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とらぶる❤  作者: 彩月莉音
第2章 幽霊騒動
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第38話

「うるさいぞ。トリス」

 騒々しい雑音で、眉がやや吊り上げているリュート。

 咎められても、トリスが笑っていた。


「何か、あったのか?」

 笑いが止らない姿を、見据えていた。

 返事をする代わりに、身振りで何でもないと応える。

 何が起こっていたのか、気づいていない。


「本当か?」

 セナがいないことにも、気づいてない。

 調査に集中していたせいで、二人のやり取りを気に止めていなかったのである。

 ただ、困惑の色が隠せない。


「……気にするようなことじゃない。調査を続けろよ」

「本当だろうな」

 胡乱げな眼差しをリュートが傾けていた。

「本当だ。大したことじゃない」

 それでもなお、不審そうに眉を潜める。

 それに応えるように、微笑むだけだ。


(トリスのやつ、何か隠してるな……ま、いいか)


 これ以上言っても、無駄かと調査を続行する。

 再開した調査を尻目に、トリスが上機嫌で鼻歌を口遊んでいた。

 驚愕していたことが、なかったようにだ。


「……トリス」

 蚊の泣くような声で、楽しそうなトリスに話しかけた。

 その声に気づき、男子に視線を巡らせると、ある一点を指差している。

「あれ……」

「んっ?」

 浮かれた表情のまま、導かれるように視線を注いだ。


「……」

 浮かれていたトリスの表情が、瞬く間に一変した。

 上機嫌で鼻歌を口遊んでいた姿が、どこにもない。

 ただ、目を見開き、仰天するばかりだ。


「あ、あ、あ、あー」

 それ以上の言葉が、出てこない。

 辛うじて、悲鳴を上げなかった。

 漏れそうな声を、必死に押さえ込んだのだ。


 微かに驚きの顔を窺わせる男子と、セナが見たものとは違う、音楽家の肖像画のポスターを、双眸を限界まで開き、交互に凝視していた。

 それも、食い入るように。


 その指差している腕が、諤々と震えている。

 男子が指し示していたものは、音楽家の肖像画の瞳から、血の涙を流していたのである。

 その衝撃を、言葉に表そうとした。

 けれど、あり得ない出来事に、絶句し、言葉が出てこない。

 セナが見た光景と、同じだったのだ。


 音楽家の瞳から、血が滴り落ち、その下の床に血の海ができ上がっていた。

 寸分の狂いもなく、同じ光景が広がっている。

 違うのはただ一つ、肖像画のポスターが違っていることだ。

 流れていたピアノの旋律に怯え、それをずっと隠していたセナが見たポスターと、トリスが見つめているポスターが、一つ空いて隣にあったのである。


 見間違えるはずがないと、頭の中で訴えていた。

 その自信と、訳のわからない恐怖が、交互に襲い、頭が真っ白になりつつある。


 顔色を一つも変えず、男子がただじっと恐怖に満ちているトリスを注視していた。

 あり得ないものを捉え、トリスが恐怖に震えている時、全然気づく様子もなく、リュートが誰もいない教室で、ピアノの旋律が流れた謎を解くことだけに、夢中になって調査をしていたのだった。

 謎を解く意気込みしかなく、それ以外のことが見えていない。


 調査に打ち込んでいるリュートに、声をかけようとするが、金縛りにあったように声が出てこない。

 何度も口を開き、声を出そうと挑戦するが出なかった。


「あっ」

 男子の微かに漏れた声に、促されるように肖像画のポスターに視線を傾ける。

 もう見たくもないのに。

 声に誘導されてしまったのだ。


 双眸にはっきりと、その光景が映っている。

 そして、息を飲んだ。

 さらに、別な肖像画のポスターから、同じように両目から血の涙が、滴り落ちていたのである。

「!」

 思わず、気圧され、一歩退いてしまう。


 しばらくの間、釘付け状態で、声が出ない。

 どうにか、言葉を発する。

「お、俺じゃ……ない」


 セナが見た肖像画のポスターから、血の涙が滴り落ちていたのは、恐怖を我慢していたセナを、からかうために、トリスが仕掛けたものだった。

 数十枚あるうちの一つのポスターに、昼間のうちに、こっそりと仕込んだものだ。

 楽しさを追及していたトリス。

 代わり映えのない夜更けの張り込みに、刺激を求めてしまったのである。


 眉を潜め、考え込んだ。

 予備に仕掛けたものかもしれないと、思い込もうとする。

 仕掛けは、一つしかしなかった。


「……きっと、俺が。きっと、きっと……」

 小刻みに、顔を振る。

 その額から、大粒の汗が流れ落ちた。

 どんなに思い込もうと巡らせても、仕掛けが一つしかない記憶が拭えない。


(嘘だろう? こんなことが起きるなんて……。これは何かの仕掛けだ)


「トリス、その隣……」

 言われるまま、その隣を窺ってしまう。

 魔法にかけられたようにだ。


 さらに、大きく目を見開く。

 血の涙が滴り落ちる光景が、怒涛のように視界に流れ込んだ。

 全部の肖像画のポスターから、血の涙が滴り落ちている。

「リュートぉぉぉぉぉ」

 渾身の力を出し、叫び声を上げた。


 叫び声に気づき、背後に振り向くリュート。

「んっ? 呼んだか?」

 いつものペースを崩さない。

 呼んだ主であるトリスを窺っていた。


 呼んだ主は、机の下に身を縮め、後ろのポスターを指差していたのである。

 見慣れぬ光景に、怪訝な視線を覗かせていた。

「……何やっている?」


(何かの遊びなのか? それとも……)


「机の下で、何か見つけたのか?」

 無言のまま、何度も、強く指で指し示す。

 不可思議なトリスの行動が、理解できない。

 思わず、首を傾げる。


「あ、あ、あれを……見ろ」

 身を隠すように、縮こまっているトリスに促されるがまま、後ろの肖像画のポスターに目を傾ける。

 強く指差す方へ、焦点を合わせた。

 掃除当番の時に、よく見る肖像画のポスターだ。


「で? 何があるんだ?」

 何の変哲もないポスターを、言われるがまま眺めている。

「あるだろう」

「何が?」

「あれだよ、あれ」

 あれと言われても、わからない。


 身を隠しているトリスが、いっこうに出てこようとはしなかった。

 面倒臭いと言う表情で、机の下に身を縮めているトリスに近づく。

 近づくと、トリスの表情が引きつっている様子を垣間見た。


(珍しい顔してるな。いつ以来だ? こんな顔を見たのは?)


「どうかしたのか?」

 顔を机の下に傾けているリュートを、怯んでいるトリスが見上げた。

 自分をこんな立場に追い込んでいる光景に、平然としているリュートに対し、苛立ちを募らせていく。

 慄いていた顔に、若干、不機嫌さを滲ませていたのだ。

 ムッとしながらも、唇が震え、声が出ない。

 二人の間に、沈黙の時が流れていった。


 それに耐え切れないリュートが口火を切る。

「風邪、引くぞ」


(俺は寝ていない! こんな状況で、寝れるか!)


「帰って、寝ろ」

 思わず、咎めるような目を覗かせていた。

「ちゃんと、見ろ!」

「見た」

 即決だった。


 押し寄せる恐怖を拭えず、呂律が上手く回らない。

「ひ、左から、五番目だ。そ、それと……六番目、七番目もだ」

 言われたものを眺めるために、人差し指で数え、豪胆な顔で左から五番目の肖像画のポスターを傍観した。

「あー」

 恐怖と言うには程遠く、感心したような声で頷く。


 その声音に、気づく余裕もない状態だ。

「変だろう?」

「確かに、変だ」

 理解を示したリュート。

 ようやく、ホッと胸を撫で下ろした。

 自分の目は、変ではなかったと安心する。


「こんな髪、絶対にありえねー」

「は?」


(髪って、何だ、髪なんか関係ないぞ!)


 肖像画のポスターを傍観しているリュートの姿を見上げる。

 その琥珀の瞳に、怒りがこもっていた。

「お前、何言っているんだ。目を見ろ、目を」

 怒ったトリスの口調。

 なぜ怒るのかと、不思議そうに首を傾げていた。

 トリスが怒る原因が、掴めなかったのである。


「目? 目って、瞳のことだよな?」

「そうだ。それ以外に何がある? 目を見るんだ」

「目……、目ね……」

 言われた通りに、もう一度、五番目のポスターに視線を巡らせた。

 じっと肖像画のポスターを注視し、動こうとはしない。

 ただ、困惑の表情を匂わしていた。


 二人の間に、重苦しい沈黙が続く。

 困惑気味に、リュートの顔が顰めている。

「……見た」

 とりあえず、ありのままのことを伝えた。


 時々、天然と言われる行動を取る自覚が、多少なりあると感じていたが、今日のこの時のトリスの方が、訳のわからない言動を、取っているとしか思えないと思うのだった。


(これが、何なんだ? わからない。これを見て、何を感じればいいんだ?)


「それで、どうだ?」

「……何が?」

「だから、変だろう? 目が」

「……いたって、普通だと思うが?」

 当惑しつつ、思っていることを吐露した。

 代わり映えしない在り来たりなポスターだった。


「……」

 平然と答えるリュートの言葉を疑う。

 けれど、自分の目で確かめられない。

 見ることが怖かったのだ。

 ただ単に、もう一度見る勇気が湧かなかった。


「……血が出てないか? 目から」

「血?」

「そうだ、血だ。血が出ているはずだ」

 促されるままに、もう一度、肖像画のポスターに視線を注ぐ。


 目からは、一切血が出てない。

 顰めっ面で、リュートが念のために肖像画のポスターに近づく。

 そして、目の辺りを、そっと手で触れてみる。

 変わった跡が見つからない。


「血なんかないぞ。何を言っている?」

「嘘だろう……」

 愕然としているトリス。

 縋るような視線を、何とも言えない顔をしたリュートに巡らせている。


「嘘ついて、どうする?」

 軽い眩暈を起こしているトリスだった。

 そんな姿に、ますます眉間のしわが濃くなっていくリュート。


「おい、トリス。目でも悪くなったか?」

 問いかけも、耳に入っていない。

 意を決して、トリスが立ち上がる。

 恐怖に満ちた表情で、食い入るように肖像画のポスターを直視した。

 習うように、もう一度リュートも、同じ肖像画のポスターを眺めている。

「「……」」


 普通の音楽家の肖像画のポスターだ。

「どこから、血なんか出ているんだよ」

 跡形もなく、綺麗に血がなくなっていたのだ。

 動転している表情を、隠せないトリス。

 床も確かめたが、そこもさっきまで存在していた血の海の跡形もなくなっている。

 見ていたものすべてが跡形もなく、消えていた。


(さっきのあれは、何だったんだ……。俺は幻影でも見ていたのか? いや、違う。確かに血が流れていた。俺が見間違えるはずはない)


 呆然と立ち尽くしている。

 心配げな顔を、思わずリュートが覗かせてしまう。

 めったに見ない幼馴染の表情だったからだ。

「大丈夫か?」

 ぼかんとした顔で、心配で眉を潜めているリュートの顔を窺った。

 自分の頭が、おかしくなったのかと抱いてしまう。


「な。今の俺って。……変か?」

「ああ。もう少しだけ調査するから、そこに腰掛けて、待っていろ」

 珍しく相手を労わるリュート。

 とても一人で帰らそうとはしない。

 だが、調査をやめることをしなかった。

 どこまでも、マイペースなリュートだった。


「わかった」

 素直に、トリスもその行為を受け入れた。

 調査を再開した。

 放心状態のトリス。


 不意に、もう一度肖像画のポスターを確かめようと、視線を投げかける。

「!」

 ポカンと、口が開く。


 血の涙を流し、それに加え、助けを呼ぶ、見知らぬ声が硬直しているトリスの耳元に木霊している。

 それを理解した途端、悲鳴の声すら出ず、気絶し、背後に倒れてしまった。




 しばらくして、調査を終えたリュートが、休憩しているトリスのところへ向かう。

 すると、床の上で、横になっているのを発見した。

「こんなところで寝ていると、風邪引くぞ」

 声をかけても、気づく様子がない。


「相当疲れていたんだな。長くつき合わせて悪かったな」

 倒れているトリスの腕を取り、自分の首に廻し、意識のない身体を起こした。

 目覚めないトリス。


「帰ろうか」

 血の涙が滴り落ちるのを垣間見て、気絶したなんて知る由もない。

 調査に待ちきれず、寝てしまったと能天気な勘違いしたのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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