第189話
穏やかな保健室では、グリンシュとカテリーナによる、スカーレットの慰労会を開催されていた。
平和な時間が流れている。
下級生が数人、訪れただけで、グリンシュたちは、のどかな時間を楽しんでいたのだった。
その中で、スカーレットだけが、曇よりと暗い顔をしている。
カップに注がれている紅茶が、ほぼ減っていない。
目の前に置かれているお菓子も、手つかずのまま残っていた。
デュランによる、連日の実験体が続けられ、ようやく解放されてから、カテリーナに捕まり、ここへつれられてきたのだった。
体力には自信があるスカーレットも、ヘトヘトに疲れていたのだ。
「酸っぱい、ケーキなんて、どうですか? 身体が癒えますよ」
ニッコリと微笑んでいるグリンシュに勧められ、食欲がないものの、言われるがままにスカーレットが一口運んでいる。
「! 上手い」
「よかった」
「相変わらず、上手いな」
グリンシュの料理の腕前に、素直に賞賛していた。
もう一口、食べている。
疲れた身体が、スッととれる感覚を味わっていたのだ。
疲労しているスカーレットの身体や心を癒やしてあげようと、ケーキには特別なポーションが、混ぜ込まれていたのだった。
「デュランは、実験の精査に入っているのですか?」
「ああ」
「今回の実験は、順調に進んでいるんですか?」
「そういうのは、私にはわからん」
少しブスッとした顔を、スカーレットが覗かせている。
スカーレットの双眸が、デュランがいる方向へ、巡らされていたのだ。
研究室にこもり、今まさに、実験のまとめに入っていたのである。
そうなってくると、誰も邪魔できなくなり、デュランの研究室に近づかなくなっていたのだった。
邪魔されたデュランの報復が、誰も、恐れていたのだ。
笑みを漏らしているグリンシュに、戻していた。
「あいつは、決して、そういうのは、私には教えないから」
「そうでしたね」
デュランは、実験している内容を、無闇に教えるタイプではない。
結果が出てから、詳細をまとめ、レポートにして、発表をしていたのだった。
「デュランは、カブリート村の件で、動くことがありますか?」
お茶をしていたカテリーナが、突如、口を開いて、聞いてきたのだ。
「いや。若い者たちに、譲ると」
「そうですか」
安心した顔を、カテリーナが覗かせている。
「デュランも、静観するのですか」
口角が上がっているグリンシュに、眼光を注いでいるスカーレット。
「……デュランもってことは、ラジュールも、動かないつもりなのか?」
大きく、目を見張っていたのだ。
スカーレットは、ラジュールだけは、動くのかと抱いていたのだった。
次第に、眉間のしわが増えていく。
「……大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ」
「はい。大丈夫です」
自信満々な二人。
スカーレットだけが、怪訝な顔を滲ませている。
「いくら、リュートたちでも、カブリート村に関しては、厳しいんじゃないのか? それに、剣術科の生徒も、混じっているんだろう」
スカーレットも、ある程度の状況を聞かされていたのだ。
だから、純粋に、カブリート村にいった生徒たちのことを案じていたのだった。
「そうですね」
他人事のような、カテリーナの言葉。
「カイルの胃に、穴が開くんじゃないのか?」
「丈夫ですよ」
「……カテリーナが言うなら、いいが……」
まだ納得できない顔をしていたのだ。
「グリフィンの部隊が、後方に控えていますよ」
グリンシュが、カブリート村の状況を口にしていた。
「後方って……言っても、証拠集めするためだろう?」
「そうですよ」
余裕でいるグリンシュに、さらに、訝しげていくしかない。
「スカーレットは、心配し過ぎです」
カテリーナが、困ったような顔を注いでいたのだ。
カテリーナとグリンシュは当初より、静観する立場をしようと抱いていたのだった。
これまでも、静観した立場をとっていたが、カブリート村に関しては、明確に、動かないと決めていたのである。
ただ、少しばかり、リュートたちが、動きやすいようにするために手伝いをしただけだ。
「当たり前だろう。あの子たちは、まだ子供だ。それに、剣術科に関しては、経験が浅すぎる。相手をするのは、現役の冒険者たちなんだろう?」
相当の数の、現役の冒険者たちが入り込んでいると聞いて、スカーレットの中で、不安要素が膨れていたのである。
「そのようですね」
「だったら……」
「グリフィンも、カブリート村の件に関しては、何か、思うことがあったんでしょうね」
グリンシュの言葉で、デュランやラジュールの顔が、スカーレットの脳裏に浮かんでいたのである。
スカーレットも、カブリート村に関しては、グリフィン同様に憤りを感じていたからだった。
「上層部の考えは、気に入らないが……、ただ、生徒を巻き込むのは……」
「リュートがいますから」
「そうですよ。心配しないで、ゆっくりと待ちましょう」
笑顔を絶やさない、カテリーナだ。
(どこから、そんな自信が……。それに、リュートがいるからこそ、危ないんじゃないのか? あれはリーブの子だぞ)
「カイルは、どうしているんだ?」
「モヤモヤしているようですが、グリフィンが、最後に知らせてくれたようで、身動きが取れないみたいです」
リュートが、カブリート村に興味を持っていることを、最後に伝えたのは、カイルで、リュートたちを追いかけようとしたのを、食い止めたのもグリフィンだった。
グリフィンとしては、リュートたちの邪魔をさせたくなかったため、最後に、カイルに知らせたのである。
「当たり前だろう。相当、イラついているんだろう」
「そのようです」
盛大な嘆息を、スカーレットが吐いていた。
「スカーレットも、どうしたんですか?」
「いった後に、伝えるなんて……」
「いいじゃないですか、一応は、伝えたのですから」
「逐一、報告はしているのか?」
「カイルには、大まかに伝えているようです」
「ラジュールには、きちんと、報告しているようです」
カテリーナが、愛らしく首を傾げていたのだ。
「……カイルにいかれると、困るからだな」
「「そうです」」
「カテリーナはいいのか? カイルのこと」
窺う眼差しを傾けているスカーレットだが、カテリーナの表情が、変わることがない。
「大丈夫です。後で、慰めてあげますから」
ニッコリと微笑んでいる。
「……」
「スカーレット。今回は、静観していてくださいね」
グリンシュに、念を押される。
「……わかっている」
「なら、結構です」
ハーブティーを優雅に飲むグリンシュに、ついついジト目になっているスカーレットだった。
読んでいただき、ありがとうございます。