつけているリュートに渡した。

「口の周り、拭けよ」


 面倒だなと無造作に拭き取り、これでいいだろうと満足げに胸を張る。

 拭いている最中でも、食べることをやめない。

 苦笑しながら、トリスが自分の口を指差す。

「んっ?」

 まだアプリコットジャムが口の周りに残っていた。


 今度は丁寧に拭き始める。

 クラインが持ってきたダコワーズをカーチスが摘む。そして、自分たちの一年の時の担任だったチェスターの話題を持ちかける。

「ここに来る時、チェスター、見かけたよ」

「チェスターって、あの?」

 おいししさが半減すると、リュートが顔を歪ませている。


「ここに来る途中、ずっとチェスターの話で盛り上がっていた。いろいろとあったからな、話も尽きなかったな、クライン」

「そうだな」

 カーチスから貰ったシュークリームを食べながら、懐かしい名にトリスが回想している。


 窓から見える真っ青な空に、クラインが昔のチェスターの姿を思い浮かべた。

 その姿は張り切りし過ぎて、どこか抜けていたのだ。教育熱心でいつも必死で、一年生だったリュートを初めとして、問題児だったクラスに授業を受けさせようと懸命だったのである。


「懐かしいなー。元気にしているだろうか」

「元気にしていた。相変わらず、新しい一年生のために教材作りに励んでいた」

 見た光景をクラインが、そのまま伝えた。

「毎年一年教えるなら、使いまわしてもいいものを、また新しく作るんだよな」

 カーチスの声音に、呆れと感嘆が混じっていた。


 自分たちが一年生だった頃の教室の光景を、話を聞きながらトリスが蘇らす。

 教室内はチェスターの手作りの飾りで溢れていた。それを瞬時にメチャクチャしたのは、ここにいる悪ガキ集団だった。

 特に、このメンバーが問題児集団の首謀者になることが多かったのである。


「何度も頑張って、作り直していたな。根性が入っていたよな」

「意外と凝ったものを作るんだよな」

「そうそう。それも上手い」

 トリスとカーチスの間で盛り上がっていた。


 入学を控えている新一年生のために、職員室で教室を飾るものを作っていた。書類を提出に行ったカーチスがせっせと作っている光景を見かけたのである。

 チェスターらしい行動だなと、トリスが思いに耽る。

 熱血漢に燃える熱い先生だった。


「一年生と言えば、リュートの妹が入るらしいな?」

 不意にカーチスがトリスに尋ねた。

 魔法科のクラスメートであるカレン・フェントンから、リュートの妹が入学する話を小耳に挟んだのだった。たった数時間で、リュートの妹が入学する話が、徐々に浸透して広まっていったのである。


「ああ」

「今度、紹介してやるよ。な、リュー……ト」

 話に加わっていないリュートに話しかけようと、トリスが振り向くと、嬉しそうにたくさんのお菓子を頬張っていた。

「……」


「やっぱ、リュートだな」

 軽くクラインが笑ってしまう。

 嬉しそうに頬張る姿に、誰もが笑って許せてしまった。

「そうだな」

 つられるように、カーチスも笑い出す。

 どんなことがあっても、変わらないだろうと、トリスが思いながら笑みが零れていた。


「そのうち、会うだろう。その時にでも、紹介するさ」

「楽しみにしてる」

「楽しみだな。可愛らしい子か」

「会ってからの楽しみにしていろ」




 入学式当日。

 上級生の席に新しい剣術科の正装に慣れずに、詰襟を気にしているリュートの姿があった。魔法科の席で正装しているトリスに、無理やり正装を着せられ、出る気がなかった入学式会場に連れてこられたのだった。


 入学式以来、出席だ。

 リュートの斜め後ろの席に、鋭い眼光で睨んでいるセナの姿もある。

 波乱が起こる予感を滲ませていた。



読んでいただき、ありがとうございます。

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