第21話
早朝稽古を終え、着替えを済ませてから食堂へ向かった。
トレイを持ちながら、リュートとトリスが静かそうな席を探している。
多くの生徒が食堂に集結し、思い思いに朝食を取り、食堂内はガヤガヤと騒々しかったのである。
先に食事をしていたセナが遅く来た二人を呼び寄せた。
二人はセナの正面に腰掛ける。
すでに二人分の席を確保していた。
対照的なメニューに、セナの目は釘づけだ。
「随分と違うのね……」
食べ始めているリュートに、セナの呟きが聞こえない。
美味しそうに、食べているのである。
「信じられない……」
バランスのいいリュートのメニューに対し、トリスはパン一個とミックスジュースだけだ。二人のイメージだけで思い描くと、逆に思える光景にことごとくイメージを覆す二人だと抱いてしまう。そして、二人のことをもっと知りたいような気分を感じる。
フォーレスト学院の食事は基本的にバイキング形式で、食べたいものを食べたい量だけ取ると言うシステムだった。
「大丈夫なの? そんな食事で」
「んっ?」
パンをちぎって、食べようとしているトリスに声をかけた。
「何が?」
「量よ。それだけで」
視線の先は少量の食事を指し示していた。
それに対し、セナの食事の量はリュートよりも、ボリュームがある量を取り分けていたのである。
少しでも体力と筋肉をつけようと、朝食からしっかりと食べるように心掛けていたのだった。かなりの量の食事を取っても、セナは太らない体質で、普通に食事をしただけで痩せていくほどだ。
毎食の食事はきちんとしたバランスを自分なりに考え、ボリュームのある食事を取っていた。
「平気。あまり取り過ぎると、頭が働かないから」
「昼食まで持つの?」
「ああ」
「昔から、トリスはあまり食べない。……もぐ」
ローストビーフ数枚をリュートが一気に口に放り込む。
まだ、ローストビーフが口に入っているにもかかわらず、大量のサラダを口に運ぶ。
その顔は幸福感に満ちていたのである。
頬を膨らませ、この世の幸せを独占しているような表情に、何となく食力が失せ始めてきたのだった。
「何かお腹、いっぱい」
「ほうか」
まだ口に入っているせいで、ちゃんと喋れない。
無防備なリュートに、開いた口が塞がらなかった。
「喋るか、食べるかにしなさいよ」
「たへる」
「……好きにして」
ガックリと首を落としている相手に、トリスが声をかける。
「大丈夫か?」
「えぇ。平気。少し疲れただけ」
「ならいいけど」
持っていたフォークをセナが置く。
そして、視線を上げる。
淡々と、パンをちぎって食べているトリスに注がれていた。
ただ必要な身体の栄養を食べているトリスに、様子がおかしいと囁かれているマドルカについて尋ねる。
「確かに……。近頃、おかしいな」
「チェスター先生のこと?」
あれからセナとミントに、チェスターの相手であるナルに恋人がいた話を教えたのである。話しておかないとややこしいと巡らせたからだ。
それを聞いた時の二人は驚愕し、不憫だとそれぞれが口にしていたのだった。
「違う気がする」
「違う? どういうこと?」
「さぁ」
「やっぱり……、マド……」
「違う。それだけだ」
歯切れの悪いトリスに渋面する。
「どういうことよ」
「とにかく、情報が少ない。もっと集めないと」
「……そうね」
トリス自身、理由がわからなかった。
ただの勘で、マドルカの様子がおかしいのは、チェスターだけの理由ではない気がしていたのである。
「何だろう?」
いろいろとセナも逡巡してみた。
剣術科であるセナはリュートたちとかかわっていくうちに、所属違いの魔法科のことも、いつ頃からか気にするようになっていたのだった。
「チェスター先生のように、好きな人ができた?」
「それはない」
「そんなはっきりと言わなくっても……」
「ないものはない」
「ただ、言っただけなのに……」
恨めしそうな視線で、何か情報を手に入れていそうなトリスに傾けている。
けれど、口を割る気はないようだ。
消沈したセナが冷めてしまったスープに手をつけ始める。
「難しい問題だ」
どうマドルカに切り出そうかと、トリスは頭を悩ませていたのだった。
直接本人に聞くのはトリスの矜持が許さないし、いい情報を持っているグリンシュが簡単に教えてくれそうもなかったのである。
グリンシュのことを掴みどころがない人物だと捉えていたのだった。
(話を引き出そうにもな、こちらの持ち手も少ないし……。どうするかな……)
「ズバリ、チェスター先生に聞くのは?」
いいアイデアが浮かんだと言う顔で、持っていたスプーンを振り回してセナが口を開いた。
「却下」
「どうして? いいアイデアだと思うけど?」
すぐさまに自分の意見を否定され、剥れている。
「今のチェスターが気づく訳ないだろう」
「……そうか」
浅はかだったことを素直に反省した。
「じゃ、どうする?」
詰め寄ってくるセナを無視し、直接本人に聞く方法しかないかなと躊躇いながらも方向性を定めていく。でも、矜持が邪魔して、ダメだと自分に訴えかけていたのだった。
(チェスターか……。やっぱり攻めるのなら、あっちか……)
「どうするかな」
悩んでいる二人を尻目に、リュートが朝食を楽しんでいる。
「最高だな」
その顔は緩み切っていた。
次から次へと口に入れていく。
今日の朝食のバイキングは好きなメニューが揃っていたのである。
「一人抜かして、進んでいないようだな」
「「!」」
考えに耽っていたセナの背後から、カイルが声をかけたのだった。
リュートの皿はほぼなくなっているのに対して、二人の皿は手つかずに近い量が残っていたのだ。二人は話に夢中になって、食事を忘れ、あれやこれやとどうすればいいのかと話し込んでいたのである。
「んっ?」
口いっぱいに膨らませたまま、リュートが首を傾げる。
食べることに集中し、二人の会話に一切耳を傾けていなかった。
僅かに笑みが零れているカイルを見上げる。
口角を上げながら、自分用に持ってきたローストビーフをリュートの皿に分けた。
「上手いか、リュート」
口の中に食べ物があり、喋れない。
その代わりに何度も頷く。
「そうか。それはいい」
当然のようにカイルはセナの隣に座った。
カイルの皿にマッシュポテトと少しの温野菜、それに大量の肉が皿いっぱいに盛られていたのである。
胡乱げな眼差しで、セナが温野菜を凝視していた。
カイルが生野菜を苦手なことを知っていたのだ。
少量の温野菜を睨んでいるセナに苦笑してしまう。
密かに自分の偏食を隠し、生徒にバランスのとれた食事を取るように指導していたのである。教師として偏食がるのはダメだと言われ、極端な偏食を直そうと試みようとしたが、一切生野菜が身体に受け付けなかった。辛うじて、温野菜だけは食べられるようにしただけだった。
生野菜をダメなことをセナは知っていても、それを黙って口を閉ざしていたのだ。
「ところで、気になりませんか」
「そんなに野次馬心があるなんて、知らなかったな」
身を乗り出して話しているセナに、肉を食べながらカイルが一笑する。
「……」
しゅんとして、顔を赤らめた。
リュートたちと知り合う前のセナは、他の生徒たちと一線置いて、遠目で客観的に傍観しているような生徒だった。授業では積極的に輪の中に入っても、授業以外で人の輪の中で溶け込むようなことをしなかったのである。
いい兆候にカイルの口元が緩んでいた。
「悪いことじゃない。いい意味としてだ」
リュートたちに出逢って、少しずつ自分でも気づかぬうちに変わっていった。そんな変わり始めたセナに、嬉しさを感じずにはいられない。
「いいことだ。興味を持つと言うことは」
「はー」
少し照れてしまい、曖昧に返事をしてしまう。
「こいつら見たくは、なってほしくないがな」
「……はい。勿論、なるつもりはないです」
「原因は何だと思いますか? 先生」
話が横道にそれたと思い、トリスが修正するために、厚く切った肉を食べかけようとしていたカイルに尋ねた。簡単な食事はほぼ終わり、ミックスジュースがグラスに半分だけ残っているだけだ。二人が話している間に、一個のパンは食べ終わっていたのである。
恨めしそうに厚く切った肉とトリスの顔を交互に見比べていた。
大きく溜息を吐いた。
「さぁな。俺にもわからん」
「やはり、チェスター先生のことじゃないですか?」
「そうだな……」
それもあるかもしれないなとセナの言葉に思いを馳せる。
けれど、違うと言う意見の方が大半を示していた。
したり顔でトリスがセナに視線を注ぐ。
「違うって、言っただろう、さっき」
「けど……」
いつの間にか、お代わりを持ってきて、美味しそうに食べるリュートの姿を羨ましそうに見つめ、カイルは広い思考の海へと潜っていく。
(何だろうな……)
二人の仲は誰から見ても、見事に相性が合致していると思わせるほどだった。
近頃のマドルカは一人でいることが多く、一緒にいても話を親身になって聞いていない節があった。それ自体今までの流れから言っても、おかしな状態なのである。
「……にしては、マドルカの様子が違う気がするな」
「違う?」
「どんな時でも、マドルカはチェスターの話に耳を傾けていたからな」
トリスとセナに視線を傾ける。
「でも、先……」
「言ったはずだろう、どんな時もって。初めてだ、あんなマドルカを見たのは」
「……」
何だろうと巡らせながら、厚く切った肉を口に入れた。
その美味しさに上手いと称賛する。
その瞬間、難しくなりつつあるマドルカたちのことを忘れてしまうほどだ。
(んー、上手い。最高の幸せだ)
「どうするんですか? 先生」
嫌な現実に引き戻された。
(憂鬱なこと思い出させるな。せっかくの上手い肉がまずくなるだろうが)
肩に掛かる重さを感じながら、カイルが嘆息を漏らした。
(マドルカの様子に気づくような人間だったら、こんなふうになっていないだろうな。どうしたらいいものだろうな)
ガックリとしているカイルに深刻さが増したような気がして、何となく更なる不安を抱いて、トリスもチェスターのことが心配になっていたのである。
マドルカに何かあれば、一番傷つくのはチェスターだと思ったからだ。
今後のことを思うだけで、カイルの胃が急にシクシクと痛み出す。
(胃が痛い。あいつのところに行くかな)
口の中に入れた肉を名残惜しいと抱き、ゴクリと飲み込んだ。
「何で俺が……」
気鬱そうなカイルの頭に、ある一つの映像が浮かぶ。
嬉しさ全開のチェスターが足取りも軽くスキップして、庭先を散歩している姿だ。
食堂に来る前に見た光景だった。
顔を引きつらせ、どうしても声をかけられなかった。
幸せに歓喜しているチェスターが、他のことを考える余裕なんてないだろうなと思ってしまう。
(確かめるか、マドルカのことを)
重要な事柄に目を向けようとしない。
それとなくチェスターに、ナルに恋人がいると言う話をしなければならないことに、蓋を閉めようとしている。
大きく息を吐いた。
話に参加していないリュートは、三度目のお代わりに突入し、一人で幸福感にしたって味わって食べていたのである。
読んでいただき、ありがとうございます。




