第29話
開いたドアの前に、リュートの幼なじみで、魔法科七年生のトリスが陽気に立っている。
朝食の時に、二人は顔を合わせただけだった。
その後は、魔法科の授業にも出ずに、トリスが村に足を伸ばしていたのである。
リュートより、長いカーキ色の髪が無造作に、そのままだ。
自分に注目を浴びている状況に、怪訝な表情を窺わせる。
リュート以外の全員が、ぎこちない動作さの上、強張っていた表情を傾けていたからだ。
「? 何だ、お前たち」
先生だと思い込んでいたセナたちが、ホッと胸を撫で下ろす。
さらに、その光景が、状況を飲み込めない。
ただ、眉を潜めるばかりだ。
「何だ、トリスか」
のん気に構えているのは、リュート一人だけだった。
「これは? 俺が来たら、不味い状況だったのか?」
つまらなさそうにしているリュートに、状況説明を求めた。
「気にするな」
「そうか」
興味ないことに、無関心を貫く幼なじみ。
説明を求めた自分の方が悪いと、簡素な返答に、怒りを憶えることもない。
それに、それほどの関心もなかったのだ。
深く追及せずに、さっさと話題を変える。
「教室に行ったら、ここだって、聞いてさ」
「面倒な掃除当番が廻ってきて、この有様だ」
「掃除場所にいるって、こと自体、珍しいな」
怒りが込み上がっているセナ。
穏やかな二人の会話に、入り込もうとしていたのである。
さらに、時間が掛かりそうな状況に、脱力気味なローゼルが、溜息を漏らす傍らで、ダンたち男子組が、面白いものが見られると、歓喜に興じていたのだ。
「ちょっと、掃除の邪魔しないでくれる」
「邪魔してないけど?」
何で、いきなり怒られるのかと、首を傾げている。
セナの眉が、つり上がっていたのだ。
邪魔していると言う意識がない。
ただ、普通に遊びに、来たと言う感覚だった。
そんなトリスの言動が、さらにセナの勘気に触れる。
「掃除の時間に、来ること自体、邪魔なのよ」
いつの間にか、机の上に腰掛けているリュートに、救いの手を求める。
首を竦めるばかりだ。
(何で、セナが怒っているんだ? 俺、何をした、憶えないけど?)
「早く、退散して」
指でドアを指し示している。
促されるように、ドアに怪訝そうな顔を傾けた。
(もしかして、リュートとやり合っていたのか?)
そして、機嫌の悪いセナに視線を移す。
「とばっちりか」
か細く呟いた。
それを、神経を尖らせていたセナが、聞き逃すはずがない。
やれやれと、首を竦める。
「何ですって!」
ガンガンと言ってくるセナ。
頭を掻きながら、ぼやく。
「事実だろう?」
「どこが、とばっちりなのよ!」
「その言動が」
冷静に、トリスが突っ込んだ。
「邪魔してるのは、トリス、あんたでしょうが」
「別に、俺は邪魔して……」
「簡単に、言うと……」
この状況を楽しんでいそうなトリスの言葉を、最後まで言わせない。
憤慨しているセナとは、別な理由で早く終わらせ、解散したいローゼルが遮ったのだ。
視線の矛先を、不機嫌なセナから、うんざり気味なローゼルに変えた。
遊ぶ玩具を、取られたようなトリス。
ローゼルが溜息を漏らした。
冷静さを失い、怒りに震えているセナに成り代わり、モップの柄に両手に重ねて置いた。
冷静沈着なセナが、どういう訳か、このところリュートとかかわると、その冷静さが失われることが、しばしばあったのだ。
その際、冷静さを発揮していたのが、ローゼルだった。
「掃除の時間なのに、遊んでいたリュートに、怒っている最中に、膨張剤に確実になりそうな、あなたが来たって訳。セナが怒っている理由、わかって、いただけたかしら?」
「……なるほど」
「災難ね」
哀れみの眼差しを傾けている。
「災難には、慣れているから」
「あら、そうなの」
やれやれ、やっぱりとばっちりじゃないかと、のん気にことの成り行きを静観しているリュートに、自分の身体を向き直す。
傍観している様子に、自分が悪いと言う自覚がない。
ある意味で、真面目なセナが、これから大変だなと哀れんでしまう。
「セナ。そんなに怒っていると、身がもたないぞ」
「だったら、掃除しなさいよね」
(俺、掃除関係ないぞ)
鋭く据わっている双眸で、セナが睨めつけている。
確かに、俺も掃除しない部類に入っているかと、思い直すのだった。
「それは、自覚の問題だろう? 人に言われたからって、やるものじゃ、ないだろう?」
据わった目が、さらに鋭く増した。
火に油を注いでいる言動だとわかっていた。
だが、すぐ激昂するセナが、面白いと、あえて口に出して、挑発していたのだった。
「サボっても、いい訳?」
険が刺す口調だ。
「サボりが、いいとは、言ってないぞ」
「そうとしか、聞こえない」
意固地になっていくセナ。
ますます、剥きになる姿。
どういじりながら、解決しようかと、リュートと似て、猪突猛進的なところがあるセナの楽しみ方を、巡らせていたのだった。
ムッとしている顔に、口角を上げる。
「……サボったことはある。けどさ、その後に、ちゃんと掃除はやっているぜ。それも、それなりに、楽しいものだぜ」
「だから、魔法科の連中は!」
ひと括りにしたセナの言葉が気になる。
(それ、魔法科に対する偏見だろう)
「それ、おかしいぜ」
「どこが、おかしいのよ。魔法科は、サボってばかりじゃない」
「サボっている連中は、確かにいる」
「ほら、見なさい」
堂々と、胸を張っている。
間違ったことは言ってないとセナが、冷静なトリスに顔を近づけた。
その冷静に話す姿勢が、さらにセナの癇に触れていたのである。
「魔法科も、剣術科も、関係ないと思うけど? 魔法科にだって、真面目に掃除をするやつは、いるぞ。魔法科と剣術科とか、それは、個人の考え方じゃないのか」
「そうだ。そうだ」
突如、二人の言い合いを面白がっているリュートが、口を挟む。
黙っていろと、それぞれの顔を覗かせていた。
「わかった」
素直に、両手を上げたリュートだった。
再び、対照的な二人の討論が開始される。
「関係ある! あなたたちみたいのがいるから、魔法科のイメージが悪いのよ!」
「それこそ、魔法科も、剣術科も、関係ないぞ」
「あるわよ」
強気にセナが、意気込む。
「ない。どこが、イメージが悪い? 選りすぐりのやつらばかりだ」
余裕の態度を、トリスが崩さない。
「そうは、思えないけど?」
「こいつとやって、少しは、わかったんじゃないのか?」
「こいつだけが、特別なの! 他は、大したことないじゃないの?」
目を細め、口角が僅かに上がっているトリスを睨む。
「わかってない。俺たちの実力を」
「へぇ……。どこにあるのかしら?」
「戦えるのか」
鷹揚な仕草で、少し狼狽え気味になりつつあるセナの全身を目で流した。
「……やれる」
その声が、上擦っていた。
だが、強気の態度を崩さない。
ゆとりがあるトリスが、気圧され気味なセナから、何で雲行きが変わったのか、首を傾げているダンたちに視線を移した。
「みんなの前でか」
「えぇ」
できるだけ、声が震えないようにしている。
「それは、楽しみだ。けど、それで俺たちの実力を、果たして、認めさせたことになるのかな」
苦虫を潰したような顔で、ニコニコとしているトリスを半眼している。
静観していることに、飽きてしまったリュート。
つまらないと、大きく背伸びをした。
自分がきっかけで、始まった言い合いだったことも忘れ、いつになく、楽しげなトリスに、なぜここに来たのか?と純粋に思っていることを尋ねる。
「そう言えば、そうだった」
手を叩いた。
リュート一人だけが、この状況を楽しんでいることに、気づいていたのである。
他の者は、誰一人として気づいてない。
熱くなってきた自分に気づき、いつもの柔らかな表情に戻っていく。
首を左右に振って、きょとんとした顔を覗かせているリュートの前で立ち止まった。
背後から、闘志溢れるセナの声が聞こえる。
「話、まだ終わってない」
「掃除するんだろう?」
振り向き、ニコッと、トリスが笑顔を傾けていた。
「……」
持っていたモップの柄に力を込める。
二人の決着がついたのだ。
意識を、セナからリュートに変えたのだった。
「これだよ」
持っていた皮袋を、目の前に差し出した。
「おばさんが、送ってくれたのか?」
「毎度のお裾分け」
「サンキュー」
皮袋に、薬草や塗り薬などが入っていたのである。
トリスの両親は、二人が生まれ育ったアミュンテ村で、薬草屋を営んでいたのだ。
やんちゃな二人の性格を把握していたので、トリスの母親が定期的に、切り傷や打ち身に効く薬草や塗り薬を定期的に送っていたのである。
皮袋の中身を、無造作にリュートが検めていた。
(目的を果たしたな、これで。楽しめたし、そろそろ帰るか)
どこか、不満げなセナに身体を傾ける。
二人がやり取りしている間に、セナたちは掃除を始めていたのだ。
「掃除、頑張ってくれ」
「えぇ。言われなくっても、してるわよ」
「じゃ、な」
歩いているトリスに、不思議にリュートが声をかける。
珍しい光景だと抱いたからだ。
「何で、《瞬間移動》使わない?」
立ち止まって、素朴な疑問に、トリスが呆れ顔を覗かせていた。
「バカ。ここでは、魔法が使えないだろう?」
「へぇ?」
間の抜けたような表情。
リュート一人だけが声を漏らし、驚愕している。
バカと、セナたちが突っ込んだ。
目を丸くしているリュートを、それぞれで捉えていた。
しばらく、その様子を窺っていたセナたち。
未だに、理由を把握できてない様子に、逆に驚きの顔が隠せない。
ここで魔法が使えないのは、誰でも知っている常識なことだった。
「ちょ、ちょっと、本当にわからないの?」
当惑しているセナが、首を傾げているリュートに声をかけた。
ダンたちも、つい数ヶ月前まで、魔法科にいた人間が知らないのかよと、疑問の声を上げていたのである。
飛び交う声に、きょとんとするばかりだった。
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