閑話 1
第26話の後の話になります。
いつものようにチェスターがマドルカを誘い、馴染みの店『底なし沼』に来ていたのである。
普段より、冒険者や旅人の姿が多くあった。
店内に村人や教師たちの姿が少ない。
今日の出来事を一生懸命に聞き手に徹しているマドルカに語って聞かせる。
変わらない光景だ。
「随分と、今日の授業が上手くいったようだな」
にこやかにマドルカが感想を述べた。
「そうなんだ。みんな、お利口さんばかりで」
「そうか。それはいいな」
チェスターに何も告げずに出掛けた件があって以来、休み時間ごとにマドルカの所在を確認する姿があった。
そのためにできるだけ、彼の視界に入るように心掛けていたのだ。
「何か用事で、出掛けることはないか?」
些細なマドルカの仕草も見逃さないぞと言う勢いで観察していた。
そんな鬱陶しい真似をされても、嫌な顔を一つ見せない。
「当分はないと思う」
「……そうか」
ホッと、胸を撫で下ろす。
(どうしたものか……。チェスターのやつ、酷くなっているな)
表情に出さずに、マドルカが心の中で嘆息を吐いた。
「出掛けると時は、必ず、俺に言うこと。いいな、マドルカ」
「わかっている。何度も聞いている」
朗らかに答えていった。
「それに何か心配事がある時も、言うんだぞ」
不安、そして、探るような眼差しを傾けてくる。
「ああ」
「絶対だからな」
覗き込むようにマドルカの顔を窺う。
「ああ。絶対だ」
必死な姿に、引きつりそうになる顔をどうにか堪えた。
突如、店に顔を出していけないカーチスとクラインが姿を現したのである。
「あれ? 先生。来ていたんだ」
先に気づいたのは、カーチスだった。
聞き慣れた声に促されるように、渋面しているチェスターが振り向く。
それに合わせ、マドルカも声がした方向へ顔を傾けた。
「「……」」
空気を読まずに、カーチスが二人の元へ突進していった。
その背後にクラインが、どうもすいませんと言う顔を滲ませていたのである。
「生徒が、ここにいてはいけないだろう」
かつての教え子たちを諭した。
だが、悪びれる様子もない。
「息抜けです」
明るい表情を覗かせているカーチスに、冷淡な眼差しを注いでいる。
(チェスターに何かしてみろ、ただじゃ置かないからな)
そんな視線も気にもせずに、躊躇なくカーチスが話しかけていく。
その脇で、クラインが微かに頭を抱え込んでいたのだ。
「相変わらず、仲がいいですね」
「当たり前だ」
「それは何よりです」
警戒しながら、かつての教え子たちに身構えている。
そんな態度に、大きくカーチスが溜息を漏らした。
「……先生。俺たちいくつになったと思っているんですか? もういたずらは仕掛けませんから、安心してください」
「……」
胡乱げな視線を解かない。
困った顔を覗かせるカーチス。
「チェスター。その辺にしておけ」
「でも……」
「大丈夫だ」
言われるがまま、強張っていた肩の力を抜いた。
僅かに警戒を解いてくれたことに安堵する。
「そう言えば、リュートと会ったそうですね」
早々に話題を変えた。
「……ああ」
「随分と、変わったでしょ?」
「……」
返答しない仕草に、やれやれとカーチスが首を竦めている。
「俺たちも驚いているんですよ。魔法科の授業をサボっていたのに、剣術科の授業に毎回ちゃんと出て、それに自主トレもして。あれマジで、リュート?って、思うぐらい、一生懸命に取り組んでいるんですから」
リュートの近況を楽しげに語っていく。
「……知っている」
戸惑いを滲ませながら、か細く答えた。
そんな回答に、満足げな微笑みを覗かせる。
「唐突でありますが、一年生の時は申し訳ありませんでした」
真摯な態度で、頭を下げるカーチスに瞠目した。
それに合わせるように、クラインも頭を下げている。
「俺たちはどうしようもないガキで、迷惑かけたと、今はしっかりと反省しています」
これは演技で何かしでかすのではないかと過ってしまう。
けれど、かつて手痛いほど騙されてきたので、これは嘘じゃないと巡らせるチェスターがいた。
そんな自分の心を持て余してしまう。
きちんと謝罪したところで、その顔が晴れ晴れとしていたカーチス。
「先生。一つだけ、アドバイスいますね。あまり熱血過ぎると、生徒がドン引きです」
「……」
かつての教え子のアドバイスに、ショックで固まってしまった。
容赦なく、クラインも参加する。
「では、僕からも」
にっこりと微笑んでいるクラインに視線を合わせる。
「手作りで嬉しいのですが、度が過ぎる教室内の飾り、結構恥ずかしいですよ。他のクラスと差があり過ぎて、当時は居た堪れなかったです。それに少しは生徒を信用してください。静観して、見守ることを憶えてくれると助かります」
「……」
目が泳いでいるチェスターを捉えながら、カーチスが口を開く。
「あの時の言い訳させてください」
「あの時……」
「爆弾で、先生や教室を爆発させたことです」
「……」
「ホントは爆弾ではなく、花火で脅かそうとしていただけなんです。ただ、リュートのやつ、爆弾と花火の区別がつかなかったみたいで。同じだと思っていたみたいなんです。だから、わざとではないです」
苦笑しながら、当時のことを語った。
肩を少し落ち込んでいる。
「でも、花火は仕掛けようとしたんだろう」
今まで静観していたマドルカが突っ込んだ。
威圧する視線に逃げずに、カーチスがまっすぐマドルカを双眸に映している。
「はい。ですが、あんなになろうとは思ってもみなかったんです。僕たちも、そして、リュートもです」
「……」
「もう少し、突っ込んでいればよかったと、僕たちはずっと思っています。僕たち全員、あの時ほど、怖いと思ったことないです。先生に大ケガを負わせて」
吐露したクラインを、しっかりとチェスターが凝視していた。
「……もういい」
「そういう訳にはいかないと思いますが?」
異を唱えるクラインに、首を振っている。
「先生……」
「もういいと言っている。あれは教訓だと思っている」
「「……」」
「だから、いい。気にするな」
「「……ありがとうございます。先生」」
恥ずかしくなったチェスターが、二人から視線をそらした。
そんなテレている教師に、口角を上げているカーチス。
「先生と、マドルカ先生が結婚した時は、盛大に僕たちでお祝いさせて貰います。勿論、爆弾ではなく、ちゃんとした花火で」
カーチスが爆弾発言を投入した。
衝撃的な発言に、目を見開き、口をパクパクさせているチェスター。
とんでもない言葉に、マドルカが頭を痛めていた。
「そんな予定がないが?」
「マドルカ先生と、先生はお似合いだと思いますよ」
率直な感想を述べ、衝撃から立ち直れないチェスターに視線を傾ける。
「先生。しっかりしてください。マドルカ先生を逃してもいいんですか?」
投げかけるカーチスに、逡巡した後、首を横に振った。
徐々に顔が真っ赤になっていく。
「でしたら、結婚して捕まえておくことです」
「……」
「お前……」
渋面しているマドルカだが、その眼光が鋭くカーチスを捉えている。
「マドルカ先生。先生はほっとけるんですか? できませんよね、でしたら、結婚と言えない先生の代わりに、先生が言ったら、どうですか? きっと、即座にOKが貰えると思いますよ」
「カーチス。それ二人のタイミングがあるから」
やりすぎな面があるカーチスを諫めた。
「でも、周りが言わないと、結婚なんて進まないぞ、この二人は」
「そうかもしれない。だが、決めるのは二人」
あくまでも静観する姿勢をとるクライン。
「この場で決まれば、みんなに言って、結婚祝いの準備に入ろうと思っていたのに」
「もう少し、待ってあげた方がいいって」
「でもな」
「カーチス」
クラインの意見に同意することにし、息を吐いた。
「しょうがない。そうするか」
勝手な生徒たちに、マドルカが釈然としない顔を覗かせている。
隣にいるチェスターは耳まで赤く染め、石像のように固まっている状況だ。
「僕たちがいたら邪魔ですので、別な店に行きますね」
「ご迷惑をかけました」
カーチスに続いて、クラインが頭を下げ、店から出て行ってしまった。
「この状況をどうしろと言うんだ」
ぼやきを漏らすマドルカだった。
嵐のように来て、被害を大きくだけしていって、何もせずに行ってしまう。
チラリと隣の様子を窺う。
いっこうに動く気配がない。
大きな嘆息を零してしまった。
読んでいただき、ありがとうございます。




