第31話
放課後、剣術科の教師で、リュートたちの担任カイルが、魔法科の教師たちがいる〈第一職員室〉に足を運ぶ。
所属違いの教師が、訪ねることは珍しいことではない。
剣術科に編入したリュートによって、最近では生徒同士でも、剣術科と魔法科での行き来があるようになった。
でも、教師たちとは違い、それまでは生徒同士で行き来が、あまりされていなかったのが現状だった。
汚れた服装のまま、着替えもせずに、目当ての教師を捜した。
キョロキョロと捜すが、目当ての教師がいない。
(どこにいる、あいつは……。昔から俺が捜す時は、いつも、いないんだからな。故意にいなくなっているとしか思えん、あいつは)
魔法科の教師で、一科目だけ、リュートたちのクラスにも、教えているカテリーナが、地面につきそうな、長いピンクの髪を揺らし、憮然と立ち尽くすカイルに近づいていった。
「どうしたの? カイル」
「カテリーナか。デュラン知らないか?」
「デュランですか」
カイルがずっと捜し回っている教師は、デュランと言って、魔法科の教師である。
学院で、教師をしているカイル、カテリーナ、デュラン、それ以外にも、複数の教師たちは、リュートやその妹ミントの母親リーブとは、多少歳が違うが、フォーレスト学院の同期組の仲間だった。
「知らないわ。いないの?」
「いないから、尋ねたんだ」
「そうなの。研究室ではないの?」
「そこにも、いなかったから、来た」
息を吐くカイル。
魔法科の多くの教師たちは、教師一人一人に与えられている専用の研究室にいることが多く、デュランもその一人だった。
それを知っているカイルが、職員室に訪ねる前に、すでに研究室を訪ねていたのである。
剣術科で教えるカイルは、外にいることが多く、それに一人でいるよりも、他の教師たちとの付き合いを大事にしていることもあり、あまり研究室を使うことがない。
研究室にこもらないカテリーナも、与えられている研究室は綺麗なままだ。
首を傾げ、可愛い仕草で、考え込むカテリーナ。
「でしたら、どこでしょう……。グリフィンやスカーレットのところは?」
友人たちの名前を上げていった。
「いない」
即決で、答えていく。
すでに、友人たちのところにも回っていたのだ。
「そう……。ラジュールは?」
「いない。……捜し回って、最終的に、ここに来た」
「そうでしたか。それは、残念でしたね」
疲れ気味なカイルが、嘆息を零した。
すでにいそうなところは、捜し尽くしていたのである。
結局、どこにも姿がない。
最終的に、いる頻度が一番少ない、職員室を捜してきたのだ。
デュランを捜し、二日目に突入していた。
昨日の放課後に捜し始めたが、会うことが叶わずに、今日の放課後に至っている。
教師専用の寮の部屋の前で、待ち伏せしようかと巡らせたが、いつ戻ってくるか、わからずに諦めてしまったのだ。
研究に没頭しているデュランが、部屋に戻らないことを知っていた。
だから、無意味となりそうな、待ち伏せを単純に諦めたのだ。
「デュランに、どんな用事なの?」
「頼まれた薬品を、持ってきた」
「薬品ですか。それは、困りましたね」
「……俺は、パシリか」
か細い声で呟いたカイル。
脱力し、肩ががっくりと落ちる。
「んっ?」
首を傾げ、そんなカイルを見つめていた。
「だから、何で俺は、昔から、みんなのパシリなんだ」
カイルの視線が伏せている。
視線を上げる、余禄も残ってない。
過去からのパシリの記憶の欠片が浮かび上がっていた。
「それは、カイルが優しいからよ」
温和にカテリーナが微笑む。
伏せていた視線を上げ、目の前にいる陽だまりのような微笑みに視線を注ぐ。
昔からカイルは、この陽だまりのような微笑みに、癒されていた。
けれど、優しいと言う響きで片づけられ、ムッとするのである。
「優しいって、カテリーナ。意味が違う気がする。俺は、どうも、みんなにいいように、こき使われているだけな気がする」
みんなと言う単語に、カテリーナも含まれているが、本人は気にしてない。
友人の中で、使いやすいカイルを使うのは、日常になっていたのだ。
「それこそ、違いますよ」
「持ってこいの一言でもか」
怪訝そうな顔を、カイルが覗かせていた。
「えぇ。だって持ってきてと、頼んでも、持ってきてくれる人、いませんもの」
「……」
言葉が出てこない。
実際に、その一言で、いつも動いていたからだ。
「カイルだけよ。リーブは面倒臭いと言って、終わりにしてしまうでしょ? デュランは知らんと言って、片づけてしまうでしょ? それに……」
「わかった。その話は、もういいよ」
曇よりと落ち込み、がっくりと顔を落としてしまう。
(カテリーナ。いいようにパシリにされていると言うんだ、それを)
「それに、大切な友達だと思っていますよ、みんな。デュランなんか、あの時、誰よりも、怒っていたでしょう? いつも怒るリーブよりも、珍しく」
「……ああ」
パチクリとしていた瞳。
いつしか、昔を懐かしむ優しい穏やかな琥珀の瞳に、鮮やかな色が差し込んでいた。
カテリーナに促されるように、過去の扉が開く。
そして、カイルは自分たちがフォーレスト学院で、一年生の頃の出来事を思い出したのである。
「そうだな。あいつが一番怒っていたな」
「えぇ。カイルはカイルだと言うリーブにも、怒っていましたね」
「そうだな」
「ケンカなんか、くだらないと、いつも言うデュランが。ホント、あの時は面白かったですね」
「でも、散々暴れたおかげで、こってりと、校長や先生に絞られたけどな」
「そうですね。リーブやデュランなんか、納得できないと、先生に意見してましたね」
過去の欠片の思い出が、昨日の出来事のように、鮮やかに二人の中で蘇っていく。
カイルたちが一年生の時に、同級生や上級生が、言いがかりをつけられてきたことがあったのだ。
その時のカイルは黙って、ひたすら耐えていた。
デュランやリーブ、仲間たちがカイルに代わって、同級生や上級生に立ち向かっていた経緯がある。
懐かしい思い出に、目を細める。
そして、胸の中が熱く感じた。
「結局、反省文のレポートと、トイレ掃除は、免れなかったけどな」
「楽しい思い出です。似ていませんか? 今の彼らに」
「……ああ」
ほのぼのと話すカテリーナ。
誰を指していたのか、すぐにカイルが把握した。
カテリーナが指す彼らの、担任をしていたからだ。
彼女と同じように、過去と現在を重ね合わせる。
「逆の立場に、なったんだな……」
感慨深げに慕っていると、リュートたちが掃除当番を、真面目にやっているのか、不安が急浮上してきた。
生徒たちの前では、言えない封印していた過去が、解除されていたのである。
よくない過去の記憶に、言葉が出てこない。
掃除をせずに、罰掃除を命じられた口だった。
「どうかしたの? カイル?」
デュランを捜すことばかり気に取られ、真面目に掃除しろよと、釘を指すのを忘れていたのだ。
「あいつら掃除……、真面目にやっているのか……」
何度も、カテリーナが瞳をパチパチさせる。
その表情は、とても愛らしかった。
「あら、リュート君たち、掃除当番なの?」
「ああ。不安だ。真面目にやっているのだろうか。セナがいるから、大丈夫な気がするが……。でもセナ一人で、止められないだろうな」
訝しげな表情を、カイルは滲ませていたのだ。
「大変そうね」
返事をする代わりに、嘆息で答えている。
クスクスと笑っているカテリーナだった。
「でも、楽しそうね。彼らを見ていると、よく昔を思い出すの。カイルは?」
「俺もだ。それなりに、大変なことも多かったが、今となっては、いい思い出だな」
カイルの口元が、優しく笑っている。
「そう言えば、デュランに渡しておきましょうか?」
双眸に、カイルが持っている物を映していた。
「いや、いい。俺が捜して渡すよ、〈第五音楽室〉を見廻った後に」
「そう」
「じゃ、な。カテリーナ」
「また、いらしてくださいね」
「ああ」
活力を取り戻したカイルの足が軽い。
背中が見えなくなるまで、見送っていた。
〈第五音楽室〉に到着した際、リュートたちが張り込む計画に、花を咲かしている最中だった。
掃除をしていないメンバー。
怒りを露わにし、掃除が終わるまで、カイルが見守っていたのである。
部外者であるトリスが、睨みを利かせるカイルの隣で、計画を邪魔され、少し機嫌が悪いリュートを、クスクスと笑い、傍観していた。
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