第32話
通常の二倍以上の時間をかけ、〈第五音楽室〉の掃除を終える。
カイルが現れるまで、深夜の張り込む計画の打ち合わせを、ある程度完了させていたので、その後に打ち合わせをすることがなかったのだ。
掃除が終わると同時に、解散していく面々。
〈第五音楽室〉を張り込む時間まで、それぞれの寮に戻ることになっていたのだった。そして、他の生徒たちに、気づかれないように、おとなしくそれぞれに過ごしたのである。
誰一人として、彼らの計画に、気づいている者がいない。
それぞれに、明日の授業に備え、身体を休めたり、友達とお喋りして遊んでいたのだった。
生徒たちにとって、騒がしい日常は当たり前だった。
騒動を起こしているのは、彼らだけではなかったのだ。
多くの生徒たちが、騒々しかったのである。
これ以上の大人数になると、大変と言う意見で、リュートとトリスの同部屋のいたずら仲間、カーチスとクラインに内緒にすることになった。
消灯時間である十時を回る。
フォーレスト学院では、消灯時間を過ぎると、当番制で教師たちが、生徒たちの部屋へ足を運び、生徒たちがきちんと眠っているのかと、点呼をする規則になっていた。
見回り当番に当っている魔法科七年A組の担任ラジュールが、無表情でリュートたちの部屋に訪れようとしている。
彼は、リュート、トリスたちが、二年生の時からの担任だった。
それまでは上級生を教えていたが、下級生の担任になるのは、これまでなかった。
いろいろな経緯があり、常に上級生を受け持っていたのである。
それに、問題児ばかり揃っているリュートたちの担任になる教師が、誰一人おらずに、校長の鶴の一声で、リュートたちの担任を、卒業するまで務めることに決まったのだった。
黒いマントが揺れるたびに、布がこすり合わさる音が響く。
部屋の前で、立ち止まっているラジュール。
じっと、リュートたちの部屋のドアを、視界に捉えている。
流れるような黒髪と、混沌のような黒い瞳が特徴で、それに長身の身体に、常に分厚い黒いマントを身にまとっていた。
表情一つ変わらず、淡々と流れ作業のように仕事をしていく。
部屋のドアを、ゆっくりと開けた。
ランプを掲げ、四つのベッドを確かめる。
四つのベッドが、盛り上がっていた。
「……」
いつもとは違う光景に、フリーズしてしまう。
(何でいる?)
一番の問題児でもあるリュートのベッドに、視線を注ぐ。
布団の隙間から、微かに頭が覗いていたのだ。
(あれが病気? あり得ない。何を仕出かすつもりだ?)
ちらりと、他のベッドに視線を巡らす。
四人全員が、おとなしくベッドにいた。
最近、リュートがベッドにいた試しがない。
稽古で、いつも消灯時間を過ぎてから、戻っていたのである。
他の三人も、様々な理由で不在が多かった。
不在と言う見慣れた光景に、教師の誰一人として、咎める者がない。
剣術科では、あり得ない。
だが、魔法科では、ある程度は許されていたのである。
不自然な光景に、眉を潜めるばかりだった。
「……」
あまり感情を表に出さないが、僅かに驚きの表情を覗かせる。
勿論、四人が寝ている振りをしていることに気づいていた。
けれど、時間通りにベッドにいると言う事実に、逡巡していたのだ。
布団をかぶり、密かにリュートが自分のアイデアにニンマリしている。
(これでバレないぞ)
他の三人の表情が様々だ。
呆れている者、くだらないと感じる者、早く抜け出して出かけたい者。
このあり得ない光景を生み出したのは、胸を躍らせ、張り切っているリュートだ。
逆に、勘ぐられるぞと言うアドバイスに、耳を貸さないで、無理やりに遊んでいたカーチスとクラインを呼び戻し、この光景を作り上げたのだった。
何も知らない二人。
渋々ながら、リュートに付き合っているだけに過ぎない。
友達と、夜の村へ遊びに繰り出そうとしていたカーチス。
凄い剣幕でリュートが自分を捜していたと耳にし、戻ってきたクラインを捕まえ、理由も言わずにベッドへ押し込んでしまったのだった。
まだ、消灯時間になる前に。
二人にしてみれば、困惑するばかりだ。
消灯時間にもなってもいないのに、どうしてベッドに入らないといけないのかと。
それで理由を問いただすと、面白いことをするから、点呼の時にいろと安易に言われ、頭を抱え込む二人だった。
それでも、リュートが何か楽しそうだったので、付き合ってあげていたのだ。
そして、この光景に至ったのである。
通常、消灯時間を過ぎても、リュートやトリスは不在の時が多く、カーチスやクラインに関しても、消灯時間にベッドで寝ていることがない。
いつもと違うことで、逆に疑われると考えていなかったのだ。
「我ながら、完璧なアイデアだ」
声が漏れ、聞こえないように小声で呟いた。
「なぜ、寝ている」
怪訝そうに、ラジュールが吐露した。
そうせずには入られなかったのだ。
不在と思っていたところに、存在していたので、その素朴な疑問が漏れてしまった。
布団をかぶったまま、素直にリュートが答える。
「寝ています」
ベッドに潜り込んでいるカーチス、クラインが破顔している。
((バカ))
辟易しながら、トリスが怪しまれるだろうがと呟いていた。
「……そうか」
「はい」
「では、寝ていろ」
「はい。そうします」
眉を潜めることもなく、素直に言葉を受け入れた。
それ以上、ラジュールからの問いかけがない。
瞬く間に、ドアが閉まった。
数秒後、ガバッと、四人がベッドから起き上がる。
「上手く、行ったな」
開口一番、口角を上げ、Vサインを意気揚々としてみせた。
(((しっかり、バレたよ)))
三人は同時に、息を合わせたかのように嘆息を吐いた。
そんな三人に、気づかないリュート。
「これで、寮を抜け出せば、ばっちりだ!」
満足している者を尻目に、三人だけの会話が始まる。
「ま、ラジュールだから、大丈夫だろうな」
呆れ顔のトリスが、閉まっているドアを眺めていた。
「違ったら、ヤバかったかもな」
トリスの意見に同意しながら、胸を撫で下ろしているカーチス。
他の教師だったら、根掘り葉掘り聞いてくるに違いなかったのだ。
成績さえ落とさなければ、大抵のことはスルーし、見逃しているラジュールだったから、上手くいったのだった。
「でも、ある程度の警戒は、しているだろう」
「寝ている振りなんてさ、絶対に怪しまれたな」
トリスとクラインが、首を縦に振って同調する。
三人は同時に、深い溜息を漏らした。
上機嫌なリュートが、点呼の時間に寝たふりをすると言う案を持ってきた時、三人は即座に、バレるぞと忠告する。
けれど、自信満々に大丈夫と言って、次のことに気持ちが飛んでいたリュートは、聞く耳を持っておらず、この作戦を粛々と遂行したのだ。
三人が話をしていると、不意にリュートが動く。
ベッドの脇に立てかけてある剣に手をかけた。
いやな表情を覗かせ、カーチスが声をかける。
「おい。何するつもりだ」
「稽古」
振り向きざまの即答だった。
それも、屈託もない笑顔だ。
「……どこで」
「ここで」
「……」
同時に予想できた返答でも、三人が頭を抱え込んだ。
誰もが、剣を手にしようとした際に、部屋で稽古する姿が窺えたのである。
「付き合うか?」
どこまで行っても、のん気なリュートだった。
対角線上にいるカーチスが、何かを言う元気が失せてしまう。
離れているトリスに、任せると、顔で訴えたのだった。
「……ここは部屋だ。稽古する場所じゃない」
「知っている。大丈夫だから」
部屋でする気満々だ。
嘆息しか、出てこない面々。
「大丈夫じゃないだろうが」
咎めるようなトリスの声を聞いてない。
ベッドで軽く剣を振り、柄の感触を確かめている。
(お前の大丈夫が、一番心配なんだよ)
脱力感が否めないトリスだった。
ひと呼吸置いてから、稽古しようとしているリュートに、諭すように語りかける。
「いいか。剣をここで振り回すと、物が壊れる。それを修理するのは誰だ? それにだ、物音を立てたら、誰かに気づかれるぞ」
剣を振る速度が遅くなり、徐々に話に耳を傾けていた。
絶好のチャンスを、見逃さない。
最後の後押しを行った。
「せっかくの計画も、パーになるぞ」
剣を振る動きが、完全に止まった。
(ふっ。勝ったな)
「……わかった」
「そうか。わかってくれたか」
「まだ、時間があるから寝る。時間になったら、起こしてくれ」
愛用の剣を所定の場所のベッドの脇に戻した。
布団をかぶったと思ったら、すぐに寝息をたて眠ってしまったのである。
熟睡している寝顔に、三人の視線が注がれていた。
「昔から思うけど。ホント、こいつ器用だよな。もう寝息、たてているよ」
感心した表情を覗かせ、カーチスが無邪気な寝顔を眺めている。
「確かに」
コクリと頷き、同意するクラインだった。
「突っついても、起きないぞ」
楽しげに、口元が緩んでいるトリス。
「俺も、そう思う」
「器用な人間は、何でも器用だよな」
凝視しながら、クラインが独り言を囁いた。
その表情は、いつもの表情とは違う。
どこか、暗く冷たいものを感じさせていたのだ。
トリスとカーチスは、ずっとリュートの寝顔を窺っていたので、クラインのいつもとは違う表情を垣間見えなかった。
「何言っているんだよ。お前だって器用じゃないか! 成績だってさ、五番目以内に入るだろう」
羨ましそうに、カーチスがクラインに視線を移す。
心底、羨ましいと言う顔で、溜息を漏らしていた。
クラスの中で、カーチスは下位の成績だったのだ。
「俺なんか、ギリギリだからさ。もう大変だよ」
うんざりした表情を滲ませている。
担任ラジュールは、生徒たちに全体で五十位以内に入るように指示していた。
それが満たされない生徒は、落第か、退学することに、ラジュールとのいくつかあるうちの一つの約束としてあったのだ。
いくつかある約束さえ、守っていれば、少々のことは目を瞑っていてくれるので、リュートたちはある程度、自由に校則違反起こして遊んでいたのである。
「お前の場合。前日だけしか、勉強しないからだろう」
手痛い突っ込みを、間髪入れずにトリスが突っ込んだ。
テストの前日しか、カーチスは勉強をしていなかったのである。
クラスでは下位でも、全体の五十位以内に入っていたのだった。
「そうでした」
ポンッと、軽く頭を叩くカーチス。
その口元が緩んでいる。
取り留めないやり取りに、三人が笑っていた。
「ところで、お前たちも来るか? リュートは気にしていたが、二人増えたぐらいで……」
いたずら仲間であるカーチスとクラインを誘う。
だが、二人にあっさりと断られてしまった。
自分のように、傍観者的な立場をとるクラインとは違い、楽しいいたずらに、いつも首を突っ込むカーチスが、断ったことに軽い驚きが隠せない。
「いいのか? 好きだろう? こういうのは」
「何か、知らないけど、俺はいいよ」
飄々としているカーチス。
秘密にされたことに、不快感も滲ませていない。
「ホントに、いいのか?」
「いいよ」
コンパや、キムたちと一緒に作っている実験で、忙しいと言うのが、カーチスの理由だった。
連日帰りが遅くなっていた理由は、村へ繰り出して、やるコンパと、いたずら仲間と作っている新しい薬品の製作にあったのだ。
それを聞き、今度は何を仕出かすつもりだと、ジト目になるトリス。
「後の楽しみと言うことで」
やれやれと首を竦めるトリスだった。
「俺もいい」
クラインは、試験勉強が理由だ。
話が終わったところで、時間が遅くなって、村へいけなくなったカーチスが、キムたちの部屋に行ってしまう。
部屋で起きているのは、トリスとクラインの二人だけになってしまった。
「よく続くな」
「んっ?」
「リュートのお目付け役」
「そんなんじゃ、ねーよ。あいつといると、大変だけど。結構面白いからな」
軽くウインクしてみせる。
「そっか」
「ああ」
読んでいただき、ありがとうございます。




