第184話
リュートやトリスからの質問に、真摯にわかる範囲で、ハンナが答えていった。
途中に、ユルガが話に入り込むことがあったが、順調に、話が進んでいったのである。
その間、渋面したままで、ビンセントが黙って見守っていた。
リュートたちの問いかけで、改めて、逡巡したことで、いろいろと、ハンナなりに長老たちの不可解な行動を、疑問視し始めたのだった。
村の中では、気づかなかった視点だ。
ビンセントと出会ったことで、そして、リュートたちと会ったことで、自分たちのカブリート村がおかしいことに、ようやく、ハンナは理解し始めていたのである。
ゆっくりと二人だけで、話をしたいだろうと、トリスの気遣いで、リュートたちから少し離れた場所で、二人っきりになるビンセントとハンナだ。
少しだけ、気持ちに、ゆとりができた二人。
だが、知り合いだけの中に、ハンナといると言うことに慣れない。
居心地が、非常に悪かったのだった。
同じ班のガルサたちやダンたちから、生暖かい眼差しを傾けられ、ムッとした顔を滲ませていたが、クラインが宥めてくれ、ようやく、話すことができたのだ。
それぞれ、見える範囲内でいる。
この状況で、見えないところまで離れるのは、得策ではないと、理解はしていたのだった。
居た堪れなさを憶えるビンセントだが、しょうがないと内心では諦めていた。
対照的に、吹っ切れた表情を覗かせているのは、ハンナだった。
「びっくりしただろう?」
疲れた顔をビンセントが滲ませている。
「うん。でも、ビンセントがいたから、安心できたよ」
素直なハンナの言葉。
ビンセントの頬が赤らむ。
「……そうか」
「でも、何で、あんなことになっていたの?」
純粋なハンナの双眸だ。
ビンセントが、引きつってしまう。
何を問いかけているのか、瞬時に、汲み取ったからだ。
仲間のはずのビンセントが、拘束されていたのを、ずっと疑問に思っていたのである。
素直に、嫉妬していたからだとは、言えない。
「……いろいろだ」
「……そうなんだ」
視線をそらしたビンセントに、苦笑していた。
そして、それ以上の追究を、やめていたのだった。
「そうだ。それよりも、いいのか? リュートたちに頼まれた、情報集めは。危険じゃないのか?」
不安そうな眼光を傾けていた。
ハンナ一人だけを、長老側に送り込むことに、不安でしかない。
だからと言って、同じ村出身とは言え、ビンセントがついていくことができなかった。
ハンナは長老側にいて、ビンセントは村長側にいるからだった。
(……同じ村なのに……。どうして……)
「……怖いけど、やってみる。だって、これで、イシスが助けられるなら」
「そうか。でも、無理はするなよ」
ビンセントも、理解はしていたのである。
長老側の情報が、必要だと。
ただ、頭で理解しても、心が伴っていなかった。
「うん」
不意に、ハンナの視線が、リュートたちに向けられていたのだ。
全然、緊張感がないリュートたち。
他の者たちも、好き勝手なことを、話していたのだった。
「ビンセントの友達、多いね。あの大人の人も、友達なの? それに、小さい子も?」
(友達じゃない)
促されるように、双眸を傾けると、リュートはユルガとソルジュ、ミントと話し込んでいたのである。
離れた位置にいるにもかかわらず、熱がこもっている感が、伝わってきていた。
(楽しそうだな。何か……ムカつく)
ジト目になっている、ビンセント。
班が違っていたが、この置かれている状況を楽しんでいることは、正確に把握できていたのだ。
(……けど、リュートたちが、いなかったら……)
胸が苦しくなっていく。
そして、自分の無力さを、痛感させられていたのだった。
リュートや、魔法科の生徒たちがかかわったことで、突破口を見出せることができたのである。
わかっているが、それが、自分の手で、作り上げたものではないことに、悔しさが込み上げてきて、辛うじて飲み込んでいた。
ただ、ハンナの前で、不甲斐ない姿を見せたくないと。
「……リュートの友達と、リュートの妹だ」
苦々しい顔を、僅かに窺わせている。
「大丈夫なの?」
自分よりも、小さい子がいるので、素直に、ミントのことを案じていた。
「何せ、リュートの妹だから、ハンナが心配することはない。俺よりも……」
段々と声が萎んで、止まってしまっていた。
(俺は……、あの子よりも、弱い。そんなの、わかりきったことじゃないか……。でも……悔しい)
「ビンセント?」
「何でもない。とにかく、強いから、その辺は、安心してもいい」
「わかった」
学院のついては、ビンセントだけしか、知らない。
学院の仕事に、従事していなかったのだ。
そうしたこともあり、リュートたちが、どれくらいの能力が高いのかは、ハンナが知ることがなかったのだった。
学院の仕事に、従事しているのは、長老側からは、大人しかいないので、実際に学院の生徒を見たのは、これまでビンセントだけだったのだ。
村長側からは、大人から子供まで、仕事に携わっているので、ある程度、情報は伝わっていたのである。
「そろそろ、いいか」
リュートについていたトリスが、いつの間にか、二人の下に来ていたのだ。
声をかけられるまで、気づかなかったビンセント。
思わず、眉間にしわを寄せている。
(魔法科だろう。何で、こんなに気配を消すのが、上手いんだよ)
「はい」
ずっと、ざわついていた心が、ビンセントの顔を見たことで、落ち着きを取り戻していたのだった。
逆に、ビンセントの表情が、優れなくなっている。
「戻っても、大丈夫なのか? 怪しまれないのか?」
トリスに向けている、ビンセントの視線。
「今のところ、平気だろう。長老側は、学院側だけを、気にかけているようだから」
(村長側は、随分と、舐められているよな)
「でも……」
「逆に、帰さない方が、非常に警戒され、動きが取れなくなる可能性が、デカい。悪いが何食わぬ顔で、戻った方が、こちらとしては、ラクなんだ」
全然、ハンナの危険を、考えていそうもない雰囲気。
一人で、イラついているビンセント。
「ハンナに、危険を冒せってことなのか?」
半眼しているビンセントに対し、ハラハラとしているハンナだった。
ビンセントとトリスの間で、狼狽えていたのである。
「そうだね」
「おい」
「ある程度の危険は、しょうがない。だって、イシスってこのことが、絡んでいるんだから」
詰め寄っていくビンセントの腕を掴む。
「ビンセント。私は、大丈夫だから。それに、無理しないから」
腕を掴まれ、ようやく、湧き上がっていた怒りが、霧散していった。
ハンナがいることで、なかなか、理性のコントロールができない。
「できるだけ、ハンナにも危険がないように、動くけど……。百%なんて、無理だぞ」
「……」
「わかっているんだろう」
「ビンセント」
必死なハンナの言葉。
強張っていた身体の力が、抜けていく。
(何やっているんだよ、俺は……。これから、ハンナが長老側に戻るって言うのに……。しっかりしないと)
「ごめん。心配かけたな、ハンナ」
頭を横に振っている、ハンナだった。
「俺たちだって、ハンナを野放しにしておく訳じゃないよ。密かに、遠くで見守っておくよ」
(ただ、ギリギリまで、手は出さないつもりだけど)
完全に、納得できることではなかったが、ここで、これ以上の不満を口に出すことも、ビンセントができなかった。
「じゃ、送っていく」
「俺も」
「ビンセントは、居残り」
「何でだよ」
「セナたちと、打ち合わせ」
セナたちを見ると、ガルサが早くと声に出さず、動かしていた。
セナを中心として、剣術科で集まっていたのである。
剣術科のビンセントとしても、抜ける訳にはいかない。
(こんな時に……)
不意に、ここに来るまでの特訓のことを思い返していた。
地獄のようなしごきを、魔法科から受けていたのである。
自分たちよりも、剣術科のような動きを見せる彼ら。
ただ、ただ、自分たちは凡庸でしかないと、思わずにはいられなかった。
(このまま、やられっぱなしだと、イヤだ)
「と言う訳で、ハンナは、俺とカーチスとカレンで、送っていくよ」
いつの間にか、カーチスとカレンが来ていたのである。
トリスたちは、ハンナを連れて行ってしまっていた。
その場に、取り残されたビンセント。
不貞腐れた顔で、睨んでいたのだった。
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