第33話
集合時間の十分前まで、熟睡していたリュート。
準備万端に出かける用意ができているトリスに起こされる。
僅かな灯しか灯っていない。
まだ虚ろな瞳に、用意ができているトリスを捉えている。
寝ている間に、すでに支度を済ませていたのだ。
「時間だぞ」
リュート分の支度も、サイドテーブルにきちんと用意されていた。
すでにクラインは寝ていて、カーチスの姿がない。
リュートが寝て、すぐにキムたちの部屋に行ったことを話す。
「おとなしくしろって、言ったのに」
「別に、それぐらいいいだろうが」
「よくない」
口を尖らせ、剥れている。
止めなかったトリスに、怒りの矛先を傾けていた。
慣れたもので、睨まれても平然と怒りを受け流す。
「ほら、行くぞ」
不貞腐れているリュートをつれ、こっそりと寮を出た。
その歩きは、迷いも、怖さも感じられない。
堂々といった確かなものだ。
綿密な計画のもとで、待ち合わせ場所の奥庭の噴水の前に行く。
奥庭の噴水は、それぞれの寮の場所や、これから行く特別棟と、少し離れている位置にあった。
待ち合わせ場所に、適していたのである。
それに、夜の人通りが少なく、見回りの教師に見つかる可能性が低かったのだ。
すでに、普段着の格好したセナたち三人の姿があった。
二人は、思わず目を細め、凝視してしまう。
どこから見ても、セナたちの機嫌が悪かったからだ。
(何で機嫌が悪い? 不味いものでも食べたのか?)
少し目がつり上がっているセナとローゼル。
二人は待ち合わせ時間の二十分前に、すでに到着していたのである。
ずっと、他のメンバーが来るのを、ひたすら待っていたのだ。
時間通りに到着したリュートとトリスに、開口一番に遅いと咎めるように告げた。
不満顔を滲ませる二人。
それに対し、平然と構えているリュートとトリスだった。
「時間通りだろう」
「最低、十分前には、来るものよ」
剣術科では、十分前行動が当たり前だったし、セナはそれに習って、常に早め早めの行動を心掛けていたのである。
「面倒臭い」
訝しげな顔を覗かせながら、リュートが即答した。
不機嫌なセナの唇が鋭く尖る。
それを見たトリスが、眉を潜めているリュートを落ち着かせた。
二人の口ゲンカを、見回りをしている教師に、聞きつけられる可能性が大だからである。
トリスの意図を把握するセナ。
軽く息を吐き、気持ちを切り替える。
不意に、二人が厚手のローブを身にまとっている姿に目を止めた。
普段着の軽装に対し、二人の格好が重装備だった。
「これか?」
「ただの張り込みよ。それなのに、その格好は?」
きょとんした眼差しを、セナが注いでいたのだ。
他のメンバーも、同じような反応を窺わせている。
「変か」
僅かに頭を傾げ、トリスが自分のいでたちを見下ろしていた。
「変よ、トリス」
「変なのは、お前たちの方だ」
二人の会話に、倣岸にリュートが加わった。
軽んじている、他のメンバーの態度が許せない。
(何を考えているんだ、セナたちは)
「身軽に動けるように……」
「バカ。よく考えろ」
「何ですって!」
怒りに震え、刺すようなセナの視線。
またひと悶着が起こる前に、トリスが微かに首を竦め、対処することにした。
ローブを身にまとっている理由を伝えようとする。
チラリと、のん気なセナを見据えているリュートを窺った。
(突っかかるばかりで、この重装備の意図を話さない、お前が悪いだろう)
口を結んで、互いに睨み合っているセナに、視線を巡らす。
「落ち着け、セナ。今説明するから……」
視線の矛先を、トリスに戻す。
その表情が、怒りに満ち溢れていた。
日中は、まだ暖かいとは言え、十月中旬の夜は寒くなるから、そのための防寒着の意味と、身を護る盾にもなると言う意味で、二人は装着していたのである。
その話を耳にし、ちゃらんぽらんなリュートとトリスに、感心の視線が、それぞれに注がれていた。
「何だよ。その目は?」
「伊達に、遊んでいる訳じゃないのね」
「ホント。噂が大きくなっただけだと、思っていたけど」
好き勝手なことを、セナとローゼルが言い始めた。
それを聞いているうちに、徐々に胡乱げな表情を覗かせるリュートだった。
どこか、日ごろから抜けているリュートの姿を垣間見ている剣術科の生徒たち。
天才と言う言葉が、噂を大きくしただけじゃないのかと抱いていたのだ。
だが、環境に応じた判断力を見せつけられ、天才と言うのが、噂だけじゃないと、それぞれに感慨深いものを見るような視線を、剥れているリュートに投げかけていたのである。
釈然としないと、顔を顰めるリュート。
「ところでさ、お仲間二人は、どうした?」
リュートが爆発する前に、トリスが話題を切り替えた。
姿のないダンとパウロ。
それに、くだらない論争を、早く打ち止めにしたかった。
「遅刻よ」
そっけなくセナが、口にした。
時間より、早く来ない面々。
時間に几帳面なセナの眉間のしわが、より一層深くなっていく。
そのしわを窺い、トリスが微かに息を吐いた。
(几帳面なやつだなー。扱いづらい……)
「何?」
何かを感じ取り、半眼したセナ。
「何も、言っていないけど?」
柔らかな表情を覗かせた。
「ババアになるぞ」
眉間のしわを指差し、率直にリュートが言ってしまった。
眉間のしわが、さらに深まっていく。
「な、なん、何な……」
声を荒げようとしているセナ。
その口を、今まで傍観していたローゼルが、左手で押さえる。
血の気の多いローゼルが、珍しくリュートに、ちょっかいを出さない。
まだ、未知数なリュートを、分析している段階だったからだ。
それに、これまでの冷静なセナとは違い、今まで見たことがない姿に、興味が注がれ、観察したいと言う好奇心の方が勝っていたのである。
「声、大きい」
「……ごめん」
平然としているリュートは、悪びれる様子もない。
ただ、ダンたちがいる寮に視線を傾け、今か今かと姿を捜していた。
セナとの口ゲンカに興が冷め、姿を見せないダンたちに、意識が飛んでいたのだ。
その変わり身の速さに、ムッとするセナ。
「まだかな」
「知らないわよ」
そっぽを向き、セナが吐き捨てた。
その光景に、トリスが、クスッと笑みが零れる。
時間通りに到着した二人より、さらに遅れること、十五分遅刻しているダンとパウロが、ようやく姿を現した。
機嫌の悪い女子二人のために、ダンはパウロが教師に見つかり、それで遅刻したと理由を説明する。
遅刻したことに、リュートは大して機嫌は悪くない。
いたずら仲間の面々にも、時間にルーズな者がいたからだ。
だが、遅刻よりも、見つかったことを気にしていたのである。
けれど、その表情は、瞬時に元に戻っていった。
ダンの背後に隠れ、苦笑いを覗かせているパウロの頭を突っつく。
二人の顔に、深刻さが出ていない。
「ごめん」
しょうがないと言う顔で、セナとローゼルの二人が顔を見合わせた。
大丈夫だろうと、楽観的に二人は捉えていたのである。
「大丈夫なのか? 先生の方は?」
せっかくの計画が無駄になってしまうと抱き、冷静にリュートがのん気に構えている二人を窺う。
淡々と過ごしていた日々や、剣術の稽古で、モヤモヤとする鬱憤が溜まっていた。
だから、久しぶりの楽しい計画を、潰されたくなかったのだ。
「何とか、誤魔化しておいたから、大丈夫だ」
胸を張って、自信満々な顔を滲ませている。
その様子に、ローゼルが怪しいものだと疑ってしまう。
それは、日ごろのダンのお調子振りが物語っていたからだ。
「なら、いい」
ホッと、胸を撫で下ろすリュート。
面白い遊びが壊れたら、どうしょうと心が穏やかではなかった。
話も終わった様子に、トリスが行こうかと号令をかける。
それを合図に、目的地である〈第五音楽室〉に向かった。
微かな月明かりで、特別棟の廊下を慎重に歩いている。
勿論、見張りの教師に、見つからないように警戒も怠らない。
特別棟で、呪文が使えるリュートの《灯》や、たいまつの灯りで、対象物や教師にバレる恐れがあり、窓から漏れる月明かりで、暗闇の中を歩いていたのである。
すると、前方に人影が映り、その人影が、徐々に大きくなっていた。
脇道や教室の出入り口に、カギが閉まっている状況だ。
(ヤ、ヤバい)
逃げ場のない状況。
それぞれの思いが交錯し、違った意味の冷や汗をそれぞれに流している。
月明かりが、微かしか射してない。
そのせいで、人影が誰なのかまで、まだ距離があって、判別がつかなかった。
セナたちは、ゴクリとつばを飲み込む。
すぐ傍まで、距離が縮まっていた。
冷静に対応するリュートとトリス。
ソワソワと落ち着かずに、罰則が脳裏に掠めていく他のメンバー。
立ち止まって、成り行きを窺っていると、リュートたちの前方に、その人影が声をかける。
頻繁に、出入りをしている主の声だ。
「グリンシュ!」
フォーレスト学院で、保健士をしている。
純粋なエルフで、流れるような長い銀髪が特徴だ。
見た目は、二十代後半の容姿だが、実際はゆうに三百歳を超えている。
「珍しいところで、会いしましたね」
「おう」
気軽に、挨拶を交わすリュート。
先頭に立っているリュートから、順々に後ろにいる面々に、視線を巡らせていく。
(面白いメンバーですね。何を仕出かすやら)
それぞれに、微笑みで挨拶を交わす。
ダンたちもつかみ所がないグリンシュに、ぎこちない笑みで返した。
「ここで、何しているんですか?」
いつものように、優しい口調でことの仔細を尋ねた。
ここにいては、おかしい時間帯だった。
何気ないグリンシュの問いに、詰まってしまう。
なんて言えばいいのかと、セナたちが逡巡していた。
それぞれに、物思いに耽った表情を滲ませていたのだ。
ただ、リュートは眉を潜め、トリスが平静な表情のまま、考え込んでいたのである。
いち早くトリスが開き直った表情で、柔和な微笑みを覗かせているグリンシュを捉えていた。
やめさせたり、怒ったりしないだろうと、トリスの思惑が見え隠れしていたのだ。
けれど、確証が、どこにもない。
ただ、惚けて、その場をやり過ごそうと巡らせた。
口を開こうとした瞬間、突如、途中で止まってしまう。
「秘密の探索だ」
「……」
誰もが、楽しげなリュートの回答に、唖然としてしまう。
答えようとするトリスよりも早く、リュートの口の方が先に開いたのだった。
満足そうな表情をよそに、頭が痛くなるトリス。
(それじゃ、逆に興味を持たれ、疑われるだろう)
「バカ」
自然に漏れたセナの呟きだった。
浮き足立っているリュートに、届いてない。
瞳が爛々と輝き、その胸中では、純粋にグリンシュは、いたずら仲間と言う認識しかなかったのである。
教師の一人と言う認識が、完全に失われていた。
セナの呟きを耳にし、ローゼルたちが、同時にコクリと頷くのだ。
リュート以外の者たちは、それぞれに腹をくくっている。
明日からの罰掃除と反省文を。
それに、延々と聞かされる教師たちの説教をだ。
「……そうですか」
「話せなくて、悪いな」
「いいえ」
優雅に微笑みを覗かせているグリンシュ。
「これ以上、人数が増えると、バレる恐れがあるから」
「確かに、多いと、バレるかもしれませんね」
リュートの素直な言葉に、動じない。
微笑みも崩していなかった。
内心では、噴出して笑いたい気持ちを押し殺していたのだ。
ニコニコと、まっすぐにグリンシュを視線に捉えている。
リュートとグリンシュ以外の者は、複雑な表情を滲ませていた。
報告されると思っていたら、普段の和やかな会話だったからだ。
僅かに口角を上げ、グリンシュが優しく話しかける。
「気をつけてくださいね」
「おう」
任せろと、元気よく胸を叩く。
最後尾に、グリンシュが視線を傾けた。
「……」
微かに、目を見開いたグリンシュ。
ただ、誰に気づかないうちに、元の表情へ戻っていた。
「楽しそうですね」
「おう」
あまりのバカさに、真面目なセナがリュートの頭を小突く。
何で叩かれたのかと、ムッとしているリュートが、突っかかっていった。
二人は、小さな言い合いを始めている。
誰も、止める者がない。
「それでは」
衣擦れもさせないで、彼らの前から立ち去る。
その後ろ姿が、見えなくなるまで見送った。
咎めないグリンシュの対応に、ダンたちは目を丸くしている。
セナはリュートたちと知り合ってから、グリンシュとのつながりができたことで、大きな驚愕が、さほど芽生えなかった。
だが、何を考えているんだろうと、少し不安を抱きつつあったのだ。
「なぁ、トリス。グリンシュは、ここで何をしていたんだ?」
セナの背後にいるトリスに、声をかけた。
こういうことに、抜かりがないリュートだった。
特別棟の見回り当番が、別な教師だと言う情報を、すでに手に入れていたのである。
ここに、グリンシュが姿を現わすとは思ってもみなかったのだ。
「さぁーな」
謎の多い先生だと、消えてしまったグリンシュの後ろ姿を思い出し、トリスが辺りの様子を窺いながら、逡巡させていたのである。
グリンシュと遭遇した後は、誰にも会わずに〈第五音楽室に〉に到着した。
〈第五音楽室〉から、少し離れた位置から見張りを行う。
その日は、午前五時まで張り込んだが、何も起こらなかったのだ。
読んでいただき、ありがとうございます。




