第185話
ビンセントと離れたことにより、僅かに心細くなっているハンナをつれ、トリスとカーチス、カレンが、森の中を迷いもなく、歩いていたのである。
森の奥の景色は、大して変わらない。
低レベルの魔物や、動物たちが、遠巻きに四人のことを窺っていた。
トリスたちも、襲ってくることがないので、放置していたのだった。
だが、長老側の者たちに対しは、警戒をしていたのだ。
近くに、見回りに来ている可能性もあるからだった。
まだ、ハンナと繋がっていることを、知られる訳にはいかない。
「……」
黙って歩いていることに、ハンナが居た堪れなくなっていたのである。
トリスたちも、歩きながら、聞いた話をいろいろと、頭の中で整理していたのだ。
長老側の情報が僅かに入り、整理する必要性があったのだった。
「……慣れているけど、ここの森に、よく来ているの?」
ハンナが話しかけていた。
とても、トリスたちの足取りが、初めて来た感じではと抱いていたのだった。
「いや。昔に、二、三度、程度かな」
首を傾げているトリス。
トリスの視線は、カーチスたちに、向けられていた。
「俺たちも、お前たちと、来たことしかないぞ」
「私もよ」
「ってことらしいよ。いろいろな森の中を、駆け回って遊んでいたから、それで、慣れているのかな」
苦笑しているトリスである。
大概、リュートにつき合わされ、面倒をかけられた記憶しかない。
それは、カーチスも、カレンも同じだ。
先頭を歩いているトリスに、ハンナが続き、後方をカーチスとカレンが守っていたのである。
「そうなんだ」
何の不審も抱かないハンナだ。
学院との繋がりがないので、リュートたちの噂を耳にすることが皆無で、学院の中にある森の中で、訓練をしているものと信じていたのだった。
ある意味、ハンナの解釈は、間違っていない。
学院の森にある村も、学院の一部だからだ。
トリスたちも、ハンナの思考を、訂正しようとはしない。
ただ、笑みを漏らしているだけだった。
そして、学院にいる生徒は、誰も強いと思い込んでいたのである。
頼もしい助っ人に、心が軽くなっていた。
「学院って、大変なんでしょう? 規則とか守らないと、厳しい罰則があるって。それに、厳しい訓練も、毎日のようにあるって、ビンセントが話してくれたの」
ビンセントから、以前、聞いていた話をしていた。
(抜け道は、いくつもあるんだけど。ま、知っている者が、少ないからな)
「剣術科と魔法科では、違うから」
首を竦めているトリスだ。
背後にいる二人も、小さく笑っている。
「そうなの?」
「剣術科と違って、割りと、魔法科はユルいよ」
「そうなの?」
純粋に、目を丸くしている。
トリスたちが、さらに笑みを強くしていた。
魔法科も、厳しい指導を行っているが、それを気にも留めないのがリュートであり、トリスたち、問題児が多いが成績優秀な魔法科のA組だった。
そういうこともあり、A組のことはラジュールに任せ、野放し状態になっていたのである。
A組を止められる教師が、少なかったのだ。
「身体を動かすのが、剣術科の基本だから。今のうちは、ひたすら基本の型を、みっちりやっている感じだからね」
「そうなの」
「俺たちは、身体を動かすこともやるけど、頭を使う授業も多いから……」
「そうなんだ」
「規則は……いろいろだね」
言葉を濁しているトリスに、首を傾げているハンナだった。
「無理しないように」
瞬時に、トリスが何を口に出しているのか、ハンナは理解し、真剣な眼差しになっていたのである。
肩に力が入っているハンナ。
三人が困ったなと言う顔を覗かせていた。
「そんなに、張りつめないように。もっと、気軽に、目にしたことを、話してくれればいいだけだから」
穏やかな声音で、カレンが口にしていた。
「でも……」
納得がいかない顔だ。
どうしても、イシスを助ける手助けをしたかったのだ。
自分ができる、精いっぱいのことを。
「いつも通りの行動をして、いつも通りに振舞う。そうした中を、ただ、詳しく見て、記憶しておくだけ。それだけで、十分だ」
何でもないような口調のカーチスだった。
緊張感がない三人。
それに対し、次第にハンナも、強張っていた身体が解けていった。
「いいの? それで」
「いいさ。それで」
「後は、俺たちに任せてくれ」
柔和な笑みを、トリスが零していた。
「……イシスは、大丈夫かな」
「今のところは」
嘘は言わないトリスだ。
(ただ、いつ何があるかわからないけど)
「……」
「リュートや俺たちがいるし、それに、今回は、剣術科も揃っているから、長老側が揃えたメンツと対峙しても、負けないと思うよ」
気軽なトリスの声だった。
戦闘においては、負けないと自負していたのである。
だが、家に監禁されているイシスのことだけは、いろいろなことが想定されるので、不安要素でもあったのだ。
「うん……。でも、複雑」
「「「複雑?」」」
「だって、知っている人たちで、争うし……」
自分が知っている者同士が戦うことに、やりきれない気持ちを抱いていたのである。
そして、それは、長老側と村長側が、戦うかもしれないと。
日常的に、村長側と繋がりがなくっても、毎日のように、顔を合わすことはあったのだ。
嘆息を漏らしているハンナ。
伏せていた顔を、パッと上げている。
「ごめんなさい。助けてくれるって、言うのに……」
「いいよ」
「気にすることないよ。それが、当たり前の反応だろうし……」
「そうそう」
「……ありがとう」
「大事なことを、教えておくね」
暗くなっていた話題を、トリスが変えていた。
「うん」
素直に応じるハンナに、先ほどの曇っていた顔がない。
「俺たちと、連絡する時の合図だけど……」
連絡の仕方などのレクチャーを、ハンナに教えている。
わかりやすいトリスの説明。
頷き、時には、質問も投げかけていた。
理解するまで、トリスの説明は続けられていたのである。
その間、カーチスとカレンが、口を挟むことはしない。
黙って、周囲の警戒に、当たっていたのだ。
それも、ハンナに気づかれないように。
いざと言う時のため、いくつかのものを、トリスから受け取っていた。
それらの物を、バレないように、仕舞い込んでいたのである。
勿論、隠すために、トリスは、アドバイスもしていた。
そのアドバイスに従い、服などの至るところに、締まっていたのだ。
仕舞えないものに関しては、持っている籠に入れ、すでに摘んであった木の実などで、見えないように覆っていたのだった。
「こんな感じで、大丈夫?」
見た目では変わらない。
「大丈夫」
いろいろと話しているうちに、ハンナと友達がいた付近に、差し掛かっている。
先頭を歩いていたトリスが、立ち止まった。
後続についていたハンナたちも、立ち止まったのだ。
「たぶん、ここからは、大丈夫だよね」
トリスの言葉を受け、周辺を眺めてみると、慣れ親しんだ場所だった。
「うん」
「じゃ、ここからは……」
「わかった」
「「気をつけて」」
カーチスとカレンが声をかけ、ハンナは、トリスたちに別れを告げてから、自らの足で森を抜けていった。
ハンナの友達は、すでに戻っていたのだ。
森から、一人で抜け出したハンナは、みんなから叱られたが、大きな話にはならなかった。
イシスの件があったからだ。
遠くからトリスたちは、そうした光景を窺い、ハンナが自分の家に帰るまで見てから、リュートたちの元へ帰っていったのだった。
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