第182話
ハンナは、友達たちと会っていた。
これまでだったら、ここの場所に、もう一人、イシスがいたのである。
だが、いない。
突如、家に監禁され、家から出られなくなったのだ。
誰も、理由なんてわからない。
イシス本人ですら、知らされていなかった。
ただ、大人たちは、理由を知っているようだが、誰も、それを口に出さない。
そうした環境に、徐々に、ハンナ一人だけが、違和感を生じさせていたのだ。
暗い表情をしている、ハンナに声をかける友達。
ハンナ一人だけが、黙り込んでいたからでもあった。
他の友達は、お喋りに花を咲かせていたのである。
「どうしたの? ハンナ」
一人が声を掛けたことにより、友達の視線が集まっていた。
「イシスのこと、気にしているんでしょう?」
「イシスね」
「……うん」
歯切れの悪い、ハンナだ。
ハンナ以外の友達は、そういうものだと、以前から、割り切っていた。
自分以外の子が、全然、これまで一緒にいたイシスのことを、気にした素振りを見せないことに、これでいいのだろうかと、不安だけが募っていく。
イシスが家から出られない状況以外、彼女たちの日常は、普段通りに流れていったのだ。
そして、今日も、いつもの日常をするため、集合していたのだった。
ハンナたち、女の子八人が集まり、森の入り、木の実などを、取ってくることになっていたのである。
同世代の者は、常に集まって、一緒に行動していた。
勿論、採取する場所は、すでに決められ、それ以外の場所に入ることを禁じられていたのだった。
男の子は、木材の加工の手伝いをすることになっていたのだ。
「気にし過ぎよ、ハンナは」
呆れ顔を、覗かせている女の子。
「……」
「大切なお役目があるから、家から出られないって、聞いたよ」
「「私も」」
「そうなんだ」
「私も、よく知らなかったよ」
両親やイシスの両親からも、大切なお役目に選ばれ、そのため、家から出られないと、聞いていたのである。
(だからって、あんなに、家の周りに、男の人たちがいるの?)
不意に、イシスの家の周囲を、見張っている男たちのことを掠めていた。
イシスの家の周りには、家を見張っている男たちが、周囲を異様な雰囲気で囲っていたのである。
このところ、一段と、見張っている数が増え、物々しさが増していたのだった。
そうした状況なのに、誰も見ない振りをしている。
他の者たちは、何食わぬ顔で、日常を過ごしている様子に、次第にハンナは眉を潜めていったのだ。
段々と、心細くなっていくハンナ。
生まれた時から、一緒にいた友達のはずなのに、疎外感が拭えない。
(……ビンセント……)
仲のいい友達にも、決して言えない名。
心の中で呟き、少しでも温かさを求めていく。
「ハンナ。イシスの家に、行っているんでしょう?」
咎めるような声音。
僅かに、ハンナの身体が強張っていた。
「……」
他の友達は、目を見張っている。
イシスのところへ、行ってはいけないと、各々の両親から言われていたからだった。
「ダメって、言われているのに」
「だって……」
「長老様の命なのよ」
「……」
唇を噛み締めている。
(……だって、イシスが心配だから……)
「長老様の言われることは、絶対なのよ」
咎められても、伏せたままのハンナである。
すでに、ここに来る前も、イシスの家に行って、差し入れを持っていったばかりだった。
けれど、イシスがいる部屋に、入ることはできなかった。
だが、扉越しに、少しだけ話をさせて貰っていた。
黙り込んでいる、ハンナを見つめる視線。
「聞いているの? ハンナ」
「……わかっているって」
微かに、擦れたハンナの声だ。
「……もう、行っちゃダメだからね」
誰一人として、ハンナに回る者がいない。
ハンナだけが、異質だと訴えている双眸だらけだった。
「……」
「……。ねぇ、森に入って、木の実を取ろう?」
重苦しい雰囲気を嫌い、これまで黙っていた女の子が口を開いていた。
そうした声に、同意するかのように、早くと言う声が上げっていき、ハンナを注意していた女の子も、小さく息を吐いてから、それに同調したのだった。
森へと、歩き出していた女の子たち。
女の子たちから、少しだけ遅れる形で、重い足取りで、ハンナもついて行ったのである。
女の子同士で、お喋りで盛り上がっていた。
だが、ハンナは加わらない。
黙って、後をついていっただけだ。
指定された場所で、木の実などを、採取し始めていく。
暗い顔したハンナも、その中を混じって、採取していくが、いつもよりも、採取していく手が遅い。
先ほどの言葉を思い出し、これまで一緒に過ごしてきた友達が、遠い存在にしか、思えなかったのである。
採取するのをやめ、女の子たちから、離れていくハンナだ。
とても、一緒にいる気分では、なかったのだった。
長老の命が過ぎっていたが、それよりも、一人になりたい気分が勝っていたのである。
しばらく、森の中を彷徨って歩いていた。
友達の声は、聞こえない。
風の音や、動物たちの音しか、聞こえていなかった。
みんなから離れ過ぎたかと巡らせるが、引き返す気持ちになれない。
(どうしよう……)
怒られるのを覚悟で、一人で時間を潰そうかと、逡巡していると……。
目の前に、見知らぬ男の子が、姿を現したのだ。
突然の出来事に、フリーズしているハンナ。
「ハンナだな」
いきなり、自分の名前を言われ、大きく目を見開いている。
そうしている間にも、見知らぬ男の子は、不敵に笑っていた。
(なぜ、笑っているの?)
「とにかく、来て貰う」
「……」
どこかに、視線を巡らせていた。
「騒がれるのも、困るからな……」
身体が動かなくなり、声を出なくなり、戦慄が走っていく。
「怖がらせて、どうする? 悪い、俺たち、ビンセントの知り合いだ」
恐怖に慄いている間に、見知らぬ男の子の隣に、また、別な知らない男の子が現れていた。
そして、別な知らない男の子が、背後を指差している。
促されるように、眼光を素直に傾けていた。
自分同様に、身動きが取れないビンセントが、呻き声を上げている光景が、目に飛び込んでいたのだ。
「……」
「ビンセントが暴れるから、しょうがなくだ。おとなしくしてくれれば、拘束は、すぐに解くから」
(……大丈夫なの?)
「とにかく、他の者に、知られると、面倒だから、少し場所を、移動させて貰う」
よくよく周りを窺うと、かなりの人数がいたのだ。
どういうことなのと、目で問いかけてみるが、ビンセントは、それどころではない。
勢いよく、暴れていたのだった。
(……ビンセントの知り合いじゃないの? ……何で、あんなに抵抗しているの? 私も、抵抗するべき? でも……、私じゃ、きっと、叶わないし……)
「じゃ、行こうか」
言う通りに、ついていくハンナ。
それに対し、一人で、抵抗しているビンセントだ。
周りにいる者たちが、ビンセントを窘めている。
「ビンセント。諦めろ」
「暴れると、気づかれるだろう」
「リュートに、任せておけ」
「諦め、悪すぎるよ、ビンセント」
「無駄な体力を、使うな」
それでも、納得できていないビンセントだった。
抵抗している姿を、おとなしくついていくハンナが眺めていた。
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