第30話
〈第五音楽室〉がある特別棟では、魔法が使えないように、結界が張られていた。
ただし、例外として、保健室がある1Fでは、治療のため、魔法が使えるようになっていたのである。それ以外の場所では、生徒たちのレベルで、法力を使うことができなかったのだ。
目を見開き、セナたちがあんぐりと口を開けていた。
付き合いの長いトリス一人だけが、頭を押さえ込んでいる。
ムッとした顔で、ただそれらの光景を、リュートが傍観していた。
(何なんだ、これは。何で、俺だけ知らない)
みんなに言いたい放題言われ、徐々にその表情が、苦虫を潰したようになっていく。
そして、頬が引きつっていたのだ。
「何だよ! はっきり言えよな」
完璧な膨れっ面だ。
久しぶりに、天然ぶり全開の姿に、トリスが嘆息を吐いた。
幼少の頃より、天然だと抱いていたが、ことあるごとに、自分の予測を覆すほどに、全開に表す天然姿に、脱力感が否めない。
(ホント、リュートって、面白い)
思わず、口元が僅かに上がっている。
「いつまで、そうしている」
早く教えろと言う顔を覗かせていたのだ。
やれやれと首を竦め、無関心なリュートの保護者的な存在であるトリスが、特別等では、魔法が使えないと説明したのだった。
目を丸くしている姿に、今頃かよと、心の中で突っ込んだ。
「それ、本当か?」
「本当だ」
普段の表情に戻ったトリス。
この状況に、慣れてないセナを初めとする剣術科のメンバーたち。
改めて、まざまざと天然だと感じるのであった。
魔法を使う者にとって、致命的とも言える場所があることぐらい、把握しろよなと、ここにいる誰もが突っ込んでいたのである。
「……でも、俺。ここで使えるぞ」
「はぁ?」
何気ないリュートの告白。
絶句しているトリスが、フラフラと歩み寄った。
特別棟には、強い結界が仕掛けられていたからだ。
教師ですら、強い結界のせいで、使えない者もいる状況だった。
「ほら」
《火球》を、手のひらの上に出してみせる。
それも、意図も簡単に。
胡乱げに、それぞれがリュートを窺っている。
その表情は、苦痛とは言えず、楽々といった表情だ。
法力のレベルが低いと、強い結界によって、吸収されてしまう。
だから、吸収される法力に耐え、法力を出し続けていないといけないのである。
特別棟で呪文を使うとしたら、相当な法力のレベルと体力が必要だった。
煌々と輝く《火球》を、食い入るように、物珍しそうにダンたちが凝視している。
じっくりと、見たことがなかったのだ。
「……」
興味津々なダンたちを尻目に、慣れているトリスと、慣れ始めてきたセナが、化け物かと同時に、頭で掠めていた。
「でもさ、疲れるんだよな。ここで使うと……、あっ、だからか」
手のひらの上にあった《火球》を、空中爆発させた。
そして、一人で言って、一人で理解したリュート。
合点がようやくいった言う顔で、ボンッと、手を叩く。
「バカ」
「マヌケ」
二人の呟きが、届いてない。
「だからだったのか。この学院は奥が深いな……」
一人で、感心している。
脱力している二人。
顔を見合わせ、ダメだとお互いに嘆いていた。
不意に、ついていけないと思ったローゼルが、〈第五音楽室〉にまつわる面白い話を思い出す。
「ねぇ、知ってる? ここでの怪奇話」
「怪奇話?」
すっかり掃除を、忘れている面々。
首を傾げているセナ。
授業の際は、積極的に仲間の輪の中に入っていくが、それ以外の普段のセナは、一人でいることが多く、他の生徒と交わることをしなかったこともあり、生徒たちの噂話にはうとい側面を持っていたのだ。
話を聞いた途端、情報通のトリスが、どんな話なのかと思い出し、ダンたちがウキウキしながら、ローゼルの次の言葉を待っている。
けれど、リュート一人だけが、不服そうな表情を滲ませていた。
この手の話に、興味がなかったのだ。
「他に、面白い話ないのか?」
「面白いよ、怪奇話」
どこが面白くないの?と言う顔を、渋面しているリュートに傾けていた。
生徒たちの間で、今、怪奇話が人気が高かったのである。
「邪魔するな」
別な話を求めるが、ダンたちはローゼルの怪奇話に、興味を抱き、話を進めるように促した。
(もっと、面白い話がないのかよ。くだらない)
不満げに、口を尖らせていた。
話したいローゼルが、うずうずとした顔で傾けた。
興味のないトリスと、掃除を従っていたセナの顔色を窺っている。
嘆息と漏らす二人。
何も言わないのを了承の意味と受け取り、咳を一つして、その場を仕切り直す。
誰もが聞きたい雰囲気に、リュートが渋々聞く態勢をとった。
「何年も前からの話なんだけど」
身体を突き出しながら、ローゼルが抑揚をつけながら語り始める。
それを、ダンたちが耳を済ませていた。
「……誰もいるはずもない、この教室で……」
臨場感出すために、ローゼルの口調が、いつもより低めだ。
それが、より一層恐怖を煽る。
この中で、一番体格のいいダンが、ゴクリと生つばを飲み込む。
大半が聞き入っている仕草に、ローゼルの口元が微笑んでいた。
「綺麗な、歌声が聞こえ……」
「歌声? それじゃ、誰かいるんじゃない?」
怪奇現象とは、無縁なセナ。
唐突に、話に割り込んだのだった。
誰もが、邪魔だと言う顔を窺わせていたのだ。
その先を語ろうとしたローゼルが、出鼻を挫かれ、ムッとした表情を覗かせている。
場の空気を悪くしたと気づき、セナが申し訳ないと、口を固く結んだ。
「……歌声が聞こえる教室に、意を決して、そぉーと、ドアを開けたの……。けれど、誰も教室にはいないの……」
「マジかよ」
最初から、食いつきがよかったダン。
段々と、怪奇話にのめり込んでいったのだ。
ダンとは対照的に、信用してないセナ。
「誰かの、いたずらでしょ」
また、場を邪魔したセナの発言に、誰も無視していた。
そして、同じように信用していないリュートも賛同し、頷いていたのである。
けれど、それを口に出さない。
どうでも、よかったからだ。
「くだらない、いたずらをしたものね」
「セナ。つまんねーこと、言うなよな」
「本当のこと、言っただけよ」
剥れるセナ。
興を削がれたと、ダンが舌打ちを打つ。
「二人とも、聞く気あるの?」
いっこうに、話が進まない。
苛立ちで表すように、二人を思いっきり半眼した。
「「……」」
またやってしまったと、落胆するセナだった。
「セナ、黙っていろ! ローゼルが話せないだろうが」
怒るダンに、いつもはケンカばかりする二人なのに、こんな時ばかり、息が合っているのよ、それにうるさいのは、お前もだろうがと、言いたい気持ちを、グッと堪えた。
ダンと口論し、ローゼルや場の雰囲気を壊したくなかったのだ。
黙るのが、適切な判断と口を閉ざす。
「あれ、見て」
気を取り直したローゼルが、教室の後ろの壁を指差す。
そこに、いくつもの音楽家たちの自画像が飾られていた。
「あれが?」
「夜な、夜な。あの自画像から、血の涙を流すの」
不気味な笑みを滲ませ、怪奇話に興味があるダンやパウロに、顔を近寄っていった。
思わず、パウロが、ヒイッと呻き声を上げてしまう。
思った反応を示すパウロに、ローゼルの口の端が笑っていた。
手本のように、黙り込んでいるトリスが辟易している。
「この話は、つい最近、同じ寮の子から聞いた話よ」
「早く、話せよ」
「歌声の話と、似ているけど。セナ、言っておくけど、この話には、たくさんの証人がいるからね」
ローゼルが、セナに念を押した。
少し、いきり立っていたのだ。
「後、途中で割り込まないで、最後まで聞いてよね」
「う、うん」
ローゼルの迫力に、気圧されてしまう。
気持ちを整えてから、ローゼルがまた語り始めていくのだった。
「誰もいない教室から、ピアノの演奏が聞こえる……」
臨場感を出すために、興味丸出しに聞いている二人に、口角が上がっている顔を近づけていく。
その声は、さらに落とし、僅かに耳に聞こえるほどだ。
「それも、とても悲しいメロディーが………聞こえてくるのよ」
ゴクリと、つばを飲み込むダン。
つられるように、パウロもつばを飲み込む。
「誰か、いるのかと確かめようと、ドアを開けようと、……手をドアに近づけた瞬間……。演奏が止ってしまったの……」
「それで、話は終わり?」
ピアノの演奏の話に、興味が湧いたセナが、思わず閉ざしていた口を開いてしまった。
「もう! 続きがあるわよ。そんなに、急かさないで」
「ごめん」
誰も口を挟まないでと、一人一人の顔を睨む。
気後れし、誰もコクコクと頷く。
「話すわよ」
全員が声を出さずに頷いた。
「その子、確かめたの、……ドアを開けて。そうしたら、……誰もいなかった。隠れているのかと思い、机の下や、脇など探したけど、誰も見つからなかった……」
最後まで話したローゼルが満足げだ。
身震いしているダンたち。
大して興味がないリュートは、明後日の方向を眺めている。
「その子が、入ると同時に、出たんじゃないの?」
最後まで信じようとしないセナに、眉を潜めた。
「ここは、一つしかないのよ」
一つしかない入口を、不愉快な顔を覗かせているローゼルが指し示した。
さらに、反論を続ける。
「トリスも、言っていたけど、特別棟では、魔法が使えないのよ。使えたとしても、それは変わり者よ」
変わり者発言に、一斉にその対象となるリュートに、視線が注目した。
ムッとした表情で、変わり者と呼ばれたことに反論する。
「おい。俺を変人扱いするな」
誰もが、自分だと気づいたんだと思う面々。
憤慨している姿に、疑いの眼差しで傾けている。
犯人を見るような眼差しに、さらにムカムカと腹を立てた。
「言っておくが、俺は、そんな幼稚ないたずらしないからな」
「やりそうだな」
ポツリと、トリスが漏らした。
誰もが、そうだと頷く。
幼なじみが言うんだから、間違いないと言う眼差しで、その場にいる者たちが、剥きになっているリュートを双眸に捉えていたのである。
さらに、疑いの眼差しの原因を作ったトリスに抗議する。
「お前な!」
「悪い、悪い」
軽く笑ってみせた。
「こいつ一人では、いたずらはしないさ。カーチスやブラーク辺りが、噛むだろうからな。俺の耳に入ってないし、たぶん犯人はリュートじゃない」
リュートが、個人的に仕掛けるのならば、相手が魔法科の教師で、一年生の時の担任チェスターしか考えられなかったのだ。
それ以外の問題行為は、魔法科の同級生であるカーチスやブラークが発起人だった。
それに、ただ付き合っていただけだ。
「どう? まだ信じられない?」
勝ち誇った表情で、反論の言葉を探していたセナに投げかけた。
「……」
結局、反論する言葉を見つけることができない。
何も言わずに、わだかまりが残るものの、何も言わなかった。
ローゼルの笑みに、無性に腹が立った。
だが、それを顔に出す真似をしなかったのである。
自分が犯人扱いされたことが許せないリュート。
機嫌がいいローゼルに、ピアノが鳴る現象が起こるのは、いつからだと不満げな表情のままリュートが尋ねた。
「確か……、ここ二週間ぐらいだったかな」
(最近の話だな……)
少し逡巡してから、頼りになる情報通のトリスに、意見を求めた。
「確かに……、そういう噂は耳にした。お前と同様に、その手の話に、興味ないんでな。それ以上のことは、知らん」
「そうか……」
真剣な面持ちで、濡れ衣を着せられたリュートが考え込んだ。
かけられた濡れ衣を晴らしたかったのだ。
「!」
セナの背中に、ゾッとするような冷たい冷気が走る。
とてもいやな感じで、身震いを憶えた。
辺りを見渡すと、いつもとは違う違和感を抱いた。
誰もが、何かを真剣に巡らせているリュートに、視線を傾けていたのである。
「これは、何?」
か細く呟いた。
辺りの光景に、変わったところなどない。
けれど、ゾッとするような冷たい冷気が続いていた。
「……」
気分が段々と悪くなり、顔色が青ざめていく。
セナの変化に、気づかないローゼル。
パウロやぼんやりと立っていた男子に声をかける。
その顔が、からかいに満ちていた。
「夜中、トイレにいけなくならないでよ」
「うるせい」
「う、うん」
意地悪くローゼルの口元が歪む。
それを見て、ダンが声を上げ、笑った。
今まで考え込んでいたリュートが、面白いアイデアが閃く。
「なぁ、調べてみないか?」
「何を?」
急に話し出したリュートに、困惑気味なローゼル。
ダンたちは眉を潜め、浮かれているリュートに視線を注ぐ。
「犯人捜し」
唐突な提案に、付き合いの長いトリスが、言い様のない不安を憶える。
今まで、ロクなことがなかったからだ。
話題を変えようと、話しかけようとするが、すでに遅かった。
「正体を暴こうぜ」
楽しい笑みを零していた。
(凄くやる気になっているな。ダメだ、これは。でも……)
「マジかよ」
露骨にいやな表情を、ダンが滲ませていた。
あまり面倒なことをするのが、いやだった。
隣にいるローゼルが、上目使いの目で、気乗りしないダンを挑発させる。
「怖いの?」
「バ、バカ言え。誰が怖いか」
「だったら、やりましょうよ。そう思わない? セナ」
話に加わってないセナに、挑発をかけた。
挑発を受けたセナは、負けられないと、調子が悪い素振りをみせない。
「別にいいけど、テスト近いわよ」
テストと言う単語に、敏感にリュートが反応した。
けれど、湧き上がった好奇心を抑えることができない。
正体を暴くことに、比重が重く置かれていたのだ。
どうしても、犯人を見つけたいと言う衝動が大きい。
「テストより、面白そうだな」
久しぶりに、面白いことに出くわしたと抱いたトリス。
踏ん切りがつかないダンたち。
「やるぞ」
一人楽しんでいるリュートが後押しした。
「わかった」
浮き足立っているリュートを含め、七つの手が上がった。
全員が賛成し、掃除もせずに、今日の夜から〈第五音楽室〉の外で、張り込む計画を立てた。
誰もが掃除のことをすっかり忘れ、張り込む計画に、夢中になっていたのである。
読んでいただき、ありがとうございます。




