第35話
〈第五音楽室〉の怪奇現象を突き止めようと、躍起になっているリュートを先頭に、夜更けの張り込みの計画が連日続いていたのである。
たった一人を除いて、明け方近くまで張り込むことに、体力が段々と奪われていった。
日数が経つにつれ、実力テストを重んじるローゼルがやめる。
その後に続くように、連日のようにカイルに怒られる回数が、増えていったダンや、パウロが脱落していった。
十分な仮眠も取れず、彼らは授業に支障が出ていたのだ。
身体がおかしくなるか、落第を覚悟しなければ、ならない状況に陥っていたのである。
そこまで、追い込まれていたのだった。
最後に、四人だけになってしまう。
意地とタフさがあるセナは、脱落していない。
やめた者を気に止めず、淡々と張り込みが続けられていたのだった。
張り込みにのめり込んでいくリュート。
普段と変わらない様子に、体力が尽きないのかと、不快感を滲ませるセナだった。
ただ、負けたくない一心で、ついていっていたのだ。
徐々に誰もが、疲れが蓄積されていく。
先頭を歩く、リュートの足取りだけが軽い。
その姿は、日に日に元気になっていくようだった。
初日のリュートたちを見習い、次の日からセナもローブを着て張り込んでいた。
手馴れた二人に、強い刺激を受けている。
絶えずセナは、二人から視線を外さず、観察し、勉強を怠らない。
実戦経験の乏しいセナにとって、いたずらで実戦済みの二人がいい教本となっていたのである。
いつもの時間より、少し遅れて、〈第五音楽室〉に向かう。
定刻に、メンバーが集合していた。
だが、見回りの教師と鉢合わせそうになり、通り過ぎるのを冷静に待っていたからだ。
奥庭の噴水近くを、見回りの教師がうろついていたのである。
その教師が、なかなかその場から離れないのが原因だった。
慣れた足取りで、通い慣れた階段を昇っていく。
すると、突然ピアノの旋律が耳に流れ始めた。
「!」
誰もが、フリーズしている。
夜更けの張り込みをし、初めての出来事だ。
若干、リュート一人だけが、ほくそ笑んでいる。
他のメンバーは、眉間にしわが寄っていた。
さらに、確信を得ようと、耳を傾ける。
綺麗で、心地よいピアノの旋律だった。
不意に、怪訝そうなトリスが、ニンマリが止まらないリュートを窺う。
(楽しそうだな、リュートのやつ。それにしても、誰の仕業だ、これは?)
はやる気持ちを抑えられないリュートの勢いを、誰も止められない。
走り出したら、止まることを知らないのだ。
好奇心を憶えたら最後、納得するまで続けるのである。
それについていくのは、幼馴染のトリスの役目だった。
「トリス」
「ああ。リュートにも、聞こえたか」
「ピアノだな」
「間違いない」
二人で最終確認を行う。
ピアノの旋律が、まだ続いていた。
リュートたちの存在に、まだ気づいてない様子だ。
口元が緩み、しまりがない。
(暴走しないでくれよ)
うんざりした顔を、覗かせるトリスだった。
「上手いものだな」
聴こえてくる旋律に、ポツリとトリスが漏らした。
それほど音楽に造詣ないトリスにも、ピアノの腕前が上手とわかるほどだ。
「確かに。誰が弾いているんだ」
止めどない、心地よい旋律。
柔らかい表情を覗かせているリュートが聞き入っていた。
「そうだな。ここまで弾けるやつって、いるのか?」
ふと、浮上した疑問をリュートに投げかけた。
「わからない」
「お前は、どうなんだ?」
幼少の頃より、幼馴染がピアノを弾けるのを把握していた。
リュートの実家に、ピアノが置いてあったのだ。
それを時々弾いていたのだった。
「無理だな。俺のは、自己流で憶えた、暇な時に、弾く程度だ」
「上手いと、思うけど?」
率直な感想を、トリスが吐露した。
「ここまでのレベルがない」
はっきりと言い放ったリュート。
「そうなのか」
相手を高く評価している姿に、僅かに目を見張っている。
リュートはなかなか褒めないのだ。
「そうだ」
美しく艶やかな旋律を耳にしながら、トリスと会話していった。
それを静観しているセナだった。
このところ、口数が少なくなかったのだ。
興味のないことに、とことん気づかないリュート。
綺麗な音色が、まだ続けられている。
全然、音楽に造詣のないセナに、聴こえてくる旋律が上手なのか、下手なのか、よくわからない。
ただ、落ち着くような印象だけは受けていたのだ。
二人の会話を耳に傾けながら、ピアノまで弾けるのかと、舌を巻いていたのである。
何でもできるリュートに、嫉妬を抱く。
(あいつの苦手なものって、何なのよ!)
静々と、血走っているセナの疲れが、ピークを通り越していた。
限界に近く、いつ倒れても、おかしくない状況だ。
それほど身体が弱り、負けたくないと言う意地だけで、授業や夜更けの張り込みを続行していたのである。
ふと、背筋に、ひんやりする気配を感じた。
唐突に、セナの身体がガチガチに硬直しまう。
今にも声を上げ、この場から逃げ出したい気持ちを押し殺す。
(な、な、何?)
みっともないところを見られたくない。
生意気なリュートやトリスに。
思わず、ゴクリとつばを飲み込む。
背後を振り向く、そして、その顔は青白かった。
そこに、同じように顔色の悪い男子がいる。
顔色の悪い男子が、大丈夫?と声をかけた。
平気と頷き、セナが正面に向き直したのだった。
合図を送り合い、四人が一気に残る階段を駆け上っていく。
目当ての四階にある〈第五音楽室〉の近くまでだ。
先頭に立つリュートとトリス。
勿論、誰一人足音を立てる者がいない。
冷静に行動していったのである。
互いに顔を見合わせ、合図を送った。
次の行動を、目だけで確認し合う。
息の合ったコンビ。
その無駄のなさに、セナが瞠目するばかりだ。
二人の間に、言葉なんて必要ない。
視線だけで、意思疎通ができていた。
羨ましいと抱き、そして一人でいる自分に、寂しさを膨らませる。
今まで、そんなことを感じたことがない。
必要に応じ、コミュニケーションを取ればいいと巡らせていた。
二人に出逢ってからは、羨望の気持ちと、自分はこれまで一人だったと感じる、寂寞とした気持ちを抱くのだった。
落ち込んでいるセナの思考に、誰一人気づいていない。
対照的に、二人の気持ちが高揚していく。
一つしかない入口の前に立った途端、ピアノの旋律がピタリと止む。
まるで、確かめにきた彼らに気づいたようにだ。
「!」
気づかれたと、軽いショックを受ける。
気づかれない、自信が二人にあったのだ。
動揺しつつも、手馴れている二人。
〈第五音楽室〉の中で、人影が微かに動いたのを感じる。
対策を練る時間を惜しむように、二人が同時に勢いよくドアを開けた。
その間、二人の間で会話がない。
互いを理解し、言葉なんて必要ないかのように、密度の高い連携をみせている。
「《灯》」
瞬時に呪文を唱え、リュートが辺りを明るく照らす。
けれど、人の気配が全然ない。
がらんとして、もぬけの殻だった。
破顔している二人。
((どういうことだ!))
現実に置かれている状況を、飲み込めない。
一歩前に出て、神経を、さらに尖らせる。
それでも、人の気配を感じない。
辺りは静寂で、彼ら自身の気配しか感じなかった。
目配せをし、机の下や隅々まで、誰かが隠れてないか、全員で捜す。
けれど、形跡一つも見つからない。
最後に準備室まで捜したが、誰もいなかった。
何も言わず、一箇所に自然と集まる。
「なぜだ……」
眉間のしわを濃くし、困惑しているリュート。
その呟きだけが〈第五音楽室〉に木霊する。
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