第187話
「リュート。いつも、こんなことしているの?」
ソルジュの呆れた双眸があった。
(これで、何度目だろう? リュートたちと再会して、同じことを言うのは……。でも、聞かずにはいられない。こんなハチャメチャなことして……。よく、家に戻されないな……と言うか、リュート自身は、戻りたくないはずなのに……。行動が……伴っていないよ。なら、何で、こんなこと、しているんだろうか? もっと、おとなしくしていれば、いいのに……)
「そうだ」
自信満々に、胸を張っているリュート。
ソルジュの考えなんて、いっこうに思考なんてしない。
ただ、思うがまま、突き進むだけだった。
クラインだけが苦笑し、ミントが肩を竦めていた。
ユルガも、好奇心旺盛な瞳を輝かせている。
この場に、ブラークやキムの姿がない。
トリスたちが、ハンナを送りに行った後、ブラークとキムは、周囲の警戒を窺ってくるため、姿を消していたのだった。
そうとは知らない、セナたち剣術科だ。
ブラークたちは、口に出さなくっても、自分たちの役割を理解し、そして、互いに把握しているクラインは、何を言わなかったし、ミントやユルガ、ソルジュも、何となく察していたのである。
「面白いだろう」
「……周りが、大変そうだね」
呟くソルジュだ。
ここにいない、兄トリスのことを、真摯に案じていた。
いなければ、素直に、心配することもできたのである。
「そうか」
首を傾げているのは、リュートだけだ。
ソルジュの視線の矛先は、好奇心旺盛な師匠であるユルガを捉えていた。
注がれているユルガは、小さく首を傾げている。
嘆息を漏らすソルジュ。
(ここにもいる。……うちの家系って、もしかして、苦労性なのか、いや、苦労性だな)
訝しげている顔を、ユルガが覗かせていた。
けれど、ソルジュよりも、考えることが、別にあったのだった。
「……リュート。あなたは、このカブリート村に、何が隠されていると、思いますか?」
キラキラと、瞳を輝かせながらのユルガの問いかけ。
ずっと、カブリート村に関する思考をしていたのである。
「わからないが、楽しそうだ。ワクワクが止まらない」
はっきりと、断言できるものを持っている訳ではない。
だが、勘が何かあると、訴えていたのだ。
「私もです」
意気投合している、リュートとユルガ。
がっちりと手を組み、語らっている姿に、ソルジュだけが頭を抱えていたのである。
ソルジュ自身、好奇心がくすぐられているが、暴走する者を止める役目も、担っている立場としては、心が赴くままに、素直に言動を繰り広げることができない。
不意に、隣にいるミントを見ると、何かを逡巡している姿を捉えることができたのだった。
何となく、二人の話を耳にしながら、自分の見解を導き出していると思えたのだ。
自由がままのミントの姿。
羨ましいと抱く、ソルジュだった。
そして、熱く語らっている二人を捉えている。
(やっぱり、凄いなリュートは。師匠についていけるんだから)
二人して、旅をしていて、ソルジュは豊富なユルガの知識に、ついていけないことが、時より生じていたのだ。
そんなユルガの膨大な知識に、ついていっているリュート。
羨望の眼差しを、巡らせていたのである。
「ソルジュ。君の好きに、思考していいよ。辺りの警戒は、しておくから」
クラインの言葉に、一人で感動している。
「ありがとうございます。でも、師匠を止められるのは、僕だけですから」
「そう?」
「はい。これ以上の迷惑は、かけられません」
強い意志が、ソルジュの眼光に宿っていた。
二人して旅をしてきて、ソルジュは、学んでいたのである。
好奇心が高まっている時が、一番危険だと言うことを。
そして、リュートも、好奇心が強くなっている時は、何を仕出かすか、わからないと言うことをだ。
「これぐらい、平気だよ。今回、警戒するのは、リュート一人だけで、いいからね。魔法科には、リュート同様に、警戒するべき人がいるから、ホント、割と、ラクな方だよ」
何でもないような顔を、クラインが覗かせていた。
リュートの次に、好き勝手なことをするバドの顔を、思い浮かべていたのである。
そして、他の顔が、数人掠めていた。
(バドがいないだけで、ホント、ラクだな)
「……」
クラインの話を聞き、ソルジュは顰めっ面だった。
(どんだけ、好き勝手にするやつが、多いんだ)
「研究気質の者が、多いから」
笑っている、クラインである。
魔法科の中でも、A組は、曲者が揃っていたのだ。
その中で、ほとんど、顔触れが変わることなく、過ごし、揉まれていたのだった。
「大変ですね」
「ありがとう」
ニコッと、柔和に笑っているクライン。
「旅しているのは、大変じゃない?」
「大変ですけど、楽しい方が、先に来るので」
「そうなんだ」
「旅したこと、あるんですか?」
何気なく、ソルジュが口にしていた。
「……昔ね」
「そうなんですか」
「楽しいこともあったけど、やはり、大変だったと、感じることが多かったかな」
「そうなんですか」
クラインの話を、聞いていたのである。
リュートとユルガは、互いの意見を出し合い、議論を交わしていた。
夢中になって、手振りを加えている状況だ。
ふと、二人の傍で、聞いていたミントの姿がないことに気づく。
「ミントだったら、奥の方へ入っていったよ」
「……さすがだな」
知らぬ間に、移動していたミントに、目を丸くしていた。
クラインの双眸は、セナが率いている剣術科の方へ、傾けられていたのだ。
「剣術科も、余念がないね」
「結構、力が入っていますけど、大丈夫ですか?」
気合いが入り過ぎて、空回りしないかと、ソルジュは純粋に心配していたのである。
「大丈夫だと、思うよ。それに、僕たちが、サポートするから」
経験の浅い剣術科が、機能不全にならないように、サポートすることは、クラインたちの頭に、しっかりと刻まれていたのだった。
「リュートは、どうするんです?」
怪訝そうな、ソルジュの顔だ。
兄トリス一人に、任せてもいいのかと、抱いていたからだった。
「自由にさせるから」
「野放しにするんですか?」
大きく、目を見張っている。
小さく、笑っているクラインである。
「リュートだって、成長しているんだよ。昔と比べると」
信じられないと言う顔を、ソルジュが覗かせていた。
村にいた頃の、いろいろな出来事が掠めていく。
「ソルジュは、後方で、リュートの成長振りを見てみると、いいよ」
揺るがない、クラインの眼光。
「そうします……。けど、ホントに、大丈夫ですか?」
胡乱げな眼光に、必死に、笑いを堪えているクラインだ。
「大丈夫」
「ホントに?」
まだ、不安そうなソルジュの姿に、それだけのことを、生まれ育った村でして来たのだろうかと、逆に心配になるクライン。
「……信用して。ある程度は」
「……わかりました」
「でも、少しは、暴走しちゃう時もあるけど」
「……やっぱり」
「でも、昔ほど、酷くないと、思うよ」
「……成長振りを、確かめます」
「そうして」
「はい」
二人が話をしていると、突然、リュートとユルガが動き出したのが、視界に飛び込んでくる。
勝手な行動をしそうな二人。
ソルジュとクラインが、敏感に動き出していた。
止めに掛かっている、二人の声。
ようやく、セナたちも、勝手に動き出したリュートたちに、視線を巡らせていたのである。
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