第25話
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次の日の昼食の時間、午前中の授業を終えてから、リュートたちはソワソワと落ち着きがない状態で、食堂にミントの姿を現わすのを待っていたのである。
ミントからチェスターの様子を聞くためだ。
午前中の授業を、リュートは平静を装っていたが、その内側では乱れていた。
そんな精神的な乱れを、トリスは気づいていたのである。
食堂に着いたら、いつも通りにトレイに大盛りの量が盛り付けられていた。
心配するトリスが声をかけるとするが、開きかけた口がまた閉じられる。
少し遅れてミントが食堂に姿を見せたからだ。
ミントの方もチェスターの様子を伝えようと、先にテーブルについている兄の元へ急ぎ足で駆け付けたのだった。
「聞いてよ、お兄ちゃん、トリス」
手に持っているトレイを置くより先に、口に出していたのである。
三人の視線がミントに集められていた。
他の生徒の何だ、何だと言う野次馬の視線が入ってこない。
午前中、チェスターは呆然としたままで、ずっと指名した生徒にテキストを読ませていた。その上、その指名した生徒が途中で止めても気づかずに、心が教室にないような状態で椅子に腰掛けたままだったと、身振り手振りを加えてミントが詳細を話す。
「何か、可哀想だった」
「らしくないな」
「いつも以上に変だった」
思考する仕草をみせるトリスが、無口になっているリュートに視線を送っている。
トリス同様に、チラリとミントも気落ちしている兄の様子を窺っていたのだ。
自然とミントの口から溜息が漏れた。
連鎖反応のように、次々と溜息が漏れていく。
誰もがチェスターを心配していた。
「今回のこと、相当ショックだったんだろうな」
「「そうだね」」
トリスの言葉にセナとミントが賛同した。
話の輪にリュート一人だけ入ってこない。
ただ、黙っているだけだ。
「いつも以上の落ち込みだな」
「そうなんだ……」
おとなしく口を噤んでいる兄に視線を注いでいる。
まったく手つかずの皿が、リュートの前に置かれていた。
チェスターの話になった途端、手に持っていたフォークの動きが止まってしまったのだ。
固まって動こうとしないリュートと、大盛りの料理を交互に見比べる。
誰もそれに触れず、三人だけで話を進めていく。
言葉を掛けられる雰囲気ではなかった。
これからのことを、ミントが話し始める。
「午後から、別な先生が来るみたい」
「授業にならないからな、そんな状況だったら」
「うん」
「とりあえず、今日だけ?」
伏し目がちにセナが尋ねた。
「多分。そうだと思うけど……」
「状況次第か……」
「マドルカ先生、どこ行っちゃったんだろう……」
休暇先を知らないセナが、ボソッと呟いた。
辛うじて普段の食事のペースとは違うが、三人の食事の手は止まっていない。
話の合間に食べ物を口に運んでいたのである。
けれど、味はさっぱりわからなかった。
「トリス、知ってる?」
首を横に振ったトリス。
チラッと薄暗いリュートに視線を落とす。
消沈しているリュートを気遣い、マドルカの行き先を調べていなかったのだ。
一人にできないと、トリスが影のように片時も付き添っていたのである。
「もう、騎士団に行っちゃったのかな?」
何気ないミントの一言に、リュートの双眸が揺れる。
極々一瞬の出来事だった。
だから、誰も気づかない。
「それはないだろう」
「どうして? トリス」
「担当しているクラスだってあるんだ。行くとしても、もう少し先の話になるはずだ、引継ぎだってしなくてはならないはずだから」
淡々とした口調でセナの疑問に解答を示した。
「そうだね」
急にリュートが席から立ち上がった。
三人は一斉に見上げる。
「リュート?」
「お兄ちゃん?」
「どうしたの?」
心配する三人。
「稽古に行く!」
リュートは三人を見ておらず、正面を向いたままだ。
「おい」
「ちょっと……」
「お兄ちゃん、ご飯は?」
「食べた」
手つかずの皿を残し、食堂から消えてしまった。
「食べていないじゃない……」
「ホントよ」
三口しか食べていない無残な皿の状況をセナが眺め、いつもきちんと食べるリュートを思い、ボソッとミントの意見に同意した。
「トリス……」
様子のおかしい兄を案じるミントに視線を傾ける。
ミントの手はトリスの服をギュッと握り締めていた。
「お兄ちゃん、大丈夫かな?」
不安な双眸を覗かせている。
ミントの隣に座っていたセナも、同様に不安そうに見つめてきたのだった。
「大丈夫。ミントちゃん」
「ホント?」
「あのおばさんを、掻い潜ってきたんだ」
「あの? 掻い潜る?」
不可思議なトリスの言葉に首を傾げるセナ。
「……そうだね」
トリスの言葉を理解したミントが、小さく笑ってみせた。
お兄ちゃんは大丈夫と自分に言い聞かせていたのだ。
一人蚊帳の外のセナは、二人は交互に見比べる。
ミントの不安が少し解けたようだった。
「……」
不意に深いつながりの間柄に疎外感に襲われる。
(何でもわかり合えちゃうんだ。……幼馴染って、こういう感じなのね。いいな……、私にはいなかったな)
午後からの剣術科のカイルの授業は、通常通りに〈第五グランド〉で行われた。誰もリュートの異変を感じている者がいない。それぞれに授業に集中していたからである。
授業の中盤に差し掛かった時、ボーとした状態で授業を受けていたリュートが左腕に負傷してしまう。
あり得ないミスを犯してケガをした。
悔しさが込み上げてくる。
「何をやっている」
「……すいません」
カイルの授業が始まっても、普段の様子とは違って、授業に身が入っていなかったのである。授業に集中しようと思えば思うほど、その思いが空回りしていたのだった。
矢を射るような鋭い視線で、カイルは保健室がある特別A棟を指し示した。
悔しさや恥ずかしさで、頭を冷やせと言う意図が読み取れない。
その場に立ち尽くしているだけだ。
負傷したリュートを保健室に連れて行こうとするセナに、あり得ないところでミスしたリュートに呆れているカイルが大声でそれを制した。
他の生徒たちが黙って成り行きを見守っている。
「でも、先生……」
「一人で行かせろ! リュート、一人で行けるだろう」
唇を噛み締めている。
左腕から真っ赤な血が流れ出ていた。
傷口はかなり深かったのだ。
悔しい思いでいっぱいの中で、コクリと頷いた。
「だったら、行け」
厳しい対応するカイルに頭を下げ、負傷した腕を抑えながら、保健室へとゆっくりとした歩調で歩いていった。
気落ちしている後ろ姿を見つめるセナに、カイルが肩に手を置く。
すでにカイルの表情に怒っている様子がなく、憂いていた。
「セナ」
授業が始まる前からカイルは、リュートの異変に気づいていた。それにその原因がチェスターのことだったことも把握していたのである。
顔を上げると、カイルが森を差していた。
そこにリュートを心配し、ずっと様子を窺っていたトリスの姿があったのだ。
「トリス……」
すっかりトリスの存在を忘れていた。
いるのなら大丈夫だろうと心配の軽減がされる。
「上手いものだ」
「んっ?」
首を傾げるセナ。
「追尾と探索のプロ並みだ。あの能力は魔法科よりも、こっち向きなんだがな」
「本人はこっちに来る意思がないみたいですよ」
軽口をセナが叩いた。
「残念だ」
「私としてはライバルが減って、いいですけど」
「ライバルもいいものだぞ。入ればいるほど、燃えるからな」
「そういうものですか」
「そういうものだ」
強張った面が緩くなったセナを見下ろしていた。
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